東方project ~幻想十二録~   作:ダンディー

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第1話

 皆、死んだ。

 彼が慕い、また彼を慕っていた者達が。

 

 その死を考えてみても、ただ単に空虚な事実があるだけで、ただ一人墓前に立ち尽くす彼には全く意味のない行為でしかなかった。

 

「なんで、俺以外が死んじまったのかねぇ……」

 

 彼は、叩きつけるようにして暮石に水をかけた。

 別に墓参りにきたつもりも、掃除に来たつもりもなかった。だが、自然とそんなことをしていた。

 

 笑える。彼を含めた十二人が集った時、既に覚悟していたはずだった。何時、何処で、誰が死のうとおかしくないと。

 

 なのに、こうして『死んだ事実』を何度も確かめに来てる自分がいる。

 それは、彼が十二人の中で最年少であり、まだ精神的に成長しきっていないことが原因である。本人がそれに気がつくのは、まだまだ先の話であるが。

 

「なぁ、俺はどうしたらいい?」

 

 答えるはずもない暮石に問いかける。それらには名前が刻まれておらず、のっぺらとしている。

 

「アンタたちが残した銃も、いつの間にかどっかに行っちまった………もう、俺のしか残ってねぇんだ」

 

 叱責するかのように、風が強く吹く。供えていた花を入れいてた花瓶が倒れ、ヒビが入る。

 

「『俺たち十二人で、このクソッタレた世界を変えよう』って言ったくせに、呆気なくくたばりやがって………」

 

花瓶を元の位置に戻すが、一部が割れていたせいで水が溢れている。

 

「十二人でできなかったなら、俺一人じゃ無理だ。………だから、俺はもう諦めることにしたよ」

 彼は、持っていた銃を、自身のこめかみに押し付けた。

 その目には、大きな水溜りができている。

 

「あばよ。あの世で会おうぜ………」

 

 乾いた銃声が、十一個の墓石の前で鳴り響いた。

 

『俺たち十二人で、このクソッタレた世界を変えよう』

 

 そう言われて、手にした銃。十二人の出会いも、そこから始まった。

 

 しかし、あれから八年。世界を変えようと戦った者は敢え無く死に、革命を目指した者として名が残ることもなかった。

 

 最後の一人である彼は、自ら死を選んだ。

 

 それでも、世界は変わらず回り続ける。

 

 

 

 

 

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 運命や定めという言葉で語られる事象は、等しく未来のことを指す。しかし、その未来は確率的なものであり、不可避なものであるわけではない。

 

「これは………」

 

 その運命に、僅かにでも干渉することができるとしたら、自身のためにより良い方向へ導こうとするだろう。

 

 だが、今まで多少なりとも運命を誘導できたはずなのに、今回はそれをする余地がない。今見ている運命が、歯車一つ分も狂うことなく完成されているためである。

 

「咲夜」

 

 ため息と共に、自らに仕えている者の名を呼ぶ。

 

 すると、何もなかったはずの空間に、突如として妙齢の女性が立っていた。

 

「ここに」

「美鈴を呼んできてもらえるかしら?」

 

 余計な発言すれば、腕を切り落とされる。そう思えるような緊張感が、その空間を支配していた。

 

「畏まりました」

 

 咲夜は、音を立てるとこもなく部屋から出て行った。

 

 

 

「さて、どうすればいいのかしら………」

 

 考える。この確定してしまったと思われる運命に、どう対処しようかと。

 

 見えた運命は二つ。

 一つ目は、この幻想郷に十二の厄災がやってくること。抽象的ではあるが、場合によっては全て排除する必要がある。

 

 そして二つ目。ある人物によって、幻想郷に甚大な被害が出ること。

 

 問題は、その厄災が何なのか。その人物は誰なのかが不明という点。

 

 幻想郷に存在するあらゆる神妖の中でも、未来視に近い能力を持っているのは稀なことで、運命を見て操ることのできる能力を有しているレミリア・スカーレット。

 

 彼女だからこそ、その未来が、運命がやってくることを知ることができた。

 

 しかしながら、防ぐ為の策が一切思い浮かばない。

 

 嫌悪感と無力感を含んだため息を吐いたレミリアだった。

 

 

 

 

 

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 銃は武器としては優秀であるが、一度攻撃するために銃弾を一つ使用する。銃弾がなくなれば、ただの鉄の塊と評されてもおかしくはない。

 

 しかし、ある特定の銃は違った。

 

 魂を撃ち出す銃。血を撃ち出す銃。音を撃ち出す銃。様々なものを銃弾とし、金属で作られた銃弾を必ずしも必要としない。

 

 にも関わらず、使い方によってはどんな大量破壊兵器よりも凶悪なものに変貌する。

 

「どこだよ……」

 

 そんな兵器の持ち主である彼、レヴァ・ゼクトールは、見知らぬ道を歩いていた。

 

