「まだ夜か……」
博麗神社にて割当たられた部屋で目を覚ます。だが、十分に寝たと思っていたのに、月明かりがこれでもかというくらいに入って来ている。
それほど寝つきが良かったのかと言われると、正直そうでもない。だが、眠気や気怠さが感じられない。
「つってもなぁ………」
これで目を覚ましたのは三度目。時計なんかがあれば現在時刻がわかるのだが、あいにく幻想郷では正確な時間は必要ないために時計は滅多に作られることがない。当然、持っている人間はほぼいない。
博麗神社も類にもれず時計はなく、霊迦の話だと差し込んでくる朝日が起きる時間を知らせてくれるとのこと。
「レヴァ。起きてる?」
ふと、襖越しに霊夢の声が聞こえた。
「どうした?」
「異変が起こったわ」
「こんな時間にか?」
「こんな時間だからこそよ」
霊夢は断りもなく襖を開ける。その姿はすでにいつもの巫女服になっており、今の言葉が本気であることを裏付けている。
「夜が明けないのよ。多分だけど、私がまだ知らない奴の仕業ね」
「お得意の勘とやらか」
「ええ。お母さんはだいぶ前から気がついてたみたいだけど」
ただ事ではないということで、レヴァは布団から出て外出の準備を始める。
「宛はあるのか?」
「多分、迷いの竹林かしら」
「ああ、あの樹海みたいな場所か」
迷いの竹林に関することなら、慧音の家に泊めてもらっている時に聞いた。
鬱蒼した竹林で、一度中に入ると相当な豪運でなければ出ることはできず、そのまま野垂れ死ぬというもの。
「でもよ。そんなとこに入ったら出られないんじゃないか?」
「は? 空飛べばいいじゃない」
「………そういやそうだったな」
普通の人間で、空飛べばいいなんて思いつくはずがない。流石は幻想郷であると、改めて思ったのだった。
幻想郷には、正確な地図が存在しない。あるとすれば、幻想郷の全てを記録している稗田阿求が保管している資料くらいである。
「で、あっちに行けば紅魔館があるわ」
「なんともまぁアバウトな」
よって、大体の位置関係だけで地理を把握している。
「ところで、俺はいつまで布に包まれて運ばれるんだ?」
「竹林の目の前まで。というか、運んであげるんだから感謝しなさいよ」
「せっかくなら、お姫様抱っこでもして欲しいもんだ」
「バカ言ってると落とすわよ?」
「落とすなら、せめて湖に落としてくれ」
そんな冗談を言いながら、目的地に到着した。
目の前には歩く場所がないほどに竹が密集している。ここまで密集していると色々と問題がありそうだが、それでもレヴァの身長の五倍以上の高さを誇っている。
「こりゃ……柴刈りが捗りそうだ」
「入ったら出られないけどね」
急に背後から声をかけられた。霊夢は臨戦態勢をとるが、レヴァは構えることなく徐に振り返った。
「はぁ……面倒な奴に捕まったわね」
「誰が面倒よ。せっかく警告してあげてるっていうのに」
「ご忠告感謝するが、うちのお嬢さんがここに入るって言って聞かなくてな」
「ちょっと。なんで私のせいにしようとしてるのよ」
「事実そうだろ? 俺はついていこうという意思を見せただけで、ここまで荷物の如く運ばれて来たんだ」
「……痴話喧嘩なら、第三者がいない場所でやってなさい」
声をかけた少女は、呆れた表情で霊夢を睨む。
それが気に食わなかったのか、霊夢はレヴァすらも無視して竹林の中に入って行った。
「……で、貴方はどうするのかしら?」
「まずは、お互い自己紹介しないか?」
演技めいた口調で、白髪の少女に向き直る。
「レヴァ・ゼクトール、俺の名だ」
「妹紅。藤原妹紅よ。あんまりよろしくするのはおすすめしないけどね」
「随分釣れないことを言ってくれるな。俺としては、是非ともお近づきになりたいんだが」
