「アキ、目を瞑りなさいっ!」
そう言って突然明久の唇を奪った島田さん。
一緒にいた僕、瑞樹、優子は、このあまりの出来事に思わず開いた口が塞がらなくなりました。
そんな感じで明久を含めた全員が呆けていると、
「そ、その……冗談とかじゃ、ないから……っ!」
島田さんは一言そう告げて走り去ってしまいました。
「吉井、歯を食い縛れっ!」
まだ自失状態から復帰できずにいると、今度は別の声が聞こえてきました。
声の方を向くと、そこにいたのは――硬く拳を握ってこちらに走ってくる須川君でした。
須川君は、馬の疾走のように鋭い踏み込みからその拳を明久目掛けて振り抜きました。
そして頬に拳を受けてその場にハリ倒される明久。何が起きているのかわかっていないようで、首を傾げています。
さらに一体どこから湧いて出たのか、Fクラスの皆がそれぞれ手に得物を持って明久を囲い始めました。
そんな中、須川君はバッと弾かれたかのように明久から離れると、
「そ、その……冗談とかじゃ、ないからな……っ!……本気でコロス」
手を挙げて周りのみんなに指示を出しました。
「え!?え!?待って待って!僕にも事情がわからな――ぎゃああぁあっ!」
明久が制止を呼び掛けるも、皆は構わず明久をフクロにします。
そうして気絶した明久をつれて、皆は行ってしまいました。
「……明久、安らかに眠れ」
「あはは……」
「……って、ちょっと!助けなくてよかったの?」
呟いた僕の言葉に思わず苦笑いする瑞樹。まぁ、僕らはもう慣れっこですしね。
優子の方は慌てていますが、他クラスですから知らないのも無理はありません。
「今のはね、2-F異端審問会って集団なんだけど――」
そう言って、僕は優子に簡単に説明をしました。
「……なるほど。要するに彼女のいないFクラス男子が徒党を組んで、ああいう恋人的行為を妬んでは断罪してるってわけね」
「まぁそういう事だよ」
「あれ?でもそういう事なら、鏡護なんか真っ先に断罪されるんじゃないの?」
「はい。付き合いはじめた頃はそれこそ毎日のように襲われてたんですけど、1回鏡護君が徹底的に懲らしめてからはさっぱりなくなったんです」
「……あ、そう……」
優子が瑞樹の説明を聞いて呆れています。
しかし実は瑞樹の説明したそれだけが理由というわけではなく、僕は審問会と秘密裏に不可侵条約を結んでいるのです。その条約とは、
『今後天水鏡護とその恋人には一切干渉しない事。その代わりに、僕が空乃月夜名義で出している小説を常時3割引で購入できる権利を与える』
というものです。
僕が“あの”『空乃月夜』だったという事実に彼らは大いに驚いていましたが、それならばと快く調印してくれました。
康太の経営する『ムッツリ商会』では、僕の小説は1000円付近の値段で取引されている為、常時3割引というのは魅力的な提案だったのでしょう。
そんなわけで、彼らは僕達に手出しする事はなくなったのです。
「多分審問会はうちのクラスの教室でやってるだろうから、しばらくAクラスに寄ってもいいかな?」
「いいわよ」
僕達はそうしてHRの時間近くまでAクラスの教室で時間を潰しました。
―Side 明久
どうしたんだろう?
何故か今日は今までになかったくらい教室内が静まり返っている。いつも騒がしいFクラスが嘘のようだ。
「……ん?」
ふと誰かの視線を感じたので、周囲を見回してみる。
すると、目が合いそうになって慌てて顔を伏せた人がいた。――美波だ。
な、なんだろう。まさかずっと僕の方を見ていたんだろうか。それって何だかその.....好きな相手にする仕草、みたいじゃないか.....。
そうやって考えていると、鼓動がドンドン速くなっていく。
う、うわ.....何だか僕も恥ずかしくなってきたよ.....顔も熱くなってきたし.....
