カルデアにはサーヴァントの戦闘訓練用に設置された施設がある。
勿論、単なるジムとしてのトレーニングルームも存在するが(ケルトの兄貴が筋肉を見せびらかすので誰も近寄りたがらない)、実際の戦闘を忠実に再現する為に用意された部屋が幾つか設置されている。偶に一人で腕を磨く物好きサーヴァントもいるが、この手の部屋は大抵実際の戦闘の再現とあってマスターとサーヴァントが一緒に利用する。
『ようし、準備完了だ。いつでも始められるよ』
立香の手元にある通信機からロマニの合図が届く。
《マスター、入れ替わるけど心の準備は良いかい?》
その合図を受けて、右腕の礼装から確認の声がした。
「いや別に入れ替わるのは良いけど、ひょっとして前みたいに僕がぶっ倒れている状態からになるの?」
立香としては入れ替わる度に毎回ぶっ倒れるのはゴメンである。例えば火山の中での戦闘中に入れ替わってしまえば、礼装で守られているとはいえ怪我は避けられないだろう。おでこや後頭部を火傷するくらいならともかく、マグマ風呂に入浴するのは非常に不味い。具体的には間違いなく死ぬ。
《そのことに関してはぼくもどうしようもない事だ。ぼくは元々自律的に表出するものじゃなく、自動的に敵が現れたら表出する存在なのさ。自分から表に出るのは慣れていない。これから慣れればマスターが倒れる事も減ると思うがね》
よくもまあぬけぬけと語れるものだ、と立香は溜息を吐いた。
《つまり、マスターが倒れる際に誰かが支えてくれるとありがたいって事なんだけど、そこのマシュ?だったかな。頼めるかい?その盾はマスターを受け止めるのに丁度良さそうだ》
「先輩、私が支えるという事でいいでしょうか」
「じゃあ僕からも頼むね、マシュ」
その様子をメルトリリスは羨ましそうに見つめていた。メルトリリスは立香を手で受け止めるのに向いていないのだ。本当は誰よりも自分が支えてあげたいメルトだが、目の前で
軽くイチャつくマシュと立香を眺めることしか出来ない。
因みにだが、メルトがうっかり手ではなく足で受け止めると立香は膝や踵の凶器に貫かれて絶命する。
「……とっとと始めましょうよ、マスター」
『よーし、じゃあ手始めに特異点Fの環境を再現しよう』
ムスッとしたメルトに続いたロマニの言葉と同時に、周囲の壁が景色に塗りつぶされていく。
燃える街並。日常を突如として喪った人々の声無き悲鳴を、絶え間なく瓦礫を嘗める炎が代弁する。
冬木の街を襲った始まりの悪意。その光景に立香は何かを思う間もなく気が遠くなっていった。
《……あれ?これはどういう…》
「どうもこうもないだろう、マスター。君の指示が無くなれば戦闘において混乱は必須だろう。ぼくが入れ替わった時、指揮する代わりのマスターが居なくなっては困るだろう?」
マシュの盾に背中を預けたブギーポップはしれっと告げた。
そのカルデア用制服には、上から真っ黒で襟の大きなマントが掛かっている。頭には縦長く不思議な飾りの付いた帽子。手には包帯のような手袋……ではなく今回は短いベルトが5、6本巻き付いている。言わずと知れたブギーポップ独特の服装である。
その右手には立香であった時と変わらず起動中の礼装があった。そのスピーカーから漏れる声は、先程切り替わった立香自身のものだ。
『やぁやぁ諸君。伝達を失念していたようで済まないね』
通信機からロマニに替わってダヴィンチの声が響いてきた。
『その礼装はマスターとブギーポップ君が入れ替わる際、不便が無いように工夫したものだ。普段は礼装からブギーポップ君と会話可能にする為のものだが、ブギーポップ君が表出する際はマスターが会話できるようになっているのさ』
「へー、凄いじゃない」
珍しくメルトリリスが素直に目を見開いた。
『ふふん、これでもカルデアの顕学の片割れ。万能の天才として成すべきことを成したまで』
『はいはいエネミー接近前方三体だよー』
ダヴィンチが胸を張って自分の有能さをアピールする間に、ロマニが通信に割り込んでエネミー接近を告げた。
「ぼくの戦闘能力を計るということで、そこのお二人には控えてもらってもいいかな?」
「手は出しませんが、何かあってもサポート出来るように近くには居ます」
「まあ、私は監視役だから怪しげな行動を取らなければ手出ししないわよ」
二人の了承を得ると、ブギーポップはどこからともなく鋼糸を取り出した。
《頼むから怪我しないでくれよ?》
自分の体が傷つくからではなく、純粋にブギーポップの心配をする立香の声に彼は無表情でこう返した。
「――体を借りている身分だからね。怪我一切なく敵を排除すると約束しよう」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、正面の物陰からボロ布を纏ったスケルトン達が襲いかかってきた。