「……貴方、外来人なのね。私にそんなことを言うなんて、馬鹿げてるにもほどがあるわ」
とは言いつつも、少しばかり嬉しそうである。
何か事情があるのだろうと察したレヴァは、あえて更に踏み込んでいく。
「いやいや、そんだけの美人なら、いつの時代も言い寄らない男はいない。そうしない奴は枯れてるか別の趣味があるんだろうよ」
「変わってるわね、貴方」
「よく言われる」
それは置いといて、と妹紅は話を戻すために咳払いをした。
「なんで竹林に入ろうなんて思ったの?」
「霊夢の勘では、この竹林の中に『夜が明けない』と言う異変を起こした犯人がいるんだと」
「………そう。博麗の巫女の勘も、宛になるものね」
妹紅はレヴァに背を向けて、竹林に向かって歩き出した。
「ついて来て。私が案内するから」
「妹紅なら迷うことがないのか」
「ええ。ちょっとした理由でね」
それからは妹紅が黙ってしまい、特に会話もなく竹林の中を進んでいった。
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「これ……まぁ十中八九、月の連中だよね。道が繋がった一瞬に入り込んで来た奴もいるみたいね」
迷いの竹林、そのある場所で周辺警戒をしていたてゐは、行き倒れているうさ耳の少女を発見した。
ここで放置したらこの後どうなるかは目に見えている。
「仕方ない……雀の涙ほどの可能性に賭けてみるかい」
独り言にしてはやけに大きい声でぼやいているというのに、何も反応がない。
てゐはため息を吐くと、その少女をを軽々と抱え上げる。
てゐの方が圧倒的に体が小さいが、流石は妖怪というべきか。軽々とお姫様抱っこの状態になっている。
「さて、師匠への言い訳でも考えるかねぇ」
月の者を連れて来たとなれば、永琳や輝夜が黙ってないだろう。にも関わらず、てゐがその少女を連れて行くのには二つの理由がある。
まず一つ目は、この少女を何かしらの方法を使って味方にすること。それに関しては最悪脅してでも従わせる。
そして二つ目は、単純に心配だったのだ。自分もかつて行き倒れていたことがあり、そうなってしまった者の心情はよく知っている。だから相手が敵であっても、こうして助けたいと思ってしまう。
永琳には甘いと言われるだろう。輝夜には愚劣と言われるだろう。それをわかった上で連れて行く。最悪裏切り者として殺されるかもしれない。
それは覚悟の上であり、それでも助けてあげたいという思いがある。
「私も、丸くなったなぁ……」
長い年月を経て、時代の移り変わり、他の人妖の一生を何度も見て来た。
はじめこそ、死ぬ危険のある悪戯なんかも躊躇なくやっていた。だが、それによって悲しむものがいることや、死を悼む者、復讐に駆られる者、絶望する者、様々を見て来た。
ある時からは、悪戯の度合いを考えるようになり、命を落とすような無くなった。場合によっては、むしろ人を笑顔にしてしまうような悪戯もした。
不意に笑いが出た。あの因幡の素兎が、また痛い目を見ようというのだ。
幻想郷の土地は、表面積こそ小さいものの、地底や天界も存在する。そういった意味ではかなり広く、何か一つの物を探し出すなんて芸当は至難の技とも言える。
「それは、そこの出っ張りに指をかけて引くと特殊なものを撃ち出すらしいんだが、僕がいくらやっても動かないんだ」
「そう……私は話を聞いただけだから詳しいことはわからないけど、多分限られた者にしか扱えないと思うわ」
てゐが竹林でうさ耳の少女を発見した頃、永琳は香霖堂という店の中にいた。
そこの店主である森近霖之助は、半人半妖の男で、様々な物を取り扱っている。明らかに幻想郷に存在しないものもあり、それ目当てで押しかけてくる者もいる。
永琳はいくつか主要な場所を探したが、例の銃を見つけることが出来なかった。そこで、最後する意味で香霖堂を訪れたのだが、おそらく目的の銃であろうものが見つかった。
