水上の番外編   作:しちご

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夢は虹に似ている

提督が間宮で朝食を取りながら、しみじみと叢雲に言った。

 

「何かさ、艦娘って家庭料理が得意なのが多いよな」

 

焼き魚を突いていた叢雲が、少し考えてから口を開く。

 

「肉じゃが、ハンバーグ、カレーやシチュー、そんな所かしら」

「まあそんな感じか、こういう一汁三菜もだが」

 

香物で白米を頂きながら答えた提督に、軽く汁を啜って言葉が続く。

 

「そうね、日清戦争の頃は兵卒の士気が異常に高かったでしょ」

 

まったく関係の無さそうな言葉と、困惑の色。

 

「農家、貧農の次男三男、まともなメシを食えない食い詰め者が多くてね」

 

気にせず食事の合間と、叢雲は語り続ける。

 

「軍隊で、これほどに贅沢な暮らしをしたのは初めてだ、なんてのも多かったわけよ」

 

食べた事の無い美味い飯を、腹いっぱいに食える環境。

 

「だからまあ、軍隊、戦場に居るのが自分の人生の中で一番マシな時間ってね」

 

他に居るべき場所が無い、故に士気は極限まで高い。

 

是非も問わず、さらりと告げられるそんな言葉。

 

「そんな歴史の上で、陸軍のレシピ集、軍隊料理法が編纂されたわ」

 

兵舎や学校に配布されたそれが、やがて幾度かの改訂、陸海軍それぞれのレシピが

確立する内に、軍隊のみならず、世間一般へと広まっていった。

 

ウケそうだなと、漸くの相槌が在れば、大反響だったそうよと端的な応え。

 

「米と味噌、寿司と蕎麦ぐらいの微妙なレシピしか無かった世間のご家庭が、

 体験談とともに、カレーやシチュー、肉じゃがやコロッケに触れたわけね」

 

そして様々な料理が広く普及し、定着する。

 

大勢が日々の糧とするには、食事が安易な物に成るまで歴史を待たねばならなかったが、

それに触れ概念を得たからこそ、外食産業などで触れる機会を受け入れる事が出来た。

 

それらの料理は、時代の移り変わりの中、レシピと共に一般家庭に浸透していく。

 

「詰まる所、家庭の味と言うモノは軍隊の味なのよ」

 

艦娘に得意が居るのも当然の話ねと、茶を啜りながら銀髪の駆逐艦が言った。

 

 

 

『馬鹿しか追わない所が』

 

 

 

静かな昼時の提督執務室に、書類の区切りが付いた事を知らせる声が在った。

 

「良し、これで残りは午後の折衝分のみじゃな」

 

窓からはスコールの切れ間の晴天が覗き、熱帯の陽光が床を照らす。

本日に執務室に見える人影は、提督と利根。

 

「では、今日は弁当を遣わせて貰うぞ」

 

そのように利根が宣言すると、足元の手持ち袋から幾つかの包みを取り出した。

 

茶を淹れ直し、内の幾つかを開ければ握りこぶし大の何かが在る。

 

酢を混ぜたおからに締めた魚、或いは照り焼いた烏賊などが乗っている。

おから寿司である、酢飯の代わりにおからを代用した寿司だ。

 

「提督もどうじゃ、決して美味くは無いが」

 

提督が謙遜の類かと聞けば、バツが悪い表情で利根が言葉を足す。

 

「と言うかすまんな、敢えて美味くは造っておらんのじゃ」

 

まあ、美味く造ろうとしてもたかが知れておるがのと、からからと笑う。

 

「何でまた不味飯会の様な真似を」

「先日に龍驤に造って貰ったのじゃが、これがまた無駄に美味くてのう」

 

記憶に在るおから寿司と次元が違い過ぎて、どうにも食べた気がしなかったと語る。

 

「あやつも、こういう所は融通が利かん」

「美味く造って文句を言われるのも何だかな」

 

苦笑交じりの酷い会話が在り、試しに一つと提督が物を取る。

 

「まあ吾輩が造っても、記憶に在る物より幾らか上等に成ってしまったが」

「それはまた、一安心だ」

 

そう笑いながら口にする、締め鯖を乗せた丸い寿司。

 

「全く違う味だが、まあ寿司だな」

「酢と海産物と食い応えが在れば、寿司と言い張れる気がするの」

 

互い、小皿に並々と注がれた醤油に代物を浸せば、

二度漬けは禁止じゃぞと、利根が笑いながら注意を促す。

 

「吾輩の浮いていた頃は、おからと言えば豆腐造りの絞りカスだったのじゃがな」

 

おからに奪われた水分を補給する様に、合間に茶を挟みながらの会話が続く。

 

「現代でもおからと言えば、そう言う物だと聞いているんだが」

「何でも、そのような産業廃棄物は家畜飼料などに回されておるらしい」

 

