“死”の定義とは、果たして何なのだろうか。
例えば、とある日本の一般家庭で殺人事件が起こり一人娘が死亡したとする。
脈拍は止まり、脳波は観測出来ず、失った血は致死量。医師は死亡認定を下し、遺体は火葬された。
家族も親類も恋人も犯人も親友も知り合いも警察も報道陣もニュースを見た人々も、皆「死んだ」と認識した。
果たして、この娘は死んだのだろうか。
あるいは娘が誰かを身代わりにしたのかも知れない。隠し子として双子の姉妹が存在していて、殺されたのはその子供かも知れない。
あるいは娘の死は世界の滅亡を意味していたのかも知れない。娘を守ることで世界を守るべく、権力者が情報操作したのかも知れない。
あるいは、あるいは、あるいは。
「死んだ」という条件はイフを加え続けることで、幾らでも薄く引き伸ばすことが出来る。無論、詭弁ではある。実際に上記の条件に該当する殺人事件が起きたところで、本人が死んでいない可能性は限りなく零に近い。
しかし、零ではない。死んでいない可能性は零に出来はしない。そして死んでいない可能性の中に、生きてもいない可能性もまた存在してもいいのではないか。
すなわち、亡霊、精霊の類いである。
「私は生を否定しない。私は死を否定しない。私は人間を、人類を、それらが持つ可能性を否定しない。だからこそ私は死の瞬間を捉えて『静止』させる。生と死の概念を棄てた生命を手の内で生み出したいからこそ。それこそが、『根源』に至る道である故に」
“―――”は語る。自らの在り方を肯定し、『根源』を求め続けた魔術師の意思を変質させ且つ受け継ぎ、生と死の境を彷徨う微かな痕跡を像と成すために。
「『静止』させた死の瞬間、それは何者にも変え難い私が求める真なる人類の素となるモノだ。私の求める可能性は、人類全てを救済する人類のユメだ。私を否定する者は、すなわち人類のユメを否定する者――」
その言葉を、“―――”の正面に立つ“彼”は片手を振って否定した。
“彼”は両の腕から命を奪うための液を垂らし続けながら、ただ冷徹に己の抹殺対象を見つめている。
曰く、“彼”の観た未来は何者にも変えられず、“彼”が観測し得ない以上は“―――”のユメも潰えるだろうと。
曰く、“―――”の掲げるユメは人類の幸福を求めるものでは無いと。そのユメは天国でもなければ地獄でもない、ただ今以上に面白くない世界を生み出すだけだと。
曰く、“彼”にこの世界の命運は関係ないと。自らの贖罪を済ませるために現れた自分は、ただ“―――”を殺害するだけだと。
「そうか」
“―――”はそう呟いて、そっと扉を閉めた。
「ならば仕方がない。私は人類のユメを叶えるために生まれた存在。貴様が人類を守らず私を殺そうとするのであれば、それは人類のユメを否定するという事。出自が何処であろうと関係ない。人類を否定する貴様をも、私は生と死を放棄するためのサンプルとして『静止』させてやろうではないか」
生も死も存在しない命を創造する者。
己の罪を為に
そうして始まった戦いの火蓋は、誰にも聞き取れないほどに小さなものだった。
~・~・~・~
鶴の一声、という言葉がある。集団の中でも発言力のある人物は、たった一言で周囲を従えたり意見をまとめたり出来る喩えのことだ。実際に鶴の鳴き声は空気を裂くように響き、聴いた者の心を震わせてくる。
そして立香の声には声量こそ及ばないものの、確かに周囲のサーヴァントが耳を傾けるような不思議な力があった。この声は単なるカリスマのスキルとして片付けられるようなものでは無い。あくまでも立香自身の培ってきた、立香自身に宿る経験から滲み出てくるような説得力だった。
『立香君の声には助けられたよ。このままサーヴァント同士が争っていたのでは拉致が開かないからね』
通信機からダヴィンチが苦笑いに近い微笑を浮かべながら、杖に体重を預ける。
『ひとまず両名に対する説明も済んだからね。これからの作戦について話し合っておこうかな』
通信機を囲むようにして路上に立つマスターとサーヴァント達。その中で一人が手を挙げた。
「あの、ところで私と式さんは初めて召喚された身でよく分からないのですが、取り敢えず元凶らしいあのマンションを壊せばいいのでは?」
『察しがいいね、えー……浅上藤乃嬢』
「嬢はお恥ずかしい……浅上で結構です」
『ふむ。では浅上嬢、確かに私が今から提案する作戦の大筋というか最終目的はそれなのだが、それがどうしたのだね?』
「いえ、私も式さんも何だか気に食わない建物だなーってことで、一度壊してみようと試みたんですよ。でも、私の『歪曲の魔眼』も式さんの『直死の魔眼』も通じませんでした」
