東方project ~幻想十二録~   作:ダンディー

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第4話

 紅魔館を離れ、行くあてもなく歩くレヴァ。

 一旦人里に戻るという選択肢もあることはあるが、慧音にあれだけの啖呵を切って置きながら、『行くあてがないのでまた泊めてください』と言えるわけがなかった。ただ、紅魔館に残れば、いやでもパチュリーを顔を合わせることとなる。レヴァにとってはその方が嫌だった。

 

 門を出た時に、美鈴が簡単に地理を教えてくれたものの、大抵の場所は危険だと言っていた。危険が少ない場所に行こうにも、歩いて行くには遠い。

 

「どうしたもんかねぇ」

 

 美鈴曰く、博麗神社に行くことをオススメするとのこと。そこの巫女である霊夢とはすでに面識があるため、行くことには別に問題ない。

 ただ、霊夢の育ての親も博麗神社に住んでいるらしく、そっちとも顔を合わせておけと言われた。

 

「親、か……」

 

 ふと、自分が銃貴十二士のリーダーであったオーデルに拾われた時のことを思い出した。

 

 どこの国かもわからないスラム街に放り出されていたレヴァは、何もわからないままにオーデルに連れていたことは覚えている。だが、それまで何をしていたかということは何も覚えていない。

 当然のように親の顔も覚えておらず、自分が捨てられたことや、親が略奪行為で処刑されたことは、オーデルに拾われてから三年後のことだった。

 

 ちなみに、レヴァというファーストネームは、オーデルがレヴァを拾った場所が『キッチンズレヴァ』という店の裏だったことからつけられた。ゼクトールというファミリーネームは、オーデルの愛人とされる女性のものをそのまま使っている。

 

 

 

 

「いや、気にしちゃいけねぇ」

 

 頭をガシガシと掻いて、思考を中断させる。

 例え親だったとしても、子供を捨てるような顔も知らない奴のことを考えても仕方ない。レヴァにとって親と言える存在は、オーデルを含めた銃貴十二士の人間である。

 今となっては全員亡き人となってしまったが、八年の歳月こそが、レヴァにとっては全てである。

 

「小せぇ野郎だな、レヴァ」

 

 軽く、自身の頬を叩く。ピリっとした感触が僅かに頬に残り、鬱屈とした思考を頭から追い出した。

 

 そして、来た時と同じようにブラッド・コネクトを介して生成した血のロープを使い、ターザンのように木々の間を通り抜けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、博麗神社にて。

 

「紫。確かに霊夢を鍛えて欲しいとは言ったが、コレはやりすぎだ」

 

 現博麗の巫女である博麗霊夢と共に博麗神社に住んでいる、先代の博麗の巫女、博麗霊迦が苦言を呈していた。

 

「そんな風に言わなくてもいいじゃない。霊夢が思ったより食らいついて来たから、思わず、ね?」

「ね? ではないだろう。スペルカードルールの作成に協力した奴が、弾幕で相手が昏睡状態になるまでやめないとは……」

「それについては反省してるわ」

 

 そう言いつつも、扇子で口元を隠す紫。笑っているのは明らかで、反省しているのかどうかわからない。

 霊迦は盛大にため息を吐くと、隣に敷いている布団で眠っている霊夢の頭を撫でた。

 

「拳しか知らない私には、スペルカードなんてものはわからん。だから、頭を下げて紫に頼んだのだがな」

「わかってるわ。だからこそ、今までになく厳しくしたのよ」

 

 霊迦に習うように、紫も霊夢の頭を撫でる。

 

「この子に教えた『夢想天生』だけど、あれは基本中の基本。完成形にはまだ程遠いわね」

「 最終形は、誰にも手がつけられなくなるという話だったが……」

「それでも、霊迦の力には及ばないけどね」

「力を持ちすぎて良いことなど、一つもない。それは紫も経験しているだろう?」

「……まあね」

 

 霊夢が、くすぐったそうに身じろぎをする。驚いた二人は手を退けたが、再び気持ちよさそうに寝入ってしまった霊夢を見て、二人とも微笑んだ。

 

「貴女も、だいぶ丸くなったわね。霊迦」

「それはお互い様だ」

 

