東方project ~幻想十二録~   作:ダンディー

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第2話

「とはいえ………」

 

 啖呵を切って出てきたのはいいが、目的地が不明である。霧の流れてくる方向に向かっていけば良いのはわかるが、どれほどの距離があるのかわからない。

 

「方向がわかってるだけでも良しとするか」

 

 考えても仕方がない。地図を手に入れていないことが痛手だが、最悪森だろうが海だろうが突っ切れば良い。

 

「……久しぶりだな」

 

 そう言いながらブラッド・コネクトを構える。そして近くに生えていた木の幹に向かって撃つと、血でできたロープのようなものが銃口から飛び出し、幹に絡みついた。

 巻き戻しのように血のロープが銃口に吸い込まれ、そのままレヴァの体ごと引っ張っていく。

 

 

 元の世界でも、レヴァはこの方法で長距離を移動することがあった。ターザンの真似事で始めた技だが、役に立つとは思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 移動を始めてからしばらくして、森林地帯の先に湖が見えた。そこも例外なく霧に覆われており、空を映す湖が血の池のような風体をしていた。

 

「晴れてりゃ、ピクニックでもしたいところだがねぇ」

 

 呑気なことを言いながら、血のロープで移動を続ける。風を切るとまではいかなくても、普通に走るよりも何倍もの速度で移動ができる。

 湖の上を通るもの有りだが、水中を得意とする妖怪がいた際にかなり面倒なことになる可能性がある。大人しく湖から十分な距離を保って回り道をすることにする。

 

「………」

 

 移動中、レヴァは元の世界と人里の現状について考えていた。

 

 

 元の世界では、何かしら力を持った人間だけが人間らしく生きることが許され、力のない者たちは常に虐げられていた。

 道端に餓死者の死体が転がっていることも、その死体を食い漁ることも普通の世界。

 弱者は蹂躙されるしか世界をかえるために戦っていた。

 

 今、人里でも同じことが起きている。この異変を起こした首謀者によって、力のない人間が一方的に被害を受けている。そのことが許せなかった。

 

 

 

「あれか……」

 

 目を凝らすと、湖から少し離れた場所に、大きな館が建っていた。そこから四方八方に紅い煙が噴出している。最早疑う余地はない。

 ああ言った巨大な施設に住んでいる場合、見張りや警備は万全と考えるのが当然だろう。

 普通なら、ここで監視の目を掻い潜る方法を考えるのだが。

 

「ぶっ潰す……」

 

 怒りで頭に血が上っている現状では、そんなことを考える余裕がなかった。むしろ、サーチ&デストロイを実行しようとしている。

 それが吉と出るか、凶と出るか。それは、運命を見ることのできる者以外にはわからない。

 

 

 

 

 

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 紅魔館。

 外装も内装も紅を基調とした、異色の館。そこに住んでいるのは、西洋の大妖怪で、世界的に有名な吸血鬼。

 吸血鬼に関しては諸説ある。レヴァが知っているのは、若い女の血を好んで飲むこと、日光や流水、十字架やニンニクに弱いこと。

 

 知っていればいくらでも対策を立てることができる相手であるが、実際にどれほど効果があるのかは不明である。

 

 

 

 

「お嬢様。例のお客人が近づいているようです」

「……そう」

 

 紅魔館のとある一室。そこにはベッドに臥せっているレミリアと、その従者、十六夜咲夜がいた。

 

「……大丈夫ですか?」

「問題ないわ。こちらから招いたんだもの。紅魔館の主としてもてなさないわけにはいかないわ」

 

 レミリアは体を起こすが、顔色は悪く、瞳の焦点が若干合っていない。

 それにもかかわらず、咲夜を見る目は煌々と光を放っており、吸血鬼の特徴の一つとも言える牙が覗く。

 

「それほどお辛いのであれば、わたくしの血をお飲みください」

 

 咲夜は自身の服のボタンを緩め、首筋を露出させる。

 だが、レミリアは首を横に振り、弱々しい笑みを見せた。

 

「ダメよ。貴女は人間のまま、一生涯私のそばにいてくれるのでしょう? 」

 

 それは、レミリアと咲夜の、二人だけの約束。そしてお互いを縛り付ける呪い。

 

