久しぶりに人里にやってきたレヴァは、紅い霧の時の騒ぎがなかったかのような光景に安堵していた。
道ゆくレヴァの隣には、仏頂面の霊夢がいる。
「慧音にいちいち礼を言いに行くなんて、律儀なものね。なんで付き添わなきゃいけないかわからないけど」
その声音は些か不機嫌で、どうしてレヴァの用事に付き合わなくてはならないのかと主張しているようだった。
「そう言うな。異性と街を歩くことに慣れてて悪いことはない。それに、霊迦さんからのお達しだたらな」
「そうよ。何でお母さんが私をレヴァに付き合わせるのよ」
「そればっかりは霊迦さんに聞いてくれ」
とは言いつつ、レヴァは霊迦から目的を聞いていた。
霊夢はただでさえ人里で恐れられている。これから数十年は博麗の巫女として活動するためには、他の人間との関わりも必要になってくる。
それ以上に、霊夢の荒んでいる心のリハビリのためでもあった。
「全く……ただ買い物するだけなのに、どうして寺子屋まで行かなくちゃいけないのよ……」
子供は嫌いなの、と文句を言っている霊夢を他所に、レヴァは今後のことについて考えていた。
慧音の時と同じように、ずっと博麗神社に世話になるわけにはいかない。
一番なのは、自分で家を建てることであるが、そんな学はない。町の大工に頼むにしても、それだけの金は持っていない。
紅魔館に行けばその問題が解決するが、パチュリーの性格を受け入れることができないレヴァとしては、そのストレスに耐えられるとは思えない。
それと、何かしらの事件が起こった時に動くのも悪くないと思っている。
一人で自警団のような真似をしても良いかもしれない。
場合によっては、妖怪退治を専門にした霊夢の同業者として活動すれば、人里でのある程度の生活は保証される。悪くないが、どんな妖怪がいるのかを把握していない状態では危険でしかない。
その点は、霊夢や霊迦から教わることで知識を補填できるため、大した問題にはならない。
「レヴァ」
思考の海に溺れていたところで、後ろから肩を掴まれた。
「……咲夜か」
「紅魔館の使用人じゃない。こんな場所に何の用?」
レヴァの後ろに立っていた咲夜に、霊夢は鋭い目を向ける。
「別に、日用品などの買い出しに来ただけよ」
霊夢の態度が気に入らなかったのか、咲夜は咲夜で棘のある声で答える。
「随分ふてぶてしいわね。流石は身内のことですら解決できない駄妖怪の従者は違うわね」
「言ってなさい。人間に理解してもらおうなんて思ってないから」
目と目が合ったらバトルというわけではないが、一触即発な霊夢と咲夜。周囲の人間も異常を察知し始めたのか、離れた位置からその様子を眺め始めた。
「まさか、今度は人里で騒ぎを起こそうなんて思ってるんじゃないでしょうね?」
「そんなことをする暇があったら、ナイフの手入れでもするわ」
「おいおい、二人とも。そんな殺気立ったところで何も良いことはねぇだろ」
レヴァが睨み合う二人の間に割り込み、ブラッド・コネクトを咲夜の額に、突き出した二本の指を霊夢の目に突きつけていた。
「今なら指だけで楽しい血みどろハッピーなことができるんだが、どうする?」
「「………」」
決して避けられないわけではない。やろうと思えば、レヴァを一瞬で再起不能にすることができるが、闇をも凌ぐような目を見て、思わず肩に入った力を抜いた。
「冗談よ。ここでおっぱじめようなんて、人間として終わってるわ」
「そうね。今回はレヴァに免じて許してあげる」
双方矛を収めたところで、レヴァも構えを解く。その目はすでに光を取り戻し、剽軽で女誑しな男が立っていた。
