「ねぇシュウ、これからどうするつもり? 本国に戻るにしても報告書まとめないといけないのに」
数日前から何度となくされた問いかけを再び向けられる。
「そうだな」
「沖矢昴として在籍してる大学も手続きしないとよね」
「そうだな」
窓の外を眺めながら返事をすれば、背後にいるジョディがため息を吐き出す。
「シュウあのね。組織が壊滅した以上、私たちがこの国にいる理由はないの。本来なら次の任務に着かなければならないところを、あなたのその怪我のために」
「騒ぎが起きたようだ」
「は?」
俺の報告にジョディが奇妙な声で反応する。しかし俺はそんなジョディに目を向けなかった。上着を手にすると部屋を出ていこうとする。
だが玄関まで進んだところでジョディが前に立ちふさがった。
「シュウ、どこへ行くつもりなの。本来ならあなたは入院してなきゃならない身体なのよ?」
絶対安静は必須だと、何度も聞いた言葉を口にする。そんなジョディの横を抜けて俺は玄関扉を開かせた。
「もし誰かが訪ねてきたら、あの話をしてやってくれ」
「どんな人間もここまでたどり着けないと思うけど」
日本の警察でも簡単にたどり着けない程度には引っ越しを繰り返したから。呆れた顔でそうつぶやくジョディを尻目に俺は玄関扉を閉めた。
黒の組織を壊滅させた後、ジョディは引っ越しを繰り返した。もし組織の残党がいたとしても、そこまですれば追跡は困難になる。
そうして時間を稼ぎ、その間に本国へ帰還する。それは上からの指示だった。
ジョディはその指示に従い速やかな帰国を望んでいる。だが俺はまだ帰国するわけにはいかなかった。
俺に執着する彼に、俺を諦めさせなければならない。彼に追われる日々はとても楽しいものだった。だがそんなものは永遠に続けられるものではない。
少なくとも彼は、いつまでも過去に目を向けていてはいけない男だ。
彼のまっすぐな正義感と眼差しは守るべきにのみ向けられなければならない。
マンションを出た俺は近くの一軒家へやってきた。既にパトカーが集まっており、救急車のサイレンも近づいて来ている。
喧騒に包まれた昼の住宅街では、今まさに事件捜査が行われようとしていた。
既に貼られた規制線の向こう側には警察官が数名立っている。そしてそのそばには、まだあまり見慣れない探偵がいた。
見慣れないという表現もおかしいか。少なくとも俺は彼の幼い頃の姿を何度も目にした。
周囲のあらゆる大人を出し抜く頭脳を持った少年。かつてホームズの弟子だった少年は、今や誰よりも恐ろしい人物になっていた。
人込みの中に立ち様子を眺めていると建物の中から少女が出てきた。怪我をした様子はないが気が動転しているらしく泣き続けている。
少女の名前は知らないが、彼女が虐待を受けていることは知っていた。そのため今回も少女に何かあったのかと思ったが、それは杞憂だったようだ。
内心で胸を撫で下ろした俺は現場を離れるべく踵を返す。
「こんなところで何をしている」
しかし振り向いた俺の目の前に、彼の怒りに満ちた瞳があった。
その瞬間、俺は彼を蝕む憎しみの深さを知った気がした。黒の組織を潰した程度では彼の憎しみが晴れることはないらしい。
「答えろ、赤井秀一」
正義を抱くまっすぐな瞳が、俺を前にした時だけ憎しみ染まってわずかに濁る。
だが、これはとてもおかしな話だが、俺はそんな彼のことを憎からず思っていた。
しかしそれももう終わらせなければならない。
「君は誰だ?」