「名前は『ヴォイド・タキオン』と言って、これから撃ち出されたものが命中すると、それだけ動きが加速させられるんだと」
「なるほど……」
姫様の能力に似ている、と思った。輝夜は『永遠と須臾を操る程度の能力』を持っており、一瞬を永遠に引き伸ばしたり、逆に永遠を一瞬に縮めることもできる。それを使って超高速移動などができ、周囲から見れば瞬間移動したようにしか見えなくなる。
「なら、それを譲ってもらえるかしら? お代に糸目はつけないけど」
「……何か訳ありのようだね。ならお題は構わないから、今後も贔屓にしてれるとありがたいよ」
「ええ。こちらこそ、ありがとう」
この銃が幻想郷の未来を左右とするというのなら、お金や物にはこだわってられない。だが、こうしてほぼ無条件で手に入れることができたのは僥倖だった。
「ああ、霖之助さん。今日は太陽が昇るまで外出することは控えた方が良いわ」
「ご忠告感謝するよ。ただでさえ夜が明けないなんて異変が起こってるし」
それは自分たちのせい、というのは言うわけにはいかなかった。邪魔をされたら、本当に幻想郷が蹂躙されるかもしれないのだから。
「とは言え……」
ヴォイド・タキオン。加速器のような銃だが、それ以外の情報がない。それに、紫の言っていた銃がこれで合っているのかもわからない。
だが、これでダメなら諦めるしかない。
永琳も輝夜も、月の中ではかなり上位に入る力の持ち主ではあるが、エリート軍隊をすべて蹴散らせるほどではない。もし月を統治している者がやって来たら、どのような力も意味をなさないだろう。
「戻りましょうか……」
目的の物は手に入った。あとは紫が言っていた外来人だが、紫の言葉からその外来人の方から永遠亭にやってくると予想できた。
ならば、あとは天命を待つのみである。
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「どういう状況か、誰か説明してくれるかしら?」
永遠亭に戻って来た永琳が見たのは、
・博麗の巫女
・藤原妹紅と連れられている男
・怯えているうさ耳少女と詰め寄っている輝夜
・我関せずといった態度で壁に背を預けているてゐ
大体の予想はつくが、うさ耳少女が何故ここにいるのかが気になった。
「説明も何も、目の前の状況が全てだよ」
「月の玉兎で連れてきてたところに、博麗の巫女と妹紅と外来人がやって来た。それで、姫様が玉兎を脅してるってところかしら」
「流石は師匠。理解が早くて助かるよ」
てゐは永琳の洞察力に頼って、説明を放棄した。
一方で永琳は、一度に複数の問題が発生していることに頭を抱えた。
「とにかく、問題を一つずつ片付けましょうか。まずは、この銃ね」
香霖堂で手に入れた、ヴォイド・タキオン。旧式モデルのデリンジャーで、女性の手でも包み込めるほど小さく、口径も小さい。装弾数は2発と少なく、暗殺のように、一対一で確実に仕留めることができる場合以外は向いていない。
永琳はヴォイド・タキオンをレヴァに見えるように取り出すと、レヴァの顔色が変わって近づいて来た。
「……何故それを持っている?」
「人にものを訪ねる態度ではないわね」
霊夢や咲夜を黙らせた、あの瞳。それを見ても永琳は軽く流した。
永琳の肝の据わっている態度を見て、レヴァはため息を吐いた。
「……レヴァ・ゼクトールだ。その銃の持ち主の仲間だ」
「八意永琳よ。一応ここの管理人よ」
「それで、どこでそれを手に入れた?」
「香霖堂っていう、いろんなものを売っている店よ」
説明をしながら、レヴァにヴォイド・タキオンを押し付ける。
「八雲紫って知ってるかしら? 彼女に頼まれて、その銃の捜索と見つけ次第貴方に渡すように言われてたの」