「女同士の修羅場を経験するのは男として成長できる良い機会だが、できる限り血は見たくないんでね」
「血を扱う貴方が言うと、説得力が違うわね」
「おう。だから、仲良くしろとまでは言わないが、荒事は勘弁な」
「前向きに検討するわ」
「ちょっと。私を無視して話を進めないで頂戴」
軽快なテンポで話をするレヴァと咲夜の間に、霊夢が割って入った。レヴァのように物騒な行動にはでないものの、咲夜を睨んでいる。
「だから二人とも」
やめてくれ、とレヴァが言いかけたところで、人里の入り口に設置されている警鐘が鳴り響いた。
「この音……妖怪の襲撃ね」
原因がわかった霊夢は、すぐさま警鐘がなっている方向へ飛んで行った。対して、住人たちは霊夢とは真逆の方向、レヴァと咲夜の方へ向かってそのまま通り過ぎる。
「妖怪ねぇ……」
幻想郷に来たばかりの時のことを思い出す。
人里についたと思ったら、襲撃されている最中だった。慧音が一人で食い止めていたが、それ以外に迎撃している人間がいないことから、妖怪退治は基本的に全て霊夢がやっていると考えられる。
「行くぞ」
「はぁ……わかったわよ」
レヴァがそう言い出すとわかっていたのか、咲夜は呆れた表情を浮かべつつも、大腿部に隠していたホルスターのナイフを取り出した。
一言で言えば、圧巻。その言葉に尽きる。
いち早く妖怪の迎撃をしていた霊夢は、妖怪の集団に対して真正面から突撃。周囲に結界や光弾を出現させて、時に拳で、時に御札で妖怪を倒していく。
しかし、正面に突っ込んだ為に左右に広がっていた妖怪に背後を取られる形となり、いつ不意打ちされてもおかしくない状況になっている。
「霊夢、周りを見てないのかしら?」
「援護するぞ」
銃とナイフという組み合わせで、本来人間よりも強い妖怪の集団に攻撃をしていく。
何も知らない人間から見れば、正気の沙汰ではない。
「ニーブレイクをお願い。トドメは刺すから」
「了解」
たったこれだけのやりとりだが、霊夢を取り囲んでいたり、逃げ遅れた住人を襲おうとしている妖怪を優先的に撃破していく。
その動きは流石は元バディというべきか。
レヴァに膝を撃ち抜かれて動きが止まったところを、その頭部に咲夜の投げたナイフが容赦なく突き刺さる。
一体倒すのに一票にも満たない早業に、呆気なく倒れる妖怪たち。何事かと振り向いた妖怪にも、その洗礼が例外なく訪れる。
「咲夜」
「ええ」
背後から迫る気配を察知したレヴァの呼びかけに、短い返事で答える咲夜。
次の瞬間、咲夜の背後にいた妖怪の背後に咲夜が立っており、その首をナイフで切り落とした。
「流石だな」
「褒めても紅茶しか出さないわよ」
戦闘中とは思えない会話をしながら、霊夢の援護を続ける。
博麗の巫女という天敵に加え、その撃ち漏らしなどを確実に仕留める二人組の人間。
予想外の反撃に、妖怪たちは徐々に撤退を始めていた。
「逃がさないわよ」
霊夢は妖怪を殲滅しようとしているのか、無表情のままその後を追って行く。レヴァもそれに続こうとしたが、咲夜に腕を掴まれた。
「もう援護は必要ないわよ」
「流石に一人はまずくないか?」
「いえ、一人だからこそよ。霊夢は一人の時にしか本気をださないから」
それは、人里に被害を出したくないのか、それとも別の理由か。
レヴァの頭の中では、その別の理由に当てはまるであろうものが浮かび上がる。
「見られたくないのか」
「十中八九、そうでしょうね」
その本気の力こそが、霊夢が人里で怖がられている原因ならば納得がいく。
だからこそ気になった。怖いもの見たさと言えば聞こえは悪いが、純粋に霊夢の本気がどれほどのものなのかが気になる。
「まぁ、やめときなさい。レヴァは大丈夫でも、あっちが大丈夫じゃないと思うから」
