水上の番外編   作:しちご

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あきつ異考録 おろち②

古ぼけた村内報に在る写真は、在りし日の溜池が描かれていて。

 

「沼の周りに鳥居が在ったのは事実であったようですな」

「何でそれが湖底にあったのですか」

 

埃臭い書庫、幾つか在る村役場の倉庫の中で時間を潰す2隻が居た。

 

「空襲の良い目印でありましたからなあ」

「ああ、へし折って沼に捨てたのですね」

 

棚へと戻るあきつ丸の後ろ、写真を見ていた電が一点を指さして読み上げる。

 

「武御雷神」

 

その言葉に、はてと首を捻る揚陸艦が居た。

 

「沼地側から撮っていたのに読めるのでありますか」

 

不穏な言葉に、どんな意味があるのかと問おうとした部下の視線は、

書棚を漁る上司の姿に留められ、口が出たのは違う問い。

 

「一体、何が気に成っているのです」

 

次々と村内資料を取り出しては、確認をして戻す。

 

「土地の名前が綺麗過ぎるのでありますよ」

 

昭和初期、と小さく呟いて目当ての冊子を取り出しながらの返答が在った。

 

「酷い名前だと土地が売れないので、近代に改名と言うのはよくある事でして」

 

夢や希望、梅や桜が人気でありますな、と続く。

 

「つまり、こんな感じで」

 

言いながら広げた冊子には、昭和初期の村内地図。

溜池から神社へと続く参道周りは、古い地名で記載されていた。

 

沼より ―― 各地抜け、腐り原、肝捨、犬嚙

 

「穢れ仕事に野犬被害、と言ったところでありますな」

「肝を捨ててたら、そりゃ食べに来るのです」

 

河原者の住処だったのでありましょうなと、文字を指でなぞりながら読み上げた。

 

「まあ気に成るのは、山裾から川沿いの各地抜けぐらいでありますか」

「あまり不穏さを感じない文字なのです」

 

進めた指を、そのまま顎の方に戻しながらあきつ丸が言う。

 

「少し、範囲が広すぎる」

 

意味がわからないと電の言葉に、蛇抜けと言う言葉を聞いた事はと言葉が返る。

 

「水場の主の蛇が抜けるから、水が零れて災害が起こるなどと言われておりますな」

 

何処かの言い伝えを語りながら、明治大正と謳いながら資料捜索に戻る。

 

「まあ要は、こういう事であります」

 

やがて発見された、さらに古い地図には墨で確かに書かれていた。

 

悪所 ―― 大蛇(かがち)抜け

 

 

 

『あきつ異考録 おろち②』

 

 

 

湖底であった場所の地割れは、既に柵などで囲われ安全性に配慮されていた。

 

そんな山中の盆地は、干上がった溜池の成れの果てとは思えないほどに整えられていて、

昼の光を返す鉄色染みた、斑の岩石の在る中央に付属する演台は今も騒がしい。

 

曲に合わせ、狐の尾を付けた巫女が緩やかに踊る様を下方から撮影機材が捉えている。

 

その周囲に、何やらゆるりとした意匠の着ぐるみが蠢いていた。

 

「ダキニちゃん、天狗ちゃん、オロチダヨーと3匹ほど作られたそうですな」

「ダヨーだけ異彩を放っているのですが」

 

そして撮影を続ける映像屋へと、食って掛かる禿頭の偉丈夫が居て。

 

「今日も教授は元気でありますなあ」

「何かトラブルでもあったのですか」

 

「大学側の調査が終わるまで、あまり手を付けて欲しくないとか」

 

その言葉に、電が周囲を見渡せば随分と整った環境が在る。

大蛇穴と書かれたコンクリート製の穴の前に、真新しい鳥居が建てられている。

 

「盛大に工事されているのです」

「限界集落手前で死活問題でありますから」

 

見渡せば、盆地を囲う壁の様な土台に幾つもの穴が開いている。

その中を通る風が、昨日より聞き慣れた低い音を奏でていた。

 

「他は埋める予定だとか」

「そりゃ大学側も怒るのです」

 

言いながら穴を覗き込んだ駆逐艦は、折良く吹いた鳴きの風に目を瞑る。

響く音に似付かわしくない、轟と吹く荒風が制服の裾を揺らした。

 

「おうふ」

 

変な声が出る。

 

「す、煤だか砂だかが飛んでくるのです」

「それはまあ、山肌を貫通しているでありますからな」

 

嘆き、制服を叩く横目、演台では狐耳の巫女がオロチダヨーに絡まれていた。

身に被った煤を払いながら一隻、何とも言えない空気を醸し出す。

 

「何でも、京を追われた九尾の狐が住み着いて人を食っていたと」

「あの石ころが殺生石とでも言いたいのですか」

 

続き、困り果てた村人の所にオロチが訪れて怪獣大決戦、などとお道化た言葉

 

「で、それは本当に伝承なのですか」

「先月から言い伝えられているそうですよ」

 

飄々とした言葉に、眉を顰めた聞き手へとさらに言葉が紡がれた。

 

