今の成績維持すれば大丈夫なんですが、それでも安心できないのが恐ろしい。
早朝、午前5時。太陽はまだ顔を出したばかりで空は綺麗な赤色で染めている。
町のはずれにある森の中、一人の男が宙を駆けていた。この森の木々は皆とても高さがあり、平均して8mはある。さらに複雑に入り組んだ地形のせいもあり、滅多に人が来ることはない。
駆ける。木々を登るのではなく走り抜け、他の木へと飛び跳ね、ジャンプで届かない場所へは
空を飛ぶことはできないが、それはなんて爽快感。今までに感じたことのないスピード。肌に当たる風が、音が、衝撃が。それら全てが彼のスピードの速さを物語っている。
「よっと。うん、今日も体は健康体。『これ』の調子も良し」
一本の枝に飛び移り、両手首に巻かれている装置を眺める。一見リストバンドにも見えるが、手のひらにはスイッチがつけられ、手首には発射機が取り付けられている。
すると、ポケットからバイブ音が鳴る。携帯を取り出すと、『父』と表示されていた。
「おっと、父さんから電話だ。もしもし?こちら親愛なる息子より」
『もしもし、こちら親愛なる父親からだ。どうだ?体もシューターも平気か?』
「どちらも元気百倍!濡れない限りはパンチにキックとご開帳さ!」
『防水機能がついてるから新しい顔を持っていく必要はないぞ?』
「なーに?じゃあ迎えに来てくれないの?」
『いいのか?自分の顔でできた車で迎えに来て?』
「あぁ………。やっぱやめとく。想像しただけで気持ち悪いや」
糸でゆっくりと地上まで降りていき、手頃な高さで糸を千切り着地する。父との会話を笑顔で楽しむ。
スラリと伸びた背丈。体つきもかなりのレベルで鍛え上げられ、力を入れずともわかる筋肉。顔つきも幼いものから年相応の大人へと近づいている。
縄正 望、15歳。この5年間、己の個性の把握、肉体の鍛錬、知識の吸収と自分にできることを全てやり尽くしたと言っても過言ではない。辛い思い出もたくさんある。しかし、それらを全て耐え抜き、今日という日を迎えることができた。
『いよいよ今日が本番か。なんか緊張してきたな………』
「なんで受ける本人より父さんが緊張してるの?以心伝心でもしちゃってるわけ?」
『息子の将来が決まる日だ、緊張するに決まっている。それより、望の方はどうなんだ?そんな軽い口ぶりからして緊張感を感じられないのだが?』
「してるよ。だからジョーク混じえて緊張誤魔化してるんだ。でなきゃ手の震えが止まらなくて、今にも携帯落っことしちゃいそう」
あの日、ヒーローになると決めた時から今日に向けて日々の努力を重ねてきた。
『雄英高校ヒーロー科一般入試実技試験』
雄英高校………そこはプロに必須の資格取得を目的とする養成校。そもそもヒーロー活動をするには正式にプロとしての資格取得が義務づけられている。
しかしそれは当然だろう。人助けとはそれほど難しく、大変なものなのだ。
全国同科中最も人気で最も難しく、その倍率は例年300を超える超名門校。
(倍率300とか、一体何人の人間が試験に来るんだ?昔の自分が受けた大学ですら3.2倍だったのに)
望は筆記試験に関しては全く心配していなかった。父から教わり続けた勉強の成果は発揮され、自己採点で9割を超えていた。
「まっ、ここで焦っていても仕方ないか。とりあえず家に戻って、シャワーでも浴びるよ」
『そうか、僕も念のためにシューターの最終メンテナンスを行うとするよ。朝ごはんは何がいい?』
望は少し悩む素ぶりを見せて、笑顔で答える。
「卵入りおじや、梅干し、バナナ。あと炭酸抜きコーラ」
『ここで縁起担がずにエネルギーの効率摂取を選ぶあたり、さすが僕の息子だね………』
「縁起担いで合格できるなら、この世に浪人生は必要ないからね」
家に向かう途中、少しでも緊張を紛らわせるために望は今まで解いてきた数学や物理学の問題を頭の中で求めることで誤魔化し続けた。
「今日は俺のライヴにようこそー!!エヴィバディセイヘイ!!!」
(うわぁ、頭ガンガンするくらいの騒音なんだけど………彼もヒーローなのかな?そういえば、ヒーローについて僕、そんなに詳しくないよな。これ終わったら、調べてみようっと)
雄英高校の受験会場には多くの受験生が集まっていた。現在、受験内容の説明を受けているのだが、とにかくうるさいとしか感じなかった。
(こういう時は鋭い感覚が仇になるんだよな。でもちゃんと聞いておかないと)
プレゼント・マイクからの説明をまとめると以下のようになる。
10分間の模擬市街地演習を行う。各自指定の演習会場に向かう必要があり、持ち込みは自由。
演習場には三種・多数の仮想敵を配置してあり、攻略難易度によってポイントが異なる。仮想敵を行動不能にし、ポイントを競う。
(三種、ねぇ。プリントにはあともう一体いるみたいだけど、わざと説明していないのかな?)