「だったら尚更だ。で、言ってやるんだよ。『お前の本気なんて、大したことない』ってな」
咲夜はレヴァの言いたいことを理解していた。
外の世界にいた時、五年間世話になっていた銃貴十二士には、幻想郷の大妖怪ですら恐れるような効果を持つ銃を使う者もいた。それを考えれば、どんな強さを見せられようとも可愛く見えるだろう。
「ほどほどにしときなさいよ」
レヴァは片手を上げることで返事代わりとし、霊夢の後を追って行った。
「お人好しなのは相変わらずで安心したわ」
レヴァの背中を見ながら、咲夜は優しげな笑みを浮かべていた。
「な、なんでこんなにしつこく追ってくるんだよ!」
「知らねぇよ! もっと速く走らね」
最後尾を走っていた妖怪の体が弾け飛ぶ。
「逃げれるとでも思ってるの?」
戦慄する妖怪たちを、無表情で睨みつける霊夢。その姿が、妖怪たちには般若のように見えていた。
逃げ惑う妖怪を倒しながら、霊夢は考えていた。
木っ端妖怪が人里を襲撃することは別に珍しくない。だが、こうした木っ端妖怪が徒党を組んでの襲撃はそうそうない。
そんな事象が近いうちに二回もあった。偶然にしては違和感を感じている霊夢は、御札を握る手に力を込めた。
「で、アンタはなんでついて来てるのよ」
「か弱いレディを一人で向かわせるのは、俺のポリシーに反するからな」
何食わぬ顔で霊夢の後ろをついて来ているレヴァに、霊夢は顔を顰めた。
邪魔をしなければ何でも良いのだが、居たら居たで気が散る。
「私をか弱いって言いたいなら、本気の私を倒してからね」
「ベッドの上でなら、案外簡単に倒せそうだな」
ドゴ!と霊夢の後ろ回し蹴りがレヴァの鳩尾にヒットした。
当たりどころが悪かったのか、レヴァはそのまま前のめりに倒れ、一歩も動けなくなった。
「ス、スマン………変なこと言った………」
「全くよ」
霊夢と親交を深めるために会話を試みたが、レミリアと違ってその手の話には免疫がないらしい。レヴァは深く反省していた。
だが、霊夢もやりすぎたと思っているのか、レヴァを放っておくことはせずに近くの木に凭れていた。
「……そういう話、お母さんにはしないでよね」
「了解した……」
霊迦は美人と言われただけで頬を染めて恥ずかしがってしまうほどに初心である。こんな話をしようものなら、どんな反応が返ってくるか分かったものではない。
「それで、何で後をつけてたのよ」
「……妖怪との戦い方を学びたくてな」
霊夢の本気が見たかったと正直に言えば、戦いを見せてくれないかもしれないと思ったレヴァは咄嗟にそれっぽい嘘を吐いた。
しかし、霊夢はレヴァを睨むと、近づいて胸ぐらを掴んだ。
「嘘ね。本当の理由を話しなさい」
「……根拠は?」
「勘よ」
勘というものは、何の根拠もなく、物事の本質や真実を見つけてしまう。それが理由だと行ってしまったらバカにされるだろうが、霊夢は大真面目である。
その勘というものが、霊夢にとっては十分な根拠として成立するらしい。
「あらかじめ言っとくが、これ以上の暴力はNGだぞ?」
「分かってるわよ。で、本音は?」
「霊夢の本気がどの程度か見たかった。そんでもって、『大したことない』って言ってやるのさ」
「………は?」
話された内容に、霊夢は思わず口を開けて素っ頓狂な声が出た。
人間の目の届くところで本気を出したことのない霊夢の本気を知っているのは妖怪のみ。しかし、その本気を見た妖怪は全て退治されるか封印されてしまったため、実質霊夢の本気を知るのは、この幻想郷でも霊迦や紫くらいである。
本気を知らないとしても、人妖からは『そこの見えない化け物』として扱われる傾向のある。