 つい十年ほど前まで、力のある妖怪が人間やその他の弱小妖怪を蹂躙し、覇を争っていた。

 このままでは幻想郷が滅びると危惧した紫は、人の身でありながら尋常ではない力を持っていた霊迦に目をつけ、幻想郷を守る存在である博麗の巫女として選定。幻想郷の崩壊を防ぐという大義名分のもとに振るわれたその力の前では、大妖怪ですらまともに手が出せなかった。

 

「そういえば」

 

 霊夢の寝顔を見ながら、霊迦が思い出したように言いだした。

 

「レヴァという外来人がいるらしいな」

「ああ、変わった武器を持っているあの男ね。それがどうかしたの?」

「いや何。霊夢の口から魔理沙以外の人間の名前が出るのが珍しくてな。少し気になっただけだ」

「悪い男に引っ掛けられてるのかが心配なの?」

「もしそうなら、自力で撃退しているはずだ。いつになく楽しそうに話していたから、悪いやつではないはずだ」

 

 霊迦としては、是非ともレヴァという男に会って見たいという思いがある。だが、いきなり呼びつけるのも不躾である。

 だが外来人ならば、遅かれ早かれ博麗神社にやってくるだろう。何も急く必要はないと思っていた。

 

 そこで紫がニヤリと口角を釣り上げ、自身の隣に空間の裂け目を出現させる。

 

「なら、実際に会ってみましょうか」

「おい、まさか」

 

 無理やり連れてくる気じゃないだろうな、と言おうとした時には遅かった。

 その裂け目からそれなりに体つきの良い男が急に出てきて、霊迦がそれを受け止めた。

 

「おっと」

「………」

 

 放り出された男は、自分の身に一体何が起こったかを一切理解できず、目を見開いたまま微動だにしない。

 

「……紫」

「そ、そんな睨まなくてもいいじゃない。それにほら、どこに行くかわからないし」

「何も言わずに急にスキマで連れ去る奴があるか。昔の私であれば、その場で殴ってるところだぞ?」

「それは勘弁して欲しいわね」

 

 謝罪をしつつも、紫に反省の色は見られない。霊迦は内心ため息を吐きつつも、腕の中で目を白黒させている男の顔を見た。

 

「驚かせてすまない。こっちの胡散臭い女が君をいきなり連れて来たものでな」

「……なんか、なんでもありだな。幻想郷って」

 

 心配そうな霊迦を他所に、男はしみじみと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「霊夢の育ての親に、幻想郷を管理する大妖怪……」

 

 霊迦の方からレヴァを連れて来た理由を説明した後、自己紹介をしあった。

 

「まぁ、いつかは顔出しをしなきゃとは思っていたが………事前に話してくれりゃもう少し身だしなみも整えたんだが」

「あらあら、随分と余裕があるのね」

「相手がとびっきりの美人なら、それに見合うだけの格好をするのが基本だ」

 

 そう言いながら、レヴァは二人の顔の高さから視線を下げないように注意していた。

 原因は、女性らしさの一つを象徴する、胸部の双丘。外の世界でもそうはいないであろうサイズは、道ゆく男の視線を掃除機のように集めてしまうだろう。

 

 そこは『スタイルの良い女性こそ、体よりも顔を見るべし』というオーデルの教えが役立っていた。

 

「び、美人か……」

 

 ありがと、と余裕の笑みを浮かべる紫に対し、霊迦は頬を染めてレヴァから視線を逸らしていた。

 

「そう恥ずかしがる必要はない。美人であることは、誇るべきことだ」

「い、いや……霊夢ならまだしも、私は……」

「そういった謙遜は、時に嫌味にしか思われない。なら、第三者が認めた事実は事実として捉えるべきだろうさ」

 

 口説いているようにしか見えないが、これがレヴァの素なのだろうと紫はわかっていた。

 とはいえ、目の前で甘い会話をされるとむず痒いものがある。紫はわざとらしい咳払いを一つして、無理やり会話を中断させた。

 

「男女の会話には興味があるけど、それは後で存分にやって頂戴」

「べ、別にそういったものではないぞっ!」

「はいはい」

 

 ムキになって反論する霊迦を、紫は子供を相手にするときのように流した。

 

「では、レヴァ・ゼクトールさん。私は管理者として貴方のような外来人のことを把握しなくてはならないの。だから、貴方自身のことについて話を聞かせてくれないかしら?」

「俺のことか………何を話すべきかは、俺が選んでもいいのか?」

「ええ。お任せするわ」

 

