――Side 明久
教室に戻ってきて、化学のテストを受け直した後、
「明久、よくやった」
僕はクラスの総大将である雄二から、らしくもなく褒められていた。おかしい。普段の雄二なら僕を素直に褒めるなんてことはするはずがない。
疑問に思って雄二の顔を見た。
.....笑っている。それもムカつくくらい、メチャクチャ楽しそうに。
もしかして――
「校内放送、聞こえてた?」
「ああ。もうバッチリとな」
やっぱり!僕の不幸を喜んでやがる!許せん!
本当ならここで雄二にも何らかの制裁をくわえたいところだけど、今は雄二には構っていられない。
コイツよりも先に、もっと粛清をくわえなければならない重要人物がいるからね.....
「……雄二、須川君がどこにいるか知らない?」
僕が今最も逢いたい、愛しい愛しい彼はドコダロウ.....
包丁はさっき家庭科室からパクってきたし、念のため靴下に砂も詰めてある。
あとは彼が姿を見せればジ・エンドだ!
「もうすぐ戻ってくるんじゃないか?」
「やれる、今の僕なら殺れる……」
「いや、殺るなって」
ああ、須川君.....。逢いたい、早くアイタイヨ.....
「あ~、ちなみに、だが」
雄二が何か言ってるけど、この際後回しだ。それよりも今の最優先事項は――
「あの放送を指示したのは俺だ」
コイツだぁぁっ!
「死にさらせぇぇ!」
あらかじめシミュレーションしていたように、避けにくく致命傷になりやすい肝臓目掛けて包丁を突き出す。
右手に隠した即席ブラックジャックは死角となる雄二の頭上から――
「あ、船越先生」
ちぃっ!命拾いしたな、運のいいヤツめ!雄二の始末も大事だけど、今は僕の身の安全が第一だ!
途中邪魔だった卓袱台を蹴散らしながら、掃除用具入れの中に飛び込んでドアを閉める。これなら僕の姿は外からは見えないはずだ。
「さて、馬鹿は放っておいて、そろそろ決着をつけにいくか」
「そうじゃな。ちらほらと下校しておる生徒の姿も見え始めたし、頃合いじゃの」
「…………(コクコク)」
「よし、野郎どもっ!Dクラス代表の首級を獲りに行くぞ!」
『『おうっ!』』
本当なら僕も行きたいところだけど、船越先生がまだ近くにいる以上、僕は迂闊にここから出ることはできない。
くそっ!このままでは雄二を取り逃がしてしまう!
「あの~、明久?」
雄二たちが教室を出ていってしまったその時、教室に残っていた鏡護が僕に話し掛けてきた。
「どうしたの?」
「えっと…船越先生が来たっていうのは雄二の嘘だよ」
――嘘!?
慌てて掃除用具入れの格子窓から教室を覗くと、先生の姿はない。
――騙されたぁっ!
「雄二め、逃がさんっ!」
Dクラスに総攻撃を仕掛けるってことは、戦場はさっきの渡り廊下になるはず!
今から行ってもまだ十分ヤツを殺るチャンスはあるっ!
僕は掃除用具入れのドアを蹴り開けると、急いで教室を飛び出した。
「下校している連中に上手く溶け込め!取り囲んで多対一の状況をつくるんだ!」
渡り廊下に出た僕に倒すべき敵の声が響き渡る。
『そっちから回り込め!俺はコイツに数学勝負を申し込む!』
『なら俺は古典勝負を……』
『日本史で……』
Fクラスの皆が渡り廊下のあちこちでDクラスの生徒1人を取り囲んでいる姿が目に入ってくる。
下校中のドサクサに紛れて敵に近づき、取り囲んで各個撃破していく。実に姑息な作戦だ。
『Dクラス塚本、討ち取ったり!』
戦場に一際大きな声が上がった。
先程まで苦戦を強いられていた塚本君を討ち取ることができたようだ。
けど、それよりも早く僕は雄二を探さないと。
「雄二、どこにいるっ!首を洗って――」
下校中の生徒の中に特徴的な髪型のヤツの姿を探していると.....
「援護に来たぞ!もう大丈夫だ!皆、落ち着いて取り囲まれないように周囲を見て動け!」
くっ!あれはDクラス代表の平賀君!
『Dクラスの本隊が動き出したぞっ!』
うちのクラスの誰かの声が聞こえる。
これでFクラス・Dクラス両方の主力が集まったことになる。いよいよ最終決戦だ!