~・~・~・~
サーヴァントが扱う武器は多種多様である。
大抵はクラスに応じた武装――剣、槍、盾など――をしているのが普通だが、例えばアーチャーでは弓ではなく他の武装をしているサーヴァントの割合が高い。また暗殺目的というより拷問目的の器具を武器とするアサシン、乗り物を多用せず剣術をメインとするライダー、呪文を唱えると舌を噛む高位のキャスターも存在する。
つまり、サーヴァントの武装はクラスに依らず何でもアリという事だ。歴史上を辿れば数多く存在する英霊達はそれぞれが個性を持ち、自らの在り方を英霊の座に記録している。カルデアの素晴らしい点を挙げるとすれば、その英霊達をサーヴァントとして従えることでどんな戦闘にも対応出来るように工夫した事も入れる必要があるだろう。
そしてこの度新たなサーヴァントとして召喚されたブギーポップ。その武器は鋼糸である。
『なっ……』
通信の向こう側で絶句するロマニ。彼の眼前にあるモニターでは信じ難いブギーポップの戦闘が繰り広げられていた。
空を舞う鋼糸。迫るスケルトン。その首に初めからそうだったかのように自然と鋼糸が巻き付く。巻き付いた瞬間、ブギーポップは己の足を踏ん張って糸を僅かに握って引いた。
カクンッ
それだけでスケルトンが一体死んだ。
鋼糸を手元に戻すブギーポップの側面から、今度は槍を持ったスケルトンが飛び込んできた。剥き出しの歯をカチカチ鳴らしつつ、両手に握った槍の穂先を胸元に向けて飛び込んでくる。
そのスケルトンの槍を、ブギーポップは地面を蹴って宙に舞い回避。そのまま後ろを見ずに三体目のスケルトンと対峙した。背後では槍のスケルトンが一瞬で仕掛けられた鋼糸トラップに引っかかり、自身が抜け出そうと暴れた力で八つ裂きとなってしまっていた。
「弱いな」
ブギーポップは詰まらなさそうな顔で新たに取り出した鋼糸を操り、三体目の所持していた短剣を絡み取った。その勢いのままスケルトンの肩から腰骨に鋼糸を巻き、いわゆる袈裟斬りの様に体を上下に断絶させた。
《凄い……》
立香はその残酷なまでの美しさに息を呑んだ。煌めく糸が敵の悉くを刻んでいた。戦闘時間はほんの僅かな間であった筈なのに、ブギーポップが敵を殺すその所作が目に焼き付いて離れなかった。
「……敵に回ってほしくないわね。例えマスターの体を借りていなくても」
メルトリリスが薄い唇を噛み締めて呟いた。マシュもつい今しがた目にした戦闘の美しさを思い返しているのか、盾を構えたまま放心していた。
「……すまないが、これでもうデータは取れたのかい?」
流石にしんとした空気が気まずくなったのか、ブギーポップがつっけんどんに確認する。
『あ、いや。まだだ。戦闘データを揃えるにはもっと色々な敵との戦闘が必要だからね。すぐ切り替えるよ』
ロマニが慌てた顔で告げると、周囲の景色が今度はフランスの草原を思わせるものに切り替わった。
~・~・~・~
「結論から言わせてもらうが、彼の――ブギーポップの戦闘力は桁違いだ」
カルデアにおける立香のマイルーム。そこでダヴィンチ、ブギーポップから切り替わった立香、そしてロマニがテーブルに置かれたコーヒーを飲みながら話し合っていた。立香の右手にある礼装は《別にぼくが聞く必要も無い話だろう》とブギーポップが告げたので起動していない。
「戦闘を全てこちらで見させて貰い、データとして解析もしたのだがパラメータの推定値が異常だ。魔力は一切使われていない為『なし』。筋力、敏捷については考察を重ねた結果『EX』となった」
ダヴィンチの説明に、ロマニが追加で説明した。
「『EX』に関してだけど、この値はより正確に言えば『C++++』といった所だ。パラメータの『+』の数は、瞬間的な能力値の倍加を視覚的にかつ簡易的に表したもの。つまりブギーポップというサーヴァントは、瞬間的な動作あるいは攻撃力の値が異常なほど高いんだ」
立香はその説明を受けて、礼装を通じて直に見たブギーポップの戦闘を思い返した。
彼の戦術は鋼糸を武器としたヒットアンドアウェイの様なものだ。つまり敵の攻撃は徹底的に避け、ここぞという一瞬で大ダメージを与える。この戦術には優れた攻撃力と敏捷性が必要であり、ブギーポップは見事に攻撃と回避を行っていた。
ところがブギーポップの体は立香を基準としている。もちろん立香自身は日々の戦闘訓練等で体は鍛えてあるのだが、サーヴァントに比べれば微々たるものである。そしてブギーポップというサーヴァントは体を借りているだけ。切り替わった途端にサーヴァントとしての体になるのでは無く、人間としての体のままサーヴァントになるのである。
