こちら、椴法華鎮守府日常譚   作:汐ノ爾

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第9話:提督の東京コミケラビリンス
その1


 季節は冬。年の瀬も迫りというかもう年の瀬。仕事を納め故郷に帰る人の波がどこかしこで目に付き、都会は少しの間いつもより静かになる。鎮守府も一部を除いて年末年始の休暇に入り閑散とする。実家に戻るものもいれば旅行に行くもの、面倒だと鎮守府で仲間と共に年を越すものもいる。人それぞれ、どう過ごそうが自由である。そんな鎮守府の年末だが、今珍しい取り合わせの二人がとある場所に降り立った。

 

「海風寒い! 椴法華よりマシだけど寒いは寒い!」

「だよねー。この風浴びるとここに来たなって感じするよねー」

 ガラガラと何かを引きずる音と共に、誰かの文句が炸裂している。時は12月29日場所は東京はお台場、国際展示場前駅になぜか提督と秋雲が並んで歩いている。当然仕事納めしているのでともに私服である。軍人という雰囲気はちらとも醸し出されてはいない。

「今年も無事ここに来れたことを感謝いたします、コミケの神様」

 けったいな建物を前に秋雲がそれに対して拝み倒している。

「そんなに大事なんだ」

「そりゃもう、この日ここに来るために働いてるようなもんだからねぇ」

「それは日ごろちゃんと業務をこなしている人だけが言っていいセリフだからな?」

「さぁ行こう行こう!」

 提督の言うことには耳を貸さず、そのまま歩き出す秋雲。呆れる提督も仕方なくあとをついていく。なぜこんなことになったのか、それはたまたま提督の年末の帰省と秋雲のコミケ状況が重なっただけ、という理由のほかにもう一つあるのだが、それはおいおい説明しよう。駅をあとにして歩き始めた二人は最初の目的地へと向かう。

「長旅で疲れたんだが、ホテルまだか?」

「すぐそこだよー。それそれ、見えてるやつ」

 秋雲が指差すその先には、大層立派なホテルがそびえている。

「いいとことってんじゃん」

「でしょう? もうここじゃないといろいろ面倒でさぁ。夏のうちから予約しないと埋まっちゃうんだよ?」

「なるほどねぇ…。え、毎年?」

「うん、そうだよー」

「金掛けてんな…」

 秋雲の気前の良さを思わぬところで知った提督。自分なんか出張の時はビジネスホテル一択だというのに、なんて思いながらそのホテルを見上げている。そしてその道すがら、そのホテルの横にあるけったいな形をした建物から戻ってくる多くの人とすれ違う。その人たちは何やら大荷物を抱え、中にはちょっと人前ではお見せ出来ないようなイラストの描かれた袋を堂々と携えている。それを不思議に思う提督、秋雲に尋ねる。

「なぁ秋雲?」

「ん、なにー?」

「これって何のイベントなんだ?」

「え、知らないの?」

「ん、まぁ…」

「そりゃ軍人さんならわからないかー、お堅いもんねぇ」

「俺が特にそういうことに興味がないだけとも言えるけどな」

「コミケっていってね、簡単に言えば個人が作ったマンガを販売するイベントだね」

 ざっくりと説明する秋雲。だがそれ以上もそれ以下もないイベントのため秋雲の言葉はそこで終わる。

「なるほどねぇ」

「さ、ホテル着いた着いた。さっさとチェックインして晩御飯でも食べに行こう」

「だなぁ。てかこの辺り食うとこあんのか?」

「あるよー、サイゼもマックも」

「せっかく東京来てるのにチェーン店かよ…」

「いいじゃーん、椴法華の近くにはないんだしさー。私サイゼのやっすいパスタ好きなんだよねー、ふりかけかけまくって食うのー」

「はいはい」

 晩飯はありつけるだけ良しとしよう、覚悟は決めた提督。

「お、綺麗なホテルだこと」

「でしょ。さ、チェックイ…、あ”!?」

 自動ドアが開いたところで変な声を出して急に立ち止まる秋雲。前を歩いていた秋雲が急ブレーキをかけたためそれにぶつかってしまう提督。

「ちょ、秋雲。どうした?」

「…しまった」

 青ざめる秋雲。その顔を見て得も言われぬ恐怖に襲われる提督。

「おい…、まさか部屋がないとか言うなよ?」

 恐る恐る秋雲に尋ねる。

「いや、部屋はあるんだけど…、だけど…」

「あるならいいじゃないか。だけどって…」

 その理由は5分後にはわかることになる。

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