「Fクラスは全員一度撤退しろ!人ごみに紛れて撹乱するんだ!」
「本隊の半分はFクラス代表坂本雄二を獲りに行け!残ったメンバーは囲まれている奴らを助けるんだ!」
両クラスの代表から、それぞれ同時に指示が飛ぶ。
確かに明らかにうちのクラスの旗色が悪くなっている。雄二の判断は正しいだろう。
「個人同士の戦いになればこちらの負けはない!絶対に逃がすな!追い詰めて討ち取るんだ!」
平賀君から更に指示が飛ぶ。
見れば本隊の人たちも分散してFクラスの掃討にかかっているみたいだ。クラス代表が負けたら勝敗の決する『試召戦争』において、優先すべきは敵代表の首だからね。
その分平賀君の周りは守りが薄くなっているが、囲まれなければ自分は討ち取られないという自信があるのだろう。
こそこそと逃げ回っていた僕の視界に、平賀君の姿が入った。もう間に邪魔な近衛部隊が見当たらない程に防御が薄くなっている。
「チャンスッ!」
今は雄二を殺ることが難しい以上、僕も試召戦争の方に集中しなければ。
そうして素早く平賀君の下へと駆けていく。よし、このまま.....
「向井先生!Fクラス吉井が――」
「Dクラス玉野美紀、
「なっ!近衛部隊!?」
「残念だったな、船越先生の彼氏クン?」
勝ち誇った平賀君の顔。
「ち、ちがう!あれは雄二が勝手に」
「そんなに照れなくてもいいじゃないか。さあ玉野さん、彼に祝福を」
「わかりました」
「ちくしょう!あと一歩でDクラスを僕の手で落とせるのに!」
「何を言うかと思えば、彼氏クン?いくら防御が薄く見えても、さすがにFクラスの人間が近づいてくれば近衛部隊がくるに決まっている。それにお前程度の点数じゃ俺を倒そうなんてどのみち無理な話だよ」
平賀君がフンッと鼻を鳴らして僕を一瞥した。うぅっ、ムカつく!
だから、僕も対抗して片目をつぶる。さぁ、終わりにしよう。
「確かに、僕じゃ無理だろうね。だから――」
勿体つけるように一息入れて、
「後はよろしくね、姫路さん」
「は?」
僕の言葉に呆然としている平賀君の肩を姫路さんが控えめに叩く。
「あ、あの……Fクラスの姫路瑞希です。えっと、よろしくお願いします」
「へ?」
平賀君は未だ現状を認識できてないみたいだ。
「その……Dクラス平賀君に現代国語勝負を申し込みます」
「……はぁ。どうも……」
「えっと、その……さ、
『Fクラス 姫路瑞希 VS Dクラス 平賀源二
現代国語 339点 VS 129点 』
「えっ?あ、あれっ?」
戸惑いながら平賀君も自身の召喚獣を喚び出し、相対させる。
けど、相手にならないんだろうなぁ.....。姫路さんの召喚獣は見るからに強そうだ。
「ご、ごめんなさいっ」
背丈の倍以上ある大きさの剣を構えると、その姿からは想像も付かない速さで平賀君の召喚獣に接近して、一刀の元に斬り伏せた。決着だ。
Dクラス代表 平賀源二 討死
『『うおぉぉーっ!』』
『『ああぁぁぁ……』』
その知らせを聞いて、Fクラスからは
それらは混ざり合い、耳をつんざくような大音響となって放課後の校舎内に響き渡った。
『凄ぇよ!本当にDクラスに勝てるなんて!』
『これで畳や卓袱台ともおさらばだな!』
『ああ。アレはDクラスの連中の物になるからな』
『坂本雄二サマサマだな!』
『姫路さん愛してます!』
代表である雄二を褒め称える声があちこちから聞こえてくる。
『坂本、握手してくれ!』
『俺も!』
凄いな、もう英雄扱いだ。よし、僕も雄二のところに行って皆と一緒に喜びを分かち合おう!
「雄二!」
「お?明久か」
雄二がこちらに振り向く。そこに颯爽と駆け寄って、
「僕も雄二と握手を!」
僕は手を突き出した。
ガシッ(雄二が僕の手首を掴み)
グリッ(僕の手首をねじる)
カランカランッ(包丁が落ちる音)
「…………」
「…………」
周囲に沈黙が流れる.....