「私のことは大丈夫だから。パチュリーの様子を見てあげて頂戴」

「しかし」

「そのために、彼の案内は美鈴に任せてるわ。今はフランを抑えるので精一杯だと思うから、必要なら手を貸してあげなさい」

「……承知、しました」

 

 心から心酔している主が苦痛に顔を歪めている。そんな状況で一時でも側を離れなくてはならないことが、咲夜にとっては辛いことである。

 それでも、主の命令は絶対。これに背けば、あの時の誓いが嘘になる。

 

 

 咲夜が音も気配もなく消え去ってすぐ、レミリアはせり上がってくるものに耐えきれず、その小さな口から大量の血を吐き出した。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 従者の手前、強がってはいた。しかし、いくら吸血衝動を抑えるためとはいえ、動物の血を飲んだのは失敗だった。

 口の中だけでなく、喉、食道と、鉄のような臭いが充満している。人間の血を飲んだことがないレミリアだが、吸血鬼としての本能が人間の血を求めている。少しでも気を抜けば、咲夜の喉笛に噛み付いてしまうほどである。

 

 今から会おうとしている相手も人間。対面した時、自分はその本能を抑えることができるだろうか。

 

 いくら考えても仕方がない。ベッドの側に置いていた動物の血が入ったボトルを掴み、中身を一気に喉に流し込む。

 不味い。この上なく不味い。今まで食べたどんな料理よりも不味く、それ故に美味な血を求めてしまう。

 

「ふふ……」

 

 不意に、笑いが出た。

 生まれてから約五百年もの間、人間の血肉を食らったことはない。このような吸血衝動も経験したことがない。

 西洋の大妖怪として名を馳せた吸血鬼が、自身の本能に逆らうことできないとなるといい笑い者になってしまう。そういったこともあるが、咲夜やパチュリーといった身内を守りたいという思いが強いために耐えられたのだ。

 

「さて、思ったよりも早く来てくれて助かったけど………幻想郷の全てを敵に回してしまったわね……」

 

 窓の外を見ると、今だに霧が出続けている。レミリア自身は好きな色だが、この霧には魔力が込められている。人妖問わず、この霧から悪影響を受ける。

 

 咲夜とパチュリーは、吸血衝動で暴れまわっているフランを抑えており、美鈴は門番と例の男を案内する役割がある。

 それらの上に立つレミリアがこのザマである。自分たちだけでは解決できないと踏んで、紅い霧という形でSOSを出したまではよかったが、それを止めることのできるパチュリーがそれどころではない。

 

「………」

 

 血を欲する意識と体を、無理やり理性で抑えつける。

 たとえ吸血衝動が自分のせいでなかったとしても、ここまで大事にしてしまった責任は自分にある。

 必要とあらば、その命を盾にしてでも『家族』を守るつもりでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅魔館の正門。仰々しい造りをしているそれは、見る者に威圧感を与えて萎縮させる。

 そこに門番がいるとなれば尚更である。

 

「一つ、聞いてもいいか?」

 

 門番と対峙するように立っているレヴァは、正面の巨大な館を見据えながら訪ねた。

 

「何でしょうか?」

 

 落ち着いた声で応答する門番であるが、その手はレヴァの右腕をガッチリと掴んでいる。

 完全に、銃による攻撃をさせないための動きに、レヴァは乾いた笑いが出た。

 

「この世界の門番は、来客を問答無用で拘束するのか?」

「それについては申し訳ありません。我が主からのご命令ですので」

 

 悪びれることなく、掴んでいる手に力が加えられていく。痛みはないが、振りほどこうとしてもビクともしない。

 

「ですので、大人しく私について来てください。ご案内いたしますので」

「ご案内? 一体どういうことだ?」

「言葉通りの意味です。我が主であり、この霧を発生させるよう命令を下した、レミリア様のところまでご案内いたします」

 

 事態が飲み込めないレヴァだが、これは逆にチャンスだと考えた。

 今までにも潜入捜査の真似事で同じような経験をしたことがある。腹の探り合いは得意ではないが、室内での戦いでは負けたことがない。

 何とかなるだろう。そう思って、美鈴の言葉に従うことにした。

 

