こちら、椴法華鎮守府日常譚   作:汐ノ爾

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第1話:初めまして、僕がここの新しい提督です
その1


「ありがとうございました」

「それじゃあ、よろしくやんなよ!」

 船着場から離れていく船の上の船長に手を振る。見えなくなるまではさすがにキリがないので、適当なところで切り上げ丘のほうを向く。

「さて…」

 腰に手を当て、船着場一帯をぐるりと見回す。

「なんで誰も迎えがいないんだろう…」

 顔が少し引きつる。別に何かたいそうな出迎えを期待していたわけではないが、流石に「出迎えゼロ」は考えていなかった。別に招かれざる客ではないし、だからといって大歓迎を受けるというわけでもない。ただ初めての土地であることは間違いなく、それはこちら側には伝わっているはず。何か行き違いでもあったのだろうかと考える。

「まぁいいか。鎮守府の建物自体海からちょっと離れてるし、行く途中誰かしら一人くらいいるだろう」

フンと鼻息一つ上げて気を取り直し、桟橋に置いた荷物を持ち上げる。

「一人だとちょっと量が多いな。やっぱ誰か一人くらい来てほしかったな…」

 両手いっぱいの荷物を抱えて階段を上る。上がるとそこには防砂林の一部なのだろう、松林がある。その間に一本の道が通じている。そこしか道はなく迷うことなく歩き出す。北国の夏はまだ始まったばかりだが、気の早いセミが数匹すでに鳴いている。といっても広いその林の中、海から吹く風に揺れる木の身震いの音がちょうどいい感じにその鳴き声をかき消してくれる。

「静かだな」

 自然が奏でる音以外の雑音は一切ない。都会では絶対に味わうことができない静けさという音を聞きながら歩き続ける。5分ほど歩いただろうか、視界が開け今まで木々が遮ってくれていた日差しが目を襲う。一瞬細目になるがすぐに慣れ、開けた景色を認識する。

「…校庭?」

 かなり広い、相当だだっ広い場所に出る。その認識は間違っていないだろう、ここは学校ではないが校庭と呼ぶのが最もふさわしい思われる場所の隅っこにその道は通じていた。そしてそこにはまだ誰もいない、人っ子一人いない。

「夏休みってあったっけ? 聞いてないけどなぁ」

 ますます怪しくなってくる。その校庭と思しき場所には先ほどと同じく風の音とセミの声が染みわたっているのみである。

「もう自力で執務室探すしか…、ん?」

 その景色を見て諦めかけた瞬間、その広場を挟んだ向かいにある建物が目に留まる。そしてその窓からは、小さな光が漏れている。

「あ、あそこ誰かいるみたいだな。よし」

 萎えかけた気持ちをもう一度奮い立たせ、広い校庭のど真ん中を突っ切りその建物へと向かう。少しばかり焦りがあるのだろうか、小走りで向かう。ほどなくその建物に辿り着き、見えていたのは側面だったため正面へと回り込む。回り込むとそこには入り口があり、その横には『開発工廠』と書かれた看板が掲げられていた。入り口は重そうな鉄の大きな扉で、風を入れるためかほぼ開いた状態であった。ここまできたらもう遠慮はすまいと中を覗き込む。

「すいませーん」

 響き渡る声、しかし返事はない。

「誰もいない?」

 視線を右に左に動かす。しかし一見しただけでは人の姿は見つからない。

「ダメか…、ん?」

 建物の左側、ちょうど先ほど広場の反対から灯りが見えた場所。少しほの暗い場所に一人の女性と思しき人物が座って、何か黙々とことをなしている。こちらの声に気づくこともなくただひたすら何かに没頭しているようだ。聞こえないならば仕方がない、彼女の後ろまで歩み寄る。何か認識できる距離まで近づく、工作機械のようなものを握って何かをしていることまでは確認できた。火花が散り少々その音で聞こえが悪い。こちらの声が届かなかったのはそのせいだろうと納得する。

「すいませーん」

 声をかけるとともに、その女性の肩を指でトントンと叩く。

「ん?」

 流石に気が付いたようで手が止まり、こちらを振り向く。顔は防護用のマスクで覆われており、すぐに顔は確認できなかった。しかしすぐにそのマスクは上に持ち上げられ女性の顔が目に飛び込んできた。

「どちらさま?」

 快活そうな顔。しかしその目は「知らない人だ」と多少の警戒の色が伺えた。

「あ、あの。ここって椴法華鎮守府で間違ってないですよね?」

「ええ、そうですけど。何か御用ですか? ってよくここまで入ってこれましたね」

「あぁ、船で来たので、裏の林の向こうの船着場から」

 建物の外を指さす。

「船着場? あぁ、あの予備の」

「予備?」

「予備ですよ、あそこは。予備っていうか民間の人が資材陸揚げするときに使う勝手口的な。ってあそこがメインなわけないじゃないですかあんな小さいのが。伊達にココ軍事施設じゃないですよ?」

「えええ…」

 それを聞いて理解した。自分は裏口からこっそり入ってきたのだということを。目の前のピンクの髪の女性は被っていたマスクを外して机に置き、完全にその男の話を聞くモードに入っている。

「で、どちらさまで? 見たところ軍関係者みたいですけど」

 上から下まで身なりを確認して、流石に部外者ではないであろうことを察する。

「あ、そうなんです。実は今日ここに着任する予定の新しい…」

「あぁ、新しい提督?」

 言い終わるのを遮ってかぶせるようにその女性が呟く。

「正解」

 Vサインで正解を伝える。

「…え? でも今みんな港に出迎えにいってるはずなんだけど」

 視線を男から外しどこかへと向ける。恐らくその本港がある方角であろう。

「なので、その裏口から入港しちゃったので…」

「…」

「…」

 気まずい沈黙。それはその場の二人がそれぞれ今何が起きているかを理解した証拠でもあった。

「マズい!!」×2

 男は手に持っていた荷物を放り出し、女性は座っていた椅子を蹴倒し二人並んで全速力で外へと向かう。

「こ、こっちこっち!」

「あぁ、ゴメン!」

 明後日の方向に行こうとした男を呼び止め,、自身についてくるように促す。

「気づいてくださいよもう。いくらなんでも着任する提督出迎えないわけないでしょう」

「い、いや。みんな忙しいからなのかなーって」

「それくらいの礼儀と常識はわきまえてますーっ!」

 並走しながらのお詫びと説教。その本港があるほうへと全力で走る。

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