ザッピング、益体も無い話題、ザッピング、益体も無い話題。
執務室の隅に置かれているテレビジョンは今日も適当な映像を流しつつ、
塔の如き書類を片づける提督と秘書艦組へと環境音を垂れ流している。
そんな折、一息をつく間に何某か気が付いた提督が龍驤に問うた。
「そういや、大淀たちはどこ行ったんだ」
「あー、何か霞が水着になってからテンション上がっとってなー」
そして夏が終わり、衣装戻しの時期。
「今、工廠に立てこもっとる礼号組を利根が対処しとるとこや」
遠く、爆音が響く。
返答を受け取った責任者は、僅かな言葉ながら何故か光景がありありと目に浮かび、
当事者でありながら巻き込まれた感が酷い朝潮型の不憫に、思わずと眉間を揉んだ。
そんなやるせない空間に、時代がかった音楽が通り過ぎる。
「最近、古い作品のリメイクものがヒットしてるみたいだな」
「リメイク自体はいつもやっとるけど、売上が出とるんは珍しいわな」
メロディーラインは前時代的でありながら、音自体は最新のアンバランスな楽曲。
「俺が生まれる前の作品をリメイクされてもなー」
「ウチなんか沈んだ後や」
だらだらとした会話に、なんで最近はウケが良いんだろうなと気軽な疑問が出れば、
当時は海の底で爆睡していたはずの航空母艦が、平気な顔で尤もらしい事を言う。
そんな時代なんやろと。
「あしたのジョーなんかが、サンプルとしてわかり易いわな」
鑑別所に叩き込まれたドヤ街の餓鬼が、ボクシングに出会い自分の人生を手に入れる。
「誰しもの身近に浮浪児とか鑑別所とかが転がっとったせいで、めっさリアリティあったとか」
「そんな生い立ちが身近な貧しい時代だったから、読者も感情移入できたってとこか」
「フランスとかで大ウケしたんも、大戦の復興で国内ボロボロやったせいとか言うな」
未来の見えない浮浪児がゴロゴロしとった時代やなと、淡白に続けた。
「つまるところ」
「最近の世間様は、ノリが戦後の復興期」
続く爆音が環境音として響く中、シンプルな結論に到達する。
「まあ、第三次の戦後復興期なのは間違いが無いが」
「道理やな」
画面では腰の引けた役者が、派手なCGに塗れて動き回っていた。
『ヨナはこの泊地に来てから豚カツしか食べたことが無いの』
一通りが片付き、大淀と足柄を逆さ吊りにしたあたりで夜も更けた。
目の前に在るのは、礼号組がドロップした豚ロース。
保護されて茶漬けを涙目で貪っとった霞と清霜が言うには、
どうにもしばらく揚げ物は見たくないと、そんな感じで貰てきた塩梅。
そして容赦なくカウンターに席をとって待ち構えとる一航戦どもが居る。
「まあ何ですか、せっかくですので豚カツをお願いします」
銚子を傾けながら赤城が言うた。
「赤城さんが豚カツなら、私はポークカツレツあたりですね」
微妙にアレンジすなや加賀、海軍軍人は俺も俺もと言うものやろがなと。
「カツとカツレツって違う料理なのか」
出された胡麻を磨りながら、横に押しのけられとった司令官が疑問を出す。
「厚くて豚カツソースなんが豚カツで、薄くてウスターなんがカツレツやな」
肉をスライスして衣を付けながら答えれば、麦酒の注文が来た。
「元々はcôtelettes、要するにロース肉料理って意味のフランス料理や」
英語だとcutlet、切り落としたロース肉って感じの意味やな。
北イタリアあたりから広まって、ドイツに向かったのがシュニッツェル、
フランスを経由して日本に辿り着いたのがコートレットって感じか。
「日本料理とも聞くが、どんな感じなんだろうな」
「カツレツは洋食でしょう、流石に」
「最近は洋食自体が日本食に含まれるらしいですよ、加賀さん」
わちゃわちゃと会話が続くカウンター横目に、ポイポイと肉を油に放り込む。
「どの時点でその国の料理かってのは定義でブレるわな」
コートレット自体はバターで揚げ焼きした後にオーブンに叩き込む、
超絶脂っこい料理やったわけで、日本人ウケはかなり悪かったとか。
「日清日露と経過するうちに、豚肉食を奨励する機運が高まってな」
明治からの食料増産の一環やな、あと羊肉とか蛙肉あたりも全力で推されとった。
まあ前者はジンギスカンとしてそれなりに定着し、後者は鶏肉増産で廃れたけど。
「豚肉のコートレット、ポークカツレツを煉瓦亭とかが考案したわけや」
揚げる合間にキャベツを刻みつつ、言葉を繋げる。
