こちら、椴法華鎮守府日常譚   作:汐ノ爾

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その10

「いらっしゃいませー。クラウドワークスはこちらでーす」

「すいません、新刊と既刊2冊ずつください」

「はーい、ありがとうございます」

「すいません、これオークラ先生に差し入れです」

「わ、ありがとうございます。終わったらいただきますね」

「列は2列でお願いしますねー。お隣のブースにご迷惑にならないようにお願いします。あと最後尾の案内は上に掲げてくださーい、ご協力お願いしまーす」

「あーさんすいません、新刊追加で持ってきてもらえますか?」

「はーい」

 まさかここまでとは思っていなかった。こんな人ゴミ人生で経験したことがない。通勤ラッシュに巻き込まれたこともなければ、混みまくる初詣に行ったこともない。冬で暖房もそう効いていない大きな倉庫のような場所なのに何だこの暑さはと、あまりの未知との遭遇に言葉を発する気も起きず、言われたことを黙々とこなしている提督がそこにいた。

「何だよこの世界。万券がバッサバッサ飛び交ってるんだけど。秋雲おまえ一体今日だけでいくら稼ぐつもりなんだ…」

 昨日の晩多めに出すんじゃなかったと激しく後悔する提督。それほど今いる場の経済観念は狂っている。薄っぺらい本一冊に惜しむことなく札をばらまき、そしてなぜ複数冊買う必要があるのだろうと、今までの人生の価値観を否定されている光景を目の当たりにしてたじろいでいる。

「軍人で良かったのかも…」

「ん、何か言いましたか?」

 コミケ三人娘の一人が提督に声を掛ける。

「あ、いえ。初めてなもんですからすごいなーって」

「ですよねぇ、コミケ知らない人にしてみれば異常ですよねー。来る人も変な人多いですからねー」

 にこやかに返され、提督も引きつった笑顔で応える。

「わかってんじゃん…」

 見えないところでぼそりと呟く。そうでもないとやっていられないだろう、女性の販売員に対して堂々とエロ本をくださいと言える人種に対して、多少なりとも達観していないとこんなことはプライベートとはいえ務まらない。そしてそのエロ本を書いているのは秋雲、鎮守府に戻ったら説教と決めている。

「あの、寒くないです?」

 また三人娘の一人に声を掛ける提督。

「え? これくらい全然ですよ。それに下わかりづらいかもしれないですけどタイツはいてますから、ホラホラ」

 それはさっき秋雲が言っていた「レイヤー」という言葉の意味が分かる格好であった。割ときわどいレオタードのなのか水着なのかわからないが、アニメのキャラクターの格好を模した服を身に着けている。これが『コスプレイヤー』という存在。鎮守府もある意味コスプレのオンパレードのような状況ではあるがこれがガチ勢。直視すると「ちょっとお兄さん署まで」と言われそうなのですこーしだけ視線を逸らして見ている。

「やだなー、そんな見られ方したほうがよっぽど恥ずかしいですよ。オークラ先生の友人に変な人はいないって信じてますから気にしないでくださいね」

「は、はぁ…」

「どうぞご覧ください」とお墨付きをもらってしまう提督。それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。そして仕事に戻るため踵を返し現れたその後姿は、水着かレオタードかお尻がはっきりとわかる状態で、やっぱ直視なんてできない結構ウブな提督であった。

「しかし…」

 視線を秋雲もといオークラ先生へと移す。

「なんであいつは夕雲型の制服着てんだよ!! しかも改二ってことは誰から借りた? 風雲か!? それにお前一応陽炎型だろ!? 借りるなら陽炎とか不知火だろ!?」

 そこじゃないというツッコミをしたいのはやまやまだが、とりあえず静かな怒りが燃え上がる提督。そう、ブースに到着後すぐに秋雲も三人娘と一緒に「じゃあちょっと着替えてくるわー」と更衣室へ消え、戻ってきたと思ったら見慣れた格好に衣装チェンジしていた。客からは「本物の艦娘みたいですね」と言われヘラヘラしているが、提督はたまったもんじゃない。説教の理由が一つ増えた瞬間だった。

「バレたらどうすんだ、バレたら。始末書書くのおまえだけじゃないんだぞ!」

 後ろから無言の圧力を秋雲に送る提督。するとその視線に気が付いたのか一瞬秋雲が振り向き提督と視線が合う。そして視線の意味を悟ったのだろうか秋雲が「メンゴ」と言わんばかりに申し訳なさそうに頭だけ下げてお詫びをする。

「夏もあるとか言ってたな…。よし、アイツに長期派遣任務でもやらせっか」

 報復手段を思いつきニヤリとする提督。その不気味な笑みに気づいたのかどうか、秋雲の背筋に悪寒が走る。

「な、なんかイヤな予感が…」

 

 

 時同じくして鎮守府宿舎の一室

 

「秋雲、あたしの制服で変なことしてないよねぇ…」

 風雲の心配は現実のものとなっていた。

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