つまり戦闘力は、最も似た存在であるマシュよりも遥か下になる筈だ。少なくともダヴィンチはそう予想していた。
「ブギーポップは人格だけのサーヴァントだ。初めから体があるものの擬似サーヴァントとして人の体に憑依する訳じゃない。神霊が人の体を借りる例があるが、アレは人格だけなんていう存在じゃないからこそサーヴァントとしての体を人の中に棲みながらにして獲得しているんだ。そして諸々のデータにより、ブギーポップがマスターから表出してもマスターの体はサーヴァントの力を得ないことは分かっていた」
それなのに、とダヴィンチは続ける。
「それなのにブギーポップは並のサーヴァント以上の戦闘力を発揮した。これは不可解なことだ。戦闘訓練が終わった直後に本人から『自分は借りた体の身体能力を限界以上に引き出している』と説明されたが……そんな訳がないんだ!」
ロマニが別の資料を取り出して立香に渡した。
「先程君に受けてもらった健康チェックだ。僕もブギーポップに『限界以上の力を引き出した』なんて言われたのもだから心配になってね。君の体調を診させてもらったけど、何の異常もない。筋繊維一本切れていない。敢えて言うなら霊基の質を示す値の変動が通常より多かったけど、それも誤差の範囲内になる。彼が限界突破したのに、だ」
「それはつまり……ブギーポップが僕の体を酷使した筈なのに、その形跡が無いって事ですか?」
「その通りさ」
ダヴィンチは腕を組んで椅子に座り直した。
「私とロマニは正直慌てたさ。ブギーポップが君の体を人間の体として借りている事実は、ブギーポップ自身も知っていた。事前に例の礼装を通じて確認を取ったし、無茶なことはしないと約束もした。にも関わらず、明らかに人間を超えた動作をするんだ。確かに君に何の異常も無かったさ。彼の言葉は嘘ではない。嘘ではないが――」
そこでダヴィンチは押し黙った。どうにも煮え切らないという顔で黙っている。
立香としてはブギーポップと話し合った時の印象に加えて今日の戦闘を見たことで、彼の事を信用できるサーヴァントだと思っている。しかしダヴィンチの様子を見るに、彼女にはまだ信じ切れない部分があるらしい。
「まあ、ダヴィンチちゃんが眉を顰めるのも無理ない。ブギーポップはそれだけ特殊なサーヴァントだ。これから絆を深めていく上でも、やはり特殊な部分が気になってしまうだろうね」
ロマニは苦笑いを浮かべながら空のコーヒーカップをソーサーに置いた。
「何にせよこれからさ。彼は立香君の最終防衛ラインとして働くと明言していた。つまりマスターである立香君に危険が及ばなければ出てこない。そして危険が及んだにしても、それはそれで心強い最後の砦になってくれるだろう。両手を広げて歓迎は出来ないけど、上手くやって行けることを祈ろう」
「それも…そうですね」
立香はロマニの穏やかな言葉に対し、自分としては彼を信じてあげたいと思いつつ頷いた。
~・~・~・~
夕暮れ時のとある学園の屋上。
そこがブギーポップの表出していない間に待機する場所だった。
彼としては「誰かの人格として表出する前に待機する」という行為自体が実に新鮮だった。体を借りる際、本来ならば彼は自動的な存在として無機質に浮かび上がってくる。だからこその
「しかし、こういう関係性も悪くないな」
彼としては、自身の記憶に残る彼女にしょっちゅう迷惑を掛けていたことを気に病んでいた。彼女の私生活、もっと言えば彼女の人生は自分が表出することで大きく変化してしまった。彼女の家族との関係も、一時期壊れかけてしまったこともあった。
今回は奇跡のようなめぐりあわせとなったが、偶然にも堂々と能動的に世界を救う立場になれた。勿論自分のような特異なサーヴァントを召喚したマスターはさぞ迷惑がっているだろうが……。
「召喚されたからには、ぼくに充てられた役割を果たさなければ」
隣に座る男子高生、あるいは星見の魔術師を思い描きながら、彼は永遠に沈まない夕日に手を翳す。
彼の役割、それはこの世界を狂わせる
実は昨日、テンションがとっても上がってしまいました。
上がったテンションをそのままに本屋さんに入ったところ、なんとブギーポップのシリーズがずらっと並んでいたんですよ。
気が付いたら財布の中身が空でした。
という訳でシリーズを刊行順に『夜明け』まで大人買いしてしまいました。このあとがきは『パンドラ』を読み終わった直後に書いています。やっぱり原作は面白いぜ!今更ですが本作はシリーズを読んだことがある人推奨ですよ。
これからどんどん原作を読み進めて、セリフ回し等の精度を上げていこうと思います。
※パラメータの参考にしたサイト
http://rustyroom.web.fc2.com/Fate-RUSTYROOM2/PARA_RULE.html