『な……そうか。それはまた随分と壊れにくそうな建物だな』
藤乃の言葉を聞いて少し唖然とした様子のダヴィンチ。その絶句具合を見て不思議に感じた立香は質問する。
「そんなにヤバいんですか?その魔眼…が通じなかった事が」
『ああ、その通りさ。本来魔眼というのは魔術と超能力の中間にあるような固有の能力なんだが、この両名は物理的な破壊力という点を見ればトップクラスの『歪曲の魔眼』とあらゆるモノの死を視るという、使い手に襲われれば絶命は免れない『直死の魔眼』を持っている。簡単に言えば『歪曲の魔眼』は視界にあるモノを物理的な法則一切を無視して捻じ曲げ、『直死の魔眼』は生物・無生物に限らないどころか概念的なモノすら“死”を直に視て出てきたモノを刃物で斬りつけることにより文字通り殺す。どちらも魔眼としては非常に高性能な代物なんだ』
「なるほど……メドゥーサのキュベレイもそうですか」
『魔眼全体のランクとしては上位者にも通じる事があるキュベレイの方が高いけど、性能としては見劣りしない。むしろこの二人が敵だったらこちらの損害は免れなかっただろう』
その重々しい口調に、立香は眉を顰めた。
「という事は、その凄い魔眼二種類でも潰せないあの塔は――」
「異常な存在、ということだ。もっともアレは元から良くない存在だがな」
立香との間にマシュを挟んで座る式が不機嫌そうに答える。
「そもそもあのマンションは、ある魔術師が根源に到達する為に作り上げた大規模な結界だ。マンション全体が当時ヤツの肉体そのものだった。実際のところ、オレも一度してやられたことがある」
「目的……って?」
立香の問いに、式が赤いジャンパーを着込んだ腕に顔を埋めて答えた。
「ヤツの求めていた根源への到達には、どうしても“死”が必要だった。それも純度の高く、厳選された“死”を保存しなければならなかったのさ」
「“死”の保存……って何なの?」
黙って聞いていたアストルフォが恐る恐るといった調子で尋ねた。他のサーヴァントも聞きたそうな者が多かったが、キャスター組のギルガメッシュと玉藻の前はある程度の察しがついているようで、ギルは無関心を装って不機嫌そうに石版を弄り、玉藻は尻尾が落ち着きなく揺らめいている。
その空気の中で、式は言った。
「人間の魂が何処に宿っているのか、ということだ。ヤツの答えは頭脳
を司る脳味噌。極限して脳髄のみを保存することで人々の意識、死の苦しみを保存していた」
その答えにフランケンシュタインは僅かに唸り声を上げ、両手を固く握りしめた。彼女を造った科学者は人の死を冒涜したのだ。何か思う所が有るのだろう。
アストルフォは目を見開き、ハサン達も仮面で表情こそ見えないが動揺している。
「人々の死の瞬間を、脳髄だけの状態で……じゃあ…」
立香は想像する。死の瞬間を迎える寸前に、脳髄だけの状態で生かされ苦しみを何度でも味あわされる地獄を。人生のうちでたったの一回で終わるはずのソレを、幾千回幾万回も刻みつけられる恐怖を。もちろん自分が想像する以上に凄絶な絶望に違いはなく、想像しても補いきれないものではあるはずだ。しかし……しかし。
「あのマンション、禍々しいと思ったんじゃないか?それは恐らく、オレが止めた後でまた何者かが同じように死を積み重ねているからだ。今も、苦しみ続けている人が中に居る」
その言葉に、立香は今までの特異点で自分がどのように行動したのか思い出した。自分が選んだ選択は、あるいは自己満足の類だったのかもしれない。今回の件で立香は、脳髄だけで生きている人々を救う事なんて出来やしない。苦しみを終わらせてやることしかできない。
「僕は……」
立香は悲痛な表情を浮かべて顔を上げた。
「僕は、もう起こってしまったことを変えることが出来ない。レイシフトは疑似的な時間旅行ではあるけど、歴史を変えることは出来ない。今回苦しんでいる人たちを、本当の意味で救う事も出来ない。そういう意味では、僕等は無力だ」
唐突な自分語りだった。その話をあるいは下らない、些末な事だとして一刻も早く特異点を解消するべきだとも思われた。しかし、立香の表情を見た誰もが――通信越しのダヴィンチですら――立香の言葉に耳を傾けていた。
「人類史は何も輝かしいことばかりじゃなくて、汚れた部分もあるって事を僕は見て来た。だから僕は、マンションに置いてある脳髄があれば、破壊すべきだと思う。例えその中で人の魂が死なずにいるとしても、彼らはその状態を望んでいる訳じゃないんだ」
《本当にそれでいいのかい?》