 特に整備されていない田舎道のような風景ではあるが、どことなく不自然にも感じる。まるで、『絵に描いたような』自然の中に放り込まれたような感覚がして落ち着かない。

 

 ふと思い至って、ポケットに入れていたスマホを見る。

 左上には圏外の表示がある。しかし驚くべきはそこではなく、本来なら真ん中にデカデカと表示されるはずの時間が消滅していた。

 

「故障……じゃねぇな。何だこれ?」

 

 別に機械に詳しいわけではないため、考えたところでどうしようもない。

 大人しく修理に出そうと考えながら、また道を歩き出す。

 

 

 周囲には人や町が見当たらない。全く人の住んでいない地域ということも考えられないことはないが、どちらにせよ周囲の状況を知る必要がある。

 

 ただ、この場所に対する好奇心によって、足取りが軽くなっているのは彼自身も自覚できていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブラッド・コネクト。

 そう命名された銃には、様々な流言飛語が飛び交っていた。

 ある時には吸血鬼の血を使って作られたと言われ、またある時には村一つの人間の命を糧として作られた共言われている。

 

 しかしそんな血生臭い話は事実ではなく、ただ単にある遺跡から発見されたという真実があるだけである。

 

 

 その銃を握り続けた末に表皮が真っ赤に染まった手の平を振りながら、レヴァの視界にようやく人工建造物が見えてきた。

 

「廃村じゃねぇことを祈るか」

 

 見た限り廃墟というわけではないが、建物自体それほど綺麗ではない。レヴァの住んでいた場所もそれほど綺麗とは言えなかったが、それでも遠目にでも人の活気を感じることができた。

 しかし、まるで活気がない。この雰囲気なら、廃村ですと言われてしまえば納得してしまう。

 

 ともかく、行ってみないと始まらない。

 何とも言えない違和感を抱きながら、レヴァは一本道を進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「く……ここは私が食い止める! みんなの避難を誘導してくれ!」

 ガスン! と、異形の生物の頭部に包丁を突き立てる。それによって目の前の異形が倒れたが、そのすぐ後ろから列をなした異形が迫ってくる。

「はぁ……はぁ……」

 女は肩で息をしながら、背後で逃げ惑っている人たちを見る。

 あとどれくらい時間を稼げば、博麗の巫女が来てくれるだろうか。そんなことを考えながら、再び正面を向く。

 

 

 このように攻め込まれるのは日常的であったが、今回は普段の比ではない数が押し寄せてきている。

 いつもなら数人がかりで一体を抑えるところだが、今そんなことをすれば、多数の犠牲者が出かねない。

「このっ」

 肩を掴もうとしてきたところを前に進むことで回避し、首に掌底打ちを放つ。

 急所を打たれたせいか、そのまま敵は後ろ向きに倒れ、電気椅子に座ったあとであるかのように痙攣していた。

 

 あとどれだけ倒せばいい?博麗の巫女が来るまで、自分が無事で済むだろうか。

 

 我が身可愛さのためではなく、自分が倒れたあとのことを心配している。博麗神社まで、人間が走ってもかなりの時間がかかる。

 女は妖魔を打ち倒すほどの力自慢であるわけでもなく、歴戦の戦士というわけでもない。

 

「このままでは………」

 

 止められない。

 今はまだ人里の入り口で食い止めているが、すぐ背後には家が立ち並んでいる。この区域には子供や老人が多く、逃げるのにも時間がかかる。

 

「っ!?」

 

 目の前の敵に注意を払っていたが、急に足首を掴まれた。視線を向けると、先程包丁を突き刺した敵だった。

 

(しまった!)

 

 足を掴まれ、その場から動くことができない。目の前では、敵が鉤爪を大きく振りかぶっている。

 

 ああ、これはダメだ。

 

 

 諦めと脱力感に襲われた女は、そのまま目を閉じようとした。

 しかし、その行為は二つの轟音と共に中断された。

 

 

「ゲテモノ相手か……まぁいいか」

 

 

 音がした方向には、見知らぬ男が立っていた。服装からして人里に住んでいる者でないことはわかるが、それよりも自分を襲っていた敵が絶命していることに対する混乱で、その場にへたり込んでしまった。

 

「おい」

 

 男は女に近づきながら、奇妙な形をした金属の塊を敵に向け、轟音とともに撃ちたおす。

 

「動けるなら、さっさと逃げろ。動けないなら、その場で深呼吸でもしてな」

「な、何を……」

 

 男は不敵な笑みを浮かべながら、次々と敵を倒す。一人で相手をしようかと思った時は相当な数に思えたが、この男の前では無力に等しい。

 

「俺はレヴァ・ゼクタール。アンタの名前は?」

「か、上白沢 慧音だ」

「そうか。初めまして、だな。慧音」

 

 血飛沫飛び交う光景とは不釣り合いな会話だが、レヴァにとってはそれが当然であるかのように、慧音は感じた。

 

