建物のそこかしこから響く爆音の中でジンが狂ったように笑う。ジンの足は瓦礫の一部に埋まりとても動ける状態ではなかった。
それでも狂ったように笑うジンが楽しげに僕を呼ぶ。
数分前まで僕はジンを相手に殺されかけていた。対人戦闘の得意な僕よりもジンのそれは勝っている。それはわかっていたけど僕はジンを止めなければならなかった。
だが結果として殺されかけていた僕を救ったのは建物の崩壊だった。しかし爆発の続くこの状況で足を負傷した僕が逃れる術はない。
だとしたら……。
「僕もそっちに行くことになりそうだ」
死後の世界なんて知らない。だが大切な人たちはみんなあちらに行ってしまっている。だとしたら僕がそっちに行くことも許されるはずだ。
ジンに撃ち抜かれた足がじくじくと痛む。爆発と炎に包まれた建物の中で僕は目を閉ざした。
「君はもっと諦めの悪い男だと思ったが……」
崩壊の音の中、ジンとは違う声が忍び込む。ありえないほど落ち着いた声に驚いた僕は目を開かせた。
「あか……」
「君は生きなければならない。その義務と使命が、君にはまだあるはずだ」
相変わらず説教じみた上から目線な言葉に僕は歯を噛み締めた。
憎しみしか抱いていない相手は僕を抱き締めると爆風から僕を守ろうとする。
そんな男の行動に既視感を覚えながら、僕は自然と吐息を漏らしていた。
ここまでの絶望的な状況で生き残れるなんて思えない。
「それとも……俺とここで心中するか?」
「そんなのお断りだ」
男のふざけた問いかけに僕は笑って返した。憎しみしかない相手と一緒に死ぬなんて冗談としてもありえない。
むしろこの男となら……。
初めて生きたいと思った瞬間、僕の周囲は爆風と熱に包まれる。
気付いたら周囲は静まり返っていた。血とほこりの匂いは消え失せて、独特の薬品臭が鼻の奥にある。
「降谷さん!」
ぼんやりと天井を見上げる僕の脇で年上の部下が泣きそうな顔を見せる。
顔にべったりと疲労感をつけた風見は本当に無様な様子を見せていた。
「身なりぐらい整えろ」
上司から注意を受けているというのに風見はなぜか嬉しそうに笑う。しかし今の僕はそんな風見にそれ以上何か言う体力がなかった。
僕の身体は撃ち抜かれた足を筆頭に満身創痍の状態だった。おかげで1ヶ月も入院生活を強いられたが、それでも無事に職場復帰できそうだ。
そして、これはすべてあの男のおかげだと言わざるを得ない。冷静に考えたら腹立たしいことだが、僕はあの男に命を救われてる。
「相手がどんな無礼者でも卑劣漢でも、礼はしなければならない。そうだ。僕はあの男のような無礼者じゃないからな」
玄関先でインターホンを押した僕は全力で自分に言い聞かせる。
あの神出鬼没な男は入院中一度も姿を見せなかった。もちろん見舞いに来られるような仲じゃない。ただ同じ病院に入院しているのではと、僕が勝手に思っただけだ。
インターホンを押してしばらく待っていると、誰とも知らない若者が出てきた。
いや、この顔には見覚えがある。確か東の……
「安室さん、退院してたのか」
初対面のはずの相手から名前を呼ばれた瞬間、僕の中に不信感が渦巻く。
「なぜ僕の名前を?」
この屋敷に居候していたあの男から聞いたのだろうか。目の前の高校生探偵はこの屋敷の持ち主の息子なのだからありうる話だ。
だが僕はこの探偵を信用したいと思わなかった。
彼は警視庁に一目おかれるほど優れた探偵だった。しかし黒の組織に狙われた頃から姿を消している。
そのためジンを含む組織の人間は「工藤新一は死んだ」と判断していた。だがどうやらその間、無駄に賢いこの名探偵は国外かどこかへ逃げていたようだ。
勇敢さも正義感も何もない。そんなつまらない子供だからこそジンも驚異に感じなかったのかもしれない
そして僕も同等に彼を脅威に感じていなかった。むしろ目立ちたがりで少し賢いだけの臆病者に興味もない。
「あ……えっと、昴さんに聞いてたんだよ」
「黒の組織が壊滅するまでどこかに雲隠れしていた名探偵が、何を聞いていたんだろうね」
嫌悪感とともにあふれる皮肉を彼に突き刺す。すると高校生探偵は苦笑いを浮かべたが反論はしなかった。
そんな彼に改めてあの男の在宅を問いかける。すると彼は苦笑いのままいないと言い出した。
「1ヶ月前から帰ってないっていうか、見てないんだよ。だからこっちも心配してんだけどさ」
「わかった。それなら僕は他を当たってみるよ」
あの男がいないならここにいても意味がない。そう思うまま僕はその場を離れようとした。
そんな僕の背中に高校生探偵が制止を向けてくる。
「ちょっと待ってくれよ。上着持ってくるから!」
彼は僕の返事も待たず屋敷の中へ戻っていった。
開け放たれたままの玄関を眺めながら、僕はうんざりとため息を吐き出す。