立香は瞬きをした瞬間に、自分がまたブギーポップの印象世界にいることに気づいた。
背後ではブギーポップが例の奇妙な表情を浮かべ、左右の帯を揺らめかせながら立っている。
「告白すると、ぼくはどうやら他人の精神を引き込む宝具を持っているらしくてね。詳しいことは僕にも分からないから、まだ説明できないが……それは置いておくとしよう。君には本当に救う為に殺す覚悟があるのかい?」
ブギーポップの声はやはり立香のそれにそっくりで、それでいて立香とは違う無機質で合理的で冷徹な何かを秘めていた。その声が立香の脳裏を包んで思考を冷やす。
「君は確かに英雄だ。少なくとも、人類を救う為にここまで頑張った人物なんて英霊でもそういないだろう。でも君と彼らは違う。君はまだ今を生きていて、自分の人生を捧げて他人を救っているんだ。それだけでじゅうぶんじゃないのか?何故、特異点を解決すれば自然と無くなるモノを殺す必要がある?」
その問いに、立香は空を見上げた。夕暮れ時という事もあって星はたった一つしかない。宵の明星。しかも太陽の光が強すぎて目を凝らさなければよく見えないような明るさだ。
「僕は、後悔したくないんだ。人類を守るって使命にはとても重いものが付きまとってくるけど、それらとは関係ない。これは藤丸立香が、藤丸立香自身として向き合う事だ」
だからね、と立香は笑う。
「だから僕は、苦しみ続けるあの人たちを、救ってあげたい。世界を救うとか関係なしで」
そうかい、とブギーポップは呆れたような、安心したような表情になっていった。
「ならば、せっかく居候している身だ。ぼくが汚れ役を被ろうじゃないか」
え、と立香が振り返ろうとした瞬間に、夕暮れ時の屋上は暗転した。
「……先輩、ボーっとしてどうしたのですか?」
マシュの声で我に返った立香は、右手の礼装を見つめなおした。汚れ役を被るとは、一体どういうことなのだろうか。本人の言とはいえ、彼に任せてしまっていいのだろうか。
色々な考えが立香の頭をよぎった。そのどれもが今分かることでもなく、また今分かる必要もないことだった。
しかし、一つだけ言えることがある。
ブギーポップなら大丈夫だ、という確信が立香の心の内に存在することだ。
『それでは、私とロマニがサポートするからマンションの中に突入して片っ端から攻撃していこう。マンションの主も破壊行動に対して妨害せざるを得ないから、何らかのアクションを仕掛けてくるだろう』
ダヴィンチは続けて作戦の概要を全員に伝える。その中に例の脳髄があった場合は破壊するという指示は無かったが、これは否定されない以上、黙認されたと取るのが正しいだろう。
「これから始まる戦闘は、これまでの特異点と勝手が違ってくるだろうと思う。それでも僕等は前に進む。これから特異点の解決に向けてグランド・オーダーを執行する!」
立香の決意がこもった宣言により、サーヴァント達は一斉に動き始めた。
~・~・~・~
「結果は分かり切っていただろうに」
“―――”は無数にある己の腕を集約させた一撃を“彼”に叩き込んだ。一点にダメージを叩き込まれた“彼”は脱力した四肢を宙に舞い上がらせてから壁に背中から激突する。
「私の邪魔は誰にもさせん。そもそも勝てるとでも思ったのか?今外に居る連中にも劣るお前があがいたところで、結局のところ無価値だ」
そして床で力なく横たわる“彼”を、新たに生やした腕で拘束した。
「ふん、傷ついた体が勝手に治るのは驚かされたが、それだけか。貴様の足掻きは外の連中の足を引っ張るだけだ」
せせら笑いを浮かべる“―――”の淀んだ瞳を、“彼”は覗き込んだ。
「――――いいや、お前は死ぬ」
“彼”の一言に“―――”の動きが止まる。
「僕が宝具を通して見た未来は正確だ。今まで一度も外した事がない。そしてお前はどうやら一番逢ってはならない人物と遭遇するらしいな」
“彼”はその整った顔をニヤリと歪めてせせら笑った。
“彼”の宝具は体そのものに組み込まれたものだ。その宝具は未来における出来事を察知し、“彼”が抑止の守護者として活動する際にはより良い未来への道しるべとなってくれる。
その彼の宝具は、一人の人物を“―――”の瞳に見出した。
鎖の巻き付いた縦長い帽子。帯が揺らめく大きなマント。特徴的で奇妙な表情。
それは不気味の泡。〈世界の敵〉を狩る自動的な存在。
その名も、ブギーポップ。
投稿遅れてすみませんでした。
文章が三回連続で飛んだら誰だってやる気なくしますよ。
我が家のWi-Fiにはいつか報復シテヤル。
あ、★四鯖交換はアストルフォにしました。
やっとだぜベイベー。