「ったく、美人薄命なんてよく言うが、目の前で殺されるのは見たくねぇな」

 

 一体、また一体と敵の体に穴が空いて倒れ伏していく。力のある者、例えば博麗の巫女やその友人の魔法使いなどであれば可能な芸当だろうが、ふらりと現れた男がそれを片手で成し遂げている。

 そのことが、慧音には信じられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「よし、一丁上がり」

 

 襲ってくる一団を全て片付けたレヴァは、一安心と言わんばかりのため息を吐いた。

 その背後では、慧音が呆然としている。

 

「レヴァ……お前は、何者だ?」

 

 つい、そんな言葉が出てしまった。

 命とまではいかなかったとしても、恩人に対してそのような言い方は些か失礼である。

 自身の失言に気がついて息を飲んだ慧音であったが、レヴァは不機嫌そうな仕草を一切見せずに手を差し出してきた。

 

「俺は俺だ。少なくとも、そこに転がってるゲテモノとは違う」

「そうか……済まない。失言だったな」

「慣れてるさ」

 

 慧音が伸ばした手を掴み、引っ張り上げて立たせる。

 その一連の動作で、慧音の体が華奢で、体も戦闘に向いているとは思えなかった。

 ただ、自己主張するために服を盛り上がらせている胸は、少なくともレヴァには魅力的で、思わず視線を背けた。

 

「ありがとう。レヴァのおかげで、誰も被害に遭うことがなくなった」

「そいつはどうも」

 

 レヴァは周囲を確認すると、改めて慧音に向き直る。

 

「ところで一つ聞きたいんだが、ここはどこだ?」

「ああ……」

 

 ただでさえ見ることのない服装と、奇怪の鉄の塊。そしてこの一言で、慧音は確信した。

 

「レヴァ。お前に話しておかなくてはならないことが沢山ある。礼も兼ねて、私の家に来て欲しい」

 慧音は誰の目から見ても美人と言えるような外見をしている。そんな相手にお呼ばれされたとなれば、大抵の男は嬉しいもの。

 レヴァも類に漏れず、ポーカーフェイスを装いながらも内心喜んでいた。

 

 

 

 

 

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 慧音の家に招かれたレヴァは、少し警戒して周囲を確認していた。

 

 

 一通り、慧音から説明を受けたレヴァであったが、どうにも話が飲み込めていない。

 ここが幻想郷と呼ばれる世界で、レヴァが元いた世界から隔離された空間。そこでは元の世界で忘れ去られたモノが存在することを許され、先程慧音を襲っていた異形、妖怪が多い。

 もちろん人間も多くいるが、元の世界に比べて人間以外の比率が高い。

 

 そしてレヴァのように、何の脈絡もなく幻想郷に迷い込んでしまう者が稀にいる。彼らは総じて外来人と呼ばれ、大概の場合は博麗神社の巫女である博麗霊夢に元の世界に戻してもらう。

 

「なんだかねぇ……」

 

 言葉としては理解できる。だが、あまりにも突拍子がなく、今だに実感ができない。

 仮にここが別の世界だったとしよう。では、レヴァ自身が時を過ごした元の世界と何が違うのか。助けてもらった礼とはいえ、親切にしてくれている慧音は、本当に信用できるのか。

 

「ま、あんな美人に騙されるなら、悔いはない」

 

 

「褒めても、茶菓子くらいしか出ないぞ?」

 

 いつの間に隣に来ていたのか、茶菓子と茶を乗せたお盆を持った慧音が仕方なさそうな笑みを浮かべていた。

 

「聞こえてたか」

「聞いたらまずいことだったか?」

「別に。寧ろ心に留めておく方が難しかったんでな」

 

 徐に湯呑みを取り、茶を一口。

 人里に来るまでに結構な距離を歩いたせいで喉が渇いていたから丁度良い。味も、元の世界で飲んでいたものと異なっているが、決して不味くはない。

 

「美味いな」

 

 レヴァは紅茶派であるが、一方で緑茶や煎茶も好んでいる。茶としてはそれほど高級というわけでもないだろうが、レヴァとしては慧音という華が側にあるだけで、一味も二味も違うように感じる。

 

「一つ、聞いてもいいか?」

 

 満足げなレヴァに、慧音が問いかける。その視線は、ホルスターの銃に注がれている。

 

「それは、一体何なんだ? それで妖怪を撃退していたようだが……」

「唯一無二の相棒だ。指一本で敵を殺せる優れものさ」

 

 そう言いながら、見せつけるようにブラッド・コネクトを取り出す。銃身が仄かに赤く、それが自然の色でないことを、慧音は直感的に理解した。

 そして同時に、酷い内出血を起こしているかのように紅くなっている手が気になった。

 

「その手は、古傷か?」

「いや、相棒を使い続けた結果だ。別に何か異常があるわけじゃない」

 

