開けてぞ今朝も逃げられぬ、とばかりな早朝の執務室。
勢いよく上がる気温に対抗して活動を強める空調の響きの下、
直方体な体形の軽空母が腰に手をあてて白濁を飲み干している。
「牛乳か」
「カルピス様やー」
龍驤から様をつけろよデコ助野郎などと無言の圧力でも滲み出ていたのか
特に逆らう事も無く、カルピス様かーと鸚鵡に返す提督の声が在った。
「まあ正確にはカルピス
言いながら改めて出したコップに粘度の高い液を汲み、水で割る。
「うお、確かにこれはカルピス………ぽい」
「何か提督に地味に語尾パクられてるっぽい」
まったく違う飲み物だが、それっぽいと言えばそれっぽい。
俄かに騒がしくなった提督の机周りで、自分の分に口をつけた利根が嘆息した。
「乳酸菌一切入っていないと言うに、この乳酸菌飲料っぽさよの」
入ってないのかと驚愕する提督に、龍驤が補足を入れる。
「ぶっちゃけ練乳の水割りや、それにクエン酸と林檎と檸檬」
カルピス様飲料、軍隊調理法にレシピ掲載されている代用カルピスであり、
缶の練乳、もしくは砂糖とスキムミルクなどを活用して前線で愛された嗜好品である。
近年にもファミレスのドリンクバーで作るカルピスっぽい飲み物などと
世代を越えてこっそりと生き残っている微妙なレシピであった。
『若く見えるとは老いたと言う事』
―― Rasa sayang, hey Rasa sayang sayang hey
愛し想いよ 切なき胸よ
良く晴れた日差しの下、5番泊地に軽やかな歌声が響く。
―― Hey lihat nona jauh,Rasa sayang sayang hey
逢えぬ佳人の寂しさに 募る想いの愛しさよ
埠頭と本棟の狭間、教練の土地に大量の艦娘が行進していた。
揃いの芋ジャージに身を包んだ駆逐艦と巡洋艦が、水雷の体を成し艦隊ごとに歩を進める。
歌声に合わせ連結して、或いは互い違いに、様々な軌道で様々な多数が錯綜している。
そんな有様を窓枠に引っ掛かる様な姿勢で眺める執務室の住人は2体。
提督と龍驤が折からの日差しに布団の如くと漂白されながらの事。
「何か体育の時間って感じの光景だよなー」
「まあぶっちゃけ体育授業って軍事教練やからなー」
陽光に何やら浄化の効果でもあるのか、まったりとした会話が連なっていく。
「整列したり歩いたりがかー」
「歩兵の基本やなー」
速度、効率など様々な面に於いて、無秩序な行動では最も遅い者が基準となる。
個人の持つ間隔を開けるなどの意識が相互に作用した結果、自然とそうなってしまう。
故に整列と行進はそれだけで集団行動の効率を劇的に改善し、
およそ歩兵の基本として最初に叩き込まれるべき軍事技術とされている。
「小学校でやった内容なのにかー」
「つまり日本国民は全員歩兵の基本を弁えとるっちゅう事やー」
「そーいやそーかー」
災害時の行動、国民性などと言われるそれを思い浮かべた提督が、まったりと納得を見せた。
背後から響く時計を眺めた利根の「5分経過」などと言う声は聞こえるはずも無く、
賽の河原の石積みの如く積み上がる、各種申請書類なども見えようはずもない。
まったりながらも全力である、全力で視察をしているのだ。
一瞬でも振り向いたら飲み込まれる。
背後からひしひしと伝わる重圧を必死に振り払い、提督と龍驤は会話を続けた。
「しかしラササヤンって、インドネシア民謡だったか」
「マレーシアやインドネシアで起源の論争が起こっとるが、まあ」
大航海時代の頃にマラッカ海峡あたりから入ってきた西洋音楽の影響を受けて生まれた曲で
広く東南アジアに、植民地時代を越えてなお生き残った伝統民謡やな、と追補。
―― その南瓜は何処から盗んできた
―― 涼月が畑から盗んできた
―― ラササーヤーエーラササヤサヤエー裏切りましたねお初さん
―― 冷蔵庫のプリンは誰が食べたのよ
―― 4個セットを買わない暁が悪いんだよ
―― らささーやーげーらささやさやげーちょっとべるぬい裏手まで来なさい
「何か暴露大会になってないか」
「まあ即興で歌詞作る歌やしな」
ネタが切れたら段々と暴露に成っていくもんやろと言う。
ラササヤンは歌詞の内、繰り返し部分以外の箇所は
複数人が即興で歌詞を作り、歌い繋げるなどの遊び方がされる曲である。
しかし韻を踏む手前、歌詞の内容はかなり良い加減に成りがちだ。
「一行目と三行目、二行目と四行目で韻を踏むんだったか」
「まあ流通しとる日本語訳の詩やと、あんま厳密にやっとらんけどな」
「よしわかった、ちょっと北原白秋呼んで来い」
「海軍に喚ばれて化けて出てくる詩人なんか与謝野晶子ぐらいやないか」
「それはガチ説教されそうなんで勘弁してください」
軽く言った内容に真面目な返答が返る陰陽系の恐怖であった。
「つか喚べるのか」
「軍用カルピス捧げたらワンチャン、あるんやないかなー」
そんな互いに遠い眼で水平線の先を眺めながらの、与太話が積もる。
―― Rasa sayang hi Rasa sayang sayang hey! Who the hell are we fighting!?