そんな霊夢に対し、『大したことない』と言うために本気を見たいという酔狂な男が言った。
意味が理解できない。理解できないが、異常であることはわかった。そして徐々にレヴァがどれだけ馬鹿げたことを言ってるのかが理解でき、笑いが出てきた。
「随分バカなこと言ってるわね。そんなことしてどうするのよ?」
「いや何、ちょいとした余興さ」
レヴァは優しい手つきで霊夢の手を振り解くと、不敵な笑みを見せた。
「ウチの師匠は、世界を敵に回しても簡単に滅亡させられる化け物でな」
「はぁ……?」
「俺はまだ修行中の身なんだが、免許皆伝の前に死にやがった」
「………」
「それで、だ。あんな化け物に追いつくなんざ無理な話だが、人間の霊夢になら追いつけそうかと思ってな」
何故そうなる、とツッコミそうになったが、そこは言葉を飲み込む。
「まあ気にすんな。俺の勝手な自己満足と確認がしたいだけだ」
「そう………」
滅茶苦茶なことを言われたが、怒ったり蔑んだりする気力はない。霊夢はただ返事をして、レヴァに背中を向けた。
「本気を見せるくらいなら、別にやってあげてもいいわ。でも、邪魔しないでよ」
「OK。むしろ援護するくらいの気持ちでやってやるさ」
その軽口はどうにかならないの? と切に思う霊夢だったが、妖怪を殲滅しようとしていた先ほどとは違い、ドロドロとした感情はない。
「……変な奴」
正直かつ失礼な感想であったが、悪い気分ではなかった。
しかし、レヴァと話をしていたせいで、妖怪を見失ってしまった。妖気を感知できるために追跡は可能であるのだが、面倒が増えたことに苛立ちを覚えた。
「アンタのせいで、奴らを見失ったわ」
「なら、妖怪探索という名のデートと洒落込もうか」
「……そんなことばっかり言ってると、いつか夜道で刺されるんじゃない?」
「それも男の甲斐性ってな」
霊夢は呆れてため息を吐いた。しかし同時に、これがレヴァという男であると理解した。
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「それで、一体何の用かしら?」
「随分な言われようね。せっかく良いお話を持って来たっていうのに」
鬱蒼と生い茂る竹林の中に佇む、古めかしい小屋。そこの客間で二人の女が睨み合っていた。
「幻想郷(ここ)に匿ってくれたことは感謝するわ。でも、貴女を信用したわけじゃない」
「あくまでも味方や仲間というわけじゃない。でも、敵というわけでもないでしょう?」
「……そうね。八雲紫にかかれば、一瞬で私たちを月に送り返すこともできるから、表面上でも信用しときましょうか」
余裕の笑みを浮かべている紫だが、内心焦りを感じていた。
それは、目の前にいるのが、かつて自身が侵攻した月の都。そこで『月の頭脳』と言われるほどの切れ者である八意永琳だからというのが理由の一つ。
二つ目の理由は、その月の都から大軍勢が幻想郷に侵攻しようとしていること。
「それで、一体どんな話なのかしら?」
「月の軍勢がやってくるらしくてね。このままだと、甚大な被害が出るかもしれないのよ」
「……それ、多分私と姫様を捕らえに来たのよ」
「確かに、貴女たちは罪人にして逃亡者。それが月の頭脳と名高い貴女なら、尚更ね」
そう言いつつも、紫の心中の不安は表情に滲み出ている。他の者なら気づかないほどだが、目敏い永琳は気が付いていた。
「そうね………次に月との道が繋がるのは二日後。単なる追ってなら隠れてやり過ごす予定だったけど、そうも言ってられないわ。少しなら協力してあげる」
「そう言ってもらえると助かるわ。まぁ、今回はダークホースがいるから、どう転ぶかはわからないけど」
