Fate/BoogiePop   作:蓼野 狩人

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~前章のあらすじ~
死と生の境にしがみついた憐れなる残滓、不気味な泡により残留した念と共に虚空へ散る。





終局特異点:冠位時間神殿 パジュリー・オブ・ソロモン
夢現/イマジネーター


突然だが、藤丸立香はとんでもない頻度で夢によって別の世界へ行っている。行先は大抵契約したサーヴァントの心象世界や思い出であり、そして英霊として昇華される程に過酷な人生を経たサーヴァントの道筋は敵に満ちている……要するにそれを再現した夢の世界もまた危険なのである。

 

「フンッ!セイッ!トオゥ!!……また逃げるつもり?フフン、根性だけは認めてあげるわよ根性だけは!でも私の拳を避けてばかりじゃ決着なんて永遠につかないわよ!かかってこいやァ!!」

「あの、マルタさん。タラスクはもう虫の息だと思うんだけど……」

「なーに言ってんのよ、マスター!いい?一度喧嘩を始めたら、どちらかが降参するまで闘うのが礼儀ってモンよ!根性ナシのタラスクを教育し直す為にも、ここでキッチリ拳を交わしておかないとダメ!」

ギャオオオオオオオオオオオォォォオーー……

「ほ、ほら!もうこれ降参してるってマルタさん!喧嘩ストップストップ!」

「まだまだまだまだァ!神からの教えを、喰らいなさいッ!!」

「ひたすら逃げろ、タラスクゥゥゥ!!!」

 

「……何故、貴方がいるのですか。マスター」

「いや、僕も何でいるのか分からないよ……。どうせまた夢の世界に飛ばされたんだろうけど。ところでココは何処?」

「……成長し切った“私”が閉じこもっている神殿です」

「あー、はいはい成程……って。つまりここはゴルゴーンの!?」

「シーですよ、マスター。それに、マスターの味方は私だけではありません」

「……貴様、私を忘れているな?」

「あれ!?ゴルゴーンが封印されているのにゴルゴーン……何で?」

「詳しい説明は後で。今は目の前のアレに立ち向かわなければ」

「ウルクの時よりも更に強大な“私”だ。目を合わせるなよマスター。これまでとは比べ物にならないぞ」

「ペルセウス!ペルセウスは何処ー!!鏡の盾貸してーー!!」

 

「私の剣技は、英霊となった事で生前より格落ちしてしまっている。架空の存在に間に合わされた剣技とはいえ、マスターは伝説よりも弱く感じられる私に疑問を持ったのでは?」

「い、いや……初期の頃は最前線で活躍してくれたし、そんな事は考えていないけど……」

「やはりそうだろうな。かの宮本武蔵が遺した逸話に比べ、巌流・佐々木小次郎の如何に弱いことか――」

「やだこのサムライさん話聞いてない」

「だからこそ私は、より強くならなければならない!ここは私が毎日通っていた海岸。燕を何度も何度も追いかけ私が編み出した剣技、それが“燕返し”だ。つまりここでまた燕を斬れば――」

「……ん、ひょっとしてアレが燕?」

「その通りだ、マスター」

「……いや、どう見てもワイバーンというか、シルエットがデカすぎるというか」

「古代日本の神秘を甘く見すぎでゴザル」

フシュウーーー……

「いやいや、アレとかドラゴンだって!何でドラゴン!?佐々木小次郎は竜殺しの英霊じゃないでしょ!?」

「行くでゴザル行くでゴザル!この苦難を乗り越えればレアリティも上がって☆1アサシンから☆5セイバーに成ることも夢ではない!!」

「立香は謎電波を受信した!!」

 

――上記のケースは、残念ながらマスターが忘れてしまった内容だ。しかしもし記憶に留めていた上で当該サーヴァントと意識を共有すれば、サーヴァントの意識が変化すると同時にこれまで様々な理由で封印されていたスキルや宝具が強化される場合がある。

 

無論、意識の改変自体は現実世界でも有り得る事で、立香はマスターとして人理を修復するためのみならず、度々サーヴァントの為にレイシフトしている。そうして偶に入手できる聖晶石や素材を回収し、サーヴァントとの絆を含めるその姿は勤勉そのものである。

 

だからだろう。立香は今見ている夢がよく分からなかった。

 

「……なんだこれ」

 

立香の目の前には、大量の花が咲いていた。何時ぞや垣間見た花の魔術師のそれではない。鮮やかでピンク色だった花々とは違って、花弁の一つ一つが清廉な白を保っていた。立香は植物に関して一般的な知識しか持っていないが、茎にトゲが付いている物があるので恐らく薔薇の仲間ではないだろうか。

 

(……それにしても)

 

それにしても、立香は先程から大きな違和感を持っていた。無論、自分だけで見る普通の夢や、サーヴァントとの絆が深まる事で見る夢とは様子が違うこともある。

 