 答えにくいことや答えられないことについて聞かれたら困るものだが、何を話しても構わないと丸投げされるのも困るものである。

 レヴァは話の種程度になる話を頭の中で選び出し、話す順番を組み立てる。

 

「んじゃ、俺の名前についてからだ。知っての通り、名前はレヴァ・ゼクトール。元々名前はなかったんだが、拾ってくれた師匠が拾った場所と愛人の名前を組み合わせた名前をつけてくれた」

「孤児なのか?」

「いや、捨てられたらしい。そん時にはもう十二歳だったらしいが、師匠に出会うより前のことは、全くといっていいほど覚えていない」

「………」

 

 捨てられた。その言葉に、霊迦は黙った。

 レヴァはその変化に気付きながらも、話を続けた。

 

「んで、師匠に拾われてから、生きるための術を叩き込まれたさ。体術、暗殺術、処世術、家事、話術、その他諸々って感じだな。家事はいつまで経っても出来ないままだったが」

「どのレベルかはわからないけど、その分だと相当仕込まれたようね」

「ああ。そのせいで、女誑しだのすけこましだの言われてる」

「そうね。初対面の相手に美人だとか言えるのは、人間には珍しいわ」

 

 扇子で口元を隠す紫。その隣では、なんとか顔の赤らみを抑えようと奮闘している霊迦。

 なんともちぐはぐな二人ではあるが、一度その力を振るえば、レヴァなど灰も残らず抹消することができるのである。

 

 会話をしながら、レヴァは暗に『余計な騒ぎは起こすな』という紫の思いを感じ取っていた。だからこうして警戒心や敵対心を見せず、嘘も吐かない。

 

「んで、そっちで寝てる霊夢は大丈夫なのか?」

「大丈夫よ。ちょっと修行に熱が入りすぎちゃっただけでね」

「誤解しないように言っておくが、霊夢は紫に扱かれてな。ここに運ばれて来た時には酷い怪我をしていた」

「随分と熱意ある指導をしていたようで」

 

 霊夢の寝顔は綺麗なもので、レヴァが見て来たやさぐれた表情は欠片もない。見た目相応の少女らしい寝顔に、レヴァは少しだけ見惚れていた。

 まるで、一つの完成された絵画に心打たれるかのように、思わず見入ってしまう。

 

「もしかして、霊夢の興味があるのかしら?」

「仲良くしたいとは思ってるが、アンタの言う興味とは違うと思うぞ」

「別にいいじゃない。見た目は申し分ないし、普段は素っ気ない態度をとるけど、本当は優しい子なのよ?」

「それはわかる気がする」

「あら、そこに気が付けるなら、ただの女誑しじゃないわね」

「れ、霊夢にはまだ早いとは思うのだが………」

 

 二人が霊夢について話していると、霊迦がおずおずと会話に割り込んで来た。

 その様子は年頃の少女が男女の情事を耳にした時のようなもので、レヴァと紫は揃って笑った。

 

「別に娶るとかそんな話じゃねぇさ。そうしたいと思えるほど霊夢が可愛らしいってことだ」

「そうよ。それに、こんな何処の馬の骨ともしれない男に、霊夢は任せられないわ」

「そうか……そうだな……」

 

 霊迦が安心したもの束の間。紫の発言に対してレヴァがこめかみに青筋を浮かべた。

 

「おい、そりゃどういう意味だ?」

「どういう意味って、そのままの意味よ?」

「どうしてだろうな。普段ならこんな挑発はどうでもいいが、テメェに言われると無性にムカつくな」

「酷い言われようね」

「第一、いきなり連れてくる手段だって無茶苦茶だろ? なんだよスキマって。胡散臭いにもほどがあるぞ」

「そう言われても、私はそういう妖怪だから仕方ないわ。霊迦もそうだけど、みんな揃って胡散臭いとか言うから、私の信用はガタ落ちよ」

 

 

 一人は娘に関して、二人はお互いの言葉に心を乱す。

 幻想郷の管理者とも呼ばれる者の威厳は、あまり感じることがないレヴァであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ。アンタが異変を解決したのね」

 

 しばらくここにいると良い、という霊迦の提案により、とりあえず霊夢の目が覚めるまで博麗神社にいた。

 日もすでに沈みかける時間に目を覚ました霊夢に、今回の騒動について話をしていた。

 