「聞き入れてもらって、ありがとうございます」

「美人に頼まれちゃ、聞くしかないだろ?」

 

 開き直ったレヴァは、自身を奮い立たせるように軽口を叩いた。

 

「数十秒前まで敵意むき出しだったのに、変なことを言いますね」

 

 美鈴はそう言いながらも、若干頬を染めている。そういったことを言われ慣れていないのだろう。

 

「相手を褒めることは、友好を結ぶ上での第一段階だからな。できれば荒事は避けたいしな」

 

 首謀者を殺そうと考えていたくせに、どの口が言うのかと心の中で自分にツッコミを入れる。

 

「そうですね。私たちも、争いをしようということは考えていません」

「そいつは良かった」

 

 隙あらば殺す。その思いを抱きながら、笑顔で美鈴の後ろをついて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 館内に入ったレヴァが持った感想は、とにかく紅い。赤は警告色として人間の注意を引く特性があるが、視界のほとんどが赤いと目や頭が痛くなってくる。

 

「随分と、個性的なデザインだな……」

「お気持ちはわかりますが、言いたいことははっきりと言った方が良いですよ。特に、レミリア様の前では」

「………悪趣味にしか思えない」

 

 美鈴も紅魔館の建物自体に言いたいことがあるのか、レヴァの率直な感想に対して苦笑で返した。

 

「一応ご説明いたしますと、レミリア様は吸血鬼。ですが、諸説にあるように人間の生き血を啜ることはありません。レミリア様曰く、生まれてから五百年、一度も人間の血肉を食したことがないと」

「……そりゃ随分と突然な話だな」

 

 妖怪の存在は知っていたが、まさか吸血鬼までいるとは思ってもみなかった。加えて今から面会するのがその吸血鬼だとは。

 

「十字架でも持って来たら良かったかねぇ……」

「ああ、言っておきますけど、十字架やニンニク、白木の杭などは意味がありませんので」

「こいつは大発見だな」

 

 ただ日光や流水には弱いんですけどね、付け加える美鈴に、レヴァは苦笑で返した。

 わざわざ弱点を教えなくても、と思ったが、それだけ警戒しないでほしいという意思があるのだろう。

 

 

 

「ここで、レミリア様がお待ちでございます」

 

 二人の目の前には、室内に取り付けるには大きすぎるドアがあった。

 

「まるで、謁見の間だな」

「そう言っても過言ではありませんね」

 

 美鈴がドアをノックすると、中から「入りなさい」と声が聞こえた。

 

「失礼します」

 

 ゆっくりとドアが開かれ、シャンデリアの光に照らされた室内が明らかになってくる。

 

 部屋の奥。そこに置かれた、背凭れの大きな椅子に少女は座っていた。

 小柄な体躯に、ヴィクトリア朝を彷彿とさせる派手な服装。陶磁器を思わせるような白い肌を晒している腕は、掴んでしまえば折れてしまいそうなくらい儚い印象を受ける。しかしその一方で、赤い瞳には力強さが宿っており、視線が物理的なものだとすれば、心臓を射抜いてしまうだろう。

 

 レヴァの手は、自然とホルスターに伸びていた。

 

「紅魔館へようこそ。歓迎するわ」

 

 見た目に違わない、少女らしい声。だが、一つ一つの音に重みがある。

 そして、レヴァの敵意と武器に手を伸ばしていることに気がついているにも関わらず、悠然とした態度でレヴァを迎えた。

 

「それで貴方の気が済むなら、構わないわ」

「………」

 

 心を見透かされたような感覚の陥ったレヴァは、舌打ちをして構えを解いた。その背後では美鈴がいつでもレヴァを抑えられるように警戒をしている。

 

「どうぞ、そこに座って。貴方とはお話ししたいことがあるのよ」

「……ああ」

 

 今ここで銃を撃ったところで、レミリアを殺すことはできないと悟った。大人しくレミリアの正面にある椅子に座った。

 

「まず、自己紹介からしましょうか。お互い初対面ですし」

「……レヴァ・ゼクトール」

「私は、この紅魔館の主人、レミリア・スカーレット。こんな見た目だけど、五百年は生きてる吸血鬼よ」

「それで、その吸血鬼様が一体何の話をしようってんだ?」

 