「僕、皆で何かを成し遂げた達成感がこんなにも素晴らしいものだなんて、知らな関節が折れるように痛いぃっ!」
「今、何をしようとした」
「も、もちろん、喜びを分かち合うための握手を手首がもげるように痛いぃっ!」
「おーい。誰かペンチを持ってきてくれー」
「す、ストップ!僕が悪かった!」
「……チッ」
あ、危なかった.....。それにしても、ペンチを何に使うつもりだったんだろう?
「……生爪……」
二度と逆らうまい。
「まさか姫路さんがFクラスだなんて……信じられん」
背中から誰かの声。
振り向くとそこにはヨタヨタとこちらに歩み寄ってくる平賀君の姿があった。
「あ、その、さっきはすいません……」
違う方向からは姫路さんも駆け寄ってくる。
「いや、謝ることはない。全てはFクラスを甘く見ていた俺達が悪いんだ」
そう。これはまさしく戦争なのだ。
今回は騙し討ちっぽかったけど、姫路さんが謝る必要はないんだ。
「ルールに則ってクラスを明け渡そう。ただ、今日はこんな時間だから、作業は明日でいいか?」
敗戦の将か。なんだかちょっと可哀想だ。これから彼は再び試召戦争ができるようになるまでの3ヶ月間をあの最低設備の教室でクラスメイトに恨まれながら過ごさなくてはならない。
勝てば英雄のように扱われるのが代表なら、負ければ戦犯のように扱われるのもまた代表なんだから。
「いや、その必要はない」
「え?どうして?」
雄二の予想外の返事を聞いて、僕は思わずその理由を訊ねてしまった。
「Dクラスを奪う気はないからだ」
雄二の言いたいことがさっぱり理解できない。
「忘れたのか?俺達の目標はあくまでもAクラスのはずだろう?」
「でもそれなら、なんでAクラスを標的にしないのさ?おかしいじゃないか」
「お前はいちいち人に聞かないとわからないのか?そんなだから近所の中学生に『バカなお兄ちゃん』なんて愛称をつけられるんだ」
「なっ!そんな中途半端にリアルな嘘をつかないでよ!」
「おっとすまん。近所の小学生の間違いだったな」
「……人違いです」
「ま、まさか……本当に言われたことがあるのか……?」
み、見ないで!お願いだからそんな目で僕を見ないで!
「と、とにかくだ。Dクラスにはある条件さえ呑んでくれれば、設備には一切手を出すつもりはない」
「それは俺達にはありがたい話だが……いいのか?……その条件とは?」
「なに。そう大した事じゃない。俺が指示を出したら、窓の外にあるBクラスのエアコンの室外機を動かなくしてもらいたい。それだけだ」
学校の設備を壊すのだから、当然教師ににらまれる可能性はある。だけど上手く事故のように見せかければ厳重注意程度で済み、3ヶ月もの間をあの教室で過ごすという状態から開放されるのだ。
悪い取引であるはずがない。
「それくらいならこちらとしては願ってもない提案だが、なぜそんなことを?」
「次のBクラス戦の作戦に必要なんでな」
「……そうか。ではこちらはありがたくその提案を呑ませて貰おう」
「タイミングについては後日詳しく話す。今日はもう帰っていいぞ」
どうやら話はついたみたいだ。交渉成立、だね。
そういえば誰か忘れてるような気がするんだけど、誰だろう?
―Side Out
「皆、遅いなぁ……」
廊下からFクラスの皆のものであろう歓声が聞こえてきたから、既に戦闘は終わっているんでしょう。
しかし、しばらく待ってみても誰も帰ってきません。もしかして、僕の存在は忘れられているんでしょうか?
戦場に出て来ないように、と雄二から言われた言葉を律儀に守っていたのですが、この扱いはあんまりにもあんまりじゃないですか?
こうなったら、もう帰ってしまいましょうか。そうですね。そうしましょう。
自問自答して、僕は1人帰宅の途につく事にしました。べ、別に悲しくなんてないんですからねっ!
* * *
途中で弁当箱を教室に置き忘れたことに気付いた僕は、今再び学校に戻っていました。
あまり家に帰るのが遅くなるのは嫌なので、ささっと用事を済ませて帰りましょう。
上履きに履き替え、急ぎFクラスへと向かいます。
「全員、手を上に揚げて動くなっ!」
「ひゃ、ひゃいっ!」
どうせもう皆帰ったと思って勢いよくドアを開け、偶にはボケてみようかと変な茶目っ気を出してみたら何だか反応が。
うぅ、やってしまいました.....
