水上の番外編   作:しちご

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居酒屋鳳翔夜話 いくたび

シナルコ。

 

20世紀初頭に生まれ、第三次戦前のドイツ炭酸飲料業界に於いては3位の人気を誇る、

ローカルと言うにはちょっとメジャーな、何とも語るに困る売上の清涼飲料水。

 

具体的に言えばペヤングぐらいの立ち位置。

 

そんな物が積載されたコンテナが、何か白い自称龍驤型2番艦宛てに贈られてきたわけで。

 

かくして怪奇清涼飲料水を配るドイツ空母なる事案が泊地を蹂躙した結果、

何か陽炎隊がカウンターでシナルコ飲んどる居酒屋鳳翔な宵の口。

 

「三ツ矢シナルコは結構人気の飲料だったよ」

 

既知だったのかとの司令官の疑問に、島風がまったりと答えた。

 

「シナルコはフランチャイズ制でな、戦前やと帝国鉱泉が契約してたねん」

 

中華鍋で適当に肉野菜とかを炒めつつ、消えない疑問顔に補足を入れる。

 

「帝国鉱泉と言われてもな」

「平野水の帝国鉱泉、それにシロップ入れたんが三ツ矢サイダーや」

 

ちょい細かく言葉を足せば、シナルコの瓶を杯に傾けながら不知火が言う。

 

「後の大日本麦酒ですね」

 

様々な企業の吸収合併の末に生まれた大企業で、帝国鉱泉も吸われたクチやったなと。

 

「大日本麦酒が財閥解体で西と東に分割されて、それが今のアサヒとサッポロや」

 

具を皿にとりわけ、空いた鍋に揚げ麺を放り込みながら語る。

 

「んで兵庫県の平野水から始まった三ツ矢は当然西で、アサヒ飲料と」

 

でかい揚げ麺で出来た板を鍋サイズに割り入れながら、炸々と麺を焼き。

火が通ったあたりで皿に盛り、具材を放り込みなおして水溶きで餡にする。

 

「あれ、三ツ矢はアサヒ飲料にブランド吸収とか餓鬼の頃に聞いたんだが」

「三ツ矢フーズからやな、再編でアサヒ飲料に纏まったけど結局どっちもアサヒ系列や」

 

手すさびとばかりに賄いっぽい餡掛け焼きそばが出来上がれば、

出された陽炎隊一同は焼きそばだと何かちょっとテンションが上がっている感じ。

 

「最近は、焼きそばと言うと浅草焼きそばの事を言うのよね」

「そやでー、これはかた焼きそばと言うんやでー」

 

天津んが更新した知識の確認をしてくれば、雑な感じで受け応え。

 

「そういやソース焼きそばが普及したのは戦後だったか」

「戦前は焼きそばと言えばコッチやったな」

 

ソースで焼く浅草焼きそばが、戦後の物資窮乏の折に比較的安価だった小麦、

要するに中華麺の調達の容易さから日本全国に普及したと言った塩梅。

 

「中華風焼きそばじゃないんだな」

「支那蕎麦から来た中華料理の人気が、広東料理来々軒からはじまったからなー」

 

一緒に普及する焼きそばも、そりゃ広東式炒麺になるわな。

 

そんな会話の横で食べながら、かたかたと繰り返し記憶に刻み付ける陽炎の姿と、

いまいち危険性を理解してない長女以外3隻、ついでの司令官の呑気さが些少気になった。

 

「ふむり」

 

試みに焼きそば好きかい、うん大好きさとかチャージマンな会話を適当に繰り広げれば

何か言おうとした島風が焼きそばと口にして、違う、違うと改めて言葉を口にする。

 

「うん私、ザーメン大好き」

 

司令官が石化した。

 

 

 

『後悔役に立たず』

 

 

 

最近は炸麺(ザーメン)やと通じにくいから、広東式炒麺(チャーメン)と言おうなと。

 

そんな歯に十二単を着せた様なマイルド注意から暫く、

駆逐艦勢が撤退して疲労困憊な司令官が単艦待機なカウンター風景。

 

「まああんな感じで、各鎮守府の提督の社会的信用が脅かされとるわけやな」

「よーし、筋金入りのロリペド疑惑犠牲者が増えて何より」

 

両手で顔を覆いながらも、道連れが出来た喜びを謳う奈落の住人が居る。

 

「海軍提督と書いて老若男女無差別変態と読む日も近いやもしれんな」

「待て、男は居ない」

 