 不機嫌を前面に押し出すレヴァに美鈴は眉を顰めたが、レミリアは妖艶な笑みを浮かべている。

「あら、意地悪な人ね。こんな状況で雑談でもする気なのかしら? 私としてはそれでも構わないけれど」

「あー、わかったから。俺が悪かったから」

「素直に謝れる人は好きよ」

 

 少女が相手だというのに、ずっと年上の女性を相手にしている時のような感覚。悪い気はしないはずなのだが、やはり違和感が拭えない。

 相変わらず不機嫌そうな反応をするレヴァを見かねてか、レミリアは見せていた笑みを消した。

 

「それじゃあ、早速本題に入らせてもらうわね。話す内容は大きく二つ、まずはこの紅い霧について。もう一つは、貴方へのお願いがあるの」

「お願い?」

「まあ、順番に聴いて頂戴」

 

 あくまで落ち着き払っているレミリアが美鈴にアイコンタクトをすると、美鈴は静かに部屋を後にした。

 

「この霧は、私が家族の一人に命令して発生させたの。霧の中には相当量の魔力が込められていて、人間だけでなく妖怪にも悪影響が出てしまう」

「だから、里の人間があれだけ不調になるわけだ」

「それに関しては、何の申し開きもないわ。後で断罪でも処刑でも何でもするといいわ。でもそれより重要なのは二つ目よ」

「俺に何をしろって言うんだ?」

「そんなに拗ねないで頂戴。可愛くて襲いたくなっちゃうわ」

「幼女に襲われて興奮する趣味は無い」

「貴方の二十倍は長く生きてると思うのだけれど?」

「俺は結構見た目で判断するからな」

 

 急かしていたはずなのに、いつの間にか話が脱線している。

 いつものレヴァならば雑談には一切応じないが、レミリアの醸し出す不思議な雰囲気に当てられて、本人が意識をせずに話を合わせてしまう。

 豪奢な調度品もシミ一つ無い紅の壁も、全てがレヴァを飲み込み、レミリアが一度命令をすれば、危うく従ってしまう。そんな魅力じみたものがあった。

 

 

 次にレミリアが話し始めようとした時、ノックの音が聞こえて来た。

 今度は返事を待たずにドアが開き、美鈴がティーポットとカップを乗せた台車を押して入って来た。

 

「レミリア様。お茶の準備ができました」

「ありがとう」

 

 美鈴がやって来たことで会話が中断され、レヴァもレミリアも、お互いに聞こえないほどのため息を吐いた。

 

「まぁ、話すべきことはあるけど、一息入れましょ? 大きな仕事の前には英気を養うのが基本よ」

「つまり、これから大仕事が待ってるってことか」

「そうね。でも、強制でも何でも無い。貴方が嫌と言うなら、今後は私たちと関わる必要はないわ」

「それを引き受けた時のメリットは?」

「成功すれば、この霧を止めることができるわ」

 

 そこでレヴァの思考が停止した。

 大仕事を頼むと言われ、それが成功すれば霧を止めることができると言う。

 しかし、一つ目の話と繋がりがあると考えると、レミリア自身は霧を止めたいと思っている。

 だが、それを部外者であるレヴァに頼んでいる。

 

「自分たちだけじゃ、解決ができないからか?」

「そうね。だからこうして異常現象を起こして、助けを求めていたの」

 

 だからと言って、関係のない人間を巻き込むのはどうだろうか。

 とはいえ、霧を止めるためにここまでやって来たレヴァには、選択肢があるようで一つしかない。

 

 そんなレヴァの心理状況を元から知っていたのか、レミリアは意味深な笑みでレヴァを見据える。

 そこで美鈴が紅茶を淹れ終わり、レヴァとレミリアの前に鮮紅色の紅茶が置かれた。

 

 レミリアは何も言わずに一口飲み、満足げ笑みを浮かべた。

 

「咲夜の紅茶も美味しいけど、やっぱり貴方が教えたとだけあるわ」

「ありがとうございます」

 