「そりゃなんともまぁ。根回しが早いねぇ」
銃を受け取りながら、舐めるように銃身を眺める。
撃ってみないことには確認できないこともあるが、観察した限りでは問題は見受けられない。
「それで、何が目的だ?」
「あら、案外鋭いのね」
「こちとらそれなりに修羅場を潜ってきたつもりだ。無償でトンデモな代物を渡すなんてロクなことじゃない」
「その通り。貴方には、この夜が明けない異変を起こした奴らを討伐、もしくは追い返して欲しいの」
異変という言葉が耳に入ったのか、今度は霊夢が近づいて来る。
「犯人を知ってるのかしら?」
「ええ。犯人は月の住民。目的は、幻想郷への侵攻と支配よ」
「うわぁ………面倒な相手ね」
「そうね。どうしてあの玉兎だけが発見できたのかは知らないけど、まだ多少なりとも備える時間はあるはず」
永琳は言葉を選び、あたかも『全て今から攻め込んで来る月の住民が悪い』という認識を霊夢やレヴァ、妹紅に抱かせる。
「もちろん私も全力を尽くすけど、敵の数はおそらく数千といったところかしら」
「……それを、ここにいるメンツだけでどうにかしろと? 随分ドラマチックな展開じゃねぇか」
「そうね。紫曰く、そのヴォイド・タキオンって銃があれば楽に解決できるらしいけど、実際はどうなのかしら?」
「期待しているとこ悪いが、こいつはただ対象を十分ほど加速させるだけで、大した戦力にはならねぇ。加えて、二発撃てば次を撃つまでにしばらく時間を開ける必要がある」
「そう」
つまり、全く戦力にならないと言っても過言ではない。一対一なら相手を確実に仕留めることができるが、相手が大軍勢なら大した意味がない。
もう打つ手がないか。そう思った時だった。
凄まじい轟音とともに、激しい揺れが伝わってきた。
「な、何よこれ!?」
「まさか、もう襲撃しにきたのかしら?」
「いや、違うわ。これは………」
焦りを見せる妹紅と永琳とは対象的に、霊夢は落ち着いていた。
「ちょっと、そこの窓を開けるわね」
「え、ええ」
霊夢が部屋の窓を開けると、そこには根元からへし折られた大量の竹と、数体の玉兎が倒れていた。
その奥では、一人の少女が箒に乗っていた。
「霊夢ー!! 私より先に来るなんて、やっぱりお前の勘ってすげぇんだな!!」
「煩いわよ! とっととこっちに来なさい! アンタにも協力してもらうことがあるから!」
「全く……一体何なんだ?」
黒を基調とした服を着た少女は、箒に乗ったまま近づいて来た。
「ったく、香霖から『気をつけろ』って言われた矢先に変な連中に絡まれるなんて、思ってもみなかったぜ」
「それなら話が早いわ。魔理沙が今ぶっ飛ばした奴らがこの異変を起こしてるみたいなの。協力しなさい」
「そうだったのか。周りを気にせずぶっ飛ばしてもいいってんなら、やってやるぜ!」
魔理沙は自身の魔法具である八卦炉を突き出し、それだけ自信があることをアピールする。
「で、そっちは誰だ? 妹紅はわかるんだが」
「道中に説明してあげるから、今は黙ってなさい」
霊夢はそれだけ言うと、窓から飛び出して行った。
「全く……どうしてこんな奴らと一緒に行動しなくちゃいけないのよ」
月からやって来る軍勢を追い返すために、先に行ってしまった霊夢と魔理沙を追いかけるように、レヴァと妹紅、鈴仙が竹林の中を歩いていた。
鈴仙は輝夜に脅されて協力させられることになったのだが、永琳や輝夜の姿が見えなくなると手のひらを返したように悪態をつき始めた。
「そう言われても、俺は早く朝日を拝みたいんでな。とっととこの騒ぎを終わらせたい。お前もそうだろ?」
「気安く話しかけないでくれる? 地上の人間の分際で」
「手厳しいお返事をありがとよ。おかげで悪い夢から覚めそうだ」