握りの一欠けを口の中に放り込みながら、言葉を続ける。

 

「食材としてのおからは、わざと絞り切らずに旨味を残しておるとか」

 

個人の豆腐屋ならば昔ながらのおからが手に入るじゃろうが、

ブルネイに輸送出来る様な市販品では、食材としてのものしか手に入らない。

 

おかげでどう作っても、記憶に在る物よりマシな出来に成ると苦笑。

 

「美味く出来て文句が出るのも何だかな」

「まあ吾輩も、龍驤に文句を言える筋合いでは無いな」

 

肩を竦めて、苦笑の混ざる会話が流れる。

 

「何かほんのりとした甘みがあって結構イケるが、これは酢が違うのか」

「酢は赤酢じゃ、最近は粕酢と言うのか」

 

互いに二つ目に手を伸ばしながら、話題が僅かに切り替わった。

 

「龍驤が言っておったが、最近の寿司は米酢が主流じゃそうじゃの」

「つーか、米酢の寿司しか知らねえ」

 

じっくりと醤油に浸しながら、空いた口で言葉を紡ぐ。

 

「まあ無いとは言わんが、寿司は屋台などで食う事の多い代物じゃったからのう」

 

烏賊の照り焼きを乗せた寿司に歯形を付けてから、利根が言う。

 

「比較的高価な砂糖を使うのを避け、甘みの在る赤酢を使う所が多かったのじゃ」

 

柏酢自体も安かったしのと、補足。

 

そのまま龍驤の受け売りじゃがと前置きを置き、説明を繋げる。

 

江戸時代、華屋與兵衛、堺屋松五郎と握り寿司が生まれ流行の兆しを見せた頃に、

尾張で新しく創られた酒造が在り、酒柏で作った酢を江戸に売り込んだ。

 

米酢より安価な柏酢は瞬く間に屋台料理である握り寿司の主流と成り、

それに端を発する握り寿司の低価格化を一因とし、

 

江戸前での握り寿司が本格的に流行、かくて現代に至るほどに定着したと言う。

 

余談だが、その柏酢を売り込んだ酒蔵が初代と成った会社が、現在のミツカンである。

 

そして柏酢は戦後、50年代の黄変米事件に至るまで長く寿司に使われる事に成る。

 

「黄変米事件と言われてもな、米の輸入と柏酢に関係が在るのか」

「赤酢じゃと米に色が付いてしまうから、黄変米を使っておるのではと疑われたのじゃ」

 

そして握り寿司には色の付かない白酢、即ち米酢を使う様に成り、現代に至る。

 

「何か、あっさりと切り替わるもんなんだな」

「ちょうど寿司の過渡期にあたる時期じゃったからのう」

 

大きさとかの話かと提督が問えば、それも在るがと利根が言う。

 

「そもそも吾輩らの時代は、握り寿司自体がそれほど有名でも無かったのじゃ」

 

箱寿司、押し寿司、要は早寿司や五目、茶巾、散らし、巻物、熟れ、手毬と

様々に存在する寿司の一形態でしか無かったと、語る。

 

「江戸前、東京の名物ぐらいの扱いじゃったか、或いは屋台で摘まむ軽食かとな」

 

そう言いながら軽く茶に口を付けて、一息。

 

「吾輩の解体が始まったころ、飲食営業緊急措置令と言うのが在ってな」

「終戦直後は食料が配給制で、飲食店の営業が原則禁止されたんだっけか」

 

それじゃそれじゃと相槌に相槌を打ち、説明が続く。

 

「そして店を開けぬ寿司屋が、糊口を凌ぐ為に委託加工の道を選ぶ」

 

依頼主の宅で食材を受け取り、その場で寿司を作り手間賃を得ると言う塩梅。

 

「なので呼ばれた宅で造れる巻物や握り寿司、それが主流に成ったのじゃ」

「ああ、日本全国の寿司屋が握りと巻物を延々と作ってたのか」

 

店舗の営業が認められる頃には、日本の寿司は握りが主流に成っていたと言う。

 

「まあその様な付き合いが在ったから、旧家は寿司屋を家に呼べるわけじゃな」

「だから成金が同じ事をすると、出張費などの余分な金がかかると」

 

会話の内、やがて麗らかと言うには多少に熱気の過ぎる日差しが、昼の過ぎを告げる。

 

「まあ要するに、握り寿司と言う寿司を主に扱う寿司屋が生まれた頃合い」

 

その頃には吾輩は鋼材に成っておったから流石に知らんと、苦笑の混ざる声が響いた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

指の根元に切り身を置き、サビと舎利を乗せて親指で凹ませる。

そのまま舎利を半回転、ネタで包みながらひっくり返し、端を締めたら出来上がり。

 

