Fate/BoogiePop   作:蓼野 狩人

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前回のあらすじ:黒幕はレフ(知ってた)




世界は誤りで満ちている/下

死が、怖かった。

死が、嫌だった。

死が、冷たかった。

死が、恐ろしかった。

死が、認められなかった。

死が、逃れられなかった。

 

でも生きる意味もない。自分という存在は、死んだ時点で役割を果たしたのだ。死んだらそこで終わり。ゴールを迎えた私は、華やかに盛大に嬉しげに死を受け入れなければならないのだ。

 

そう、死ぬと分かっていた。死ぬと理解していて自分はこの道を選んだのに。

 

どうして?どうして?

どうしてこんなに寂しいの?

どうしてこんなに冷たいの?

 

死が恐ろしいだけじゃない。それなら死を否定するだけで充分だったはずだ。

でも、でも、でも。

死が否定できなくて死を否定したくなくて死を迎えたくなくて死を迎えなくてはならなくて死が死が死が死が死死死死死――――

 

 

 

イヤダ。

 

 

 

ワたしハ死ンでいナい。

ソうda。

わtaシは死ト生ノさkaイに生キテいるンだ。

 

 

 

――――そうだ、そうだ。そうだ!そうだ!!

 

私はまだ死んでいない!しかし生きてもいない!

 

私は死と生の間に存在しているだけだ!!!!

 

しかし、だめだな。私以外にそのような存在が少ないのは頂けない。この素晴らしい世界をもっと拡げなくては。もっと広めなくては。

 

まずは研究だ。この世界に強引にでも足を入れたまま世界を確立する術を探さなくては。同胞もきっといるだろう。そいつらと一先ず世界に最も影響を与えている人間から住民を探さなくては。サンプルが要るな。専門の知識も要るな……それならあの時代が丁度いい。()()を取り込んでしまえば話も早いだろう。

 

そして哀しい精神体の集合が産声を上げた。

彼らの目的は新世界たる死と生の境に出来た存在の拡張――。

ではない。それは目的に対する手段に過ぎない。

 

それは、ヒトリが寂しかったから。

死も生も受け入れられない彼らの卑しくも純粋な願いだったから――――。

 

 

~・~・~・~

 

 

「改めまして、自己紹介させて頂こう。私の名はレフ・ライノール。人理を修復しているであろうカルデアという名の機関に務めていたこともある、カルデアの裏切り者だ」

 

そう言ったレフはその場で優雅に一礼した。その瞳孔は小さく収縮していて、口元から覗く牙は部屋の照明を反射して獣のソレよりも危険に輝いている。

 

「私の計画をまたもや邪魔しに来るとは、なかなかに骨のある連中だ。正直私は驚いている。そう言えばもう次のレイシフトで我が主たる魔術王ソロモンの元へ行くのだったか?勝ち目のない戦いがお得意のようだな。こちらとしては貴様らの無駄な悪足掻きに吐き気を催しているところだ」

 

両手を広げ胸を張り堂々とカルデアを侮辱するレフ。しかし両者の反応はレフの期待したそれではなかった。

 

一方の両儀式は我関せずと興味なさげに毛先を弄り、

一方のブギーポップは奇妙な表情を維持したままだった。

 

「――?まさか貴様らはカルデアの事情を知らんのか?ふん、わざわざ私が説明しなければ分からないのか。全く、私を殺す者だと言うから多少は話の通じる輩だと思ったのだがな。あの哀れなマリスビリーなら――」

 

プッ。

 

マリスビリーの名前をレフが言った瞬間に、レフの両腕が一瞬にして切断された。

 

「な……」

 

「すまないな、レフとやら。ぼくの宿主が本気で怒っているらしい。まさか身体の主導権をうっかり返してしまうとは思わなかった。失礼をしたな」

 

ブギーポップはぬけぬけと言って伸びた二本の鋼糸を仕舞った。実際には心象世界で映像だけ見ていた立香の憤りが激しく、またその感情を割り込んで読み取ったブギーポップが意を汲み、意趣返しとして先手を打ったのだった。

 

「――よく気を付けておけ。飼い犬はよく飼い慣らさなければ、いつ手を噛んでくるか分かったものでは無い」

 

「いや、ぼくとマスターの関係は対等だ。生憎と飼い飼われる関係ではない」

 

「ふむ、そうか」

 

