俺の名前は工藤新一、数々の事件を解決してきた高校生名探偵さ。ベルモットに告げられた場所でとある事件に遭遇したが、所轄の警官たちによって事件性はないと判断された。だから事件じゃなく事故に遭遇したというべきか。
そんな俺の傍らで安室さんは赤井さんを発見する。けどジョディ先生の説明によって、赤井さんが記憶喪失であることが判明する。
俺はそれも仕方ないと割りきれるけど、安室さんはどうだろうか。仲間の仇から忘れられて割りきれるのか。
けど夕方、別れ際に見た安室さんはもっと別の感情を抱えていたように見えた。それが何なのかはまだわからないけど。
安室さんと別れて帰路に着いた俺はまっすぐ帰らなかった。自宅の隣にある博士の家へ行くと俺より少し年上になった宮野が迎えてくれる。
「今日はどうしたの? もしかして夕食をここで食べようって言うんじゃないでしょうね」
「それも良いけどよ。おめぇに調べて欲しいことがあるんだよ」
大きくなっても冷めた目の宮野は俺の頼みに肩をすくめる。それでも嫌がることなく家の中に招き入れてくれた。
「調べて欲しいことって、違法なものじゃないわよね」
「違う違う。赤井さんのケガだよ。黒の組織を壊滅させたあの時は俺もバタついててあんま知らねぇからさ」
組織が壊滅したあの日、本拠地である建物は大規模な爆発によって壊された。二度と組織が組織として機能しないように、本拠地内部の機器は記録ごと破壊する。それは灰原が望んだことだった。
バーボンである安室さんが爆薬をしかける役だったが俺も手を貸した。ただ聞いたところによると、安室さんはさらにジンを引き留めてくれていたらしい。
おかげで俺も灰原も予定通りに動くことができた。
だが逃げ遅れた安室さんは爆発に巻き込まれ負傷してしまう。けど赤井さんが助けてくれたおかげで無事だったと聞いてる。
「あの人、右腕をケガしたそうね。腕神経叢損傷って言うんだけど」
安室さんを助けられたのだから無事だと思い込んでいた俺に宮野が教えてくれる。そんな宮野の目の前にあるパソコン画面には電子カルテらしい画像が映し出されていた。
そんな宮野に俺はひとつ疑念を向ける。
「解離性健忘については?」
「そういうのはカルテにはないわ」
「ってことは、記憶は無くなってないのか? だとしたら赤井さんとジョディ先生はウソをついてるってことになるな……」
だとしたら、なぜそんなウソをつく必要があるのか。
俺は思案を広げながらポケットに手を突っ込んだ。昼間に拾ったビー玉を手の中で転がす。
昼間、ある家で事件が起きた。俺の推理が正しければ、被害者である男性はこのビー玉を踏んで階段の上から落下した。
容疑者は不明。
当時の家には五歳の少女がいたが、彼女がやった証拠はないし探すこともしなかった。
真実は常にひとつしかない。だが正義はひとつじゃない。
安室さんは正義感の強い人だ。その正義感のためなら、小学生を事件に巻き込むこともいとわない。
けど誰よりも賢く機転に優れていたあの人は、きっと誰よりも不器用な人なんだろう。
「おめぇの場合、どんな理由があれば記憶喪失のふりをする?」
「なにそれ」
「例えばの話だよ」
濃紺のセーターを着た宮野は机に肘をのせて嘆息を漏らした。
「そうね……例えば、忘れることで関係を絶ち切ることができるわよね」
「そこまでするか?」
「するんじゃない? 相手のことを大切に思っていて、別れを切り出せない場合とか。現実的なやり方ではないし、無駄に手間な気もするけど古典演劇にも使われる手法だし」
灰原の話を聞きながら俺の脳裏に昼間の赤井さんの態度が甦る。赤井さんが見せた態度の違和感を、あの時は記憶がないせいだと思っていた。
けど違うのかもしれない。
いや、違うんだ。俺の正義も安室さんの正義も、赤井さんとは別物だ。
むしろ赤井さんは俺たちほど強い正義感持ってるわけじゃない。だから常に臨機応変に、相手にとっての最善を選択することができる。
腕神経叢損傷を抱えた赤井さんは、ジョディ先生と近々帰国するという。
ジョディ先生が言っていた「療養すれば職場に復帰できる」というのは記憶のことではないんだろう。
けど本当に?
捜査官として復帰したとして、今まで通りのことができるのか?
もし元に戻れるのならわざわざ俺たちのことを「忘れた」なんてウソをつく必要はないはずだ。
「ついこの間もドラマで……」
「灰原」
「宮野よ」
記憶喪失ネタについて語っていた灰原を呼べば軽い訂正が入る。
「アポトキシンが欲しい」
「は? 工藤君あなた何をするつもり?」
「アポトキシンじゃなくても、一時的にコナンに戻れるモンならなんでもいい。頼む!」
両手を合わせて拝み倒す俺の前で宮野が大きくため息を吐き出した。
「事情を説明して。すべてはそれからよ」