 幻想郷においては、その存在自体が異常であるが、それはあえて言わないことにした。

 慧音としてはこのまま歓談を続けてもいいのだが、幻想郷における外来人の扱いはレヴァに話した通り、元の世界に戻るか幻想郷に残るかを選択させなければならない。

 

「レヴァ。お前は元の世界に戻りたいか?」

「………」

 

 慧音としては、元の世界に戻って欲しいと思っている。

 いくら妖怪を退ける力があったとしても、この幻想郷は元の世界とは大きく違うことはわかる。

 見知らぬ武器を持っており、妖怪を簡単に殺すことのできる人間を、人里の人間が受け入れるかと言われれば難しいところである。

 

 人間が生き残るためには、群れることが必要である。それは元から幻想郷に住んでいる者でも外来人でも共通の認識である。

 

「………いや、幻想郷に残る」

 

 しかし慧音の期待を裏切って、レヴァは幻想郷に残ることを選んだ。

 

「……理由を聞かせてもらってもいいか?」

「元の世界じゃ、俺が生きる意味がなくなっちまったからな。ここで別の生き方をするのも悪くない」

 

 生きる意味。そう言われては、レヴァのことを詳しく知らない慧音は強く言えない。

 

「そうか……だが、まだ幻想郷に留まると決めるのは早計かもしれないぞ?」

 

 だがやはり止めたい気持ちがあるのか、やんわりと食らいつく。その考えに気が付いたのか、レヴァは苦笑して茶菓子として出された煎餅を手に取る。

 

「まぁ、別に帰った方がいいってんなら帰るけどよ。今すぐじゃなきゃいけないってわけじゃないんだろ?」

「それはそうだが……」

 

 口約束とはいえ、帰る気があると言ってくれたことで安心した。

 慧音の目から見て、レヴァが問題のある人物だとは思えないし、幻想郷の脅威になるようにも見えない。

 もし最終的に幻想郷に残るとなった時は、自分が支援しよう。そう考えていた矢先、家に誰かが入ってくる音が聞こえた。

 何事かと立ち上がろうとした慧音だが、隣にいたレヴァが銃を構えている。

 

 慧音としては親切心で行動していたが、すぐこのような行動に出るほど警戒されていたとなると、少しだけ遣る瀬無い思いが込み上げてくる。

 

「レヴァ。それほど警戒しなくても、無断で家に入って来る輩は決まってるから安心してくれ」

 

 レヴァを安心させようとしたが、その瞬間に部屋の襖が勢いよく開かれた。

 

 

 

「やっぱりここにいた!」

 

 

 入って来たのは、紅と白を基調としながら、どこぞの民族衣装のように胴体部と腕部が切り離されて脇を露出している服を来た少女が立っていた。

 

「霊夢……知らない仲ではないとはいえ、勝手に入って来るのはいただけないな」

「何呑気にお茶飲んでるのよ! こちとらアンタが妖怪食い止めてるって言われて飛んで来たってのに!」

 

 霊夢と呼ばれた少女は、苛立ちを一切隠すことなく慧音に詰め寄った。

 

「全く………妖怪退治は専門家がいるんだから、勝手なことをしないで頂戴」

「ああ、それについては申し訳ない。それと、妖怪に関してはこちらの青年が解決してくれた」

「………」

 

 霊夢はレヴァを睨むように見て、首を傾げた。

 

「……魔力も妖力もないコイツが?」

「ああ。レヴァはついさっきやって来た外来人のようでな。銃と言われる特殊な武器を持っている。それで妖怪を、文字通り赤子の手を捻るより容易く倒していった」

「ふぅん……」

 

 それほど興味がなさそうな反応だが、手に持っている銃に手を伸ばす。

 敵意がないと判断して、レヴァはブラッド・コネクトを霊夢に手渡した。

 

「……大きさの割に、結構重いのね。まるで金属の塊ね」

「まるでも何も、事実そうだからな」

 

 なぜレヴァの血を撃ち出すことができるのかは不明だが、普通の銃弾を装填することも可能である。ぱっと見では、誰もが只の鉄の塊と思うかもしれない。

 しかし、霊夢は何かに気が付いたかのように眉を顰め、グリップの部分に注目する。

 

「これ………何か術でもかかってるの?」

 

 ほぼ直感に近いが、このグリップの部分から幽かに力を感じる。それが何かははっきりと明言できないが、確実に何かがある。そう確信していた。

 

「術ねぇ……確かに変なところはあるが、よくわからん。その銃は古代の遺跡から発見しただけらしいからな」

「そう」

 

 霊夢は押し付けるようにブラッド・コネクトを返すと、くるりと背中を向けた。

 

「どうするの? 元の世界に帰るの?」

 

 端的かつ率直な物言いに苦笑したレヴァ。

 今の言葉で、この霊夢という少女が幻想郷と元の世界を繋ぐことのできる存在であることを理解した。

 

