そして夜が明ける。
災害に騒がしく動くこと数日、やがて落ち着きを取り戻して。
村内の空気は不思議と、雨上がりの後の様に洗い流された雰囲気で
何処か憑き物が落ちたかの様な風情の村人が互いに行き会っている。
早朝より、焼け焦げた霊符を天目一箇から回収してきたあきつ丸が
せわしない人の群れに通りすがる先、見知った顔が視界に入った。
禿と少女。
「ひゃっほう、サインを貰ったのです」
「わあ、感染しているでありますよ」
雑誌を掲げテンションの上がっている電と、満更でも無い様子の教授。
そのままの合流に、機嫌の良い副官が上司に報告を始める。
「近い内のコラムに私たちの事を書くそうですよ」
「帰る前に少しばかり、賄賂を渡しておくべきでありますかな」
報告の後の会話は軽く、お道化た言葉を揚陸艦が述べれば、
偉丈夫は何とも言い難い顰め面で言葉を返す。
「ならば銑鉄だが、もう少しどうにかならないかね」
「そう言えば結局、軍がどれだけ持って行くのですか」
重ねた電の疑問に、あきつ丸は素直に答えた。
「7割であります」
何でも無い事の様な声に、素直な感想が届けられる。
「鬼か」
「鬼なのです」
3~4割のラインでの攻防が、ほんの数日前の事であり
情け容赦のない数値に、白い眼と成った二人へ揚陸艦は言い訳の様に言葉を継いだ。
「災害救助とバーターであります故」
―― 全力で足元を見やがった
そんな声成らぬ視線が雄弁に物語った何かを察したのか、あきつ丸は白々と言う。
「品行方正に生きていると言うのに、何故に疑いの眼差しを向けられるのでしょう」
「慇懃無礼の間違いではないのか」
「狂言綺語も大概にするのです」
血も涙も無い会話は、それからもしばらく続けられたと言う。
『あきつ異考録 おろち結』
各地村駅に停まった地方私鉄の古い車両は、いまだ気軽に窓が開閉する代物で、
窓越しに見えた見覚えのある巫女が、首掛けの番重に弁当を積んで売り子をしていた。
あきつ丸が思わずと窓越しに弁当と茶を二人分買った折、
笑顔で「また来てくださいね」と言い切った胆力に、内心で舌を巻く。
「窓越しの買い物を見るのも久方ぶりなのです」
「時代の変化と言うヤツでありますなあ」
ともあれと列車は動き出し、最寄りの新幹線駅までのそこそこの時間を潰そうと
熱湯と緑茶バッグの入ったプラ容器の、コップ代わりの蓋を外して茶を注ぐ。
相対する二人掛けの座席を二つ使い、閑散とした車両で弁当を使う二隻。
各地村名物、おろち弁当。
「鰻 ――、と思ったら何か違、う……」
「鰻風蒲鉾の蒲焼きでありますな」
箱の中には幾つかの地方の山菜、そして大きく敷き詰められた白米と、
その上に乗せられた大きな鰻 ―― に似せた蒲鉾の蒲焼き。
「蛇を探して鉄が出てくるような土地でありましたからな」
「食感が一瞬だけ鰻と間違えそうになるのが、何か悔しいのです」
黙々と食べ進む内、やがてポツリと電が問うた。
「あの村は、これからどうなるのでしょうか」
がたごとと軌道が鳴り、返答までの間を埋める。
「村役場は、早速に呪われた祭典として知名度を上げにいっておりましたな」
地味な色合いの山菜を突き乍ら軽く言う。
「所詮は純朴な古代人の欲など、現代の発達した欲の足元にも及ばぬでありますよ」
「欲望を技術か何かの様に語られても困るのです」
何やら役場総出でネットを通じ、知名度を上げる工作に出ていたと続く。
そしてもそもそと、蒲鉾を崩しながらタレのかかる米飯が減った。
「天然と言うか、歴史の積み重ねで自然と作られた、蟲毒の壺の様な沼でしたな」
自然な口振りで話題が切り替わり、詳しくと求める意に張り付いた笑顔が答える。
そもそもに、おろち沼は幾重にも閉じられた環境を作られていたと。
「長い歴史の中で延々と、何かが溜まる一方と言うヤツでして」
「鳥居が沼に向けて建てられていた事ですか」
常ならば俗世と聖域を区切る門としてのそれは、
沼と人の世界を区切るかのように建てられていた。
それを抜ければ道を迷わせるための袋小路が連なり、
裾に下れば鬼門に社、里に向かう道には道祖神が置かれている。
