扶桑と山城が旅に出てから10日経過した。昼も終えて3時を回り日が傾き始める時間帯、提督執務室に扉をノックする音が響く。
「はーい」
返事をする提督、ワンクッションの後扉が開くとそこには扶桑と山城の姿があった。
「提督、ただ今戻りました」
二人似通ったワンピースとカーディガンに身を包んで立っている。
「おかえりー…って。随分焼けたね…」
七分丈のカーディガンから見える腕は彼女たちが出かけたころと比較して、誰が見てもわかるほど焼けていた。間違いなく南へ行っていた、それも察しが付く提督。取りあえず帰還の報告と出かける前に約束していた話を聞くために部屋の中へと招き入れる。
「お疲れ様。どう、楽しかった?」
「はい、とても」
「やっぱりこっちは涼しいわね」
スーツケースを部屋の隅に置いて、提督に出してもらった椅子に腰かける二人。ついでにお茶も出してもらい一服した後、扶桑から話を切り出す。
「すみません提督。急に長々とお休みをもらってしまいまして」
「いや、そんなこと。むしろヒマだしみんなバンバン休めばいいのにって思うよ」
「ホント平和よね」
腕組みして立っている山城が呟く。
「いいことじゃない。んで、どこ行ってたの?」
提督も改めて腰かけ、本題に移る。
「はい、フィリピンまで」
「フィリピン?」
ちょっと意外な場所だった。別にバカンスが出来ない国ではないが、南国での休暇といって真っ先に思いつく国でもなく少し変化球な選択肢だった。「なんでまた」と理由を聞こうとする提督。しかしその言葉が口をつく前、何かに気が付いてそれを飲み込み別の言葉を発する。
「もしかして」
「はい、そうです」
「…そっか」
少し悲しそうな表情をしながら微笑み。提督のその問いに答える扶桑。
「レイテ、行ってきたんだ」
「はい」
一言、力強い答えが扶桑から返ってくる。開け放した窓から風が吹き込んできて並んで座る扶桑と山城の髪を軽く撫でて通り過ぎる。その時提督の目に一瞬その海にボロボロの格好で立つ二人の姿が見えた気がしたが、それは当然気のせいだろう。並んで座る二人しかそこにはいない。
「どうしても、行きたかったんです。私たちの魂が眠る場所に」
「…」
黙って扶桑の話を聞く態勢に入っている提督。椅子に腰かけじっと扶桑を見つめている。
「行ってみたらすぐにわかりました。前世の記憶って残ってるものなんですね。現地の人に聞くまでもなく、体が勝手にそっちのほうへと向くんです。あぁ、あの向こうに沈んでいるのねって」
「…」
山城も黙って扶桑の話を聞いている。扶桑とは違い横を向いて頬杖をついている。その表情を提督に見られたくはないのだろう。
「お花を買って、持っていった艤装を身に付けて、あの海峡を抜けてあの海へ向かったんです。船に乗って行こうとも考えましたけど、やっぱり自分たちの足で行きたくなったのでそうしました。そして、しばらく奔ってあの海に徐々に近づくと不思議なことが起こるんです。いないはずなのに私たちの周りに最上、時雨、満潮、朝雲、山雲の姿が見えるんです。西村艦隊のみんながそこにいるんです」
何も言葉を発することができない。椅子に深く腰掛けてその昔話にも聞こえる不思議な体験を聞き続ける。
「誰一人欠けていない、7人揃ってスリガオを抜けると、そこに西村中将が待っていらっしゃったんです。何もおっしゃりはしないんですけど、こっちを向いて微笑んだと思ったら消えてしまいました。そして気づいたら私たちはレイテの海に立っていました。待っていてくれたんでしょう、私たちが来るのを」
「…山城も、見た?」
そっぽを向いている山城に提督が問いかける。
「…うん」
一言だけ返ってくる。
「そっか」
提督が視線を扶桑に戻すと、それを合図にまた扶桑が話し始める。
「正確な座標はわからないのですが、きっと西村中将がいらっしゃったあそこが、その場所なんでしょうね。そこにお花を供えてきました。素晴らしいですよね、誰一人殺めることなく、一隻も沈めることなく、静かに海を奔っていけるのって」
横に座っている山城が鼻をすするような音を立てている。確かめることはしないがちょっと泣いているのかもしれない。声は掛けずにそっとしておく。
「大丈夫、もう誰も沈みやしないさ」
「はい」
扶桑が嬉しそうに微笑んで話が締められる。
コンコン
再び扉をノックする音が聞こえる。そして今度は提督が返事をする前に扉が半分開かれて部屋の中を覗き込む顔が見える。
「提督、扶桑と山城帰ってきたんだって?」
時雨だった。
「あら時雨。ええ、今帰ったばっかり」
さっきまでセンチメンタルになっていたであろう山城が、いつの間にか普通に戻って時雨に返事をする。恐らくだが、時雨に情けないところは見せられないから、無理をしたのだろう。山城に見られていないのをいいことにちょっと提督がにやける。
「おかえり、長旅お疲れ様」
「ええ、ホント。飛行機なんて頻繁に乗るもんじゃないわね。落ち着かないから寝ることも出来やしないわよ」
強がりからか、そんなことを時雨に言ってみる山城。
「大変そうだね。ところで二人とも」
「ん?」
「なぁに」
時雨が扶桑と山城に何か尋ねようとする。
「後ろにたくさん人がいるんだけど、どこに行ってきたのさ? あぁ、別に悪いものじゃないから怖がる必要はないけれど。ほら、笑ってるよ?」
時雨が二人の背後、ちょうど提督の頭上あたりを指さしてそう告げる。
「…」
「…」
「…あ、時雨、見えるんだっけ??」
お連れ様がどうやらいたらしい。悪いものではないと言ってはいるが、その言葉に血の気が引いていく三人。
「何か言ってるよ。ここが…現代の鎮守府か、立派じゃねぇか、だってさ。昔の軍人さんかな?」
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!」
怪談系にとことん弱い扶桑姉妹。夕暮れの鎮守府の穏やかな空気を切り裂く二人の叫び声。
「あれ? 西村提督じゃないか、久しぶり」
何もない空間に手を振る時雨の姿が妙にリアルで怖い。