小手返しで握った寿司をカウンターに置く、深夜の居酒屋鳳翔。

 

「まあ昨今の寿司と言えば、こんな感じやな」

 

頷く提督の横で、隼鷹が随分と小さいもんだねと、呆れた声を出す。

 

「こんだけ小さいと、女郎寿司に成るのも仕方ないのかねえ」

 

盃に口を付けながらの言葉に、女郎寿司とは何ぞやと困惑の顔が並ぶ。

 

「ネタが舎利から垂れとる寿司の事やな、みっともないって嫌われるねん」

 

たまに大トロが下品言う人が居るが、まあ大抵はそんな理由から来とる。

 

船団護衛のついでにと、漁船団がええ感じに泊地に魚をわけてくれたさかい、

新鮮なうちに切っては並べて、焼いて握ってと繰り返した本日のウチ含み泊地調理組。

 

何や提督が寿司がどうこう言うとるし、ちょうど良いやなと思わないでもない。

 

「ひとつふたつじゃ足りないねえ、コレは」

「そう言えばさ、個数なんだが一貫て寿司1個なのか、2個なのか」

 

提督が軽く疑問を口にすれば、隣で貫て何だいと首を捻る軽空母。

 

「70年代ごろから、寿司の個数を貫で数える様に成ったんや」

 

軽く隼鷹に説明しつつ、言葉を繋げる。

 

厨房で料理一品を一貫と数える所が在り、70年代に寿司を貫で数える店が知られ、

それがバブル景気の頃に広まって寿司の数え方に貫が定着した。

 

「やから一貫の個数なんかは、店によって違ったりするわな」

 

元々が一品で一貫やから、ひとつの注文、一皿に乗った数がそのまま一貫やろと。

 

「その場合、次々握って並べられると貫がわかんねえってばさ」

「安心せえ、請求には良心価格でつけといたるから」

 

安心できないと頭を抱える隼鷹の横で、ひょいぱくと消費を続ける提督の威風。

 

そのまま酒を酌み、摘まみを眺める隼鷹が口を開いた。

 

「しっかし、現代の寿司は握るのも早いんだね、龍驤サン」

「手間も大きさも減らして、素早く提供する方向に変化したからやなあ」

 

しみじみと語れば、そんなに違うのかと提督が言うので目の前で実演する。

 

「例えば本手返し五手、最近ではすっかり廃れた握り方やとこんな感じや」

 

左のネタにサビを置き、右で握った舎利を置く。

右で舎利を整え持ち替えて、空いた左でネタを整え、端を締める。

 

整える回数も多く、左右で持ち替えている分、結構に遅く握りが完成する。

 

「言ってしまえば寿司が大きかった頃の握り方や、小さい今には合わん」

 

片手でぱぱっと作れる大きさに成ったから、そっちが主流に成ったわけやな。

 

「しかし何で、そんなに大きさが変わったんだ」

 

実例をひょいぱくと口に入れた後に、提督の問い。

 

「飲食営業緊急措置令の頃の話は、昼に聞いたんやっけ」

 

話の合間、次々と握っては次々と消費される、まあ一航戦に比べれば可愛いもんか。

 

「そして握りが全国的に主流に成ったって話だな」

「その後、営業が再開される様に成って大きく変わったとこが在るんや」

 

しばし黙考して、首を捻る提督の横で、勘付いた様な風を見せる隼鷹が言う。

 

「椅子だね」

 

端的な言葉に頷けば、端的過ぎて理解に至らない姿が目の前に在る。

 

「ちゃんとした店舗で握り寿司を出す様に成って、客が椅子にどっかりと座るって話さ」

 

つまりと促す声に、飲酒母艦が盃を掲げる。

 

「酒が呑める」

「をい」

 

即座のツッコミに苦笑を混ぜて肯定する。

 

「実のところ、そういう話や」

 

そんな言葉にマジかいと絶句する横で、握りを摘まみながら隼鷹が言った。

 

「確かに大き過ぎて辛いよ、これに比べれば昔の握りは」

「飯としての寿司から、酒の肴としての寿司に変化していったわけやね」

 

そんなわけで、一口で食えるようにとサイズが小型化していった。

 

要するにジャンルとして、回らない寿司屋は飯屋やなくて呑み屋なわけや。

 

やからまあ「とりあえず生」みたいに、はじめは何を頼むみたいな

通ぶった決まり事が呑兵衛の中で流行したり、言い合いに成ったりする。

 

「対して回転寿司は飯屋、ファミレスみたいな立ち位置ってとこやな」

「あー、何かいろいろと納得したわ」

 

盃に酒を受けながら、提督が得心に至った風情の言葉を出す。

 

合間に造った折詰を冷蔵庫に入れながら、適当に握り続ける宵の口やった。

 

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