「自分たちでは解決できないからってことで、外に助けを求めた結果らしい」

「傍迷惑なことね。それで人里はとんでもない被害が出たっていうのに」

「まぁそう怒るな。まだ片付いてない問題があるが」

「……まだ何かあるの?」

 

 霊夢は心底鬱陶しそうに眉間に皺を寄せた。

 

「レミリア嬢……紅魔館の主とその妹が、吸血衝動で苦労してるらしくてな。妹に関しては、それで暴れてたな」

「吸血衝動ねぇ………アンタが飲ませれば良かったじゃない」

「そう思ってたが、どうも吸血鬼に血を吸われると、自律行動ができない眷属になっちまうらしい」

「それこそ、罪人を突き出せばいいじゃない」

 

 霊夢の言うことは最もである。

 この幻想郷で罪を犯した人間は、人里にある牢に監禁される。あまりにも凶悪な場合は処刑をすることもあるが、基本的には監禁してしばらくしたら解放される。期間は人それぞれだが。

 

「まあそう言うな。レミリア嬢は、なんとしてでも人間の血を飲まないつもりらしい」

「馬鹿馬鹿しい……」

 

 大抵の人間は妖怪に手も足も出ない。理不尽な死人が出たとしても、妖怪が絡んでいたとなれば自然災害のように扱われる。

 要するに、『妖怪が絡んでるなら、どうなろうと仕方ない』という考えである。

 

「………」

 

 レヴァはレミリアと会話したときのことを思い出す。

 レミリア自身も吸血衝動に襲われていると話していたが、そんな様子は見受けられなかった。恐らくは相当我慢していたのだろう。

 

 そして、フランに吸血されても眷属にならなかったことも思い出した。

 自己犠牲などはレヴァの性に合わないことだが、紅魔館には咲夜がいて、下手をすると咲夜だけでなく人里の人間にも被害が及ぶ。

 そうなる前に眷属にならない自分が血を吸わせれば良いのではないか。上手くいけば、自分が多少貧血になるだけで済むかもしれない。

 

 そんな考えが頭に浮かんだ。

 

「霊夢。ちょっと出てくる」

「はぁ? こんな時間にどこに行こうって言うのよ。ご飯ももうすぐ出来ちゃうし」

「ちょいとした野暮用だ。多分今日は戻らないから、霊迦さんには伝えといてくれ」

「ちょっと」

 

 止めようとした霊夢だが、制止を振り切ってレヴァは神社の外に出て行った。

 

 

 

 

 

「変わった男だな」

「っ!? お、お母さん………驚かさないでよ」

 

 一体いつからいたのか、柱の影からヌッと出てきた霊迦に、霊夢の心臓は鷲掴みにされたかのように跳ね上がった。

 

「私の気配を感じ取れないなら、まだまだ未熟だな」

「才能を戦闘に極振りした人に敵うわけないでしょ」

「それより、彼の行き先の検討はついてるのか?」

「十中八九、紅魔館よ」

 

 霊迦はスッと霊夢の隣に座ると、レヴァが出て行った方向を眺めていた。

 

「吸血衝動か……人間にはわからん症状だろうが、相当な苦しみがあるだろう」

「知らないわよそんなこと。それより、ちゃんと炊事はできたの?」

「……粥ならできたぞ?」

「はぁ………」

 

 博麗霊迦という女は、その力故に多くの人妖から恐れられ、名前を呼ぶことも恐れ多いと言われているほどである。

 しかしその実、戦闘以外はできた試しがないと言われてるほどに不器用なのである。

 霊夢が怪我をしたということで本日の夕食を作ることになった霊迦だが、野菜を切れば俎板ごと切れるか包丁が折れるか、火を扱えば材料を焦がすわで、一番基本の米を炊くだけでも一苦労。

 かれこれ三刻(約六時間)もの間、夕食を作るために奮闘した結果が粥だけと言う残念な結果となってしまった。

 いくら育ての親だとはいえ、霊夢は落胆を隠しきれずに盛大なため息を吐いた。

 

「もう私がやるから、お母さんはレヴァを追いかけといて」

「うぬぅ………」

 

 わかっていたことではあるが、面と向かってはっきり言われるとくるものがある。それが自分なりに愛情を持って育てた娘からならば尚更であろう。

 

 反論の余地があるわけもなく、霊迦は霊夢に言われた通り、レヴァが向かったであろう紅魔館へ向けて移動を始めた。

 