ブギーポップの否定に考え込んだレフの両腕からは、血が全く滴っていない。傷口は生々しい断面を晒しているが、それだけだ。まるで今しがた両腕が取れていることに気づいたような目付きでソレを見たレフは、一瞬力を込めるだけで腕を再生させてしまった。

 

「勘違いをしながら過ごすサーヴァントというのも悪くないな。見ていて滑稽だ。完全に対等なマスターとサーヴァントなぞコミカルなショーの題材には打って付けだな。ところでそこの根源に繋がる少女よ。ここまで自分で来たということは我が研究の生贄になってくれるということか?」

 

両儀式を生贄にするという発言に反応して鋼糸が動きレフの両足が根元から切断されたが、今度は一瞬で元通りの肉体となっていた。

 

「いいえ。私は貴方の目的を知っていますから。そんな目的に手を貸す理由はないわ」

 

「そうか……やはり、力づくになるということか。手間のかかるヤツらだな」

 

クツクツと嗤ったレフは、両手を前方に翳した。翳した両手の真下の床から、どんどん海魔の触手にも似た魔神柱の腕が生えてくる。

 

「なるほど、これから新たな魔神柱に成ろうとしている建物全体に寄生しているからこそ出来る芸道だな。侵食部分をそのように利用するとは」

 

ブギーポップがレフが生やす腕のカラクリを見抜き、詰まらなさそうにタネを語る。

 

「貴様らには分かるまい。この魔術師の中では比較的凡人だった者の努力が。この建物は奪ったのではない。前の持ち主と私が一体化する事で生み出された新たな魔神柱の身体と成りうる貴重な素材だ。壊されては堪らん」

 

愉快そうに笑うレフはブギーポップの説明に更に説明を重ねた。

 

「私があの世界の法則と成り果てていた魔術師を取り込むことで、この元々死が集まりやすい特異点モドキを主人として支配出来るようになった。このマンションは私の真の身体にして傷付けることは不可能。例え神の権能であろうとも、この塔を壊す暁には一苦労するだろうな」

 

そして部屋を埋めつくした触手の切っ先を、より鋭く人体に容易く穴が開けられるように修正していく。

 

「来て早々で悪いのだが死んでくれ。何、死ぬとは言っても君たちは私によって死なず生きられずの状態で保存されるというだけだ。確かにカルデア側から見れば死んでいると言えなくもないが、脳以外の機能を停止させるなり精神だけを壊すなりすれば生きている扱いにはなるだろう。特に……そこの根源に繋がる少女は必要だ。少なくとも脳髄だけでも保管しなくては」

 

鋭くうねる穂先で満たされた空間に、ブギーポップと両儀式とレフだけが互いに見える状態だった。一歩でも動き出せば、周囲の腕は即死寸前まで体を突き刺すだろう……なんとも醜く耐え難い殺人だろうか。

 

「最後に、君と戦う前に聞きたいことがある。ぼくが君を殺すといった者は何処の誰なんだ?」

 

自らに向けられた何百もの腕を無視してブギーポップが尋ねた。

 

「ああ、それならコイツだ。どうやら私の目の中に貴様の顔を見たらしいが、いつの時代も予言は裏切るものだ。少なくとも今回は結果を違えたらしい」

 

レフが腕の群れを一部左右に分け、奥から磔のような格好の青年を出した。顔は俯き加減で、現代ではよく見かけるような単色のシャツにジーパンという質素な格好をしている。しかし服は血で染まり穴と裂け目だらけで、口の端からは血を垂れ流しており、影になった顔から覗く目は酷く虚ろで何を見ているかよくわからない。

 

「今は辛うじて生きているが、この後にでも研究対象として死の苦しみを味わってもらう予定だ」

 

その言葉に反応したのか、青年は僅かに顔を上げた。その顔を見てブギーポップは息を呑んだ。

 

ユージン。

 

ブギーポップが周囲に聞こえるか聞こえないかという声で囁くと同時に、それを合図としてユージンと呼ばれた青年は突如喋り始めた。

いや――その声は声ではなかった。

何処か遠くで誰かが口笛を吹いているような、そんな音声を単なるスピーカーとして雑音混じりに流しているような、純粋に「音」の洪水だった。

 

突然の出来事にレフが驚き、目を見開く。

 

流れ出したメロディーを聴いて、ブギーポップは口の端を吊り上げて今までに見せた表情の中でも一番笑っているように見える奇妙な表情を作り出した。

 

ニュルンベルクのマイスタージンガー。

 