老は居るんか、居ったわ、何か最長老が奥で名誉軽空母と一緒に安酒呑んどるわ。

 

憲兵から貰った団子の苦酸っぱさが、ソヴィエト魂にクリティカル出したらしく

今日は延々と団子を肴に無色透明の燃える水を消費しとる、地味に売上ショボい。

 

そんなウチの視線を追った司令官が口を開く。

 

「あの団子のどこに魅力を感じたのか」

「何やろな、アイツら胡瓜とか酸味とか大好きやから」

 

前に胡瓜味のウォッカ作って、肴が要らないねヒャッハーとか言い出しとったし。

 

「んで、司令官も広東式炒麺でええか」

「ああいや、何かもう普通の焼き、ソース焼きそばをくれ」

 

さよけと麺をレンジに放り込み、鉄鍋に適当な具材を放り込む。

 

「つか何で特定の中華が日本に広まってたんだ」

「横浜に中華街、中華料理の店が出来て、広東料理来々軒とか人気になった後やな」

 

日本の中華の基礎は広東系と言われる由縁やな。

 

「関東大震災で更地から逃げる感じで、中華料理屋が各地に散っていったねん」

 

んでラーメンの他に焼売や餃子、炒飯なんかも日本に広まっていった。

まあ大体は開拓とかで人を求めていた北に向かい、西側にはあまり行かんかったけど。

 

「災害が料理の普及に一役かったのか」

「意外と災害由来の料理ってあるもんやで」

 

例えば稲荷寿司とか、寛永の大火で避難民相手に配った揚げに詰めたおから寿司がモトやしな。

 

「んなわけで、関東から北に向かって醤油ラーメンが広まったわけやな」

「あー、旭川醤油とかそういう由来だったのか」

 

他のテイスト、味噌や豚骨あたりは戦後に復員兵が作ったラーメンや。

軍隊の広東系の他、満州や上海あたりの経験を持った復員兵がラーメンや餃子を作りまくったと。

 

「米軍が進駐しとったせいもあって輸入小麦が比較的安く、小麦麺が広く使われたんよ」

「そういやソース焼きそばは、蕎麦が高騰していたから中華麺を使ったとか聞くな」

 

そんな感じで戦後はソース焼きそば全盛で、国内に定着したわけやな。

 

「んで戦後にNHKの放送で陳建民が四川料理を紹介して、麻婆とかエビチリが普及と」

 

そして長崎中華街だけ何故か福建系で、福建麺(ホッケンミー)の一種として長崎皿うどんが出来たと。

 

「ここらのホッケンミーは皿うどんと随分違うんだが」

「マレー半島と福建省は昔から交流あったしな」

 

シンガポールあたりまでは揚げ麺を結構使って、クアラルンプールは

福建出身の料理人が移住して作った汁物由来の福建麺やから完全に別物とか。

 

まあ、ペナンあたりのホッケンミーが他と違って海老殻出汁とか使ってんのは

ウチら(帝国海軍)が魚介類買い上げまくって殻しか残らんかったせいとか、アレな由来もあるが。

 

「さて具材をとって鍋拭いて、暖めた麺をポイとな」

 

レンジでほぐれた麺が鍋の中で熱を受けてカラカラになっていく。

 

「何か作る手順が、袋とかに書いてある普通の焼きそばと違ってないか」

「アレは加賀でも60点の焼きそばが作れてしまう、万人向けのお手軽レシピや」

 

カレールーやシチュールーとかは具材の比率に合わせてスパイス調合しとるから、

うかつに公式レシピから変えると、好みには近づくやろうけどクオリティが下がるのは事実や。

 

けどまあ、そういう理想のバランスを追求したレシピとは別の方向性、

ド下手糞でもマシなモノが作れる様にハードルを下げまくったレシピとかもある。

 

焼きそばの袋とかに書かれとんのはコッチやな。

 

「焼きそば麵は茹で麺と違って鉄板で一方向からしか加熱できんから、油塗っとるわけでな」

「あー、だから温めるとほぐれるのか」

 

生焼けやとアミラーゼインヒピターが分解されきらんせいで腹壊すからな。

んなわけで鉄板に触れていない部分にも熱が通る様に、麺の表面には油が塗られとる。

 

「焼きそばは要するに、麺の水分を枯渇させてソースが良く絡む様にするもの」

 