 

 

 

 

###########################################

 

 

 

 

 

 紅魔館の一室では、レミリアが手足を縛られた状態でベッドに転がされていた。

 誰かにやられたというわけではなく、自分から咲夜を通じて美鈴に頼んだのである。

 

「うぐ……」

 

 念のために、咲夜が部屋に入ることは禁止している。それでも震えが止まらなくなってきた。

 

「いよいよもって、私も限界ね………」

 

 そう呟きながら、ふと昔のことを思い出した。

 

 

 それは、レミリアやフラン、紅魔館が外の世界にあった時のこと。

 多くの罪人が、レミリア・スカーレットという吸血鬼を恐れた人間たちによって生贄にされ、レミリアはそれを拒むことなく全て眷属にした。

 

 当時はウェアウルフとの抗争もあり、先手を打つために様々な場所へと攻め込んだ。

 その過程でパチュリーや美鈴に出会い、スキマ妖怪である八雲紫にも出会った。紫の提案で幻想郷に来たとき、レミリアは自分がいかに井の中の蛙であったのかを思い知った。

 

「本能なんかに負けるなんて……いい笑い者よ………」

 

 ただ、自身が大妖怪である自覚とプライドはある。たとえ眷属がいなくとも、たとえ吸血衝動に駆られようとも、自分が自分で無くなることを良しとはしない。

 

 なぜそこまでプライドにこだわるのかは、自分でもわからない。

 

「……っ」

 

 縛られている手で、ベッドのシーツを掴む。

 シーツ自体は上質なもので、手触りは良いはずである。だが、今のレミリアからすればそれすら鬱陶しい。

 

 もうすでに日は沈み、空には輝かしい月が浮かんでいる。吸血鬼にとっては最も活発に活動できる時間帯であるが、それが吸血衝動に拍車をかける。

 

「あ……がぁっ………!」

 

 内臓が焼けるように熱くなる。喉が張り付くように乾燥し、全身が熱くなる。

 

 血が、欲しい。

 何よりもまず、血が欲しい。

 

 真っ先に『血を飲みたい』という考えが湧く。思考が紅く紅く塗りつぶされていき、視界を覆ってしまう。

 

 

 

「お嬢様!」

 

 消えていく自我の中で、聞き覚えのある声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 目を覚ますと、ベッドで寝ていた。先ほどのように手足は縛られておらず、いつものように体を横たえていた。

 

 上体を起こし、自身の体を確認する。

 吸血衝動による気持ち悪さや体の震えはなくなっており、むしろ調子が良いほどである。

 衝動を完全に抑えることができたかもしれないという期待がある反面、咲夜を襲って吸血してしまったかもしれないという不安が込み上げてくる。

 

「よう。大丈夫そうだな」

 

 不意に声をかけられた。

 視線をやると、壁に寄りかかっているレヴァがいた。

 

「貴方……どうしてここに?」

「麗しき主の寝顔でも見に来た、とでも言っておこうか」

 

 レヴァを賓客として扱うように指示はしたが、咲夜を遠ざけた時点で『人間を近づけてはいけない』と言うことはわかっているはずにも関わらず、レヴァはここまで案内されている。

 

 そして、フランに吸血されても眷属にならないことを思い出し、一つの可能性に行き当たる。

 

「もしかして、貴方の血を……」

「ああ。熱烈なハグと首筋へのキスなんて、随分情熱的だな」

「………」

「そう絶望したような顔しなさんな。お前さんは何も悪いことはしてないし、それに俺が血を飲ませたいと思ったわけだからな」

 

 そう言いながらレミリアの頭を撫で、 その口にわざとらしく首を押し当てる。

 

「是非とも、俺の血を飲んでくれ。そうしてくれれば、俺も嬉しいからな」

「……そう」

 

 レミリアは仕方なさそうな笑みを浮かべ、レヴァの首に甘噛みをした。それでも牙が刺さる感覚が確かに感じられ、生暖かい粘性を持った液体がレヴァの皮膚とレミリアの口の間に溢れ出る。

 慣れない感覚に、レヴァは一瞬だけ体を震わせた。

 

「さっきと違って、優しい吸血だな」

「あら、痛い方が好みなのかしら?」

「どっちも悪くないが、できれば甘い言葉を囁きながら優しくして欲しい」

「欲しがりさんね」

 