「んでま、客が増えるといちいちオーブンに叩きこんでられっかって話でな」
ちょうど天ぷら屋で修業した経験の在る料理人が、豚肉の天ぷらにしたらええんやないと。
そんな感じでまあ衣をパン粉にとか工夫も付けて、衣をつけて油の中に放り込む、
めっさ楽かつ手早く作れる、現在のポークカツレツが誕生したわけやな。
「一度に複数枚揚げられるのが最大の利点やな」
あと油を切れる、とか言いつつ先に揚がったカツレツにキャベツを添えて加賀に出した。
「そして局地的とは言え好評を博し、軍隊料理とかにもとりいれられたりするわけや」
「軍ではじめて食べたとか言う人が多かったですね」
カツレツをナイフとフォークで切り分けながら、加賀が補足する。
「豚カツとは違うのか」
「カツレツは、箸で食えんねん」
豚カツを引き上げ休ませながら端的に答える。
「だから箸で食えるように、肉を厚く、切り分けて出されたんが豚カツや」
ザクザクと切り分けて、赤城と司令官に出してみれば、
赤い方はウスターに浸し、人間側は豚カツソースをさーッとかける。
「こうやって衣をはがし、蒸した肉を肴にするのが東京式ですね」
「何とも言いがたい意識高い系は戦前からあったのか」
銚子を傾けて酔いの進む空母が、はがれた衣に注がれる微妙な視線に気づき
皿の上の衣を纏めつつ、軽く笑いながら補足を入れた。
「この衣は米に乗せて、酒が切れた後の締めに食べるんですよ」
肉無しソースカツ丼みたいなもんやな、要するに蕎麦を肴に酒を呑む様な感じや。
チマチマ突きながら酒を呑み、酒が尽きたら残りを一気に食って食事を終わる。
江戸ッ子か、江戸ッ子やな、少なくとも意識は高う無い。
「控えめに言って、オヤジ臭いな」
「五月蠅いですよ、龍驤」
ぐい呑みを傾けながら涼しい顔で答える横で、司令官がカツに胡麻の付け食べをした。
「あー、胡麻をソースに混ぜずに後付けて食うんか」
「これがかなり風味が強くて、好みの食い方なんだ」
そして麦酒を掲げながらサクサクと食べ進む。
横でお代わりをとか言ってくる青い馬鹿、静かやと思ったらひたすら食っとったんかい。
合間の麦酒を渡しつつ、油から肉を引き上げていえば司令官が問う。
「軍隊食って事は、結構一般に豚カツは広まってたのか」
「いや、戦中あたりまではせいぜい東京大阪あたり、都会の名物って扱いやなー」
2枚目を加賀に出し、丼飯を注ぎ直しながら答える。
「戦後、昭和30年代に東京でヒレカツブームが起こってな」
それでまあ、世間様に一気に豚カツと言う食べ物が広まったとか。
「カツと言えばロースって感じですから、ちょっと不思議ですね」
「まあ当時も、そんな事言うヤツが結構居ったらしいけどな」
言いながら肉無しソースカツ丼を食らう赤城に、そっと銚子を追加する。
「…………」
「…………」
無言の応酬の後。
「ロース肉で簡単に、何か摘まめるものを」
「生姜で炒めるわ」
手堅く売上を加算する事に成功した、夜更けの事やった。
(TIPS)
遮蔽物の無い広大な海原に、ただ風だけが通り過ぎる。
その名を冠する4隻の駆逐艦は、荒縄で繋がれ先頭の9番艦に曳航されていた。
「ほんとアンタって、スタミナオバケよねー」
「隊に1隻欲しい駆逐艦ですね」
「へろへろー」
詰まる所、天津風に曳航されている陽炎隊の残り3隻である。
相も変わらず島風が名誉19番艦なのは言うまでもない。
誰の何とは言わないが、今期の新作は鎮守府に雄として君臨する島風くんだったそうだ。
「あああ、納得せざるを得ない状況だけど納得がいかないッ」
吹き抜ける風が一同の髪を揺らす。
空気の流れの強さは身体の隙間に入り、細胞のひとつひとつを通り過ぎるかの様で、
筋肉に貯まる乳酸を洗い流すが如き涼しさからか、艦隊に少しばかりの意気が戻った。
そして姉妹を牽引していた天津風が、叫ぶ。
「あと何か今、龍驤が確変起こして優しくなってる気がするッ」
何か受信していた。
「いやー、我らが駄妹もいっぱいいっぱいって感じねー」
「このまま海の藻屑になりそうな気配が濃くなってきましたね」
「天津んだからきっと大丈夫ー」
舵が壊れようと缶が止まろうと遭難しようと機雷原にノーガードで突貫しようと、
何があろうとも気合と根性で生還し続けた駆逐艦、天津風である。
無駄に説得力に溢れた島風の言葉であった。