「ダークホース?」
「幻想郷の外から来た人間なんだけど、特殊な銃を武器として使う男でね。その男なら、月の軍勢を”滅ぼす”ことができるかもしれない」
「………」
紫の言葉に、永琳は眉を顰めた。
月がどれほどの勢力で、どれほどの軍事力を持っているかは紫自身が身をもって知っているはず。それが、一人の人間の存在で滅ぶというのである。
どれほど優れた人間であっても、銃だけで月の軍勢をどうしようというのか。
訝しむ永琳に、紫は苦笑した。
「まぁ、言いたいことはわかるわ。でも、彼がもし”あの銃”を手に入れれば可能なことなのよ」
「あの銃?」
「撃った対象を生きる屍と化し、生有るものを喰らい続けるようになる」
「……私が言えたことじゃないけど、命に対する冒涜ね」
「貴女はいいじゃない。命の価値を十分理解した上で、お姫様を守るためにやったんだから」
「それで? その銃はどこにあるの?」
「さあ?」
ここに来てとぼけるように答えた紫に、永琳は苛立ちを募らせた。
「何が『さあ?』よ。その銃が見つからなかったとして、勝てる見込みはあるのかしら?」
「ないわね」
きっぱりと答えられた。あまりの潔さに、清々しさすら覚えた。
「妖怪の賢者が聞いて呆れるわね」
「私にだって、わからないこともできないこともあるの。そんな期待されても、月の頭脳が満足するような結果は出せないわ」
でも、と紫は言葉を続ける。
「お姫様の能力で幻想郷全体の時間を止めてくれれば、勝機はあるかもしれない」
「それは、異変を起こせと言ってるのかしら?」
「その通りよ」
「……軍勢が足止めを食らってる間に、その銃を探すつもりね。私たちを異変の主犯に仕立て上げて」
「悪い条件じゃないわよ? もし見つかれば撃退はできるし、その力を知れば無闇矢鱈に追っ手を送り込んで来たりはしないはずよ」
追っ手がどこに潜んでいるかわからないため、永琳としては目立つような行動はしたくない。
紫の提案は、永琳たちが目立つことなく、周りが動くことで解決できるかも知れないという者だが、如何せん失敗に終わる可能性も考える。
「もし失敗したら?」
「幻想郷が滅ぶか、乗っ取られるか」
と言いたいところだけどね、と不敵な笑みを浮かべる。
「以前話した博麗の巫女……前博麗の巫女である博麗霊迦が前線に出れば、どうにかできないことはないわ」
「でも、彼女は表舞台に出るには相応しくない存在だと?」
「一言で言ってしまえば、理不尽な力で全てを灰燼と化すような人間よ。それで追い払ったとしても、どこかに理不尽な歪みができてしまう。それこそ、幻想郷が滅亡するかもしれないわ」
「管理人も楽じゃないのね」
「それはそうよ。というか、月が滅びたら滅びたで、月の公転周期が変わるから面倒なのよね」
ではどうすれば良いのか。今の話で得られた情報をもとに、永琳は考える。
「じゃ、姫様の能力を使うのは、道がひらけた瞬間にするわね」
「わかったわ。その時に異変解決に来るであろう者の足止めをするけど、たぶん三日が限界よ」
「こちらは迎撃の準備もしておくから、そっちもお願い」
「ええ。それじゃあね」
空間を裂くようにして現れたスキマにより、紫の姿が消えた。
「てゐ。出て来なさい」
紫が出て行ってすぐに永琳は動き出した。
永琳の呼びかけに対して、天井からひょっこりと顔を出した兎がいた。
「なんですか? 師匠」
「ここが戦場になるかもしれないから、貴女の部下を逃してから、貴女も逃げなさい」
「ふぅ〜ん………なんか大変なことが起こるんだね」
でもさ、と言いながらてゐは一回転しながら床に着地した。