 口に含んだレヴァの血。それはどのような甘味よりも甘く、どのような紅茶よりも美味しい。

 やはり、本能には逆らうことができないことを実感すると同時に、自分はどうして意地を張っていたのだろうと疑問に思っていた。

 だが、そんなことはもうどうでもいい。今はただ、この甘露を味わい尽くすだけである。レヴァも、それを望んでいる。

 

「外の世界で何千人の血を飲んできたけど、貴方の血は誰の血とも似つかないわね」

「ナンバーワンよりオンリーワンを地で行くのが俺のスタイルだ」

「そのオンリーワンのせいで、私の理性は揺さぶられてるのよ? 責任、とってくれるわよね?」

「おいおい。男が絶対に断れない台詞トップ3を言われちゃ、断る方が無粋ってもんだろ?」

「そうね。断ったら八つ裂きにしようかと思ってたわ」

「そこまで愛してくれるとは、光栄の極みだ」

 

 レヴァの皮膚に付着している血を舐めとる。側から見ればその行為は扇情的で、ともすれば男女の営みの前戯のように思われるかもしれない。

 

「厚かましいお願い、してもいいかしら?」

「仰せのままに」

「フランにも、貴方の血を飲ませて欲しいの。あの子も吸血衝動が酷いから」

「それなら、フランを止めるときに大量の飲ませてるから問題ないだろうさ」

「そう」

 

 口の周りについた血を舐めとるレミリア。そして、ニヤリと口角を釣り上げる。

 

「それじゃ、特別に見せてあげるわ。私の本来の姿を」

「そりゃ光栄だ」

 

 吸血鬼がいくつも姿を持っているなんて話は聞いたことがないが、断る理由はない。

 レヴァとしては、感謝の表し方の一つとしか思っていなかった。

 

「それじゃ、いくわよ………」

 

 レヴァから数歩離れたレミリアの体が光り、バキバキと痛々しい音が鳴り始める。

 そこで驚くのはまだ早く、レミリアの体が変形し始めた。中の骨から変形しているせいなのか、変形の過程で何度も内側から突起のようなものが出入りしている。

 その様子を、レヴァは黙って見ることしかできなかった。

 

 

 

「ふぅ……」

 

 変形が終わり、レミリアは何事もなかったかのようにレヴァの目を見る。

 

「これが、私の本来の姿。五百年の時を生きた吸血鬼、レミリア・スカーレットよ」

「……はは」

 

 乾いた笑いが出た。なんせ、さっきまで子供の姿でしかなかったレミリアが、『大人になった』のだから。

 

「どうかしら?」

「ああ。魅力的過ぎて、声も出なかった」

「そう言ってもらえると、わざわざこの姿を見せた甲斐があるってものよ」

 

 見せつけるように、さりげなくポーズをとるレミリア。その仕草はさながら高級娼婦のようで、レヴァの劣情を煽る。

 

「だが、いつもその姿でいることはできないのか? その方が俺は嬉しいが」

「そうしたいのは山々なんだけど、この姿になるには相当量のエネルギーを消費するのよ。人間の血を飲まないとやってられないわ」

「だったら、俺が血を提供すれば、いつでもその姿を見せてくれるってことか?」

「私としても、貴方の良質な血を飲めるなら、それくらい安いものよ」

 

 レミリアの発言に、レヴァは首を横に振った。

 

「おいおい、女が姿を晒すことを安いなんて言っちゃいけねぇ。今のお前さんの姿を見るためなら、全財産を支払うって男がいてもおかしくない」

「それは私を口説いてるって認識でいいのかしら?」

「ご想像にお任せする」

「狡いわね。言うだけ言って、あとは相手に丸投げするなんて」

 

 とは言いつつも、妖艶な笑みを浮かべるレミリア。

 

「そうね。私個人の感情で答えるなら、貴方と添い遂げるのも良いのかもしれない」

「だが、そうはいかないんだろ?」

「ええ。幻想郷において、一定以上の力を持つ妖怪が婚姻を結ぶとなると、それなりに大きな事件になるわ。そのときに起こるであろう不都合もあるの」

 

 レヴァとしては別に口説いていたつもりはないのだが、それでも振られるとくるものがある。

 それを表情に出さずに、ニヒルな笑みを浮かべた。

 

「まぁ、関係の在り方はそれぞれだ。結婚したからと言って仲睦まじい訳でもなければ、同輩との絆が夫婦関係を上回ることもある」

「そこは明確な価値観を持っているのね。安心したわ」

 

