その1
「作ってしまった! 私特製の53cm魚雷型チョコレートケーキ!!」
休日の間宮の厨房、神風がそこで一人大声を上げている。日付にして2月13日、そう明日はバレンタインデー。といってもこの鎮守府、男は提督オンリーであげる相手はほぼ皆無。ということもあってかほとんどの艦娘はチョコ何ぞ用意せず、むしろ自身が食う用に買いに行く始末。一部献身的で常識的な艦娘のそこからまたほんの一部がギリで提督の机の上にポンと放り投げておくくらいである。しかし、今ここにいる神風、彼女は何を隠そうこの度着任した提督になぜかゾッコンであり、間宮さんに三顧の礼でケーキの作り方を教わり厨房を借り、明日の本番に備えてチョコを準備していたのだ。「どこがいいのか」と聞く人もいないので、彼女が提督ラブであることは一部を除いてほぼ知られていない。同室の旗風が「あぁ~ん、ていとく~」という、抱き枕をこれでもかと締め付けながらやたらとエロい寝言を発したのを聞いたので知っているくらいと考えてもらえれば十分である。
「姉さん、なんの夢見てるの?」
旗風は当然その時そうつぶやいた。
「使い捨ててあった魚雷の中身空にして洗って型にしてだから、ちょっと大きいけどまぁいいか。私の愛の大きさだと思えばこれでも小さいくらいだわ」
自重で崩れやしないかと思うほどの大きさのケーキが神風の目の前にある。そんなサイズだから当然厨房のオーブンでは事足りず、野外にある巨大ピザ窯で焼いたものを今ここまで運んできてデコって完成、という状態である。横に溶接用のバーナーとマスクが転がっているのはなぜだろう、藪蛇なのでこれ以上はつつかないことにするが非常に気になる。しかし、大きさこそ異常だがそれ以外の見た目と部屋に充満する匂いはいたって普通で、非常に美味しそうな外見はしている、外見は。
「神風ちゃん、ケーキできた?」
そこに入ってきたのは間宮だった。
「あ、間宮さん。はい、今完成しました!」
そういって体を横にずらし、完成したケーキを間宮の目に入れる。
「あら…って、大きいわねぇ。提督一人で食べきれるかしら?」
「大丈夫です。防腐剤バリバリにしますから」
業務用と書かれた大きい防腐剤の袋を間宮に見せつけてドヤ顔する神風。『木材用』と書かれている。仮にそれだけ防腐処理されれば提督が死んでも腐ることはないだろう、レー〇ンみたいに。
「それは止めたほうが…。提督死んじゃうわよ?」
「そうですか。じゃあ冷凍保存してもうしかないですね」
作り方以外も教えるべきだった、後悔している間宮。
「後はラッピングして終わり?」
「はい、そこにある容器とピンクの包装紙とリボンで」
「一人じゃ大変でしょう? 手伝うわね」
「はい、ありがとうございます!」
間宮の手伝いもあって、ケーキはひとまず完成を見る。
使用した調理器具を洗い厨房を片付け間宮の厨房を後にする神風。傍らには神風の身長ほどはあろうかというピンクの可愛らしい包装紙とリボンで包まれた長物がある。当然ケーキである。「よっこらしょ」と担ぎ上げ、コマンドーのメイトリクスが丸太を担ぐかの如く肩に載せて部屋へと戻る。
「提督喜んでくれるかなー」
一人ウキウキ明日渡すことを考えながら、笑顔で鎮守府内を歩く神風。完全に明日の妄想で周りが見えていない。軽快に歩く神風、その数十メートル後ろの建物の陰から二人の人物が姿を現し、そしてその神風の後姿を目撃する。
「…なんだありゃ?」
「神風さん、ですね」
「そりゃわかる。そうじゃなくて、あの肩に担いでるものなんだ?」
「さぁ? 魚雷ですかね」
提督と夕張だった。明石の工廠へ立ち寄った帰り道、その後姿に遭遇した。しかし浮かれている神風は全く気付かない。明日ソレを渡す当の本人に目撃されていることを全く気付かないでスキップしながら駆けていく。
「いいことでもあったのか?」
「じゃないですかね」
その場はそれで何事もなく過ぎ去り翌日を迎える。