いるやんか いるやんか
おろちくやしや くやしやおろち
きつねしずめてまがねなく
いるやんか いるやんか
おろちしずめや しずめやおろち
すさがふかねばしずまらぬ
―― おろちまい 各地村伝承童謡
『あきつ異考録 おろち①』
麗らかな秋の日差し、見渡す限りの休耕田の中に在る
舗装しただけとばかりの長閑な道に、黒地と白地の制服が歩いている。
「何か変な道祖神が在るのです」
「天目一箇でありますか、珍しいですな」
膝丈程度、単眼単脚の苔むした石像の前を通り過ぎながら
あきつ丸と電は暇潰しとばかりに適当な会話を言の葉に乗せた。
「このあたりは夢見が原と言うとか」
「随分とまた長閑な夢もあったものなのです」
某県各地村、その北側に在る鹿島分社への道筋である。
いつぞやの大災害の嚆矢と揺れた人工地震の折、
各地村西部の山中に在る溜池が割れ、干上がった事に端を発する。
「そしてあちらの参道を越えたあたりからが希望が丘と」
「夢と希望のバーゲンセールですか」
地元ではおろち沼などと呼ばれていた湖底に、
複数の朽ちた鳥居とかなりの大きさの岩石が眠っていたと。
簡単な調査の結果、それは高純度の隕鉄である事が判明し
幾つかの勢力の興味を引く事と成る。
そして現在、軍、大学、村の三勢力が交渉を続けていた。
「しかしあのハゲマッチョも中々にしぶといでありますよ」
「学者先生になんて呼び方をするのですか」
大学側から訪れている考古学者は壮年の偉丈夫で、良い男ぶりの中
黒尽くめの胡散臭い艦娘と散々に激論を交わしていた。
「隕石なんか、取り合いをするほどの価値があるのですか」
「
互い、歩を進めながら会話が続く。
「村としては村おこしに活用したいとか」
「ああ、そう言えばおろちまつりとか言っていたのです」
秋風を纏う中、やや中空を見上げた揚陸艦が
僅かに厳かな気配を漂わせながら、呟く様に言葉を紡いだ。
「湖底の社を囲む様に、いつ建てられたかもしれない謎の八社を巡り」
「何か出がけに山の方に大工が入っていったのが見えたのですが」
目線は空に向かったまま。
「納期がファジーだからいつ建つのかわからないそうですよ」
「由来がまだ出来ていないから謎の社、とか言い出しそうなのです」
電の眼差しは座りきっていた。
「そこらへんの宣伝も兼ねて、ハゲマッチョ引き留めの巻き添え食っている感じですな」
「宣伝って、何者なのですかその学者先生」
遠く見える鹿島の社まで、遮る物の無い空間を風が渡り草叢を揺らす。
「雑誌のコラムとかで、何を話していても鉄に持っていく教授として有名でありますよ」
「どういう評価か」
草ずれの騒がしい静寂の中、朗らかな色の会話だけが連なっていく。
「気が付けば何時の間にか話題が鉄の歴史になっている様が、実に鮮やかな筆致でして」
「実は結構気に入っているのですか」
語り続けていた揚陸艦は、静かに頷き懐から黒い革張りの手帳を出した。
「サインも頂いたのであります」
「ただのファンだったのですッ」
珍しく黒い色の無い上司の笑顔に、呆れた声色の部下の叫びが重なった。
(TIPS)
閑静な社はどことなく朽ちかけた有様で、苔生した様相の中、
新設された社務所に使われている真新しい木材が目立つ風情。
「狛犬、じゃなくて何か変なオッサンなのです」
付喪神とは言え祀神と言うわけでもない故と、神歩く場所、
つまりは参道の中央を避けて参った後に電の言葉が響く。
「大陸の方の刀、と言う感じの武具でありますな」
参道を挟む様に祀られている石像は、朽ちかけて細部がわからぬもの、
どことなく長刀に似た、刃の付いた矛の如き意匠の祭器を構えていた。
「察するに神荼と鬱塁ですか、まるで寺院であります」
「ああ、御一新以前の神仏習合ってやつですかね」
互いが艦であった頃に老人が語っていたと、駆逐艦が想到する。
どうでしょうねと受け応える隙に、遠くより響く音があった。
長く。
不定に、低く、遠く。
「何ですか、この音」
振り返り疑問を発する電に、あきつ丸が答える。
「おろち鳴き、と呼ばれているとか」
昨年あたりより山より響く様になった何某かの音。
風向きの変わる午後のあたりから時折に響くらしいと。
「割れた山塊のどこかに風が通っているらしいですな」
聞いた話を受け、納得の色を見せる部下の方を向き、
しかしその視線は合わせられる事無く、遠い。
鳥居の向こう、音響く山が見えた。
「まあ、そうでしょうなあ」
呟く様な声は、誰にも拾われる事が無かった。