「質問よろしいでしょうか!」
望が疑問を抱いていると、一人の眼鏡をかけた男子生徒が挙手をし、立ち上がる。
「プリントには四種の敵が記載されております! 誤載であれば最高峰たる雄英において恥ずべき痴態! 我々受験者は規範となるヒーローのご指導を求めてこの場に座しているのです! ついでにそこの縮毛の君、先程からボソボソと気が散る!! 物見遊山のつもりなら即刻、ここから去りたまえ!」
「す、すみません……」
眼鏡の男子生徒に叱られ、緑毛の男子生徒は縮こまってしまっている。いつもの望なら緑毛の彼に励ましの言葉を送るが、それをするとあの眼鏡の男子生徒はこちらにも絡んでくるだろうと判断した。
(彼は真面目くんだな。一度自分の信じたことはきちんとした正論でないとテコでも曲げようとはしない。僕のジョークが全然通じないタイプだ。本当ならフォロー入れてあげたいところだけど………ごめんよ緑毛の少年)
「OK OK 、ナイスなお便りサンキューな!四種目の敵は0P! ソイツは各会場に一体いるお邪魔虫!スーパーマリオブラザーズやったことあるか!?あれのドッスンみたいなもんさ!各会場に一体!所狭しと大暴れしている『ギミック』よ!」
「ありがとうございます!失礼致しました!」
プレゼント・マイクは嬉嬉として質問に答え、メガネ男子は礼を言って着席した。
望は先程の最後の敵について考える。
(ギミック………そんな単純なものじゃないはずだ。わざわざ他の三体とわけて説明したくらいだ。必ずなにかの意味がある。警戒しておくかな)
「俺からは以上だ! 最後にリスナーへ、我が校の校訓をプレゼントしよう! かの英雄ナポレオン・ボナパルトは言った。"真の英雄とは人生の不幸を乗り越えて行く者"と!」
Plus Ultra!更に向こうへ!
「それでは皆、良い受難を!!」
望は自分の指定された会場へと向かう。そこに広がっているのは、街そのものだ。あまりの広さと規模の大きさに驚愕してしまう。
「これが演習用だなんて………信じられないな。超立体プログラムシステムでも使われてないよね?」
「君は一体何だ?妨害目的で受験しているのか?」
騒がしい方を見ると、先程の眼鏡の男子生徒がまた緑毛の男子生徒を注意していた。周りはそれを笑って見ていた。
「あいつ校門前でコケそうになってたやつだよな」
「注意されて萎縮しちゃった奴」
「少なくとも一人はライバル減ったんじゃね?」
その姿を眺めていると、望は僅かながら苛立ちを感じた。だからだろう、その緑毛の生徒のところに向かい、背中を優しく叩く。
「ほらほら。緊張しているからって、下を向いてちゃいけないよ?それに君は彼女にお礼を言いに行きたかっただけなんだろう?転びそうなところを助けてもらったからね」
緑毛の少年は驚いた表情で望を見る。望はいつも通りの笑顔だ。
「う、うん。大丈夫。ありがとう……」
「お礼を言われるようなことはしてないよ。まだ緊張してるなら一緒に円周率でも復唱する?結構緊張紛れるもんだよ」
「えっ?いや、それは遠慮しておこうかな………」
「そう?そりゃ残念」
これ以上は人に時間を割いていられない望はスタートの準備をする。ウェブ・シューターに異常なし。
自分が糸を出せないため、父に提案して改良を積み重ねて作られたシューター。
聴覚に全ての集中力を使うため、目を閉じて余分な情報を消していく。その集中力のおかげだろう。
『ハイスタートー!』
スタートの声、唯一瞬間的に対応できたのは望だけだった。まずは街中へと鍛えてきた脚力を利用し、走り抜ける。
すると、壁をぶち破って出てきた要項に乗っていた1Pの敵に遭遇する。
『標的捕捉‼︎ブッ殺ス‼︎』
「うわぁ、随分と物騒なことを言うクリボーだね!」
望は瞬時に敵の右手に自身のシューターから発射した糸をくっつける。それを引っ張ると敵は右向きへとバランスを崩し、望は糸を巻き戻し、一気に近づき、そのスピードに乗せてパンチを浴びせる。
「そこまで硬さを感じないな。まぁ、脆いと書いてあったし。顔を砕いて動かなくなったからこれで1Pかな」
望は次の敵に向けて走り出そうとした時、体から警告が来る。全身がビリビリと来るこの感覚。今回は特に背中から。
「よっと!」
後ろに向かってジャンプをした瞬間、望のいた位置にパンチが振り下ろされる。『
敵が振り向く前に、敵の両側の地面に糸を吐きだす。くっついた瞬間、思いっきり引っ張り、その勢いで敵を踏みつけ破壊する。その威力は地面にめり込んでしまうほどだ。
「やっぱりクリボーは、踏みつけるのに限るよね」
そして望の目の前に今度は3Pの敵が現れる。しかも一体ではなく、10体一斉に。
こちらに向かって、銃を乱射する。望は体を一回転させてかわし、壁に避難する。
