その1
「…ん、合ってる」
電卓を叩く手が止まる。ここは庶務科、なぜか提督が隅の机で予算書を見ながら検算している。
「ありがとうございます、じゃあ次はこれの確認をお願いできますか?」
「はーい、よろこんでー」
飲み屋の注文のような返事。庶務科在籍の羽黒から新しい書類を渡される。ぱっと見今日終わることがないであろう量の書類。「あれ、提督業ってこれだっけ?」と思いつつ、着任から1週間ほどが経過している。ぶっちゃけ鎮守府内見て回るなんてことはできていない。ヒマって言ってましたよね? 大淀さん話が違います。
「ゴメンなさい提督、ちょうど妙高姉さんと高雄さんが有給取ってイタリアに行っちゃったところで人手が足りなかったんです。助かります」
「あぁ、そうだったんだ」
部屋を見回すと10卓ほどある事務机に腰かけているのは羽黒と提督のみ。聞くと大淀は外出中、一人は食事に出ており、他のメンバーはシフト休らしく誰もいない。また、提督着任2日前、出迎えもせずに欧州組のいるイタリアまで出かけていた庶務科の二人。権利なので何も言えないがちょっと悲しくなる。
「でも戻ってくるときはイタリアの皆さんも一緒なので、また楽しくなると思います」
「現地に完全に戻ったわけじゃないんだね」
「はい、恒久的に交流するという目的のようなので、行ったり来たり繰り返してます」
「ふぅん」
羽黒の話を聞きながら手を進める。戦争がない以上軍の上層部なんて書類にハンコ押すのが仕事のようなものなので割と慣れているようである。
「戻りました」
部屋の扉が開く、もう一人の勤務者が戻ってきた。
「おかえりなさい霧島さん」
「すいません提督、手伝わせちゃって」
隣の席に腰かける霧島。向かいには羽黒、隣には霧島。広い部屋の中こじんまりと業務にあたっている。
「提督、お昼は?」
「あぁ、自分でお弁当作ったのと、あと羽黒から少しおかずもらったから」
「お口に合いましたか?」
「めっちゃうまかったです」
今のところこの部屋で仕事をするケースが多く、一番話しているのがこの羽黒。胃袋まで心配して持って、内心嫁にしたいとすら思っている始末。ただ、目を光らせるものが多いためそんなことおくびにも出せず。
「あのさぁ」
「なんでしょう」
「なんですか?」
提督が口を開く。
「戦闘がないのって、やっぱ嬉しい?」
提督が艦娘たちに一番聞きたかったことを、このタイミングとばかりに二人に問いかける。
「そりゃそうですよ。私たちだって痛いのイヤですから」
「そうですね。相手の人が傷つくのは自分が傷つくのよりイヤですから」
「天使やでこの娘」
「何か言いました提督?」
「いえ、何も」
戦闘が好きな者もいればそうでない者もいる。当然といえば当然だが、平和であることを不満に思っているということはまずなさそうである。
「最終的に平和条約結んで今では双方不可侵で落ち着いていますからね。話せばわかる相手だったということです」
「そういえば、今深海勢って何して暮らしてるのかな?」
「あら、気になります?」
「そりゃねぇ、時代が時代なら敵対していたわけだし」
「たまに遊びに来ますよ、お魚持ってきてくれたりして助かるんです」
「え?」
「えぇ、フラっと来ますよ。ただの世間話から海域の情報持ってきてくれることなんかもありますし。こっちもすごく助かってます」
「随分馴染んだね…」
「古鬼ちゃん早く遊びに来ないかなぁ、一緒にお洋服見に行く約束してるんです」
両手を頬に当てて楽し気に思いにふけっている羽黒、想像を絶するそれ以上の打ち解け様。戦争終結の事実は当然知っているが、まさかその後の展開がウルトラCレベルで発展していることまでは、今の今まで知らなかった。完全にご近所さん、作り過ぎたカレー持ってくるレベル。
「なんなら行ってみますか?」
「え?」
霧島が提案してくる。
「あ、いいですね。次のお休み提督も是非一緒に深海さんのところに行きませんか?」
「え、あの…、どうやって?」
「私たちが引っ張っていきますからご安心ください」