「いや、しばらく観光してから考えるさ」

 

 どうせ元の世界に戻っても、彼の仲間は既にいない。

 生まれも育ちも、年齢も趣味趣向もバラバラだった十二人が、家族同然に生きていた。

 あの素晴らしい時間は、二度とやってくることはない。

 

「こっちの世界でも、ある程度は楽しく過ごせそうだしな」

 

 だから、精一杯カッコつけて言った。

 どこかで、「仲間の死を受け入れろ」「そこにお前の居場所はない」という声が聞こえる。それらを不敵な笑みの裏側で嚙み潰し、茶を啜った。

 どことなく血に似た味がしたように思えたが、無理やり気のせいだと自分に言い聞かせる。

 

 しかし、霊夢は首だけで振り返り、軽蔑するような眼差しをレヴァに向ける。

 

「別に、アンタがそれでいいなら止めない。でも、ここにいる時間が長いほど、元の世界に戻りにくくなる。早いうちに決めなさい」

 

 それだけ言って、霊夢は慧音に詫びの一つも入れずに出ていった。

 

 

 

 

 

 

「嫌われたかねぇ……」

 

 どっちの世界で生きていくことにするのか。そんな大事な決断を前に、軽薄な態度で臨んでしまった。

 人によっては嫌われるのに十分な要因となり得る。

 

「まぁ、元々ああいう娘だ。少々愛想が足りないが、悪い奴ではない」

 

 難しい表情をしているレヴァに、慧音は笑みを向けた。

 

「それに、霊夢は人見知りなところがある。人と接するのが苦手なんだ」

「そりゃ難儀なことで」

 

 そう言いつつ、早速霊夢に一目置いているレヴァ。

 ブラッド・コネクトを一目見て、只の銃ではないと感づかれたのは初めてである。巫女というからには霊力的な何かを扱えるのだろうと納得したが、レヴァ自身よくわかっていないからなんとも言えない。

 

 ともかく、慧音と霊夢の二人と顔つなぎができたのは幸運である。慧音も只の一般人という訳ではなく、人里の中でもそれなりに知られている存在なのだろう。

 しばらくの間は世話になるかもしれない。

 

「慧音。この辺りで泊まれる宿はあるのか?」

 

 慧音に言えば、ここに泊めてくれるかもしれない。ただ、女性の家に知り合って間もない男が泊まるのは些か問題があるだろう。

 

「わざわざ宿を取らなくても、ここに泊まればいい」

 

 そんなレヴァの思いが通じることなく、慧音は微笑んでいた。

 

「いや、流石にそこまで世話になるのは気が引ける」

「気にするな。私一人ではこの家は広すぎるし、もう少し賑やかな方が寂しさも紛れるのだがな」

 

 そう言いつつ、レヴァに挑発的な視線を向ける。

 据え膳食わぬは男の恥というわけではないが、ここまで言われて引き下がろうとしても、慧音は諦めてはくれないだろう。

 結果的にレヴァが折れることとなり、小さくため息を吐いた。

 

「夜は部屋の戸締りを忘れるなよ」

「ん? 夜這いでもする気か?」

「そこまで飢えちゃいねぇよ」

 

 まだ日が高いうちにするような会話ではないが、初めて二人は笑顔を見せ合った。

 

 

 

 

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 人里の危機を救ったレヴァを家に招いた、上白沢慧音。彼女は人里の中にある寺子屋で教師をしている。

 慧音自身はその知識量や思考力が優れており、里の誰もが認める知識人で人格者である。

 しかし、寺子屋で慧音に教えてもらっている子供達からすると、慧音の話が難しくてあまり理解できないらしい。

 慧音自身もそれをわかってはいるが、どうしたら子供にわかりやすい授業ができるかがわからず、試行錯誤している状態である。

 

 

 

 

 

 

「よっと」

 

 自室で頭を悩ませている慧音を他所に、レヴァは薪を割っていた。スパン、と小気味良い音と共に真っ二つに薪が割れ、台座代わりに使っている切り株の両隣に積み上がる。

 

 慧音宅に居候させてもらうことになったレヴァだが、流石に何もしないで世話になるだけというのはいただけない。

 ただ、家事というものを殆どしたことがないレヴァができることといえば、力仕事くらいしかない。

 

「せいっ」

 

 幻想郷では、元いた世界のように液体燃料やガスのようなインフラ整備はされていない。それぞれの家庭で使用する火は、全て薪を燃やすことで得ている。故に木の伐採や薪割りは日常的な行動であり、物が物なだけに結構な重労働でもある。

 

 慣れない作業ではあるが、薪が綺麗に割れた時に感じる爽快感が気に入ったレヴァは、勢いのままに薪を割り続けている。

 貯蔵されていた薪を八割がた割ってしまい、また新たに薪を調達する必要があるだろう。

 