だから水でほぐしたり具と一緒に加熱して、水分を与えまくるのは悪手や。

 

「もう端の方焦げとんやないかってぐらいカラカラになってから、戻し水をポイ」

「いきなり発言に矛盾が出たぞおい」

 

大匙に足りない程度の少量を放り込んで、水蒸気を吸わせる感じやな。

 

「理科の試験やないんやから、与えた水分が麺に与える影響は普通に偏るわ」

 

表面が水分を吸ってモチモチしておきながら、内部はカラカラに乾いたままとな。

コレをやっとかんと、表面がガチガチやったり焦げたりでかなりしょうもない出来になる。

 

「んで、ソースの水分を求めまくっとる麺に具材と焼きそばソースをポーイや」

「おお暴力的な香り、ってかソースは焼きそばソースなのか」

 

「焼きそばに合わせた配合のソースやからな、通常のウスターよりクオリティ高いんよ」

 

ジャカジャカと絡めながら火を通し、まあウチの好みでちょいソース焦げる程度まで。

 

「麺の水分とるために粉ソースとか、工夫しとるメーカーさんもあるけどな」

「そもそも水分が無いから液体ソースでいいって感じか」

 

加賀でも食えるものが作れるレシピで、少しでもクオリティを上げさせるためやな。

この作り方やと水分無さすぎて、粉ソースは水に溶いたりした方がよく絡んだりする。

 

「ほいよ、普通の焼きそば」

「おお、めっさ普通」

 

ざばっと皿に盛り、青海苔なんかも一摘まみ。

 

「屋内でソースの香りは、暴力以外の何物でもないと思うよ」

 

何か白一色な割にアカい駆逐艦から苦情が入った。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

弩級戦艦と名誉軽空母の分まで焼きそば作るマシーンと化しとった宵の底。

のんびりと焼きそばを突き乍ら手酌の司令官が口を開いた。

 

「しかし何で炸麺なんて名称が使われていたんだ」

 

ボボ・ブラジル発禁事件みたいなノリの話やな。

 

「あの手のエロワードって、ぶっちゃけ普及は90年代からやで」

 

ヤングサンデー連載のANGEL発売禁止で象徴的に語られる90年の有害コミック騒動。

 

日本全国に報道され様々な波紋を呼んだ件の事件は、つまるところ日本全国の人々に

エロマンガと言うものが存在していると周知してしまった側面があるわけで。

 

つまり、売れた。

 

ページの半分が白い光に埋め尽くされた凄まじい検閲状態でありながら

売上は増加し市場規模は急激に拡大、新雑誌は続々と創刊され。

 

必要とされた大量の漫画家の席にそれまでは少年誌などに流れていた層も引き込まれ、

玉石混交の大混乱の末に業界全体のレベルが時間経過で跳ね上がり続け。

 

それまで茄子をこすり合わせたり蒸気機関車がトンネルに入ったりしていた業界が

普通に可愛い女の子が何とも表現し辛い事になる内角高め剛速球で溢れかえった。

 

「当時の編集者が渦中で状況を一言に纏めとったな」

 

曰く ―― 弾圧は最大の宣伝

 

そして正のスパイラルに乗って肥大化する市場と、倫理機構などの発足

パソコンの発展と共にエロゲ業界にも同様の市場拡大が訪れ。

 

結果、その手の業界で流通していたエロワードが一般に普及したと。

 

「それまでも医療関係とかエロ業界では使われとったけどな、世間様は何それって話や」

「あー、だから中華料理屋のメニューとかで普通に使われていたのか」

 

性的にヤバ過ぎる江戸時代、赤線とかで売春合法なウチらの時代、

進駐軍に徹底的に弾圧された戦後世代と言った変遷を経たわけで。

 

エロが発展と言うよりは、本来の姿に戻ったって感じやな。

同時に様々な医療用語が世間に浸透し、中華料理屋の炸麺は炒麺に書き換えられたと。

 

「古い辞書や艶本なんか見てみ、口でするだけで人倫に劣る変態性欲扱いや」

 

令嬢物あたりは本当に酷い、肌色が少し見えた程度で人生が終わるの何の

浣腸器なんか使われた日には、生きてはおれんご、介錯しもす何てノリばかり。

 

「時代も変わったなあ」

「まあ何だかんだ、言葉の意味が変わるのは良くある事やわな」

 

そんな風に、何かアレな方向に話が飛んでいった深夜やった。

 

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