「別に逃げる必要はないよ」
「……そこらへんの木っ端妖怪の襲撃とはワケが違うのよ? 多分、貴女の力だと」
「すぐに殺される、でしょ? 今更じゃん、そんなの」
何故、という問いはてゐの笑顔によって封じられた。
「私はさ、死にかけてたところを師匠と姫様に助けられた。自分たちもボロボロだったのにさ」
「………」
「師匠が拾った命なんだから、師匠のために使ってよ。部下のみんなも、姫様からよくしてもらってるから力になりたいと思ってるはず」
「これは私たち月の住民の問題よ。貴女が巻き込まれる必要はないの」
「ねぇねぇ。私が好奇心旺盛のイタズラ兎って知ってるでしょ? そんな面白いことには首を突っ込みたくなるのが、私なんだからさ」
永琳は深くため息を吐いた。
幻想郷にやって来てすぐの頃。この竹林を拠点にしようと考えていたところで、木っ端妖怪に襲われて死にかけのてゐを見つけた。
気まぐれで助けた命だった。そこで助けて終わりのはずだった。
だが、その縁が今こうして救った命を危険に晒そうとしている。
その一方で、協力してほしいという思いもある。
異変を起こせば、幻想郷では敵扱いされる。紫という強力な助っ人がいるとは言え、それでも三日が限度である。自分たちも下手に動くことができないなら、より多くの助っ人が必要になる。
「……一つだけ、いいかしら?」
「何?」
「もし相手に剣を持った子と扇子を持った子がいたら、すぐに逃げなさい」
「強いってことだよね。わかった」
永琳の忠告を聞き入れたてゐは、その場を後にした。
「てゐなら大丈夫よ。永琳」
急に目の前に美女が現れた。
「姫様……」
「あの子は月のことを知らないけど、力を持たずに数百年は生きてるのよ。生き延びる知恵は、私たちよりもあるわ」
「そう、ですね……」
とはいえ、自分たちの事情に巻き込んでしまったことに変わりはなく、永琳は負い目を感じている。
「まぁ、もし何もかもが失敗に終わったとしても、私たちは死なないわ」
「死ねない、の間違いでは?」
「そうね。死ななないし、死ねない。蓬莱人の強みであり、最も弱い部分でもある」
「姫様は私がお守りいたします」
「その必要はないわ。万が一追っ手と対峙した時は、この蓬莱山輝夜の持つ全ての力を行使して抵抗してやるわ」
自身に満ち溢れた笑み。
自分たちが負けることなど全く考えていない様子に、永琳は思わず口角がつり上がった。
「私は、奴らを滅ぼすための銃を探して来ます。姫様はここで留守を頼みます」
「ええ」
こうして戦いに出向くのはいつぶりだろうか。いつもは忍び込んで来た追っ手を暗殺するばかりであったが、自分から動くのは久しぶり。
武者震いなのか、自身の得物である弓矢を掴む手が震えている。
その手を、そっと輝夜が包み込む。
「自信を持ちなさい。貴女は私が唯一天才と認めた月の頭脳、八意永琳よ。あんな多少体を鍛えただけの木っ端供に遅れをとることはあり得ないわ」
「……ありがとう」
永琳は感謝の言葉を述べ、そのまま小屋から出て行った。
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「どう? これでも私が大したことないって言える?」
「ああ、まぁ………無理だな」
妖怪の追撃を行なっていた霊夢とレヴァだが、レヴァの本来の目的が達成されることはなかった。
レヴァが援護をしながら霊夢が妖怪を討伐するという手筈であったが、圧倒的な力で制圧する霊夢を援護する暇がなかった。
霊夢が大したことがないというレヴァの言葉を撤回させたのが嬉しかったのか、霊夢の表情は少しだけ明るい。