しかし、それだけではない。この花達は一輪一輪個性を持っているのだ。例えば立香の右足が触れている花は四輪あるが、ある一つは茎にトゲが無く、またある一つは花弁が他より大きい。そして残る一つは風に少し吹かれただけで大きく揺れるので、立香が不思議に思って少し引っ張るだけで土壌から根こそぎ抜けてしまった。どうやら根がしっかり張っていなかったらしい。

 

「君には植物を大切にしようという思いやりはないのか?」

 

不意に聞こえてきた声に、立香は慌てて花を土に埋め戻した。

 

「……それはそれで少々深く埋めすぎではないかね。先程根が張っていなかったことを考慮すれば、しっかり埋めたくなる気持ちもわかるがね。その花の持ち主は周囲に流されにくくなる代わりに、あらゆる物事に存在する流れについていけずに人間関係が軋んでしまうだろう」

 

そこで立香は、声だけが聞こえてきて声の主が見当たらないという奇妙な現象に気付いた。

 

「ああ、これは申し訳ない。今の君が居るのは私の世界だ。単なる心象世界ではなく、かといって花だけが意味もなく咲いている空間でもない。文字通り私が成功した世界だ」

 

ここまでは少し誇らしげになった声だったが、続く言葉は一転して沈んだ雰囲気を醸し出していた。

 

「そうとも。私が成功した……成功した故に失敗してしまった世界。私を止めてくれる筈だった誰かを失った世界線だ。あの死神は、きっと周囲が思っていた以上に不安定な存在だったのだろう。ふとした枝分かれで人類が終わってしまう位にはね」

 

「……ここは、終点……世界が終わった場所という事ですか?」

 

ここで立香は初めて声に話しかけた。

 

「ああ。世界を『人類が存在しているモノ』と定義すればそうなる。私は別に人類を終わらせるつもりは無かったのだが。むしろ逆――人類を次のステージへ進化させるつもりだった。しかし、結果がこれさ。みんな花になった上に、私の目的は果たされなかった」

 

少なくとも、声の主の目的が人類を花に進化させることでは無かったらしい。そこで立香は考えた。この光景をより完成に近づけるとすれば、何が足りないのか。この世界は何処が歪なのか。単に花が満ちている空間であれば以前にも見た。だからこの世界は――

 

「――つまり、この花の一つ一つが人間だった。という事ですか?」

 

立香が導いた結論に、声の主が息を呑む気配がした。

 

「成程……世界を救う一般人、という認識は正直眉唾だったが、やはり多くの人間や英霊と関わることで人間に対する洞察力が上がっているのかもしれないな」

 

立香は早く声の正体を知りたかったが、それを見透かしたのか声の主はおどけた口調に切り替えた。

 

「そうカリカリするな。君が現状に危機感を持っているのは分かる。私は正体不明の何某。現在のカルデアは正体不明の敵がいつ来るか怯えており、そして私は自称人類を終わらせたことがある前科者だ。警戒しない方がおかしい」

 

立香が虚空を睨むように上を見上げた。世界は青空が果てしなく広がっていて、雲ひとつない上に清々しく不純物も一切含まない綺麗な風も吹いている。

 

しかし、それは裏を返せば人間の生きていた痕跡が丸ごと消失しているという事だ。人の紡いだ物が折り重なった結果として出来上がった世界は無に帰っている。初めから人類など存在しなかったように。

 

「正確には、花それぞれに人としての意識が宿っている。とてもとても小さく、薄くはなっているが、それでも個性は失っていない。だから表面上の個性は保たれ、姿も花で統一されている」

 

……立香はふと、あるサーヴァントに聞いたことを思い出した。そのサーヴァントの語るところによれば、数多の世界線で聖杯の使用により人類の救済を企てた者がいたという。実際、その計画に必要な魔力量を聖杯は有していて、もしその計画が成功していれば人類全体の不老不死化とも表現される『第三魔法』が実現していたらしい。

 

全ての人類が肉体を持たず、魂だけで存続していく状態――。

 

今、立香が見ている花畑のような世界になっていたのだろう。

 

「君も思うところがある様だね」

 

声は立香の表情を見て、かねてから考えていた事を提案した。

 

「私は失敗した。初めから世界に望まれていない変革を企て、試み、そして全てを失った。私を愛していた人も、私を尊敬してくれていた人も、私を受け入れてくれていた人も、全てだ。今では『あの時こうしていれば』と考えるばかりで、過ぎ去った日々を変えることなんて出来やしないのについ想像してしまっている」

 

だから。

 

「私にチャンスをくれ。ブギーポップ」

 

その言葉に、立香の隣から音もなくブギーポップが姿を表した。

 

「あの時のぼくは別に不安定でも何でもなかった。単に君を陰で操っていたもう一人が足止めしてきただけだ。お陰でその世界線におけるぼくは、役割を果たせなかった」

 

「――そうか。やはり今回の件には彼女が……」

 

二人の会話から置いてけぼりにされた立香は、内容からどうにか声の主が味方につく側だと予想した。しかし、予想とはまた違った展開も加わることとなる。

 

