こちら、椴法華鎮守府日常譚   作:汐ノ爾

38 / 109
その2

 着替えを済ませ二人の待つ玄関へと向かう提督。玄関の金魚鉢を眺め待っている白露と村雨。腰を折りくの字になって前かがみ、二人全く同じポーズで金魚を眺めているその姿を見た提督は「さすが姉妹」とちょっと笑ってしまう。

「お待たせ」

「よし、じゃあ行こう行こう。って、どうやって街まで行くの?」

「この鎮守府って車ってあるのか?」

「あったと思うけど、私たち使わないし。明石さんに聞けばわかると思うよ」

「提督、免許もってるの?」

 村雨が聞いてくる。

「もちろん」

 街に出るにはさすがに歩きでは厳しい。だからといって提督は艦娘のように艤装を身に着け海を奔ることはできない。陸路を選ぶのであれば市街地には少しばかり遠い、郊外の鎮守府から移動するのに車は必須。どこかにあるはずの車を探すため、三人並んで歩いて明石の工廠へ向かう。

「明石ー、いるかー?」

「ん? 提督じゃないですか。それに白露と村雨も」

 いつも通り何か作業している明石。手を止めて提督たちに目を向ける。

「なんですか、ダブルデートですか?」

「こういうのはダブルデートとは言わない」

「じゃあ二股ですか?」

 ニヤニヤしながら提督をからかう明石。

「予算下げるぞ」

 明石に対してのリーサルウェポンが炸裂する。

「あぁ、ごめんなさい! で、何用ですか?」

「車ってどこにある?」

「車ですか。それならこの建物の裏に置いてありますよ」

 すんなりと在り処が判明する。裏に回るとそこには小さめの車が一台、少しだけほこりを被った状態で置かれていた。

「動く、か?」

 心配そうにそれを眺める提督。

「壊れてはいないと思いますよ。あ、でもバッテリーはあがっちゃってるかもしれませんね、しばらく誰も使っていませんし。鍵は多分庶務科にあると思いますよ」

「私とってくるね」

 それを聞いた白露がダッシュでその場を離れる。そしてそれに合わせるかのように村雨も「忘れ物が」と一旦部屋へと戻る。残される提督と明石。

「ついに駆逐艦に手を出しちゃったんですか? しかも姉妹!?」

 勘ぐり過ぎの明石。軽く頭をひっぱたく提督。

「じょ、冗談ですって」

「もしバッテリーあがってたら、何とかできるか?」

「ええ、大丈夫ですよ。お出かけですか?」

「ああ。自宅の扇風機が壊れちゃったんで買いに行くのと、二人には飯奢る、それだけだ」

「なるほど。あ! 提督、申し訳ないんですけどついでにお遣い頼まれてくれやしませんでしょうか?」

 手をすりすりと合わせてお願いしてくる明石。

「ほほう、提督を使うとはいい度胸だ」

 「へへ」と苦笑いをする明石。

「何だ、そんな面倒なもんじゃなければ別にいいけど」

「助かります。じゃあちょっとメモしますんでお待ちを!」

 そんなに多いのかと引き受けたことを若干後悔する提督。待ちぼうけを食らう、ボンネットに腰を下ろして三人が戻るのを待つ。木々で日差しが遮られ風が通りとても心地よい。目を閉じたら寝てしまいそうなくらい居心地のいい場所。この鎮守府で一番いい場所を見つけたかもしれないと思う。

「ていとーく、取ってきたよ」

 先に戻ってきたのは白露だった。片手に車の鍵を携えて提督の元へ駆け寄る。

「おう、サンキュー。じゃあちょっとやってみっか」

 鍵を受け取り扉を開けて運転席へと乗り込む。鍵穴に差し込みいざエンジン始動…。やはりバッテリーがあがっているらしくうんともすんともいわない。セルの回る音だけが悲しく響く。

「ダメ?」

 運転席を覗き込む白露。

「ああ、でも明石が何とかしてくれるらしいから大丈夫だろう」

 一度運転席から外し、明石の元へと向かう。メモついでにバッテリーとプラグの持参もお願いし二人で担いで戻ってくる。ボンネットを開けケーブルを繋ぎ、再度運転席へと上半身を潜り込ませ鍵を回す。キュルキュルとセルの回る音とともに今度はブォンと大きな音を立ててエンジンが始動する。

「やった」

「よし、じゃあしばらくエンジンかけっぱなしでお願いしますね」

「OK。じゃあ村雨が戻ってチョットしたら出発…」

「お待たせー」

 タイミングよく村雨も戻ってくる。街までは少なく見積もっても車で30分程度はかかる。

その間エンジンが回っていればまず十分だろう。運転席には当然提督、後部座席に二人を乗せていざ出発。村雨の「スタンバイオーケー」の声とともにゆっくりアクセルを踏む。鎮守府内徐行、明石に見送られ工廠裏を後にする。そして正門までの短い距離、鎮守府内を車が走っている珍しい光景に目を留める勤務中の艦娘たち。それに対して窓から手を振る白露と村雨。中には連れて行けと追いかけてくるものもいたが、定員オーバーと席が空いているにもかかわらず強引に断る提督。事実、どれだけ荷物を載せるかわからないのだから。正門を抜け外界へ、提督にとってもここへ来てから初のプライベートな外出。ちょっとだけワクワクしていることに自分では気付いているのかいないのか。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。