「お若いのにもう海軍少将さんかい、いや立派なことで。どうだい? うちの孫娘でも嫁にもらってくれないか?」
「か、考えておきますね」
「あぁ、でも今から行くところにはごまんとおなごがいるから、あんたみたいな立場ならより取り見取りか」
「そういう対象ではないので。それに仕事で行くわけですから」
「はっはっは、まぁ男と女がいるところで何が起こるかわからんから。自然の流れに任せるってこった」
「は、はぁ…」
とある海上、一隻の漁船の上では船長と思われる男とそれに乗り合わせている『海軍少将さん』と呼ばれる男の会話が繰り広げられている。船長はいかにも海の男で、その軍人と思われる人物と多少下世話な話を繰り広げている、一方的ではあるが。それを受け身で聞く男は海軍といわれると疑問符が付きそうなくらい華奢で、到底軍人には見えない。
「しかし、戦争ももうとっくの昔に終わってるのに、まだあんたらみたいな人が必要ってのも、なんか因果なことだね」
「それもそうですね。僕らみたいなのはいないのが一番なんですけど」
舵を握る船長の後、船尾の縁に腰かけて返事をする。出てきた港はとうの昔に見えなくなっている。それでもずっと何かを追うように今来た海を見続けている。スクリューで泡立った白い海面が青く戻るのをずっと見ている。
「そんなところで暑くないかい。遠慮せず屋根の下に入っても」
季節は初夏。船上には容赦なく日差しが照り付けている。出港してからずっと同じ場所にいるその男に船長が中に入るように促す。
「いえ、大丈夫です。南の人間ですからこれくらいどうってことありません」
「何処の出だい?」
「鹿児島です」
「はー、そりゃまた遠いとことからこんな北まで。軍人さんは大変だ」
「覚悟してますから」
半袖の軍服、うっすらとではあるが袖口の境目に日焼けの跡がある。今日に限らず炎天下にいた証拠だろう。
「船長! 見えましたよ」
船首にいる少年が声を挙げる。と同時に船尾にいた男は腰を上げ、揺れる船の上をおぼつかない足取りで前へと進み、船首へと立つ。
「おー、見えた見えた」
「あれ、ですか」
右手で日差しを遮り目を凝らす。遠く水平線に見えてきた陸地、そこに建つ何らかの施設を遠目に見る。
「あぁ、あそこが戦時中『北の要塞』と呼ばれた、まぁあんたらは当然知ってることだろうけど、あれこそが椴法華鎮守府だよ」
「あれが、僕の着任する…」
少しずつ近づいてくる陸地。さて、そこでだれが彼を出迎え、そして何が繰り広げられるのか。どうせすぐにわかることになるのだが…。