「彼女の過ちに私が加担したことは事実だ。だから、私がこの件に協力する代わりに一つ、頼み事をしたい」

 

「……それは?」

 

追求したブギーポップに、声の主が告げた。

 

「私を殺して、この無意味な世界を終わらせてくれ」

 

 

 

~・~・~・~

 

 

人は進化する生き物である。

そもそも生物は皆、進化を重ねることで環境に適応してきた。生物はその根源において生きることを目的としていて、それはつまり生存本能と置き換えることも出来る。

 

一方で、人は人として環境に適応するだけでなく運命に抗おうとして進化する。人としての性質を保ったままで、一人一人が考えるより良い世界の為に進化を試みる。

 

しかし、その人における進化は世界のバランスを根こそぎ崩してしまうことがある。地球として、あるいは人類全体として守るべきルールに抵触してしまうことがある。

 

ならば、世界は突然降って湧いた世界の危機に、“世界の敵”にどう対処するのか……当然、真っ向から否定し抹消するしかない。

 

 

二つの次元が用意した手段はそれぞれ異なる。

一方では人類の成す偉業をカタチにした英霊を召喚し、

一方では全ての世界を護る意思を一人の少女に宿した。

 

 

二つの次元が交差するとき、必然として彼らはそれぞれの敵に立ち向かう事となる。

 

 

悪は、誰か。正義は、何処か。

 

 

 

~・~・~・~

 

 

 

立香がここ数日でも格別に酷い悪夢から目を覚まし、清潔なベッドから身を起こすと、隣のベッドではマシュが仰向けになって荒い息をしながら苦しそうに眠っていた。

 

「やあ、よく眠れたかい?立香君」

 

マシュのベッドの隣では、ダヴィンチが頬杖をついてバイタルを表示したモニターを眺めていた。そこに表示されている数値は、マシュの寿命が残り少ないことを指し示していた。

 

「ごめん、ダヴィンチちゃん。いつの間にか寝てしまっていたみたいだ。交代までまだ時間があったのに…」

 

「気にする事でもないさ。それに君は人間である一方で私はサーヴァントだ。休養は取れる時に取るべきさ」

 

そう言って微笑むダヴィンチだが、立香はその顔に一種の疲労を見てとった気がした。恐らく、この医務室で立香が付き添うことを宣言するまでずっとマシュ専用の調整室に居たようなので、出来うる限りの手を尽くそうとしているのだろう。

 

マシュの寿命は残り少なく、そして本人は最期まで一緒に闘うことを希望している。

 

本当なら限りある寿命を一分一秒でも伸ばす為にカルデアへ留まるべきかも知れないが、最終的には立香もマシュの希望を叶えたい旨を伝えた。

 

それからというものの、立香はずっと戦闘ルームか医務室にしか来ていない。三日後に迫った最終決戦に向けて、着用型の魔術礼装を少しでも身体にならそうとしているのだ。今の立香が着ている魔術礼装は、初期の頃からずっと愛用しているカルデア制服で、もし備わるスキルが身体に適応している割合をレベルに表すとすれば、まだ8といったところだ。

 

正直、寝る間も惜しいと思っていたのだが。

 

「ダヴィンチちゃん。さっき夢を見たんだけど、どうやら新しい次元からの来訪者が味方になるらしい」

 

立香の言葉に、マシュのベットを挟んだ反対側からダヴィンチが身を乗り出す。

 

「それは、本当に味方かい?ブギーポップが直接会話したのか?」

 

《その点は抜かりない。ちゃんと確認は取った》

 

立香の礼装から声が聞こえた。

 

《どうやら、君達が立ち向かう人理焼却事件の犯人とやらにも何かしら思うことがあるらしい。その時にも手を貸してくれるそうだ》

 

「そうか……分かった。後で私に詳細を伝えてくれ。そろそろロマニと一緒に直接検診する時間だ」

 

立香が検診の邪魔にならないように部屋から出ると、ブギーポップが囁きかけてきた。

 

《君は随分疲労しているように思える。無茶をしてもいい事は無いぞ》

 

「いや、それは分かっているんだけど……礼装を馴染ませるのだけは僕が純粋に努力するしかないんだ。何せ僕自身が使いこなせなければ意味が無いんだから……」

 

そう言う立香の顔色は悪い。

 

これはどうしたものかと思い悩んだブギーポップは、瞬間、立香の精神と入れ替わった。覚えのある危険な気配を察知したからだ。

 

 

目の前に立つのは男だ。背が高く、顔が整っており、見える範囲の肌は明るい緑色で、ピエロの服装をしている。微笑みを浮かべて片手にクーラーボックスを提げた青年は、一体何処から現れたというのか。

 

 

青年は首をかしげて、左手に抱え直したクーラーボックスから見るからに美味しそうなペパーミントのアイスを取り出した。

 

「やあ、そこの君。アイスはいかがかな?」




『ペパーミント』めっちゃ面白かったです。
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