 咲夜と言う名前が気になったレヴァだが、今ここで何を問いただしたとしても、レミリアは微笑むだけで何も答えはしないだろう。

 大人しく、紅茶を一口。

 

「ん……」

 

 元の世界で紅茶を好んで飲んでいたが、別にソムリエというわけではない。茶葉の種類などは分からないが、美鈴が入れた紅茶が今まで飲んだ紅茶の中で最も美味であることはすぐにわかった。

 

「良かったら、感想を聞かせてくれないかしら?」

「……月並みなコメントで申し訳ないが、俺が知る紅茶の中で一番美味しい」

「だそうよ。美鈴」

「お褒めに預かり、光栄です」

 

 美鈴は恭しく一礼する。もはや門番ではなく、執事やメイドと言ったほうがしっくりくるほどの立ち振る舞いである。

 

「なぁ、レミリア嬢」

 

 だが、いつまでもゆっくりしてられない。今のこの瞬間にも霧は広がり続け、力のない者ばかりが苦しんでいる。

 

「呼び捨てで構わないわ。……貴方に頼みたいことっていうのは、フランドール・スカーレット、血の繋がった私の妹を止めて欲しいのよ」

「……止める?」

「ええ」

 

 レミリアの目は、若干の憂いを帯びている。

 

「私たちは吸血鬼と言っても、血を飲まずとも生きていける。だけど、ここ最近になって無性に人間の血肉を貪りたくなる衝動に駆られてるのよ」

「アンタもか?」

「そうね。でも、私はまだ大丈夫。誤魔化し方も知ってるからね。問題は妹よ」

「誤魔化しが効かないってことか?」

「その程度なら、まだやりようはあった。………あの子は衝動に身を任せて暴れてるの。紅魔館の中で誰よりも強い力を持ったあの子は、あの子以外が束になっても止められるか分からない」

 

 そんな化け物の相手をさせようとしていることを聞き、レヴァの背中には冷や汗流れ始めた。

 

「ま、まさか、その妹さんの相手をしろとでも?」

「そうよ」

 

 さもそれが当然かのように、何の感情も込められていない肯定の言葉が部屋に響いた。

 

「俺はただの人間だ。そんな状態の吸血鬼に勝てるとは思えない」

「別に殺せとも倒せとも言っていないわ。『止めるだけ』でいいのよ?」

 

 簡単に言いやがる、と心の中で悪態をつく。

 

「大丈夫。貴方一人でやれなんて言ってないわ。今、妹の足止めをしてる二人がいるから、そこに加勢して欲しいの」

「面識のない奴らと共同戦線か……骨が折れそうだ」

「美鈴。案内してあげて」

「承知しました」

 

 美鈴に指示を出し、レミリアはすぐに部屋を出て行った。

 

「では、ご案内いたします」

 

 美鈴も特に気にしていない素振りでレヴァに声をかけた。

 

 

 

 

 

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 どの場所にも繋がっている、どこにも存在しない場所。そんな場所に出入りできるのは、多数の猛者が集う幻想郷の中でもほんの一握りしかいない。

 

「で、紫。何でいきなり修行なんて言い出したのよ」

「貴女、最近弛んでるみたいだったからね。たまには稽古をつけてあげようかと思ってね」

 

 肩で息をしている霊夢に対し、紫は涼しげな笑みを湛えるだけである。それだけ実力差があるということで、霊夢は恨めしそうな視線を向けていた。

 

「弛んでるって言われてもね。私も神社の管理の仕事があるの。お母さんみたいに妖怪退治ばっかりやってられないの」

「まぁ、あの子はあの子で荒事以外はからっきしだったからねぇ……」

 

 

 先代の博麗の巫女は、現代の博麗の巫女である霊夢と比べて、全ての才能を妖怪退治に傾けたような人間だった。その圧倒的な力の前では大妖怪も迂闊に行動することができず、幻想郷は平和そのものであった。

 

 

「とにかく、今更アンタに稽古つけてもらうほど訛ってないの。早くこんな悪趣味な場所から出して。もう何日ここにいるのよ」

「まだ二日よ。もう少し付き合ってもらうわ」

 

