「英国のアップルと言えば、ブラムリーですネ」
昼下がりの間宮で、金剛さんが言う。
「ブラムリーね、アレ大好きッ」
そして話を聞いたアメリカ代表高速戦艦が、ウチの真後ろから吶喊してきおった。
何、ウチの後頭部は乳引力の変わらないただひとつのダイソンなん、待たんかい。
そして座った目のウチの上でふよんふよんさせながら、サワーとかスイートとか
どうにも上手く単語を選ぶ事が出来ず迷っている風情が在り、暫く。
「アマズッパイッ」
「何か努力だけは評価しておくわ」
サムズアップ付きのドヤ顔に、軽く呆れの混ざった声を届ける。
アイオワの発言に首を捻る一同に、強く爽やかな酸味の中に甘みの在る、
独特の魅力が在るアップルなんデスヨーと、分かり易く語る英国生まれ。
「聞かない名前ねー」
首を捻る叢雲に、軽く説明を足しとく。
「クッキングアップルってやつや、19世紀初頭に英国で生まれた種やな」
ノテンガム州のメアリー嬢がコテージに撒いた林檎に端を発し、
それを気に入ったブラムリー氏がコテージを買い取り、林檎の栽培をはじめ。
知人に配っている内に人気が出て苗屋が聞きつけ、以降は普通のサクセス話。
「調理前提の品種や、生食すると酸いわ渋いわ、ろくなもんやない」
「火にかけると蕩ける様にメルトして、爽やかな酸味だけが残るのデース」
話している内に食べたくなってきましたネーと、しみじみと頷く金剛さん。
「英国も林檎に拘りがあるのねー」
「キングアーサーがアヴァロンで眠るほどに、アップルが好きな国ネ」
しみじみ返した叢雲に金剛さんが答えれば、いまひとつと首を捻る駆逐艦。
「アップルがラテン語でアヴァル、アヴァロンは林檎の島って意味や」
林檎の樹がいっぱい生えとるからアヴァロン。
アーサー王伝説の古い翻訳やと、林檎島とか訳されとるな。
林檎だわーと謎な感じで納得の頷きをする叢雲と、釣られて頷く高速戦艦。
「そう言えばアップルと言えば、何か南瓜畑の方で見たネー」
そんな適当な感じで話題の転がる昼下がりやった。
『そして林檎が増える』
「
執務室で、龍驤とサラトガの会話に出た単語を問い掛ける提督が居る。
「いや、単なる密造酒や」
気楽な風で返した言葉の下、机の上には液体の入った瓶が置かれており、
指先で軽く揺らせば幾つかの気泡が生まれた。
「
「凍結濃縮させとるわけでも無いしな」
アップルジャックとは、植民地時代のアメリカに普及した
林檎を原料としたアルコール飲料の事を指す。
冬季に林檎酒を屋外に放置し、凍結した水分を取り除き続け
アルコール度数を上げる、凍結濃縮法で作られる酒類である。
「現在はともかく、私の頃のステイツではあまり区別はされていませんでしたね」
「林檎の酒なら何でもアップルジャックってとこかい」
「もしくはシードルですね」
何でまた密造酒がと提督が問えば、アカが悪巧みをしていましてとサラトガ。
「英国からの通報を受け、日米共同で対ソ共同戦線を張らせて頂きました」
極めて真面目な顔の発言をした航空母艦の横、いつも通りの軽空母が補足を入れる。
「金剛さんが南瓜畑の話をしとったら、アイオワがべるぬいの巣に乗り込んでったねん」
「わあ日本語って便利」
南瓜畑の外れ、響改めべるぬいの巣こと秘密基地には2隻のアカい艦娘が籠り、
何やら林檎を絞ったりジャムを集めたりと、アレな工作に余念が無かったと語る。
そして報告書にはサラトガの方を採用でなと、筆頭秘書艦が軽く言葉を重ねた。
「んなわけで、とりあえず没収してきた」
そうして机の上に在る瓶に、話が戻る。
黄金の色に染まった液体が詰まった硝子には、小さな泡が付着しており
見るからにただの液体では無い事を伝えていた。
「と言うか何だ、結構手軽に作れるもんなんだな」
「あー、人に飲ませる前提の代物なら手間は要るんやけどな」
「まあそれでも、林檎ジュースに酵母を入れて放置するだけですけどね」
露骨に経験者風の言葉が出る2隻の前科に、必死に気が付かないフリをする提督に
せっかくなので伝統的手法の説明をと、アメリカ出身空母が口を開く。
「まずは林檎を絞ってジュースを作り、瓶に入れます」
軽く瓶の様な形の手振りを入れて、言葉を重ねて説明が始まる。
「数日後、運が良ければ出来ています」
「ちょっと待て」
そして終わった。
「いくら何でも簡単すぎないか」
「何と言いますか、簡単なんですよ」
「酵母とかで正しく発酵させる様に成る前の、古いやり方やな」
酵母の発見自体は17世紀まで遡る事が出来るが、その研究が進むのは
19世紀に入ってからであり、酒類などに応用が為されるのはさらに後に成る。
それまでもパン種など、経験則に因る発酵手順が行われる事例も存在してはいたが、
当然の如く、完全に運任せの様な発酵手順も珍しくは無い。
例えばビール、エールなどは19世紀後半のデンマーク、カールスバーグ社の
ビール酵母純粋培養技術から現在の形へと至っている。
それ以前はどうだったのか。
単純な話だ、作り始める時に樽を空けて放置する。
運が良ければ空中を漂う自然酵母が入り発酵する、悪ければ入らず腐る。
故に古来、ビールなどの発酵は天からの贈り物などとも言われていた。