「あ、天水君?」
「えっ、姫路さん?」
驚きました。中にいたのは姫路さんでした。
「ごめん。誰かいるとは思わなくて。びっくりしたよね?」
「い、いえ。そ、それより、ど、どどどうしたんですか?」
.....?おかしいですね?なぜ姫路さんは慌てているんでしょうか。
「いや、ちょっと忘れ物を取りに、ね」
「そ、そそそうだったんですかっ」
フフフッ。こんな時に、姫路さんは慌ててる姿も可愛らしいですね、なんて考えてしまうのは不謹慎でしょうか?
おやっ?そういえば彼女のいる席(?)を見てみると、可愛らしい便箋と封筒が用意されていました。
「あっ!これはですね、そのっ」
「???」
「えぇっと――ふゃっ」
コテン、と卓袱台に躓いて転んでしまう姫路さん。
その拍子に隠そうとしていた手紙が僕の前に飛んできて、その一文が目に入ってしまいました。
《あなたのことが好きです》
「…………」
「…………」
一瞬にして場の空気が凍りました。
「…………」
耳まで真っ赤に染めてうつむく彼女。
......さて、どうしましょう?
「……とりあえず、そのー、おめでとう?」
「ふぇ!?」
僕の言葉に過敏に反応する姫路さん。
最近疎遠だったとはいえ、自分の幼馴染の女の子に好きな異性ができたというのは、とりあえず喜ぶべきなんじゃないかと思ってそう口に出してみましたが、逆効果だったようです。
「えぇっと、その。……深呼吸でもしようか、お互い。」
「あ、……はぃ」
2人して数回吸って吐いてを繰り返します。
.....少しは落ち着きましたかね?
「……ふぅ、それで姫路さん、非常に聞きにくいんだけど、それってやっぱり……」
「あ、はい。……その、ラブレター、です」
「だよね……。それなら、ここで相手まで聞いちゃうのはルール違反かな」
「あ、いぇ、それは……そのぅ」
「大丈夫。でも、その人のどんなところがいいの?やっぱり外見とか?」
これくらいなら、と軽い気持ちで聞いてみました。僕だって人並みには恋愛に興味があるんです。
「あ、いえ。外見じゃなくて、あっ、もちろん外見も好きなんですけどっ!」
慌てる姫路さんを見て、ちょっと微笑ましくなってしまいました。
「外見もってことは、その人の内面もいいの?」
「はいっ。いつも明るい笑顔で、とっても優しくて、温かい……私の憧れなんです」
嬉しそうに、本当に嬉しそうに笑う彼女の笑顔が本当に綺麗で、僕は思わず魅入ってしまいました。
「その手紙」
「は、はい」
「良い返事がもらえるといいね」
そう言って僕は教室を後にしました。
偶然にも姫路さんのラブレターを見てしまった僕は、一瞬このことを忘れようと考えていました。自分でも何故かはわかりません。
ただ、別れ際に見た彼女の笑顔が頭に浮かぶ度に、胸の奥が締め付けられるような痛みを感じるんです。
そう、僕はあんなにも真摯に愛情を向けられている彼女の想い人のことを、心の底から羨ましいと思っていたんです.....
彼女と別れた数十分後、家に帰った僕が学校に戻った本来の目的を忘れていることに気付き、慌ててもう一度学校に行くハメになってしまったのはここだけのヒミツです。
あとがき
作者 「Dクラス戦終結、しかしそこに主人公の姿はなかった……」
鏡護 「うわぁぁぁんっ」涙
作者 「まあいいじゃん。代わりって言っちゃあなんだけど、ステキ個別イベントがあったんだから」
鏡護 「グスッ。でもあれだって結局誰宛なのかって考えたら……」
作者 「(こいつ、あれが実は自分宛だって知らないんだよなぁ……)」
鏡護 「……うわぁぁぁんっ。やっぱり僕は主人公じゃないんだぁぁっ!」ダッ
作者 「あ、おい。鏡護、どこに行く!?鏡護、カ~ムバァァ~ック!」
作者 「申し訳ありません。鏡護のヤツがどこかに行ってしまったので、今回はここでお開きとさせていただきます。
次回あとがきまでには必ず連れて帰ってきますので、どうぞお許しください。」
作者 「気を取り直して、次回予告、いきます!
次回、第5問『女の子の手作り弁当はそれだけで男の浪漫(仮)』
ですっ。お楽しみに!」