 既に霊夢の霊力と体力は限界に近い。二日間も飲まず食わずで紫の猛攻を凌ぎ続けているが、肝心の紫はとどめを刺すことはしない。

 

「ぁぁあもう! 一体いつになったら解放するのよ!!」

「私が良いと言うまでよ」

「ふざけないで!!」

 

 霊夢はスペルカードを取り出し、『夢想転生』を発動させる。それによって霊夢の体が半透明になり、周囲に色の付いた光弾を出現させる。

 

「それは、もう通用しないってわかってるでしょ?」

 

 紫は持っている傘を盾のように突き出し、そこから光弾を発散させる。しかし、光弾は向かってくる霊夢の体をすり抜けて後方に見えなくなっていく。

 

 夢想転生が発動している間は、全ての攻撃が無効化される。戦闘においては最強クラスのわざと言っても過言ではないが、霊夢にその技を習得させたのは紫であるため、当然対処する方法も知っている。

 

「このっ」

 

 半透明のまま紫に追撃をするが、宙を舞う紙のようにひらりと躱されていく。この二日間、その動きの翻弄されて一撃も当てられていない。

 

「これじゃ、『あの子』は止められないわね」

 

 紫は一枚のスペルカードを取り出し、鋭い視線を夢想転生の効果が切れた霊夢に向ける。

 発動したのは「紫奥義『弾幕結界』」。夥しい量の光弾が周囲に展開され、その矛先は全て中心にいる霊夢に向いている。

 この奥義は、つい最近になって考え出したもの。この時初めて使ったため、対策は誰にも知られていない。

 類に漏れず、霊夢は初めこそ直感で躱していっていたが、段々と無理が出てくる。

 

「うぐっ!?」

 

 目の前を横切る光弾を避けたと思ったら、背中に鈍器で殴られたかのような衝撃が伝わってきた。そこから痛みを感じ取った瞬間、光弾の滝が降り注ぐ。

 

「………っ!!」

 

 声にならない叫びが霊夢の脳内で響き、同時に思考を埋め尽くす痛みに襲われる。自分が今どういう体勢なのか、何が視界に入っているのか、紫はどこにいるのか。何も分からない。

 

 

 スペルカードルールに則った弾幕ごっこでは、殺傷力のある攻撃は禁止されている。だが、紫はそれを無視しているようにしか思えない。

 現に、大量の光弾の直撃を受けた霊夢は、身体中から血を流していた。このまま攻撃を受け続ければ絶命するのは火を見るよりも明らかである。それに、スペルカードルールなら既に決着がついているはずだが、紫は別のスペルカードを手に持っていた。

 

「……何よ………私を、殺す気?」

「そんなことはしないわ。貴女の力を向上させるためよ」

 

 霊夢のためと言いつつも、その言葉は酷く冷たい。

 もし紫が攻め手を緩めなかったら、本当に殺される。今までに数度しか感じたことのない、死への恐怖が脳裏によぎった霊夢は、震える手で自身のスペルカードを取り出した。

 

 

 

 

 

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「マジかよっ」

 

 転がるようにして横に飛ぶことで直撃を免れ、体勢を立て直すために巨大な本棚の後ろへ隠れる。しかし、それもすぐに壊されるとわかっているため、隠れるようにして別の本棚へ移動する。

 

「アハハハハハ!! どこまで逃げれるかなぁ?」

 

 無邪気な声、無邪気な笑顔で、人間の数十倍はある大きさの本棚を木っ端微塵に破壊する。幸いそこに誰もいなかったが、本棚の数にも限りがある。

 遮蔽物を全て破壊された時。それは自身の体も本棚のように木っ端微塵にされることを意味する。

 

「貴方、大丈夫?」

「大丈夫なら、口説きの一つでもするとこだがな」

「……その時は、私が貴方を刺します」

 

 絶体絶命の状況にも関わらずそんな会話ができるのは、お互いにそれ以上の修羅場を超えたことがあるからだろう。

 

「日光やら流水やらを用意できないのか?」

「貴方、それってフラン様に死ねといってるようなものよ」

「まぁ、止めろって話だったからな……」

 

 レミリアが妹を止めて欲しいとはいったが、殺さないで欲しいという思いもある。それをわかっているからこそ、安易に弱点をつくことができない。

 

