トーリの告白宣言を聞いた大半の人間がようやく内容を理解した頃、まっさきに反応を返したのは姉である喜美だった。
乱れた髪を直しながら首を傾げ、
「あんた、急に出てきて告り宣言とか一体どういうワケ? 誰にするの? 賢い姉に説明しなさい!」
賢いのに聞くのか。
その疑問を胸の内にとどめて、トーリの返答を待つ。
やがて、事務所から戻ってきたトーリは喜美からの質問に頷き、答えた。
「そりゃあ決まってるよ。つーか、皆も知ってるだろ? ホライゾンだよ」
その答えに、私だけでなく一同は静まり返った。トーリが告げた人名。それは、
「馬鹿ね。ホライゾンは死んだのよ。……あんたの嫌いな“後悔通り”で」
そうだ。ホライゾンは十年前に亡くなっている。それはこの場にいるほとんどの人が理解していること。ましてや、その場に居たトーリ自身が忘れる筈もないだろうに。
……でも、トーリの眼は真剣だ。
それを示すようにトーリが口を開く。
「分かってるよ。ただ、その事からは、もう逃げねぇ。皆に迷惑かけるだろうけど」
そこに言葉を挟む者はいなかった。誰もがトーリの言葉に耳を傾け、その先を聞こうとする。
「だからさ、明日告ッてくる。……彼女とは違うのかもしれないけど、色々考えたからさ。もう逃げねぇ」
その台詞に喜美は微笑みを浮かべ、
「なら、今日は色々と準備の日ね」
「そして、最後の普通の日、ってわけ?」
台詞盗るんじゃないわよ、という喜美の言葉はスルーした。
これから色々あるんだろうな。トーリの宣言から、そんな単純な考えを持ちながら私はその場を離れた。
*
青雷亭の前には一人の自動人形がいた。P-01sと呼ばれる彼女が、側溝に居る黒藻の獣と会話するのを咲は店主と見守っていた。
「珍しいわね。黒藻の獣と仲良くするなんて、あまり出来ることじゃないわよ」
「はは。それがあの娘の良いところじゃない。まぁ、体自体が珍しかったわけだけど」
店主が吐息を漏らすのを横目に、その理由を思い出す。
……たしか、技術屋が彼女の体を調べたのだったか。
「結果は『よくわからない』だったっけ」
「そう。なんでも、IZUMOや英国の流れが見えるけど、どうにも不明瞭なんだってさ」
そんな店主の呆れ顔につい頬がゆるんでしまう。それは彼女が迷惑だと思っているようでは無いから。彼女の優しさなら、あの娘を大事にしてくれるだろう。
「なに笑ってんだい?」
「いや。あのボディを作った人間は相当な変人だと思ってね」
そう言って荷物をまとめだす咲を見て、店主が怪訝そうな顔をする。
「あんた、その荷物どうしたの。誰かへのお土産?」
そう言って指し示すのは、咲の隣に置かれた長方形の箱。普段荷物を持ち歩く事のない彼女が今日は珍しく荷物を持っている。
しかし、咲はそれに答えず扉へと手をかける。
「それは秘密。今夜あたりには教えてあげるから」
そう言って咲は外へと出ていった。
それと入れ替わるようにP-01sが店の中を覗き込む。
「店主様、いつも通り正純様のご来店です。ぶっちゃけ言うと、餓死寸前です」
*
玄関を通ると、ほのかに茶の匂いが漂ってくる。
その出処の居間に入ると、母さんが茶を注いでいた。
授業中に着ていた制服を脱ぎ捨て、白地に赤の文様をあしらった衣装に袖を通す。
これは昔から甘上一族に伝わる伝統衣装で、母が子の為に手作りする物。教導院の初等部に入学する時に母さんが手渡してくれた物だった。
椅子に座れば、淹れたての茶が目の前に置かれる。それに口をつけつつ、対面には母さんが座って同じように茶を飲んでいる。
本来なら教導院で授業を受ける時間にも関わらず家に戻っているのには理由があった。
それは松平元信公からの依頼。物心ついた時には既に依頼が来ていて、母さんは私を浅間神社に預けて各地に赴いていた記憶がある。
「さて、三河に行くまでに時間もあるから、少しお勉強ね」
「……え」
……why?
突然のことに英国弁が出てしまう。
「さっき元信公から通神があってね。酒井学長たちと行くことになったの」
「それで?」
「だから、余った時間を勉強に当てるのが学生でしょう」
そう言って笑う母さんと違い、私は心の底から元信公に不満をかんじるのだった。
*
それから時が経ち、昼下がりの陽光に照らされているのは、三征西班牙の赤い制服を身につける二人の学生だった。
「凄いですね。あそこの集団」
そう言って、年少の学生が関所へ向かう道を示す。それに年長の学生が応じ、声を漏らす。
「おお、こんな所で見るとはな。武蔵学長に武蔵副会長、神格武装の所持者にその娘か」
「Tes. 神格武装を持つ甘上家の当主もそうですけど、その娘の甘上玉も相当です。なんでも朝に空を飛んでいたとか」
「マジかよ。でも俺、玉さんのエロ草子好きなんだよ。最近出た新作も良くてなぁ」
「先輩、エロの話だと饒舌になりますよね」
そう言うなよ、と言って警備に戻る年長に呆れながらも、己も仕事に戻るのだった。
*
予想外の授業を終えて、酒井学長らと合流した私達は三河へと向かっていた。
時折、道を行く荷車を手伝いながらも三河へと近づいていた。
「それにしても、君たちまで一緒だとはね」
「しょうがないですよ。元信公からの依頼ですから」
酒井学長の疑問に笑って答える母さん。そんな二人のやり取りを正純と並びながら見ている。
「元信公からの依頼……そんな事があったのか」
「Judge. 随分と前からね。最近は私も一緒」
そんな少し遠慮がちの正純を横目に、母さんの動きを観察する。普段通りの会話をしているが、神格武装の使い手だろうか。その動きには周囲を警戒するような素振りが見えた。
「地脈炉の稼働で三河は怪異の多発地帯。何が起こっても不思議じゃないのよね」
「その通り。午前中の授業をよく覚えていたわね」
「だけど、そんな三河君主と独自のパイプがあるって、聖連が聞いたら怒りそうだねぇ。一体どんな関係なんだい? 三河と甘上家って」
そんな興味津々といった視線を母さんは笑いながら受け止めた。まるで、子供を諌めるように。
「それは、今日の夜にでも」
「そうかい。じゃあ楽しみにしているよ」
そう言って酒井が口を閉ざすのとは反対に、正純が口を開ける。
「あの、咲さんは大罪武装は人の感情を材料にしているって噂があるのはどう思ってるんですか?」
それは私も聞いたことがある。P.A.ODA以外の聖譜所有国に配られた大規模破壊武装である大罪武装。それは名の通りに人間の感情を材料にしているという噂だ。
私は別段、有り得ない話ではないと思う。なぜなら、この矛盾許容の世界ではそんな事もできるだろう。
皆が目を向ける咲は振り返って言った。
「感情っていうのは計り知れない物よ。嫉妬も喜びもね」
そのあとも会話は続きながら、四人がそれぞれの予感を得ながら三河へと入っていく。
次回は三河での花火大会の予定