「ふんっ」

 

 薪割りも初心者には難しい作業であるが、一度コツを掴んでしまえばサクサクと進む。まだ昼前だというのに、貯蔵された木材を全て割り終わってしまうかもしれない。そう思っていた時だった。

 

 

 

「あら、随分働き者ね」

 

 

 

 姿を見せたのは、昨日顔を合わせたばかりの霊夢。何食わぬ顔で空中に浮いているが、慧音からある程度説明を受けていたレヴァは驚かなかった。

 

「そりゃあな。ここに泊めてくれるなら、仕事の一つでもしねぇと」

「殊勝な心掛けね」

 

 真面目なのか、バカにしているのか。知り合って間もないレヴァには区別がつかないが、慧音の言った通り、悪い奴ではないかもしれない。

 

「それで、昨日の今日で俺に用でもあるのか?」

「別に、大したことじゃないわ。外来人であるアンタがどうするのかを見に来ただけだから」

 

 にべもない返答に、思わず乾いた笑いが出た。

 

「何よ?」

「いや、クールでドライな美少女が良いなんて輩もいるが、もう少し愛想よくした方がいいぜ?」

「余計なお世話よ」

「そんなんじゃ、嫁の貰い手なんていなくなっちまう。それに、女の笑顔はプライスレスだ」

「ぷらいす……何?」

 

 歯の浮くようなセリフを受け、霊夢は軽蔑の眼差しを向けた。

 レヴァは別に口説くつもりはないし、霊夢を喜ばそうなんて思ってもいない。育ての親から教わった話し方が染み付いて、それをそのまま実行しているだけである。

 

「まぁまぁ、そう怒るなよ。巫女が般若みてぇな顔してちゃ、妖怪だけじゃなく同じ人間からも怖がられるぞ?」

 

 レヴァは冗談のつもりだった。

 妖怪退治の専門家である博麗霊夢。そう、慧音から聞いていたために、勝手に人里で頼りにされ、人望も厚いと思っていた。

 

 

「……そうね。怖がられるわね」

 

 

 怒っているわけでも悲しんでいるわけでもない。霊夢の表情は、何もかもを諦めたかのような生気のないものだった。

 

「……悪い。冗談が過ぎた」

 

 触れてはいけない部分に触れてしまったとすぐに気がついたレヴァは、目を閉じて謝罪の言葉を述べた。

 

 

 かつて、自分が化け物と恐れられていたことを思い出す。

 ブラッド・コネクトを操り、その血で何百人という人間を殺してきた。時には何の罪もない人間に手をかけることもあり、その度に『冷血漢』『鉄の血』『殺人ドール』と、様々な異名をつけられた。

 

 

 たった一言だが、レヴァは後悔した。人間は群れを成して生きる生物。空を飛べようと、妖怪退治の専門家だろうと、霊夢は人間。

 そんな彼女を、人間の括りから排斥するようなことを言ってしまったのだ。

 

「別にいいわ。事実だし」

 

 レヴァの謝罪に対し、霊夢は感情のこもっていない言葉で返した。

 このような状態では、この場でいくら謝ろうとも逆効果であると経験的に悟ったレヴァは、何も言わずに薪割りを再開した。

 

「俺は、幻想郷だとか、妖怪だとか、そんなのはよく分からねぇ」

 

 そして、自然と言葉が出て来た。

 

「元の世界じゃ、世界を変えるために十二人だけで行動してたんだが、俺以外が死んだ。でも、誰も後悔はしてないし、俺もそれに対してどうこういうつもりはない」

「………」

「だから、俺は俺として生きる。たとえ化け物だろうが殺人鬼だろうが、テメェの存在はテメェが決める。少なくとも、俺は『クールなカッコつけ野郎』として生きるつもりだ」

 

 自分でも何を言ってるかわかっていないが、こみ上げてくるものを止めることができない。

 だが、霊夢が急に笑い出したことによって、次の言葉が止まった。

 

「自覚があるのに驚きだわ」

「自覚してなかったら、ただのすけこましだ。そんなのと一緒にするな」

 

 人をバカにしたような笑みだが、先ほどの表情と比べれば天と地ほどの差がある。

 

「というより、暇なら森まで木の伐採をしに行ってくれ」

「嫌よ。それは、アンタがやるべき仕事でしょ」

 

 また、にべもなく応答する霊夢。しかし、さっきと違って硬い雰囲気ではない。

 

「それもそうか」

 

 レヴァは最後の薪を割り、使っていた手斧を切り株に立てかける。

 

「まぁ、暇だったらいつでも来な。話し相手くらいにはなるからよ」

「そう」

 

 霊夢は興味なさげに返事をすると、そのまま背を向けて飛んで行ってしまった。

 その背中を見送ったレヴァは、ゴキゴキと首を鳴らしながら大きく伸びをした。

 

「霊夢とは、打ち解けたようだな」

「……いきなり声かけるなよ」

 