「で、どう止める? 咲夜」

「私の能力で先制を仕掛けても、フラン様を止める威力はない。レヴァこそ、何か良い案はないの?」

 

 

 

 紅魔館の奥にある、パチュリー・ノーレッジのために用意された書斎がある。図書館と言ったほうが良いその場所は、現在強力な結界で閉じられており、その中でレヴァと咲夜が件のレミリアの妹であるフランドール・スカーレットと戦っていた。

 

「パチュリー様が結界を貼り続けている限り、霧を止められない。さっさとケリをつけるわよ」

「せっかくのアバンチュールを楽しみたいが、そうも言ってられないか……」

 

 二人はフランから最も遠い本棚に隠れており、フランは二人を探すというかくれんぼ状態。見つかれば文字通り木っ端微塵にされるというおまけ付き。

 

「吸血衝動なら、血を飲ませればいいんだろ? だったら」

「吸血鬼に噛まれたら、そのまま人間でも妖怪でもない眷属になるだけ。自我すらまともに保てない存在になって、退治されたいのかしら?」

「どこぞの華麗で不機嫌な巫女に退治されるなら、それも良いかもな」

 

 などと軽口を叩いているが、二対一で無邪気な子供一人に追い詰められている状態。どうにかできないかと考えてはいるが、戦力差が圧倒的すぎて手も足も出ない。

 

 

 フランの力に関しては咲夜から聞いているが、『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』という荒唐無稽なもの。フランの視界に入らなければその能力を使用されることはないが、吸血鬼としての身体能力や、弾幕と呼ばれる大量の光弾、炎を纏った剣などを扱う。

 

 一方で咲夜は『時を操る程度の能力』を有しているが、時間を数秒止める程度のもの。それとナイフの投擲を組み合わせてフランに攻撃をしているが、どれも決定打にならない。

 吸血鬼の驚異的な生命力と再生能力のせいで、ただ一度としてフランの動きを止められていない。

 

「上手いこと、あの可愛らしい口の中にぶち込めればいいんだが……」

「言い方を考えなさい」

「まぁ、銃口から出た血を吸えって言っても聞かねぇだろうよ」

 

 それに、吸血衝動という割には、まるで『遊んでいる』ようにしか見えない。血をよこせというよりも、『壊したい』という破壊衝動に切り替わっているのだろうか。

 

「あれをするか……」

「何か手があるのかしら?」

「一応。だが、とんでもなく危険で、下手したら嬢ちゃんが死ぬ」

 

 レヴァが思いついた方法は、元の世界で一度だけ使ったことのある殺害方法。それは、内部から内臓を全て破壊するというとんでもないもので、いくら吸血鬼でも絶命させてしまうかもしれない。

 

「……でも、パチュリー様がこの空間を維持できる時間も少ないと思うわ」

 

 レヴァが美鈴に案内されてこの空間にやってきた時、既にパチュリーは限界が近いと聞いていた。もし先にパチュリーがダウンした場合、フランが容易に外に出てしまう。今の状態では、どんなことをしでかすかわかったものではない。

 

「そうなるくらいなら、殺してしまったほうがいいわ」

「……レミリア嬢に一体なんて言えばいいか」

 

 そう言いながら、ブラッド・コネクトをいつでも撃てるように集中する。下手をすると心臓や脳まで破壊してしまうため、気の緩みは許されない。

 

「咲夜。ナイフで嬢ちゃんの移動ルートを制限してくれ」

「できない可能性の方が高いわよ」

「その時はその時だ」

 

 などと言いつつ、咲夜は時を止めている間に本棚の上で機会を伺い、じっと見てくるレヴァにハンドサインで指示を出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何よ……あの連携」

 

 大図書館に張った結界を維持しているパチュリーは、咲夜と突然やってきた男、レヴァが初対面とは思えない連携をしていることに驚いていた。

 

「っ……そろそろ厳しいわね」

 

 しかし、フランの全力でも壊れない結界を維持し続けて、二日と半日。魔女であるパチュリーは食事も睡眠も必要ないのだが、魔力が尽きると何もできなくなってしまう。

 