「九尾狐、山海経では青丘(東方)に住み人を食う、まあ間違ってはいませんか」

「何で頑張って辻褄を合わせようとするのですか」

 

ジト眼の言葉も何処吹く風と、目線を合わせず語り手は話を続ける。

 

「困り果てた村人は叫びます、タスケテ素戔嗚尊様」

 

ふむりと聞く姿勢の駆逐艦に、話の結末が届けられた。

 

「そして大蛇を退治したのは、武神と名高い建御雷神」

「突然に配役が変わっているのですッ」

 

電が腕をズビシと中空に打ち付ける。

 

「元の伝承が建御雷神の大蛇退治だったとか」

 

肩を竦めた言葉が在る。

 

そして商業主義にげんなりとした部下の前で、上司が身を翻した。

 

「まあ、オロチには違いが無かったのでしょうが」

 

言いながら土壁に整った参道を登り、帰路へと足を向ける。

 

登り、降り、幾つかの分かれ道。

 

「かくて八つに分かれた大蛇の道の先には社が置かれ」

「由来はまだ考えて無いと」

 

おろちまつり参道MAP原案と印刷されたコピー用紙を眺めながら、

2隻の艦娘は会話を紡ぎながら、ふもとへと続く道を選び歩を進めた。

 

「今朝の時点で3つ目ぐらいまでは最終案に成っていたでありますよ」

「うわーすごーい、伝説の目撃者なのですー」

 

呆れ果てた声色に、苦笑を滲ませながら揚陸艦が言う。

 

「社はともかく、元々幾つかの袋小路が在ったのは事実だそうで」

 

等間隔に細い樹木が並ぶ、管理された森林の中を行く。

木漏れ日を渡る風に低い音が乗り、樹々の隙間から零れる鳥の声が重なる。

 

清涼と言えなくも無い空気の中、道行きの慰めとばかり益体も無い会話が続いた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

「この村の人、何かおかしくないですか」

 

夜、宿場にて、風呂を貰った電が濡れた髪を布で叩きながら言った。

畳敷きの上、どのようにと問うあきつ丸に、歯切れ悪く答える。

 

「欲望が全開と言うか、何か歯止めが壊れている様な」

「まあ随分と、村おこしに熱心でありますな」

 

韜晦した言葉に、不信の目が向けられて、無音。

夜半の風に低い音が乗り、静寂を揺らした。

 

「そう言えば、天狗は何処から出てきたのですか」

 

そして結局は、話を変える言葉。

 

「ふもとの言い伝えでたまに出てくるとか」

 

そう簡単に言ったあきつ丸は、ふと、思い直した風に言葉を続けた。

 

天狗(ティエンゴウ)、山海経にはフサフサで白い首、狸に似てみゃうとか可愛く鳴く生き物と」

「何か天狗(てんぐ)のくせに無駄に可愛いのです」

 

【挿絵表示】

 

猫みたいな狸なのですかと問うと、それもまた違うと応え。

 

「狸は日本固有種でありますからな、大陸で言うそれは野良猫や山猫の事であります」

 

水墨画でも渡来の狸図と言えば猫画像に成る。

 

つまりは飼われていない猫科の動物と言う意味であり、

要は森林に行ったら、何か白い毛並みの猫科が木々の間を飛んで居たと。

 

「高い所を飛んでいる鳴く生き物だから、その内に流星を天狗と判ずる様に成り」

 

鳴き声も雷の如くと、日本に伝わったのはその頃ですなと続く。

 

「日本書紀に記載されていますな、大きな星が流れ、あれは天狗(てんこう)であると」

 

天狗、あまつきつね、以降に流星を天狗と記される中、天狐と記される文献も散見される。

 

「これもまあ、中国と日本で狗と言う漢字の意味合いがズレていた一例でありますか」

 

気の抜けた解説に、首を捻りながらの相槌が在る。

 

「赤くて鼻の大きな天狗と随分とかけ離れているのです」

「まあ、それは最終形でありますからな」

 

空を行く流星が天狗と呼ばれる中、空を行くのなら翼が在るだろうと羽根が生え、

鳥の如くに嘴が付き、山に住む怪異でもあるからして夕刻に山に帰る鳥。

 

「つまりは烏が天狗のイメージと成っていくのであります」

「ああ、烏天狗なのですね」

 

やがて山中、山の者、修験者などの山の民が混同され、現在の天狗の形に変化していく。

 

「そして様々な勢力の影響の結果、傲慢で道を違えた破戒僧などが天狗に成ると」

「萌えキャラの成れの果てが随分と生臭くなった物なのです」

 

かくて現代に辿り着いた末に、結論が一言に纏められた。

 

受けた言葉に苦笑を滲ませたあきつ丸は、備え付けの緑茶缶のタブを引く。

夜の中、疎らな街灯だけが灯る黒塗りの窓を覗き、軽く口を開いた。

 

村人はと、短く。

 

「転がり始めてしまえば、行きつく所まで転がり落ちるが道理ですな」

 

はじめの問いに対する答えだと気付き、電は続きを促す。

 

「つまり」

 

静寂の中、真面目な声色が夜に一言を置いた。

 

「だいたい天狗のせいであります」

 




その頃の5番泊地

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