「ちょっと!ファイアパックン10体は無理があるって!ったく、ならこの甲羅どうぞ!」
壁からジャンプをして離れると、さっき倒した敵の残骸に糸をくっつける。それを利用し、ハンマー投げのように敵全体に横投げでぶつける。凄まじい音と衝撃で、建物の一部が損壊するが、それにより見事全滅に成功する。
「これで32Pか。敵がそんなに現れなくなったのも、他の受験生が頑張ってるからか」
街のあちこちから爆音が鳴り響き、光が飛び交う。こんな人間たちがありふれているのだから、この世界は恐ろしいと改めて思った。
「さてと、ならこっちもステージ移動しようかな!できれば隠しステージだとありがたいけど!」
糸を利用し、壁に貼り付けながら宙を移動する。地面には敵の残骸がゴロゴロと転がっていた。
その時、急に聞こえだす悲鳴。下を見ると他の生徒たちが顔を青くして我先へと逃げて行ってるではないか。
不思議に思った望だが、その意味をすぐに理解した。目の前から歩いてくる、超巨大な敵の姿を見てしまったから。
「あれのどこがドッスン!?ドッスンなら上下移動以外しないでよ!8面の巨大クッパじゃないか!」
壁につかまった状態で、あの敵をどうしようかとあたりを見回した時、見つけてしまった。
一人の女の子が倒れているのを。
あの敵がその女の子に向かって歩いているのを。
『あの時』のことを思い出した。
「そこのクッパ!!ピーチ姫を狙うのはやめなさい!!」
望はすぐに動き、シューターから『ネット・ウェブ』を足に向けて発射しまくり、敵の動きを抑える。それだけではなく、糸を繋ぎ、自身の力で踏ん張ることで、敵を足止めする。
が、その敵の力の強さに驚愕してしまう。
(強い!力が半端じゃない!)
「止まってくれないかな!?ほら、僕が任天堂より実はセガの方が好きだってことは謝るからさ!」
望も全力で踏ん張るが、敵の力も相当なものであり、徐々に糸は千切れ出し、望の意志をことごとく無視するかのように歩き始めようとしている。
「くっ!ふんぬぅ………!そこの女の子!早く逃げるんだ!!」
望が呼びかけるも女の子は返事をしなければ、逃げようともしない。空を見上げていた。そこに怯えはなく、むしろ驚愕と言うべきか。
一体どうしたのかと望も敵の上を見てみると。
その少女が驚いている理由が明らかになる。
「スマッシュ‼︎」
この巨大な敵を殴りつける、あの緑毛の少年。敵は殴られたところから粉々になり、破壊されていく。
(うっそ!?あの敵をたった一撃で!!どんな個性だ!!)
望が呆然としばらく眺めていると、その少年はそのまま真下に落下していく。着地しようというそぶりを見せない。というより、落下していた。
「おぉ落ちっ!!落ちるぅ!!」
「!っあれはまずい!!」
望は急いで糸を発射し、真上へと駆け上がっていく。落下する少年の体を左手で受け止め、そのまま壁を降りていく。
「ナイスキャッチ、と。大丈夫?その右手重症みたいだけど、って動いちゃダメだよ!」
望が体を支えるが、少年は歩き続けようとしている。その顔は涙でぐしゃぐしゃだ。それでも、望を押しのけて一人で歩こうとする。
「ありがとう………でも、せめて…!!1Pでも………!!」
『終了ー!!』
しかしそんな少年の覚悟を裏切るかのように、試験は終了の時間を迎えてしまった。少年はショックで力が入らないのか、そのまま倒れようとする。
「おっと!」
望はすぐに少年の体を支え、横に寝かせる。右腕は変な方向に折れてしまっている。出血も酷い。
「ごめんね、僕にはこれしかしてあげられないけど」
望は糸を大量にだすと、少年の右腕に優しく巻きつけ、固定する。簡単な応急処置だ。
「蜘蛛の糸には止血効果があるんだ。本格的な治療はリカバリーガールにでもしてもらって」
望はその場から離れようとする。しかし後ろを振り向き、放心している少年が気にかかり、思ったことを告げた。
「今の君にこんなことを言っても皮肉にしか聞こえないと思う。でもこれは、僕の本心だ。敵に立ち向かった君は、ここにいる誰よりもヒーローだったよ」
それだけ伝えると、望は今度こそその場から離れていく。
慰めに言ったわけではない。あの少年の姿に、望はたしかに彼を尊敬し、そして憧れを感じた。彼の姿にヒーローが見えたのだ。
しかしそれ以上に後悔を感じずにはいられない。歩きながら今回の結果にため息を吐く。
(32Pか。これがどう転ぶかは、任天堂………じゃなくて、審査員たちに任せるとするか)
とりあえず、今日の試験の結果のありのままを父に伝えるため、今日の出来事の整理を始めた。
スパイダーマンの糸で駆け抜ける描写。いざ文字に起こそうとすると難しいですね。
なんか想像してるのとは全く違うようになってしまった。
精進せねば………!