「何を畏れたのか、病的なまでの封じ込めでありますな」
何をと問い、はてさてと返る。
「まあ道祖神の向こうに穢れの地が在るあたり、お察しでありますよ」
それきりに説明は止まり、訝し気な電は無言に言葉を重ねる。
「そう言えば村の伝承では、おろちを退治したのは武御雷と」
蝦夷征討の拠点として名高い征討神社鹿島神宮、その祭神たる武甕槌大神。
聞き、食んでいた蒲鉾飯を呑み、一息の後にあきつ丸は言った。
「おろちと呼ばれた民の末路も、お察しでありますな」
その血は村人に混ざってはいたでしょうがと、補う。
とまれ、途切れた会話に挟まる様にがたごとと、軌道が鳴る。
窓の外の景色は移り変わり、弁当が減っていく。
「終わったのですか」
「ええ、綺麗さっぱり」
その後に短く問えば、短く答えた。
軽く軌道が曲線を描けば陽光が窓に差し、硝子に隔てられた景観は
流れるにつれ、緑を押しのけるように建てられた人工物の数を増やす。
底が割れ、里の土に染み込んだと言葉が在った。
―― あの沼には、どれほどの嘆きが溶け込んでいたのでありましょうか
何もかもの後に、ただ想到の言葉だけが残った。
(TIPS)
まあそんな事より重要なのはと、あきつ丸が言う。
「怨念相手に手頃な餌と自分らを放り込んだ、腐れ潜水艦へのお土産でありますな」
今回の話を持ってきた伊19への、恨み骨髄な笑顔での発言であった。
「各地村名物、おろち団子がお薦めなのです」
とても良い笑顔の電が、開いた箱に並ぶ緑色の団子を勧める。
「苦酸っぱッ」
試しにと口に入れた揚陸艦が、慌てて口元を抑え茶を流し込む光景が在った。
そのまま無理に飲み下しながら、空いた手の親指がきっちりアップされる。
息を整える上司の前で、どこまでも深く濁りきった瞳の駆逐艦がクフフさんと笑う。
酢漬け山菜ペーストの威力を実感しながら、荷物を整理する昏い主従の姿が在った。
「そう言えば、あの怪しい歌の出だしが謎なのです」
荷物を片づけながら、電がふと思いついた事を口にする。
「元ネタと言うか、老人とかにしっかりと聞き込みをして創作したとか」
「意外とちゃんとしているのですね」
「村おこしの成否は結局、その事業に誠実に打ち込めたか否かと言う事でありますからな」
村おこし、聖地巡礼、成功例は少なく失敗例は多い、されど共通する事実として
成功例には一つたりとも顧客を舐める様な真似をした土地は無いと言う事実が在る。
仮にど汚く騙すにしても、事細か全力で騙しに行くとの意味で誠実さが必要と言う。
「
つまりと問えば、あっさりと答える。
「山肌が焼き固められていた、つまりは過去に幾度も山火事に見舞われていた」
山肌の樹々は細く、樹齢の長い樹木は見当たらなかった。
おろち穴に詰められていた炭は、はたしていつの時代に埋蔵されたのか。
「戦時下で鳥居をへし折ったのは、はたして何のためであったのでしょうな」
問い掛けに応えは無く、そのままに言葉が積み重なる。
「そして蛇を嵐の神が討つ神話は、古今東西に散見できるであります」
民族が、自然崇拝から天空崇拝に移行する象徴とも言われている。
「
聞き覚えのある単語に聞き手が顔を上げれば、語り手は肩を竦めて言う。
ただ簡単な言葉が、不思議と雑然とした車内に響いた。
「ヒッタイトの神話でありますよ」
言葉を受け、息を吐き脱力した電が座席に体重を預ける。
「ユーラシア大陸を横断して、最終的に沼の底なのですか」
「そうやって、天に届くまで屍を積み上げるのが文明と言うものでありましょう」
報われないとの意に、そうでも無いでありましょうと言葉。
「まあ彼らは本懐を遂げたと言う事もありますが」
開けたプラ容器から残った茶を汲みながら、あきつ丸は静かに問う。
「平和な現代に踏みつけられている自分たちは、何か恨んでいるでありますか」
無いと答えられたのなら、深海棲艦など此の世に存在しなかっただろう。
口を開き、それでも何も言えない駆逐艦の有様の前で、
ああそう言えばと、気の無い風情で言葉が紡がれた。
「腐れ潜水艦の口に山菜団子を突っ込む程度には、恨み骨髄でありますな」
吐息。
違いないのですと、苦笑だけが車内に零れた。