蓋を開けて放置している内に、天から酒の素が降ってくると言う話だ。
とは言え当然ながら、酒造には経験則的な発酵手順の知識が在り、
素人でも無ければ完全に運任せなどと言う事態には成り得ない。
それでも時折、天からの贈り物が無かったせいで酒が造れなかった酒造、
などと言う事例が存在しているあたり、不安定な物であったと察する事が出来る。
そして開拓時代のアメリカでも、同様の運任せが行われていた。
「林檎ジュースが自然酵母でシードルになるわけです」
「理屈はわかるが、簡単すぎて不安に成るな」
不安を覚える提督に、優しい笑顔でサラトガが言う。
「当然、身体に悪いですよ」
「おい」
製造の乱雑さから、人体に悪影響を与える成分が混入し易く、
特に凍結濃縮法だと、その成分まで濃縮されてしまうと言う問題が在る。
それ故に現在、多くの国で一般に於ける凍結濃縮法は禁止されている。
アメリカでも豊かになった頃合いに禁止された。
「んでま、アップルジャックは蒸留の方に製造が移行していくわけやな」
「まあ、禁酒法の頃には再度盛んに成っていましたけどね」
いや普通に酒造で造っとったやろと日本の空母が言えば、
民間で蒸留器の調達は難しいじゃないですかとアメリカの空母が笑う。
「そしてまあ、今も寄宿学校とかで伝統が受け継がれているわけです」
「何の伝統だ、何の」
しみじみと言うアメリ艦に、苦笑交じりの提督の声。
詰まる所、宿舎裏にこっそり吊るされた林檎汁が入った袋の伝統である。
「まあ素人酒造やから、上手くいっても味はお察しってヤツやけどな」
「そこを飲めるように作るのが、腕の良し悪しと言うものだろう」
適当に繰り広げられる学生の悪さの話を受けて、頬に傷の在るソビエト艦が
瓶に入った黄金色の液体を傾けながら言葉を挟んだ。
「ふむ、悪くない」
なかなかやるな、あのちっこいのなどと賞賛を交えて飲み続ける。
停止ボタンを押されたかの如く突如固まった空母二隻が、
林檎酒を消費する戦艦へと、ゆっくりと能面の如き無表情を向ける。
龍驤とサラトガの手に、筵と荒縄が握られた。
(TIPS)
寒い国出身の弩級戦艦を吊るして一息、軽く茶でもシバく。
お茶請けにと配られたものは、掌に収まる程度の三角状なアップルパイ。
「日本の林檎は甘いので、レモンを結構多めに入れました」
言われてみれば何となく酸味が在る様な気がせん事も無い、サクサク。
「何かコンビニとかで見る、菓子パン的なアップルパイだな」
「ファーストフードだと、横に折って長方形にしたのが多いですね」
司令官とサラの会話を眺めながら、サクサクとお茶請けを消費して茶をシバく。
本日の夕立チョイスはタイのレッドティー、直訳すると紅茶、甘ったるい。
紅茶に色素を入れているので、何かもう凄まじく赤い、と言うか完全にオレンジ色。
これを牛乳で割っているので、ぱっと見マンゴーオレにしか見えないミルクティー。
「有名所だと、
甘ーい、サクサク、だだ甘ーい、サクサク、あかん、珈琲寄越せ。
「んー、詳しくは無いが、確か作中で赤いパイとか言って無かったか」
「ああ、それは皮ごとフィリングにして焼き上げた方のパイですね」
特別にそう書かれている物ではなく、バスケットに入ったアップルパイなどの
普段食べのアップルパイの方は、大抵はこういう折り畳み型だと語る。
「チキンサラダに赤いパイ、と来れば御馳走の代名詞だったんですよ」
今ではお手軽価格のサイドメニューですけどと、苦笑が在った。
「しかし、甘い林檎は美味しいですけど、いまひとつパイに合いませんね」
酸味が無いと困るとアップルパイ職人が語る。
ウチに今必要なんは苦みやけどな。
「菓子なら、甘い事は良い事だと思ったんだがな」
「どのみち、フィリングには大量に砂糖を使いますから」
林檎は甘くするので、もともと甘い必要は無いと言う。
そして何か窓の外から、良い林檎酒にも酸味の在る林檎が必要だと声が。
「……ソビエトだけあって、お酒に関してはまともな事を言いますね」
「偏見なんだか事実なんだか」
ただの真実か。
サラトガには、日本の林檎はあまり評価出来ないのかと司令官が聞けば、
アイオワあたりは、果実として喜んで食べていますけどねと、歯切れの悪い声。
「ジョニー・アップルシードと言う偉人をステイツでは習うんですよ」
西部開拓時代に、各地に林檎の種を撒いて回った人物である。
「林檎は、アメリカの歴史と共に在った食べ物なんです」
生水が危険で、小麦が希少であった開拓時代、水分と炭水化物を摂取できる林檎は
間違い無く国を支える柱であり、故にその普及が偉業として称えられていると。
「あー、つまり、要は林檎は主食なんやな」
適当な会話の合間に、珈琲啜りながら何となくな理解で適当に相槌を打てば、
乱暴ですがそうですねと苦笑まじりの返答がサラから返って来た。
首を捻る司令官に、例えばですねとアメリ艦が補足を入れる。
「おはぎは美味しいですが、毎日のご飯に砂糖を混ぜますか?」
アイオワあたりの最近の感覚だと、美味しいフルーツとして喜ぶのでしょうが、
私の様な古い感覚だと、ちょっと違和感の方が先に来ちゃうんですと、締めた。