 そっとレヴァに歩み寄り、その頬に手を当てるレミリア。

 

「とりあえず、今回のことについては感謝しかないわ。この先、もし困ったことがあったらいつでも言いなさい。私のできる限りで協力するわ」

「そいつは重畳」

「ふふ♪ 私は欲深いから注意しなさい。一度できた縁は、なかなか解かせないわよ?」

「こちらこそ、この出会いを家宝にしたいくらいだ」

 

 この良き出会いに乾杯、と言い出すレヴァに、レミリアは思わず吹き出してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 そんな会話を、部屋の外で聞いている者がいた。

 白と紅を基調とした色合いで、足の付け根や脇やらを露出させる意匠は製作者の感性を疑うが、その服こそ博麗神社の巫女である証である。

 そんな目立つ服装をしているにも関わらず、ここまで誰にも見つからずにここまで侵入することができるのは、幻想郷の中でも限られている。

 

 博麗霊迦は、そのうちの一人にして筆頭である。

 

「問題なし、か」

 

 会話だけでなく、二人の”気”の変動を感じ取っていたが、途中でレミリアの”気”が強大なものに変貌した。だが、特に問題はなさそうということで何もしなかった。

 

「ふむ……」

 

 変わった男だ、と霊迦は思った。

 自ら吸血鬼に血を吸われたいなどと言う人間はいない。眷属になる恐れがないとはいえ、自ら血を差し出すなど、幻想郷では狂気の沙汰としか思えない。

 

 霊迦としても、血を扱う輩を好ましいとは思わない。

 だが、そうでもしなくては吸血衝動によって壊れてしまう吸血鬼も、この幻想郷の住人なのである。その存在を認めて受け入れるのも、幻想郷を管理する者の務めである。

 

 それに、レヴァが使う武器がレヴァ自身の血を撃ち出している。武器を介してるとはいえ、血を攻撃手段としている妖怪なんて聞いたことがなく、人間なら尚更である。

 

「……さて、連れて帰るか」

 

 レミリアが何かしないかを監視していたが、特に問題はない。レヴァの要件も済んだのならば、長居は無用。博麗神社でも霊夢が夕食の用意をしてくれているため、遅くなりすぎると拗ねてしまう。

 霊夢は感情をあまり表には出さないために分かりにくいが、一度拗ねると十日ほどは臍を曲げたままになってしまう。家事や神社の管理などをほとんど霊夢にしてもらっている霊迦からすれば、下手をすると死活問題になりかねない。

 

『まぁ、今日はもう遅いから帰りなさい。その様子だと、ちゃんと拠点を見つけたみたいだし』

『一応な』

 

 部屋の中からそんな会話が聞こえてきた。もうすぐレヴァを解放するらしい。が、霊迦の意識下に何かが干渉している。

 霊迦が感じていたレミリアの”気”と同質の者であると即座に理解した霊迦は、僅かに微笑んだ。

 レミリアが力を解放すると、気配を絶っている霊迦を感知できるということが判明したためである。

 

「どこまで成長するか……楽しみだな」

 

 

 

 かつて、妖怪の跋扈する幻想郷をその拳のみで平定した巫女。『鬼神』『破壊神』『邪神』などと言われていた彼女にとって、匹敵するかもしれない存在の発見は嬉しいことであった。

 

 

 

 

「っと、霊迦さん」

「話は終わったようだな」

 

 部屋から出てきてすぐ、レヴァが霊迦を視界に捉える。

 

「霊迦さんも、レミリア嬢に用事なのか?」

「いや、レヴァを迎えにきた。霊夢が夕食を作って待っているからな」

「そいつは良いことを聞いた。手料理が食べられるとなれば、急いで戻らなくちゃな」

 

 そういって紅魔館を出ようとするレヴァであったが、霊迦がその肩を掴んで止める。

 何か、と言うレヴァの問いを答える間も無く抱きかかえられ、その場から消滅するように姿を消した。

 

 

 

 

 霊迦とレヴァの気配が消えたことを感知していたレミリアは、小さくため息を吐いていた。

 

「別に暗殺者みたいに侵入してこなくても、正面から入ればよかったのに」

 

 美しき吸血鬼の呟きは、夜空に浮かぶ月に吸い込まれていった。

 

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