どこか荘厳で雄大で誰もが聞き覚えのあるようなクラシックは、そんなタイトルだった。

 

「一つ」

 

両儀式が呟く。

ブギーポップが足を踏み出す。

我に返ったレフは無数の腕を操作してブギーポップを串刺しにしようとするも、何かに割り込まれたかの様に尽くの腕が一瞬静止した後にバラバラと根元から切断されて落ちる。

 

「『ニュルンベルクのマイスタージンガー』がその場において演奏された、またはされていること」

 

ブギーポップは左手から伸ばした鋼糸を回収し、次に右手の鋼糸を振るう。空を切りレフに迫った糸は、レフの数センチ手前で『静止』した。レフがある魔術師を取り込んだ際に受け継いだ根源を改良した絶対の防御だ。彼にどんな攻撃も届きはしない。

 

「二つ」

 

青年の声帯から流れ続けるメロディー。始めは激しかった曲調が次第に穏やかなものへと移り変わる。そのテンポに合わせてブギーポップが宙を舞う。人間の限界を越えた更にその先を思わせる速度で移動し、腕を躱す。

 

「敵がその生涯で最も美しい状態であること」

 

両儀式が唄うように台詞を口ずさむ。両手から伸びた糸は縦横無地にレフへと襲いかかり、その先端が頬を、腕を、足を掠めていく。『静止』するには対象を認識しなければならないが、あまりに速く繊細かつ多彩に振るわれる鋼糸に反応が追いつかない。しかしレフには再生の能力がある。いくら傷つけられても即座に回復する。レフが負けることは絶対に有り得ない。

 

「三つ」

 

レフにとって鋼糸は防がなくても良い、些細な攻撃であったはずだった。そもそも肉体が追いついていないだけで、あの時アサシン達から飛んできた短剣も防ぐ必要なぞ無かったのだ。しかし自分は防いでしまった。それは一体何故か。レフは考え始める。

……そう言えば、何故自分は死と生の境を求め始めたのだったか。

 

「敵の死によって世界が救われること」

 

レフは――いや、レフの身体を借りた集合体は段々思い出していた。自分たちが何故それを求め始めたのか。そうだ、自分たちは生きていても死んでいてもならなかった。死を認めず、生を拒み、自らに定められた生から死への道筋を踏みとどまろうとしたのだった。

 

ともすれば……なんと、愚かな存在だったのだろう、自分たちは。

 

ふと、BGMが終わる。流していた本人が意識を失う一歩手前で留めていた再生能力を、歌い始めた直後から再始動していたからだ。

 

ユージンと呼ばれた少年は、まだ血を失いすぎたせいで朦朧とする意識を保ったまま、一つの光景を見た。

 

無数の腕はその全てを切り払われ、舞い散る肉片の中、一人の男性が思い出した始まりの遺志に透明な泪を流し佇んでいる。正面には縦長い帽子をかぶった影が立ちはだかっている。

 

影の右手から伸びるただ一本の鋼鉄製ワイヤーが、男の首に絡みつく。一瞬『静止』した糸だったが、その『静止』を()()()()()糸が侵入し、男の首を一周した。

 

「――――」

 

ブギーポップがレフの耳元で小さく囁いた。その声はきっとレフにしか届いておらず、そして聞いた本人は獰猛な顔つきはそのままで無垢に微笑んでいた。ありのままをさらけ出したレフが見せたその表情は、きっと彼の主ですら見たことの無いもので、そして彼の障害の中でも最も美しいモノだった。

 

 

プツリ。

 

 

レフの首が切断され、地に時を止めた中で落ちていった。切断面は『静止』することも再生することもなく、ただ真っ直ぐに人ならざるモノが多量に混じった血を吹き上げ、首を遺した胴体はその場へ静かに倒れていった。

 

その光景を見届けた青年は、ある言葉を思い出した。彼らの世界では有名だったとある本にあった文章だ。とても印象的で、殆どの記憶が擦り切れた今でも彼はブギーポップの存在と共によく覚えていた。

 

 

 

結末――そこにはおそらく何も待ってはいない。

 

 

 

~・~・~・~

 

 

 

倒れたレフは暫く経っても起き上がる気配がなかった。それを見て安心したブギーポップは立ち上がり、そして振り返って両儀式を睨んだ。

 

「君、ぼくのステータスか何かを見たのか?随分と宝具だかなんだか知らないが、ぼくのソレについて知っているみたいじゃないか」

 