『では須川君、この場合3molのアンモニアを得る為に必要な薬品は何ですか?』
『塩酸を吉井の目に流し込みます』
『違います。それでは、朝倉君』
『塩酸を吉井の鼻に流し込みます』
『流し込む場所が違うという意味ではありません。それでは、有働君』
『濃硫酸を吉井の目と鼻に流し込みます』
『『それだっ!』』
『それだ、ではありません。それと答える時は吉井君の方ではなく先生の方を見るように』
そんないつもと違う空気の中、1時間目の終了を告げるチャイムが鳴った。
「えー……、今日はここまでにします」
先生は大きな溜め息を吐いて、教室を出て行く。
『吉井のヤツ、島田と目と目で通じあってたぞ……!』
『島田は狙い目だと思っていたのに、あのクソ野郎……!』
『畜生……!姫路さんが狙えない状況で、木下に続いて島田までヤツに持っていかれたら、このクラスの希望はアキちゃん、鏡子ちゃんしかいねぇじゃねぇか……!』
『最後の人、うちの姉さんを忘れてるよ~(ボソッ)』
殺意の籠められた視線が飛び交う中、誰かが僕の席に近づいてくるのが見えた。
ピコピコと馬の尻尾を動かしながら歩いてくるのは、
「み、美波?」
「アキ。お、おはよ……」
目を伏せたままの美波から挨拶が聞こえてくる。
「う、うん。おはよう」
何故か僕も目を見られないでいた。相手が凄く怒っていて目が合わせられない事は何度もあったけど、こんなのは初めてだ。
「あ、あのねアキ。お願いが2つあるんだけど、いいかな……?」
「お願い?な、何かな?」
お互いに目を合わせないまま、会話は続く。
「えっと、1つは、アキの卓袱台を一緒に使わせて欲しいんだけど……」
「へ?卓袱台?」
「うん。ウチの卓袱台、先週美春と色々あって使いにくくなっちゃって」
言われて見てみると、美波の卓袱台はボロボロになっていた。天板はキズだらけだし、脚も1本折れている。確かにあれでは使いにくい事この上ないだろう。
「アキ。ウチと一緒でもいい?」
「あ、うん。いいけど」
「そう。ありがとっ」
パッと花が咲くように笑うと、
「じゃ、す、座るわね……」
美波は僕の隣に座った。
うん。それはべつにいいんだけど.....
「…………」
「な、何よアキ。何で黙り込むのよ」
「いや。その、別に……」
き、気のせいかな.....。妙に距離が近いような.....?
「そ、それとねアキ。2つ目のお願いなんだけど……良かったら、その……今日のお昼、一緒に食べない?」
2つ目は昼食のお誘い。な、何だ?今日の美波はいつもと違うぞ?