レヴァは博愛主義者でも聖人君子でもない。女性に対して優しくするのがモットーである彼にも、優しくする相手を選ぶ権利はある。
「アンタみたいな奴、どうせ相手が女なら誰でもいいんでしょ?」
「自称女は勘弁だがな」
「だから話しかけないでって言ってるでしょ!?」
「随分わがままなお嬢さんだな。一人で脳内会話でもしてんのか? それとも思ったことが全部口から出ちまうのか? それともそこらに生えてる竹にでも話しかけてんのか?」
レヴァの軽い挑発に、鈴仙は激昂してレヴァの額に指を突きつけた。
「いい加減にしないと、殺すわよ?」
「可愛いお嬢さんに命を握られるのも、悪くない感覚だな」
そんな二人のやりとりを見ている妹紅は、鈴仙が頑張って背伸びをしている子供のように見えていた。
既に千年ほど生きている妹紅は、その分だけ度量も器も大きい。鈴仙が悪態をつこうが、気にすることもない。
ただ、女として生きてきただけに、男の考えというのはあまり理解できていない。そのため、悪態をつく鈴仙に対してレヴァがどのような反応を返すのかが楽しみだった。
「頭と心臓、どっちに穴を空けられたいの?」
「選ばせてくれるとはお優しいもんだな。俺なら、問答無用で両方に穴を空けてやるがな」
レヴァも対抗するように、ブラッド・コネクトを鈴仙の額に突きつけた。その時、わずかに鈴仙がたじろいだのを、レヴァは見逃さなかった。
「さて、ここで心中してやっても良いが、やるべきことがある。殺し合いならそのあとにやっても遅くない」
「そ、そうね……」
鈴仙は大人しく手を下ろしたが、レヴァはそのまま銃口を向けている。
「ちょ、ちょっと………」
「一つだけ言っておく。お前がどう思おうが、俺はただこの異変を解決したいだけだ。どうしてお前が協力することになったのかは知らねぇが、邪魔をするなら殺す」
「わ、わかったから! とっとと銃を下ろしなさいよ!」
僅かに潤んでいる瞳を見ながら、ようやく銃を鈴仙の額から逸らすレヴァ。そのまま腕を体の正面に対して平行に伸ばして引き金を引いた。
「さっきから銃口が見えてんだよ。クソ兎共が」
着弾したであろう茂みの中から、鈴仙と同じような出で立ちをした少女が倒れていきた。その瞬間、隠れていた全ての玉兎が姿を現し、レヴァたちを包囲した。
「おいおいおいおい、今からみんなでパーティでも開こうってか? ダンスをするにはちょいと向いてない場所だが」
「軽口を叩いてる場合じゃないわよ。私は不死身だからいいけど、レヴァも鈴仙ちゃんも、この数はひとたまりもないわ」
どうするべきか。そうレヴァが思考を始めたところで、すぐ隣にいた鈴仙がレヴァの腕を掴み、地面に組み倒した。
腕がミシミシと嫌な音を立て、少しでも動けば関節を破壊すると言わんばかりに、鈴仙の力は強い。故に、妹紅も手出しができなかった。
「ちょっと鈴仙ちゃん? 一体どういうつもり?」
「どうも何も、私は本来の役割を果たしているだけよ」
「ふぅん………」
鈴仙がここで裏切るなら、自分が身を呈してレヴァを守ると考える妹紅。
ただの人間である彼がこんなことに巻き込まれていること自体がおかしいのだ。少なくとも永琳が人格者であると知っているからこそ、今回の件は疑問に思っていた。
周りの玉兎たちが、銃口を向けたまま詰め寄って来る。鈴仙が本気で裏切ったとすれば、いくら妹紅といえど、レヴァを無事に守りきることはできないだろう。
「貴様は鈴仙か」
包囲している玉兎のリーダーと思われる者が、鈴仙に声をかけた。
「ええ。ちょっと不測の事態があったけど、八意永琳曰く、この男が切り札みたいね」
「そうか」
こうすることで、自分が八意永琳に協力しておらず、本来与えられた任務である『八意永琳及び蓬莱山輝夜の捕縛』を遂行しているように見せかけれる。そう鈴仙は思っていた。
