水上の番外編   作:しちご

47 / 51
正月風景、執務室

 

超合体空母龍驤ーッ!

 

説明しよう、超合体空母龍驤とはッ。

 

雲龍ストライカーの乳下格納所に龍驤がガ・キーンする事により

雲龍驤の雲龍驤の合体業だ、ダダダッ、する形態の事である。

 

その性能は実に、正規空母雲龍1隻分に匹敵する ―― ッ!

 

そう、ふたつの空母がひとつになぁればーあぁ↑

マグネットパワーあらしを呼ぶーぜぇ↓

 

―― まぐねっとぱわーだって……あれは……ええものなんや

 それだけはわかってほしかった 特に……キミには

 

具体的に言えば、雲龍の腕が長いので利根との書類の受け渡しが若干楽になる。

 

「意外に便利やな」

「いや、お主がそれで良いのなら良いのじゃが」

 

そんなイ・イ・イ・イ、今だとばかりにシ・シ・シ・シ、深海棲艦叩きのめす中、

例年通りに出撃も落ち着いた年末年始と言う割に無駄に忙し無い提督執務室。

 

「と言うかの、何で雲龍が龍驤の後部兵装をやっておるのじゃ」

 

後部兵装と言うか後頭部兵装と言うか。

 

黙々と年末の各種調整書類を片づけながら、利根が隣の聖夜も過ぎたと言うのに

サタンでクロスな形態のティーチャー部分に声を掛ければ、真面目な声色の返答。

 

「可及的速やかに書類を片づけて師匠を厨房に放り込まないと」

 

真顔である。

 

「戦がはじまる」

 

何を言っているのかと問い返す前に、外から飲酒母艦の悲鳴が部屋に放り込まれた。

 

―― 鳳翔さんが倒れたーッ

 

続き、一航戦の声。

 

―― 仕方ありません、私が代わりましょう

―― 誰か加賀さんを止めてくだ、あああ、龍驤はどこですかーッ

 

執務室内の全員が、そっと空気に混ぜ込まれた鉛を飲み込んだ様な顔色に成る。

 

―― やはり人員不足か、私も協力する

―― 磯風IN

―― 島風が逃げたーッ

 

刻一刻と変化する宴席の様相に、ハイライトの消えた目で遠くを見つめていた龍驤が

とても穏やかな、優し気な気配の滲む言葉を上部の乳に向かって届ける。

 

「なあ雲龍」

 

窓の外、あまり澄み切っていないブルネイの空に思いを馳せながら言葉が紡がれた。

 

「ウチらは起こってしまった事を悔やむよりも、未来へと目を向けるべきやんな」

「未来への切符はいつも無地」

 

そんな無駄にシンクロ率の上がった合体空母に対し、外付け良心が一言。

 

「ぶん投げるでないわ、そこの師弟」

 

言葉を受けて上下揃い、目を逸らしヒューヒューと鳴らぬ口笛を吹く後ろ、

厨房に駆け付けようと腰を上げた比叡を他三姉妹がクラッシュしている正月であった。

 

【挿絵表示】

 

 

 

『後は兎も成れ山桜』

 

 

 

死屍累々。

 

史記は伍子胥伝にて死屍と言う単語が使われ、それが累々と並ぶ様を表す言葉である。

 

紫色で不定形で触るとビクンビクンと跳ねるかつて艦娘と呼ばれていた物体は、

間宮から鳳翔に至る道のそこかしこに転がり宴席の悲惨を物語っていた。

 

そんな死山血河を乗り越えた提督がカウンターに座り、超合体空母に迎えられる。

 

激闘の果てに生き残っていたらしい。

 

「いや雲龍はいつまでやってんだ」

「これが妙に便利でな」

 

何せ手が長い。

 

「師匠師匠」

 

そんな話題の雲龍ストライカーがコア龍驤を呼ぶ。

 

呼び声に合わせ渡された瓶の中には乳白色の液体が揺蕩っており、

受け取り軽く嗅ぎ、小皿に出して嘗め、深く頷いてカウンターに置いた。

 

提督の目の前。

 

「阿呆どもは後で吊るすとして、司令官にはサービスや」

 

サービスと言われても何物だコレはと、困惑しつつも硝子コップに注いで呑んだ。

 

「甘味の中にサッパリとした乳酸菌っぽい酸味がある」

「ぽい言うか普通に乳酸菌やな」

 

口の中で幾度か転がした後、納得の表情で提督が言葉を紡ぐ。

 

椰子酒(トゥバ)か」

「ここらやとトディかな、一部ではゴリボンとも呼んどるが」

 

禁酒国やからどこに属するかが微妙過ぎやねんと嘆き。

 

椰子酒は椰子の生えている地域ではどこでも作られている飲料であり、

その名称に関しては土地によって多少の差異が見られる。

 