「しかし何でラササヤン、しかも何で全員普通に歌えるんだ」
言語は結構多岐に渡っているみたいだがと、疑問が出る。
「ほれ、ウチらの時代は八紘一宇とか言うとったやろ」
南方への侵攻を見据えて、戦前から歌謡曲などで東南アジアの民謡を翻訳したり
歌詞にマレー語を織り込むなどの細かい仕込みが幾つもあったと語る。
「ラササヤンも何だかんだで歌われていたとかか」
「NHKがニュースの度に流しとったな」
―― ラササーヤーエー ラササヤサヤエー
いつまでも、今昔に変わらず歌い継がれる言葉が泊地に響き、
そして二人に巻かれた荒縄が後ろへと引かれた。
時間切れである。
咄嗟に窓枠にしがみ付くも、巡洋艦の出力で引かれるそれに抗う術などあるわけも無く。
外から見たら何か執務室が二人を捕食した様な光景だったと、後に那珂が語った。
(TIPS)
草木も眠る宵の底。
赤道の近い国では日中は気温が高過ぎるため、活動的になるのは日没後になりがちである。
そんな盛りも落ち着き鎮まる程度に深い夜。
書類の塔を崩す奈落の住人の胸には、文字の書かれた板切れが
ぴったりとフィットしながら下げられている。
昼の合同教練にて表出した問題点について、複数の艦娘に懲罰用首飾りが届けられる事となった。
―― 私は駆逐艦に悪い影響を与えました
那珂の字である。
他に食生活を揚げ物で汚染しました、小遣いをまきあげました、密造しました、神輿を担ぎました
バターとチーズをチョモランマ盛りにしましたなどと、様々な種類が存在する。
軽空母が、そんな前衛的な装飾を揺らしながら給湯室へ向かう。
「アイオワに作ったニクジャーガの残りがあるさかいー」
鍋を覗きながら火にかければ、レンジから響く軽快な電子音が闇に溶けた。
「温めたところに飯をぶち込む」
「わぁお下品」
述べられる夜食の経緯に、書類をめくりながら提督が雑感を処す。
「先の見えないキッツイ時を救ってくれるんは安っぽいお下品さや」
「あー、なんかわかるわ、上品だと心折れるよなー」
上品な贅沢は奈落の底から這いずり上がる活力を与えてはくれない。
そう言う時に必要なのは安酒や安物、要するにジャンクである。
ブラックの処世であった。
「肉ジャガって、海軍発祥なんだっけか」
「宣伝でフカした経緯があっただけで、それは俗説やな」
丼の煮込み飯を食いながら会話が続く。
「そもそも肉ジャガって名前で呼ばれる様になったんは戦後やしなー」
「海軍厨房の名称だと肉の旨煮だったっけか」
「まあジャガ芋入り旨煮は普通に戦前から存在しとったわな」
そんな軽い受け答えに、芋と肉を合わせたのは結局いつ頃だったのかと疑問が足される。
「ほれ、明治の食糧増産でジャガ芋が脚光を浴びたわけや、野菜としてな」
新しい野菜として煮物焼き物と様々なレシピに活用されていく事になるが、
その中でひとつ、そこそこに人気を博してポピュラーになったレシピが在る。
「野菜の一種として芋を入れた牛鍋、要するにジャガ芋入りのすき焼きや」
「ああ、言われてみれば肉ジャガってそのまんまだわ」
有名どころだと、歴史小説家の池波正太郎家伝のすき焼きもジャガ芋入りである。
「そして関東大震災で東京に在った大量の牛鍋屋が日本各地に散らばって」
「ジャガ芋入りすき焼きのレシピも一緒に広く普及したってとこか」
今でこそ関東風関西風などと綺麗に別れてはいるが、それは結局は震災後に出来た区分であり、
牛鍋屋が雨後の筍とばかりに乱立していた震災前の東京、そこにはレシピの混沌が在った。
「まあ焼くとか煮るとか様々なレシピがあったんやけど」
「その中で旨煮として確立したレシピ、その延長線上に肉ジャガが在ると」
食べながらの会話が結論に到達する。
そして濃い味に染まった夜の中、静寂が訪れ器が空く頃には瞳のハイライトも再度に消え、
書類の塔に手を伸ばすヒトガタが二体、死人の様相で蠢く有様はいつもの提督執務室であった。