 振り返ると、縁側に慧音がいた。その手には玉杓子が握られており、昼食を作っていたことを知らせている。

 

「私も長くここにいるが、霊夢がああ行った表情をするのは初めて見る」

「……人間が人間に嫌われる、か」

「あの子は、小さい時からそうだった。人間ながら妖怪を倒す術を持ち、この幻想郷を覆う結界の維持ができる唯一の存在。それ故に恐れられ、遠ざけられて来た」

 

 慧音の話から、なぜ霊夢があそこで態度を変えたのかが理解できた。

 ただ、内容が内容なだけに、そう簡単に踏み込んでい良い内容ではない。

 

「アイツ、友達はいるのか?」

「私が知る限りでは、魔法の森に住む、白黒の魔法使いがいる」

「なら、俺は友達第二号ってか」

「そうだな。だったら、霊夢のことはよろしく頼むぞ」

 

 博麗霊夢。レヴァが元の世界に戻るために協力してもらう必要があるが、そんなことよりも、霊夢のことが一人の少女として気になったレヴァであった。

 

 

 

 

 

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 攻め入って来た妖怪を、慧音が全て撃退したという話が人里中に広まっている。本人は否定しているのだが、噂には尾鰭がつくもの。ある人は刀で切り伏せたと言い、またある人は素手でなぎ倒したと言う。

 

 弁解することが不可能だと悟った慧音は、その噂を甘んじて受け入れることにした。

 その一方で、若い男が慧音の家に居候しているという噂も広まっていた。別に後ろめたいことは何もないのだが、問題はそこではない。

 

 里の女衆との話で、居候とはどこまでいったのかなど下世話な話をする機会が増え、その度に嫌気が差していた。

 幸いなのは、その居候が誰なのかが特定されていないことである。

 

 

 

「はぁ……誰に会ってもそんな話ばかりだ………人の噂は七十五日とはいえ、そこまで待たなくてはならないのもな………」

 

 普段からあまり酒を飲まない慧音だが、流石に限界が来たのか、その日は一人で一升瓶を空にする勢いで飲んでいた。

 

「そりゃ、俺がいない方が良いってことか?」

「何を言う。レヴァのおかげで、以前に比べて楽しい生活ができている。感謝こそすれ、邪険に扱うことなどできん」

 

 レヴァの意地悪な発言に対し、普段の余裕を見せることなく感情をぶちまける慧音。それほど溜まっていたのだろうかと心配になる。

 

 

 ここ十数日で、慧音のことが少しわかった。

 体は華奢ではあるものの体力は並の人間よりもある。そのため多少のハードワークをしたところで疲れを表に出すことはない。

 それに加えて、家ではレヴァのこと、外では寺子屋に通う子どもたちのことを考えており、自分のことはいつも二の次になっている。

 ならば、慧音が自分のことを第一に考えることのできる時間を作ってやらなくてはならない。そう考えたレヴァは、単純ではあるが酒を飲ませることにしたのだった。

 

 

「まぁ、いつの時代もそういった話のタネは重宝されるからな」

「それだけならまだいい。だが、有る事無い事を勝手に話し始めて、恋仲やら夫婦などと囃し立てられるのは勘弁してほしい」

 

 里の中でも一番の美女といっても過言ではない、整った容姿を持つ慧音。しかしそれ故に、そういった色恋の話の槍玉に挙げられやすい。

 

「俺としてはどう言われてもいいが、慧音が苦労をすると言うのなら、少し考える」

「考える?」

「俺個人としても、いつまでも世話になるわけにはいかない。いつ元の世界に帰るかもわからないし、幻想郷に残るかもしれない。下手すりゃ一生涯慧音を付き合わせることになりかねない」

 

 ここに留めてくれたことには感謝しているし、居心地も良い。今のまま惰性で生活を続けると、老後まで厄介になるかもしれない。

 慧音に迷惑をかけられないという思いと、男としてヒモに近い生活をしていることが許せない思いがあった。

 

「だから」

 

 ここを出て行く。

 そう言いかけたところで、慧音が弾かれたように立ち上がって縁側に続く襖を勢いよく開いた。

「何だ………これは………」

 

 二人の目に飛び込んで来たのは、紅だった。ただ、紅い。

 この時間は月も高く昇り、月明かりだけで過ごせるほどに明るかったはず。それが、紅い霧によって完全に遮光されていた。

 

「霧……にしちゃ物騒な色をしてるな」

 

 慧音と並ぶようにして縁側に出たレヴァは、既にブラッド・コネクトを手に持っていた。

 幻想郷は元の世界とは違う。そう理解しているレヴァでさえ、この霧が異常であることがわかる。

 慧音に至っては、険しい表情で月が見えていた場所を睨んでいる。

 

「慧音。これが何だかわかるのか?」

「いや……こんな現象は見たことがない。霧が発生することはあるが、あのような色は………」

 

