こちら、椴法華鎮守府日常譚   作:汐ノ爾

9 / 109
その3

 荷物の陸揚げも終わり、艦娘たちは各々島の中で遊んだり深海棲艦と話したりと、平和であることをこの画が物語るかのようにはしゃいでいる。提督はというと、逆にこっちが人見知りといわんばかりに、その光景を海岸の奥のほう、日陰に座り込み眺めている。

「すげぇ、普通に遊んでる」

 提供されたコーヒーをすすりながら一緒に来た艦娘と深海棲艦が談笑したり、海上で鬼ごっこ(イ級と呼ばれるものをただひたすら追い掛け回しているように見えるが)をしたり、組み手をしている(?)のを見ている。さすがに男一人が間に入るのも申し訳ないと自重しているわけだが、ヒマなようである。

「平和だなぁ」

「提督さん?」

「ん?」

 視界を遮るものがある、羽黒だった。

「あぁ、羽黒か」

「横、いいですか?」

「どうぞどうぞ」

 提督の寝そべる横の芝生に腰かける羽黒。そのまましばらく提督と同じ景色を眺めている。

「私、これを望んでいたんだと思います」

「…」

「ずっと、戦争が終わればって願い続けていました。誰にも砲口を向けることなく、私たちの役目が無くなればいいなって」

「無くなったね、それは努力が実ったってことじゃないかな」

「そうかもしれませんけど、神様が…」

 嬉しそうにうつむく羽黒。そのしぐさにちょっとドキッとしてしまう提督。

「提督さん?」

「ん?」

「あの、提督さんのことなんて呼べばいいですか?」

「え、別に何とでも。提督でいいんじゃない?」

「その、今までは司令官っていうのが自分の中では慣れていたんですけど、もう戦闘もないからそれも変かなと思って」

「あぁ、なるほど。まぁ提督なら将官の意味もあるから別にそれで問題ないけど。好きなように呼んでいいよ。なんなら名前だっていいし」

「そ、それはちょっと恥ずかしいというかなんというか…」

 指をいじいじ、これまた可愛い仕草。このまま彼女を見続けていると好きになってしまいそうだ、少しばかり目をそらす。

「じゃ、じゃあ仕事中は今まで通り提督さんとお呼びしますけど、誰もいないときは…」

「ときは?」

「おにいちゃんでもいいですか?」

「是非!」

 この鎮守府着任以来最高にハッピーな瞬間である。屈託のない笑顔、とろけるような甘い声、何をとっても120点。こんな娘を嫁にできたらなぁと、男なら誰しも思うであろう。

「じゃ、じゃあ古鬼ちゃんが待ってるので行きますね」

 恥ずかしそうにその場から駆けて離れていく羽黒。それをまぁなんともだらしない顔で手を振り見送る提督。

 

 非常にハッピーな気分になっているところ申し訳ないが実はこの羽黒、鎮守府内では「無垢の策士」との通り名があり(本人は知らない)、例えば鎮守府へ来る郵便配達や宅配のお兄さん、電気工事の業者、お弁当の配達人に宗教勧誘などなど、来る男くる男に思わせぶりな言葉を投げかけてはその気にさせている。しかし本人にはその気はまっっっっっったく無く、純粋に優しさからくるねぎらいと裏心無しのことを言っているに過ぎない。おかげで鎮守府外には『羽黒ちゃん親衛特攻隊』がネット上で秘密裏に結成されており、「誰が彼女を嫁にする」と毎夜毎夜喧々囂々の議論が続いていることを、提督はまだ知らないし今後も知ることもない。

 ちなみに前任の提督のことは「おじいちゃん(はぁと)」と呼んでおり、そりゃもう贔屓されていたらしい。

 

「あの娘みたいな純粋さとあざとさがあれば、私の婚期もとっくに来ていたかもしれない」

 だとさ。

(妙高型四姉妹某次女談)


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。