「パチュリー様。あとどれくらい保ちそうですか?」

 

 レヴァを案内してきた美鈴が、顔色の悪いパチュリーに心配そうに尋ねる。

 

「そうね……あと数分が限界かしら」

「……どうしてもっと早く仰ってくれなかったのですか?」

 

 ともすれば、フランが紅魔館の外に出てしまう。咲夜とレヴァ以外で満足に戦える人員は美鈴のみ。

 美鈴本人としては、フランを止める自信はある。しかしそれは全力を出した時に限る。

 だが、全力を出してしまったら最後、フランを殺してしまうことになりかねない。

 

 

 そんな殺生をしないために、自分は人の姿となったのだから。

 

 

「最悪、フラン様の命を奪うことになるでしょう。その時は………」

「わかってるわ。とどめはレミィに任せる」

 

 急に言い淀んだ美鈴の本心を知っているからなのか、パチュリーは毅然とした態度で答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う〜ん………どこだろ」

 

 結界の中心に近い部分で、フランが咲夜とレヴァを探していた。咲夜が時を止めたりハンドサインでレヴァに指示を出しているために未だ見つかっていないが、隠れられる物がどんどん壊されていき、残っているのは大テーブルの下と、本棚三つ。それらが壊されたら、二人ともフランの能力で破壊されてしまう。

 

「……飽きちゃったなぁ」

 

 かくれんぼを始めて既に十分ほどが経過していた。初めはノリノリだったフランだが、予想通り飽きが来てしまった。

 

「禁忌『レーヴァテイン』」

 

 フランが一枚のカードを取り出すと、巨大な炎の剣が出現した。もしそれでこの場を薙いだとしたら、本棚やテーブルだけでなく、隠れている二人も斬られるかその炎で焼かれるか。

 

 これはマズイと判断した咲夜は、すぐさま本棚からおりて、時を止める。たった数秒の間ではあるが、フランの行動を全て止めることができる。

 咲夜はナイフ投げの要領でフランの目をめがけてナイフを投げる。しかし、咲夜の手から離れた瞬間、ナイフは空中で静止する。そして自分たちとフランの間にあるテーブルに対して思いっきり蹴りを入れ、レヴァをの盾になるようにして立つ。

 

 時が動き出し、ナイフがフランの目に直撃。その後突如テーブルがひっくり返り、これもまたフランに直撃する。悲鳴とも雄叫びともつかない声がテーブルの向こうから聞こえ、レヴァは見えないながらも咲夜の背後から銃を撃つ。

 

「アアアアアイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイィィイィィイイ!!!」

 

 これだけやれば、動きが止まるか怒りに任せてまっすぐ突進してくるはず。そう考えての行動であったが、ここで周囲に張られていた結界が砕け散った。

 

「まさかっ」

「パチュリー様も限界のようね……」

 

 咲夜は横目で遠くに待機しているパチュリーと美鈴を見る。次の一手で仕留められなければ、レミリアと美鈴が動くことになる。

 

「レヴァ」

「ああ」

 

 レイヴァテインが消え、音がなくなる。

 瞬間、テーブルを弾き飛ばして吸血鬼が突進して来た。その速度は常軌を逸しており、奇襲されれば反応はできても交わすことができない。

 

 だが、あらかじめフランの行動を制限し、誘導することでレヴァは行動を起こすことができた。

 向かってくるフランに対して銃口を向け、口内に向けて発砲。

 発射されたのは、レヴァの血で作られたロープ。吸い込まれるようにしてフランの喉奥に入り込んだそれは、スルスルと体内に入り込んでいく。

 

「うおっ!」

 

 フランの突進をまともに受けたレヴァは、ブラッド・コネクトでフランの口を塞ぎ、空いている左手で右腕の関節を決める。

 フランの目は黒く染まっており、赤い瞳が爛々と輝いている。

 

「……悪いな、嬢ちゃん」

 

 レヴァはフランの鳩尾に思いっきり蹴りを入れて、一瞬できた隙を見逃さずブラッド・コネクトをフランの喉奥までねじ込む。

 その瞬間、フランの全身から血が吹き出し、腹部に至っては風船が割れたかのように中身がのぞいていた。

 

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