 月光を遮られたせいで、周辺が完全に真っ暗になっている。

 

「あの霧、晴れると思うか?」

 

 慧音は不安を滲ませた声で、レヴァに問いかける。答えが聞きたいと言うよりも、レヴァに否定して欲しかった。

 

「いや、晴れないだろうな」

 

 変に期待を抱かせてしまえば、それを裏切られた時により後悔したりする。レヴァは自身の正直な予想を述べた。

 

「今日は風が吹いていないが、霧は一定速度で一定方向に移動し続けてる。あんな広がり方は明らかにおかしい」

「………」

「さっき、『異変』って言ったよな?」

「あ、ああ」

「本来怒るべきではない異変。なら、それを解決してやろうじゃねぇか」

 

 何を言い出すかと思えば、と慧音は内心思った。

 これまでにも幻想郷で異変は発生していた。その度に異変解決に乗り出すのは相当な実力者や異変解決を専門とする者たちだった。

 異変の陰には必ず首謀者がいる。それと戦う必要があり、戦闘能力の低い慧音では太刀打ちできないために、いつも傍観していた。

 

 しかし、目の前の男は戦うと言い出した。

 

「やめろ」

 

 慧音はあまり意識はしていなかったが、その言葉に相当なものが込められていたらしく、珍しくレヴァが黙った。

 

「人間が関わるべきことではない。死にたくなければ、大人しくしていろ」

「……わかった」

 

 口にこそ出さなかったが、この時の慧音の目は、人間のそれとはかけ離れているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 例の紅い霧は、人里だけでなく幻想郷中を覆い尽くす勢いで広がっていった。それにより地上から光は消え、紅に包まれた空間だけが無秩序に広がっていく。

 

 妖怪は妖怪で動きがあるようだが、一番変化が大きいのは人里だった。

 

 

「う……うぅぇぇぇぇぇ………」

「おい大丈夫か!? しっかりしろ!!」

 

「はぁ……はぁ………」

「ほら、もう少しで診療所だから、しっかり意識を持て!」

 

 

 霧が発生してから、一日が経過した。始めはただ空が不気味な色をしているだけであったが、次第に体調を崩す人間が出始めた。症状は人それぞれだが、共通して原因が不明。必然的に、あの霧が原因であることは誰もが想像していたことである。

 

「……なぁ、慧音」

 

 縁側から空を見上げているレヴァは、部屋で黙りこくっている慧音に話かけた。

 

「この惨状、どうにか出来ねぇのか?」

 

 医学に関する知識もなければ、超常現象に詳しいわけでもない。それでもレヴァは自分にカニかできないかと考えていた。

 

 レヴァの問いかけに対し、慧音は鋭い目でレヴァを睨んだ。

 

「出来るなら、とっくにやっている。とにかく、霊夢や魔理沙が解決してくれるのを待て」

 

 そうは言いつつも、焦りが見えている。本心では、どんなことでもして里の人間を助けたいと思っているが、如何せん解決策がわからない。

 わかるのは、霧が魔力によって作られており、その魔力に当てられて人体に影響が出ている。

 そんなものを治療する手立てはない。

 

 だから、いつものように傍観に徹しようとしていた。

 

「……わかった」

 

 レヴァも渋々了解し、酒が入ったことによって赤みを帯びた顔をうつ向けた。

 

 

 

 

 

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 霧が出始めてから二日目。

 里の人口の四分の一が体調不良によって床に伏せている。太陽の光が届かないせいで気温もかなり低い状態となり、更に病人を増やす原因となっていた。

 

「慧音先生! なんとか、どうにかできませんか!?」

「……すまない。私もこのような経験は初めてでな」

 

 人里切っての知識人である慧音を頼って、里の人間が何人も慧音宅を訪ねていた。

 このような不気味な現象の下で病人が増え続ける。診療所の医者も激しい動悸と吐き気によって臥せっている。精神的に打たれ弱い者の中には、発狂してしまった者もいるらしい。

 

 すでに、藁にもすがる思いだった。

 

「おそらく、博麗の巫女やその仲間が動いている。彼女らが解決するまで待つしかない」

 

 頼みの綱であった慧音にそう言われては、もう何も頼れるものがない。

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 去って行く背中を見送りながら、慧音はため息を吐いた。

 どうにかしてやりたいという思いはあるが、やはり自分にできることはない。そうした無力感を抱きながら振り返ると、レヴァが立っていた。

 

「……外出でもする気か?」

「ああ。下手したら数日帰ってこない」

 

 レヴァの目は本気だった。込められた感情がどんなものかは知り得ないが、無力感に溺れて何もしない自分には止める権利はないと、慧音は思った。

 

「そうか……」

「じゃあな。多分ここには戻ってこないだろうよ」

 

 それだけ言って、慧音を押しのけるようにしてレヴァは出て行った。

 


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