「だが、俺の活躍を忘れられても困るぜ」
「そうね。危うく私の頭を撃ち抜きそうだったけど」
「師匠直伝の射撃を舐めるなよ」
「ほんっと、アンタってバカね」
とはいえ、霊夢も自分が撃たれないと勘でわかっていたために別に不満はないのだが。
「さて、妖怪も退治したことだし、さっさと慧音の所に行くわよ」
「了解」
人里に戻った二人は、慧音が住んでいる家を訪ねた。
レヴァはそこでしばらく泊めてくれた礼を言いに来たのだが、訪ねて来たのがレヴァだと知るなり、慧音は何も言わずに抱きついてきた。
「あー、その……来て早々ハグされるとは、熱烈だな」
「……連絡もせず、一体何をしていたんだ? 心配、したんだぞ」
「……スマン。ちょいと冒険しててな」
「馬鹿者」
慧音はレヴァの胸に埋めていた顔をあげると、涙が溢れそうな瞳を見せた。
「あの時、お前を止めることができなかったのは私の責任だ。だが、お前の身に何かあったと思ったら……」
「だが、こうして憎たらしく女を侍らせて戻って来たんだ。怒声とビンタくらいはされて当然だ」
「全く………お前というやつは………」
涙を流しながらも、いつも聞いていた軽口に笑みをこぼした。
「まぁ、しばらく世話になった礼を言ってなかったからな」
「なんだ、そんなことか。わざわざすまないな」
「というわけで、こっちのお嬢様が大層不機嫌なんでな。そろそろ失礼する」
「ああ。気が向いたら、いつでも来てもらって構わないからな」
レヴァの発言にさらに期限を悪くした霊夢だが、そこは空気を読んで何も言わなかった。
「一つ、聞いていいかしら?」
博麗神社に続く階段を登っている最中、霊夢が思いついたように聞いて来た。
「なんだ?」
「慧音と随分いい雰囲気だった見たいだけど、そういう関係なの?」
いきなりぶっちゃけたことを聞いて来た霊夢に思わず驚きの声をあげそうになるが、レヴァは考える。
霊夢は下ネタが嫌いだが、自分からこういった話題を振ってくるくらいには許容できるらしい。
「そうだな……慧音となら、是非ともそういう関係になりたいと思えるくらい魅力的な女性だ。だが、そうすると色々とな」
「色々?」
「責任、という言い方もどうかと思うが、その関係であるからこその責任がお互い新たに生まれる。それがいつ重荷になるかわからないからな」
「じゃあ、そういうことはしたことないわけ?」
「いや、一応ある」
「………」
途端に霊夢の目つきがきつくなる。
「誤解するな。師匠に脅されて、『女一人喜ばす事のできない男は存在価値がない』とか言い出しやがってな」
「破天荒にもほどがあるわね」
「だろ? 結局、他の連中もグルになって、咲夜とスることになっちまった」
言い終わった後で、自分が失言したことに気がつくが、時すでに遅し。
あの時、咲夜が『こんなことで処女喪失なんて………』と絶望という言葉では生緩い表情で絶望していた。
もしレヴァが他の者にそんなことを話したとバレたら、全力でレヴァに制裁を加えにくるだろう。
「な、なぁ霊夢。今言ったことは忘れてくれ」
「……へぇ」
霊夢が悪意のある笑みを浮かべる。
「あのメイドに聞かれたらダメなことみたいね」
「そうだ。最悪殺されかねないから勘弁してくれ」
下手をすると、生殺与奪の権を霊夢に握られていることになる。
霊夢は霊夢で、新しいオモチャを手に入れた子供のような顔をしている。
「おい、まさか………」
「紅魔館に行ってくるわね」
「おい! 待て!」
ふわりと霊夢の体が浮かび、まっすぐに紅魔館へ向かっていく。当然、空を飛ぶ事のできないレヴァが追いつける道理はなく、小さくなっていく霊夢の背中を追いかけることしかできなかった。