「あ、そ、そうだね。それじゃ、お昼に水飲み場で……」
返事をするだけなのに、何だか異様に緊張した。
「ううん。そうじゃなくてね、ウチがアキの分も作ってきたから――」
美波が手に提げた鞄から何かを取り出そうとしたその時、
「お姉さまっ!何をしているんですか!?そんなに豚野郎に密着して!?」
突如教室内に悲鳴のような制止の声が響き渡った。
「み、美春!?ウチの邪魔をしに来たの!?」
「当然ですっ!そこの豚野郎がお姉さまに密着している姿を見て黙っていられるはずがありませんっ!」
血の涙を流さんばかりに僕を睨みつけてくるのは、Dクラスの清水美春さん。その名前の通り女の子なんだけど、何故か男子よりも女子の美波に恋心を抱いてしまったというちょっと変わった子だ。
「み、密着って、仕方ないでしょ!?代わりの卓袱台なんてないし、狭いんだからくっつかないとダメだし……」
「お姉さま。それなら姫路さんのところでいいじゃないですか!どうしてその豚野郎のところにする必要があるのです!」
「そ、それは……。だって、その、瑞樹は天水と一緒に勉強してるから邪魔しちゃ悪いし。その点アキなら邪魔になってもならなくても、どうせ成績は悪いから……」
「美波。僕、微妙に悪口を言われてる気がするんだけど」
それなのに、なぜかホッとしてしまった自分がいる。.....僕はどれだけ罵倒に慣れているんだろう。
「美波ちゃん。私は別に構いませんけど、せっかくなので明久君に勉強を教えてあげてください」
「そう……ね。ありがとう瑞樹」
「いいえっ!席を移動して、手作りのお弁当は美春と一緒に食べましょう!お姉さまが昨日お弁当用の食材を買っているのを確認してから、美春は何も食べずにたっぷりとお腹を空かせておきましたから!」
「でも、これはその、アキの為に」
「お姉さまが朝の四時に起きてわざわざお手製のタレで下味をつけた唐揚げとか、ちょっと奮発して買った挽肉で作ったハンバーグとか、産地に気を使って選んだじゃがいもで作ったポテトサラダとか、考えるだけで美春は、美春は・・・・!」
「待ちなさい美春!どうしてアンタがそこまで知っているの!?」
最近、彼女はムッツリーニとタメが張れる程の隠密行動をするようになってきたと思う。新たな犯罪者予備軍の予感がするよ。
「しかもご飯のところにはハートマークですよ!?」
「美春ーっ!?」
美波が首まで真っ赤になって叫んだ。余程恥ずかしいのだろう。
「あのね、美春。よく聞いて。今までは我慢してきたけど、これからはそういうことはやめて欲しいの。だって――――」
美波が赤い顔のまま、清水さんにはっきりと告げる。
「―――だって、ウチはアキと付き合っているんだから」
「畳返しっ!!」
――シュカカカカッ
とっさに畳を盾にした僕のもとに無数のカッターが飛んでくる。危なかった。フローリングの教室だったら命を落としているところだった。
『『――チッ』』
教室中から舌打ちが聞こえてくる。刺さっている本数から察するに、1人頭2本以上はカッターを投げているようだ。おかしい。学校にそんなにカッターは必要ないはずだ。
「お、お姉さま……?冗談、ですよね……?付き合っているなんて……」
打ちひしがれたようによろめく清水さん。そんな彼女に、美波は静かに首を横に振った。
「冗談なんかじゃないわ。ホントの事よ」
「そ、それじゃ、お姉さま。美春の幻覚だと思った今朝のキスも、本当に……?」
何かを思い返す様に一瞬の静寂が訪れ、
「……うん」
小さく頷いた。
や、やっぱりそうか。あれは夢でも僕の妄想でもなかったのか。
「だからね、美春。これからもウチの」
「……男なんか」
「あくまでもお友達として」
「……男なんかが存在するから、お姉さまが……」
清水さんがプルプルと震えだした。
「美春、聞いてる?」
「男なんかが存在するからお姉さまが惑わされるんですーっ!」
と思ったらその直後、彼女は弾かれるように動き出した。標的は――僕!?
「この豚野郎を始末します!そして美春が第2の吉井明久となってお姉さまと結ばれるのです!」
「ちょ、ちょっと清水さん!?かなり錯乱してない!?僕を始末しても入れ替わる事は難しいと思うけど!?」
それ以前に、僕と美波って付き合ってるんだっけ!?
「極力身体に傷をつけないように始末した後、剥いだ皮を被って吉井明久になりすまします!」
「怖っ!っていうか凄くグロいよそれ!ちょっと本当に考えてそうだし!」
「大丈夫です!昔話でも良くあることです!」
「しかも原点は意外と子供っぽい!」
襲いかかってくる清水さんの動きは予想以上に早い。彼女は本当に人間なのだろうか?