フィリピンからボルネオ島にかけてはトゥバの名で親しまれ、

マレーシアではトディ、インドネシアではトワクなどと呼ばれている。

 

「けど、流通ではあまり見た事無い」

 

雲龍の疑問にふたりが応える。

 

「基本、日持ちせんからなあ」

「宴席とかではたまに出るんだが」

 

会話、宴席料理の余りを肴にしつつ、椰子酒を嘗めながら提督が言葉を継いだ。

 

「何だっけ、椰子の汁に椰子酒を入れると出来上がるんだっけか」

「そりゃ発酵を加速させる工夫や、別にやらんでも酒に成る」

 

椰子の先端に咲く花の枝を切り、設置した容器に樹液を貯めて作られる。

 

乳酸菌の豊富な花枝の樹液は、凶悪とまで言われるほどの強い酵母を持ち、

滴る樹液が瓶の底に着くまでに発酵がはじまっていると言われる。

 

「採取してから2~3日放置で飲み頃やとか」

 

そして小技として、朝に採取した樹液に前日の椰子酒の残りを放り込めば

夕方ごろに飲み頃に成ると言う幸せスパイラルが存在した。

 

「つまり」

「過ぎたら酢や」

 

多少に酸味が強くなっている椰子酒を呑みながら、提督が納得の眉を寄せる。

 

「けどまた何で椰子酒なんか在るんだ、流通に乗ってないだろ」

 

提督の疑問には静寂が応える。

 

視線を向ければ超合体空母が上下揃って見事なシンクロで視線を世界の果てに飛ばし。

 

幾許かの間を挟み、そっと龍驤が答えを口にした。

 

「密造の物証は腹の中に放り込んどけ」

「うわあい」

 

飲酒母艦組が吊るされるのが決定した正月であった。

 

 

 

(TIPS)

 

【挿絵表示】

 

 

 

超合体が解除され、雲龍が死体を入渠ドックに放り込む班に異動と成って暫く、

宴席料理の残りを集め、余り物でチビチビと呑る幾隻かの生き残りと提督が居る。

 

「しかしまた、普通の酒を取り寄せているのに何で密造に走るかなあ」

 

収入の問題かと首を捻る横、ひたすらに伊達巻を並べて頬の緩んでいる叢雲が答えた。

 

「椰子酒とか手作り品には、意外と懐かしい気風があるのよ」

 

微妙に理解の足りない様相に、カウンターを挟んで龍驤が解説を受ける。

 

「20世紀に入った頃に醸造業は近代化したとか、品評会とかもあったとか言うけどな」

 

その恩恵を受けられたのは都会住み、富裕層などの限られた人間だけやったと続いた。

ならば日本全国に視点を移した場合、庶民の酒はどのように普及していたのかと言えば。

 

「基本、酒言うもんは地産地消で、日本全国で何万もの酒蔵が地域の酒を造っていたわけや」

 

近代化の果て、現代の酒蔵はその有象無象の中から生き残った選りすぐりってわけやなと苦笑。

 

「戦前は税制の問題で気持ち廉価やった洋酒や麦酒も、流通に乗って人気を博したわけやけど」

 

こと日本酒に関しては旧態依然のままで戦前戦後と経過していたと語る。

 

「シェアを奪われるのを嫌がって、酒問屋が洋酒の扱いを拒否したせいでガラパゴスったねん」

 

以降に洋酒は薬種問屋などが扱う事になり、日本酒とはまったく違う流通網で普及する。

 

「んで80年代の日本酒ブームで、ようやく歴史が動きはじめた感じになるわけやな」

 

それまでは飲兵衛はおろか酒屋ですら、醸造と吟醸の違いすら理解できていないような有様だったと。

 

「清酒と濁酒、焼酎、あるいは1級酒と2級酒、そんな区分でしか理解されとらん世界やな」

「吟醸とか大吟醸なんて、都会のお金持ちか専門職しか知らない謎の区分だったわね」

 

まあそれでも流石に戦後の80年代まで行けば酒蔵も流通に淘汰されマシにはなっていたが、

戦前に至ってはそのような自然淘汰が始まる前の段階、有象無象の玉石混合の業界であり。

 

「地方で酷い安酒なんかを買うと、日暮れごろには酢に成っていたりね」

 

何で発酵を止めてないのかとの引きつった提督の言葉に、気軽な声色で龍驤が応える。

 

「火入れなんて工程を知っているマトモな酒蔵の酒は、安うならんのよ」

 

そんな言葉の後でカウンターに僅かと残った椰子酒を、腹中へと放り証拠隠滅を図る。

 

些かに静寂が訪れた正月の夜の中、眉を寄せた軽空母がやがて口を開き。

 

「まあ何や、思い出深い酸味やな」

 

などと気を遣った感想を零す、金持ち揃いの航空兵を乗せていた艦種であった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。