それは、パンツであった。
紐だ。
黒く、細く、端的に言えば随分と攻めている。
流石に島風型駆逐艦ほどでは無いが、随分と攻撃力が高い。
黒い着物がはだけて捲れ、魅惑の三角地帯を下品に強調している。
両の足は大胆に開かれ、黒いヒールが天へと投げ出されていた。
はだける、漢字では開けると書くが、肌蹴るとでも充てた方が
何となく見た儘を表している様な気がする。
それはともかく、おそらくは線を隠すための着物用の下着。
それだけを見れば成程、艶の在る話であった。
問題は、上半身が桟橋に埋まっている事であろうか。
上等の料理に、蜂蜜をぶちまけるが如き間抜けである。
助清と、小さい声が響いた。
朝方に成り、船舶に従事する、主に漁師の面々が人群れを作り、
蒼天に股間を突き出している少女の周りで、困惑の気配を見せている。
此処は瀬戸内、蜜柑県の海岸沿い。
冬の訪れも見えてきた頃合い、海軍詰所最寄り埠頭での話である。
『うぉるしんぐまちるだ #1』
詰所の提督が呼び出され、訪れたのは暫くの後。
幾人かの聞き取りに、深夜に「れきゅうどらいばー」と言う叫びが聞こえ、
一眠りしてから見に来ると埋まっていた、との証言が得られた。
「艦娘、だよな」
言葉に応えたわけでも無いだろうが、突き出された足がウネウネと蠢いた。
不可解な状況に首を捻る。
傾けた首の下、良く鍛えられた身体は僅かに日焼けして、
軍属のありふれた外見、精悍と言えなくも無い印象を周囲に与えている。
提督と言えど、詰所の提督と言えばその大半は艦娘の居ない提督である。
日本国海軍が発足した折、関係各所から送り込まれた提督候補たちは、
よく言えば玉石混交、悪く言えば有象無象で在った。
各省庁の利権の奪い合いは、そのまま現場の人海戦術へと姿を変え、
内包したまま押し付けられた諸問題は、次々に顕在化し海軍を悩す事に成る。
例えば彼は、陸上自衛軍から移籍してきた提督である。
開戦時は大陸の前線に在り、それなりの戦果を以って帰国した折に
新規発足した海軍への異動と言う道を提示され、選択した者だ。
防衛省から一人でも多くの軍人を、海軍に送り込みたいと言う思惑はともかく。
そもそも彼は、さしたる理念も持たず、単に就職難で自衛軍へと所属した身であり、
前線で血と硝煙に炙られ疲弊した精神が、少しでもマシな職場を求めても無理は無い。
しかし異動後の測定で、彼の契約可能艦娘の数は僅かに2隻であった。
玉石の石、間違い無く有象無象に属するその他大勢。
始まったばかりの提督人生、終了のお知らせである。
人格、経歴に特に問題は無かったが、いかんせん数が少なすぎる。
元より国内要所に潜り込めるほどの強い伝手を持つ身では無かったが、
2隻が上限では最前線、東南アジア方面に出向と言う道も選べない。
結果としては彼は、大量に送り込まれた提督候補の中で、特に下層に位置する者で、
とりたてて人格的に問題を有していない、要は普通の使えない提督候補の整理先。
鎮守府旗下の詰所、中継ポイントの責任者として海軍に所属する身と成る。
要は、国内海岸線を巡回する艦娘の休憩施設である。
建前の上では艦娘の提督であり、契約は可能とされている。
しかしそもそも、艦娘をあまり見ない。
どうやったら契約できるのかも、さっぱりわからない。
そもそも艦娘って何だろうか、軍事機密は何も語ってくれない。
契約は可能だ、と言う言葉の後に、出来る物ならば、と言う本音が在るのだろう。
そんな彼だから、蠢く下半身の前に困惑の色しか無かった。
「なあ提督さんよ、これはもしかして ――」
首を捻る詰所提督に、声を掛けたものが居る。
艦娘特集雑誌を小脇に抱える、海軍好きの近所の青年だ。
「ドロップ、ってやつじゃないのか」
―― ドロップ
巷の規制され断片的にしか識る事の出来ない艦娘の情報の中で、
艦娘はドロップすると言う言葉、おそらくは何かの隠語が在った。
よくはわからないが、艦娘は「ドロップ」して提督と契約するらしいのだ。
知らず、提督の喉が鳴った。
成程、確かにコレは何処からか
成るのか。
成れるのか。
艦娘の居る、本当の提督に。
突然の理解に軽く震えが走り、蠢く両足の狭間の黒い三角に視線が引かれる。
そして流れる様な動作でスマホを取り出し、静画と動画で撮影する。
物言わず、周囲のやじ馬もスマホを取り出す、撮影音が連続した。
きっと世界で一番パンツを見られた艦娘として、島風の良い好敵手と成るだろう。
「と、とりあえず、引っこ抜くか」
スマホを仕舞いながらの言葉に、同じく周囲の漁師がスマホを仕舞いながら、
良い笑顔でサムズアップして腰と足を鷲掴みにする、あまり色気は無い。
あとはもう、大きな蕪を引っこ抜くかの如き光景。
のぎゃーとか微妙な叫びを響かせながら、蕪が抜かれたのは暫くの後である。
(TIPS)
空気の色が、変わった。
漆黒の着物に、幾つかの、恐らくは艤装と呼ばれる漆黒を身に纏う姿。
黒く流した髪は、幾らかを一括りに纏め側頭に流している。
纏められた髪が、くるくると癖を持ち螺旋を描いていた。
「掘リ出シテクレタ事ニハ、オ礼ヲ言ウネエ」
整った顔の口元は僅かに歪み、蠱惑的な笑みで言葉を紡ぐ。
「フフフ、私ノ名ハ駆」
「神風だな」
皆まで言う前に断言したのは、艦娘特集雑誌を抱えた青年である。
「――ソウ、神カ、エ?」
表紙には、スクープ、新規建造神風型駆逐艦に迫る、とか書いてあった。
「神風か、戦艦か、ヤマトみたいな感じの」
「よくわからんが、特攻とか言うやつかな」
「いや、輸送とかで活躍した昔の駆逐艦らしいですよ」
「エ、イヤ、チョット待ッテ」
三人寄れば文殊の知恵と言う、近所の人たちの談話を、頷きながら聞く詰所提督。
やがて、彼らは真実に辿り着いた。
「この雑誌に書いてありますよ、着物姿で、何かリボンが似合いそうって」
「各艦がそれぞれ特撮の様な色分け、ブラックか、確かに特撮で見るな」
確かに、側頭でくるくると揺れているドリルには、リボンが似合いそうである。
そして黒い、即ち不思議な事が起こりそうなほどに強い、気がする。
ならば間違い無くネームシップ、1番艦の神風であろうと。
「イヤ、ダカラサァ」
「これから宜しくな、神風」
感極まる声で手を握る詰所提督が居た。
その目尻には、僅かに光る物が在り彼の視界を滲ませている。
その珍しく積極的な姿に、近所の人たちが微かに驚きを見せる。
生来、流されるままに気楽に生きてきたと自称する身では在ったが、
それでも流石に、冷や飯食いの現状は忸怩たるものが在ったのだろう。
そしてようやく、彼の元に訪れた艦娘。
「ヒトノ話ヲ聞ケエエェッ」
「ああ、ゆっくりと聞かせてくれ、お前の事をッ」
神風型駆逐艦1番艦、神風。
本日に呉鎮守府旗下、13番詰所に所属した駆逐艦である。