だが、その銃口が下されることはなく、むしろ鈴仙に向けられた。
「まさか、地上の汚らわしい者に『鈴仙ちゃん』などと馴れ馴れしく呼ばれているとはな。恥晒しが」
「………ぇ?」
「月の住民としての誇りを忘れた貴様に、生きる資格はない」
かけられた無慈悲な言葉に、鈴仙の思考は停止する。
自分はやるべきことをこなしたはずだ。輝夜に脅されて地上の者と行動を共にしていたが、こうして貢献したはずだ。
なのに何故、自分が殺されなくてはならないのか。
「世話の焼ける」
下から声が聞こえたかと思うと、急に違和感を感じた。
聞こえてくる音も、見えている竹の揺らめきも、全てが全て、遅いのである。
レヴァを見ると、鈴仙に銃口を向けていた。その銃に関してはあらかじめ『対象を加速させる』という効果は聞いていたが、実際に経験して見るととんでもない者であることはわかる。
鈴仙の体感では、物が動く速さが約十分の一。これだけの速さなら、逃げ切ることは可能である。
鈴仙は、文字通り脱兎の如く逃げ出した。
「後詰の部隊は鈴仙を追え! こちらには二十名で十分だ!」
「「「了解!」」」
即座に隊長が指示を出し、部下が一斉に動き出す。それに合わせるように妹紅がレヴァをかばうように前に出るが、攻撃して来ることはなかった。
その代わり、より厳重な包囲をされることとなった。
「さて、貴様らに質問だ。黙秘権はない」
「なんだ? 愛の告白でもしてくれるのか?」
敵の隊長を目の前にして、レヴァは相変わらずの軽口で答える。それに苛立ちを覚えたが、隊長は質問を続ける。
「八意永琳と蓬莱山輝夜はどこだ?」
「ほう? まさかそっちの趣味があるとは………話には聞いていたが、世界は広いもんだなぁ……ああでも、別にそういうのもアリだとは思ってるさ」
「どこだと聞いている」
「まぁそう焦りなさんな。どうせ殺されるんだから、もう少しおしゃべりに付き合ってくれや」
「レヴァ! そんな余裕かましてる場合じゃないわよっ」
妹紅が切羽詰まったように戦闘態勢に入り、その手には赤い炎が煌々と揺らめいている。
「お盛んなことで」
「出来るだけ死なないように立ち回ってよね。できる限り守ってあげるけど、限度があるからね」
「善処する」
ブラッド・コネクトを手に持ち、徐に正面へ向ける。
「悪いが、そいつらの居場所を教えることはできねぇな」
「ならば死ね」
敵が銃を撃つ。その前にヴォイド・タキオンで自身の足を撃つ。
とてつもない速さで動くことができるようになったレヴァだが、鈴仙のように逃げ出すことはしなかった。
ブラッド・コネクトを構え、前方にいる五人の心臓を撃ち抜く。だが、迫って来る銃弾を無視するわけにはいかず、二歩移動することで弾道を避ける。
今度は右に展開している六人の心臓をめがけて発砲するが、そのうち二発は狙いがずれ、腕に命中。
退路を確保しようと後ろを向くが、弾丸が今にも妹紅の背中に着弾しそうになっていた。
「クソっ」
隣にいた妹紅の肩を力一杯突き飛ばす。レヴァにはその動きがスローモーションに見えるが、実際にはかなりの速さで動いている。
妹紅の体が弾道から逸れたことを確認し、背後の敵に対しブラッド・コネクトを乱射する。
だんだんと、体が悲鳴を上げ始める。筋肉や骨がミシミシと嫌な音を立て、臓物が煮えたように熱く、同時にとてつもない吐き気に襲われる。視界が狭くなり、霞んでいく。
傾いていく視界を、まっすぐに戻そうとする。が、そのまま真横になってしまう。音も聞こえず、体も動かない。
体にいくつかの衝撃が来るが、何が起こっているのかが理解できない。
すると、突然体が引っ張り上げられて宙に浮いた。視界の隅で玉兎が何かを言っているのに気が付いたが、レヴァの意識はそのまま闇に吸い込まれていった。