この動きに対抗できるのは、ヤツしかいない。
「助けてムッツリーニ!清水さんを止めて!」
現代社会の忍者、土屋康太ことムッツリーニ。きっと君ならこの動きについていけるだろう。任せたよ、ムッツリーニ.....!
「…………今、消しゴムのカスで練り消しを作るのに忙しい」
《練り消し》 > 《友人の命》
僕の命も随分軽く見られたものだ。
「くそっ!練り消しを作ってるフリをして飛び回る清水さんのスカートを目で追ってるムッツリーニなんて大っ嫌いだ!」
「…………!!(ブンブン)」
否定のポーズを取りながらも、目線は外さない。異名は伊達じゃない。
「男なんてこの世からいなくなってしまえばいいんですっ!お姉さまに必要なのは美春なんです!」
「待って、清水さん!君にだってお父さんがいるでしょう?男なんていなくなればいいなんてそんな悲しい事を言っちゃダメだよ!」
「アレは誰より先に消えるべき男ですっ!」
彼女の父親はどんな人なんだろう。
「とにかく豚野郎は消えるべきです!そして美春はお姉さまと結婚して、生まれてくる娘に『未来』と名付けるのです!」
「待つんだ清水さん!息子が生まれたらどうするんだ!?」
「男なんかが生まれるのなら『波平』で十分です!」
「そんな、あんまりだよ!」
「2人とも!その前にウチと美春じゃ子供が出来ないって気付きなさいよ!」
それでも一応美波から1文字取っているあたりは流石と言っておこう。
「さぁ、5秒あげます。神への祈りを済ませなさい!」
「く……っ!」
ゆっくりと清水さんが近づいてくる。万事休すか……?
――ガラッ
「さぁ、授業を始めるぞ!今日は遠藤先生が別件で外しているのでこのオレがビシビシ――ん?やれやれ……また清水か……。授業が始まるから自分の教室に戻る様に」
て、鉄人!今日ばかりはアンタがこのタイミングで来てくれた事を感謝するよ!
「きょ、今日は先週までと違って特に大事な用なんです!西村先生、今だけ美春を見逃してください!」
「特に大事な用?どんな用だ?まさか先週みたいに『邪魔者のいない教室でお姉さまと授業を受けたいんです』とかじゃないだろうな」
僕らが停学中だった先週にはそんな事があったのか。
「いいえ!今日は『この教室に存在するすべての男子を殲滅する』と言う特に大事な――」
「今後この教室への立ち入りを禁止する」
――ピシャン!
鉄人は清水さんを教室から締め出すと扉を閉めた。
『お、お姉さま!まだお話が!せめてその豚野郎から離れて貞操を――』
追い出されてもなお、ドンドンと扉を叩いてくる清水さん。
「清水、最近のお前の行動には目に余るものがある。……そんなに生活指導を受けたいか?」
扉を叩く音がピタリと止んだ。
流石に清水さんも鉄人の鬼の補習は怖いみたいだ。
『お姉さま……!卓袱台だから豚野郎の近くにいると言うのなら、美春にも考えがありますからね……!』
覗き窓越しに僕を睨みつけながら不穏当な台詞を残して、清水さんは僕達の教室を後にした。
―Side Out
あとがき
作者 「何やら波乱の幕開けを予感させる幕引きだったな」
鏡護 「ほんと勘弁して欲しいよ……」
作者 「フッ、甘いな。むしろこれからが本番じゃないか!」
鏡護 「まぁ確かに……」
作者 「さてさて、次回は何が起こるのやら」
鏡護 「はぁ……どうせまたロクでもない事が始まるんだよね……」
作者 「理解が早くて助かるな」
鏡護 「いい加減慣れたよ……慣れたくなんてなかったけど」
作者 「いや。結構結構」
鏡護 「それでは次回予告です。
次回、第28問『感情が振り切れると、人間は限界を突破する(仮)』
を、」
作&鏡 「「よろしくお願いしまーす!」」