「あら、人をこき使っておいて覗き見の一つくらい許してくれないのかしら。私を透視能力防止のみならず、囮にも使うなんて酷いわ」

 

「あれは偶然だ」

 

両儀式を狙っていたレフは、根源へと至る道を利用してこの仮初の特異点を正式な一つの世界として成立させようと躍起になっていた。もし聖杯があれば、聖杯を上手く運用して魔力を集積させて世界を拡げるだろう。しかしレフは聖杯を持っておらず、また自分で作成することも出来なかった。だから魔術師の知識を元に根源へと至る肉体を持つ少女を頼りにしたのだろう。カウンター召喚の内容も予測していたに違いない。

 

「敵は様々な手段を手当り次第に用いていた。幻想種モドキを生み出しては殺害して死を積み重ねることで神話の時代まで巻き戻そうとしたり、カルデアのサーヴァントを初めから分断することで個々に死を経験させその様子を観察しようとしたり、そして両儀式の肉体が持つ「 」を執拗に求めたりと一貫性が無い。という事は、敵の正体は何らかの集合体なのでは?という予想はあった」

 

ブギーポップは手をヒラヒラさせながら解説を続ける。

 

「しかしぼくの感知した〈世界の敵〉はどうも妙な反応を返していてね。この世界における敵とぼくのいた世界における敵が混じっている感覚がしたのさ。それで念を入れて監視の目を切って来てみれば案の定、彼がいた訳さ。まあ彼の方は前にも見逃しているし、今回も敵と言うより味方側についているらしいから放っておいたがね」

 

彼の名前を本人に尋ねると、本人は『パンドラ』と答えた。どうやら彼も複数人の能力と微細な意志が統合されて造られたサーヴァントらしく、今回のカウンター召喚は、元から扱き使われていたらしい抑止力から送られたこと、敵もまた複数から成る集合だったこと、そしてブギーポップという存在の縁がそれぞれ作用したらしい。

 

彼にも事情が有るらしいが、その件についてはブギーポップも黙っておいた。デリケートな話題だと察したからだ。そもそも贖罪の意識を失わないまま長年抑止力として動いてきた彼は記憶をすり減らしている。聞けたとしても明確な答えは期待できない。

 

その点はブギーポップにとって残念なことだったが、始末自体は上手く事が運んだようで概ね満足のいく結果となった。

 

 

~・~・~・~

 

 

あれからマンションを出て仲間と合流し、凡その顛末を全員に話したブギーポップは肉体の主導権を立香へ返した。そして同じく元の式へ帰った彼女はとても混乱していたのだが、ブギーポップを経由した伝言の伝言により事情を聞いていた立香のとりなしにより、三人目の両儀式のことは何とか誤魔化すことが出来た。

 

「こっちもあの後は大変だったんだけどなー」

 

疲れてぐったりベットに突っ伏した立香に、ヘリで座って足をプラプラさせたアストルフォが文句を言った。現在のカルデアは次の終局特異点に向けての準備でてんてこ舞いとなっており、職員が廊下を忙しなく動いているのだ。

 

「マンションから突如としてミニ魔神柱が溢れてくるし、みんな迎撃でてんてこ舞いだったんだよ?金ピカ賢王はまーた働き過ぎて過労死一歩手前まで行くし、静謐ちゃんが興奮しすぎて毒の汗まいたり、フランもフランで耐久が大変だったからそばでサポートしないとダメだったし。あの浅上だか深上だかはずーっと目を顰めてマンションを眺めては『視力落ちたかしら』とか言い出すしさ……」

 

《その、頼むからマスターをゆっくり休ませてやってくれ。アストルフォとやら》

 

立香の腕時計からブギーポップの声が懇願した。

 

「いやまあ、それは分かっているんだけど。でもボクにだって許せないことがあと一つばかりあるんだよ!?」

 

そしてアストルフォは背後を指差した。

 

「女を引っ掛けてくるならともかく、こんなイケメンを召喚して連れてくるとは何事かーー!?」

 

アストルフォの背後には、困ったように笑顔を浮かべた一人の青年がいた。中性的な容貌に線の細い体付き。それでいて元は組織に造られた人形として暗殺等の任務を務めていた。

 

その名も、『パンドラ』である。




徹夜で書き上げました。

そう……書く際の原動力は『ペパーミントの魔術師』が手に入らないストレスですっ!!
もう妥協しようかな……買わずに図書館で立ち読みするか……。

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