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三河中心部に位置する新名古屋城。周囲に三河の街を置くその背景の前に、三つの影があった。
中年を過ぎ細い男と、同じ年頃で体つきのいい男。その後ろに控えるのは一人の少女。
大柄の男は松平四天王の一人で、神格武装『蜻蛉切』の使い手である本多忠勝。細身の男も松平四天王の一人、榊原康政である。
そして、彼らの向こうから三人の人影がやって来た。
「いやぁ。まさか松平四天王の二人がお出迎えとはね。俺も満更じゃないってことか」
「でも、井伊さんがいませんね」
咲の言葉に榊原がわずかに顔を上げる。彼は髪をかきあげながら、
「実は咲さん。井伊君は――」
「榊原。それは他言無用だ」
榊原を手で制し、代わりというように忠勝が前に出る。
「見せろ」
忠勝が言うが早いか、背後に控えていた少女の姿が消える。
「玉」
次いで咲が名を呼ぶと同時に、酒井の背後に三つの円弧を描く影が来た。
一つは少女の結んだ髪が描く円軌道。
もう一つは、抜かれた刃の軌道。
最後に、酒井と少女の間に描かれた墨の軌道。
三つの円弧が重なり合い、動きが生まれた。
*
焦りから直線を描けなかったが、一閃の術式が発動したことは目の前の状況からも確認出来る。
酒井の背後から狙った初撃は一閃によって弾かれた。そこから間合いを取って私と対峙するのは一人の少女。名前は本多二代。本多忠勝の娘で、それ相応の実力を持っているのだろう。彼女の話は三河に寄る度に聞いていた。そんな彼女の手には白砂台座のブランドと思しき刀が握られている。
術式頼りの私にとって鍛えられた剣術は脅威だ。しかも東国無双の剣術なら、なおさら筆しらべだけでは不利になる。
だから、一度筆を握り直し唱える。
「飛べ『
手中の筆が勾玉形態へと変化し、私の背中に円を描くように待機する。
槍に対して勾玉形態は連結して鞭のように動かしたり、連射することで牽制も出来る。
その効果は確かなようで、一閃によって初撃を弾いてからは間合いを詰めていない。
「来ないなら、行かせてもらうよ」
「くっ」
足玉の装填数は六発。そのうち三発を少女の足元へ放つ。撃ち込まれた地面は砂埃を上げて視界を封じる。
「疾風」
待機させた足玉を一度戻し、疾風の印である➰を描く。
「これは、周囲の埃が巻き上げられているので御座るか」
二代が声を上げる。周囲をつむじ風が襲い、私の姿は見えないだろう。奇襲攻撃ならば二代と言えど、無事では済まない。
だからこそ、砂塵が舞うこの隙を使って距離を縮める。
でも、それでは不十分だ。
二代へとまっすぐに駆け出したまま、周囲の木々へ墨を放つ。筆と木が墨で繋がれたのを確認して、穂先を二代の立つ場所へと向けておく。
「甘いで御座る」
砂塵が収まり始め、影が見える。
正面に見えるのは点のシルエット。
「いくら視界を塞ごうと、近づけば気配を読めるで御座る。単純な奇襲など拙者には――」
私が突っ込んでくることを予想した刺突。
さすがは東国無双である忠勝の娘。視界が悪くても攻撃を撃ち込んでくる。
狙い済まされた一撃は確実に頭部を貫くものだ。
しかし、
「――っ!?」
二代の攻撃が動きを止める。
砂塵が収まり、見えたのは四肢を蔦によって固定された二代の姿だった。
「桜花・葛巻。単純な奇襲なんてウチの担任には通じないのよ。だから、筆しらべを活用させてもらったわ」
己より強い剣の使い手。私が真っ先に考えたのはオリオトライだった。そして、相手の力量はオリオトライを目安に考えるべきだと思った。
もしオリオトライならば一つだけの仕込みは通じない。自分の持つ物を全て活用しなければ結果が出せないのは知っていた。
「卑怯とか言わないでよ。最初にしかけたのはそっちなんだから」
「……Judge.」
二代が悔しそうに拳を地面に打ちつける。
それを横目に私も筆しらべを解除して母さんの元へ戻ることにする。
子供たちの戦闘を眺めていた一同は口の端を上げて、会話を楽しんでいた。
「やはりまだまだか」
「玉も剣で挑めばよかったのに。つまらない」
「ていうか、友人に娘けしかけるってどういうことだよ」
榊原を除いて、三者三様の意見を交わす。その様は授業参観に来た保護者だ。
その中で、榊原が私に気づいて手を上げる。
「お疲れ様です。お二人には殿から呼び出しが掛かっています。花火が始まる前には来て欲しい、とのこと。もうそろそろ、向かった方がいいと思いますよ」
そう言って示すのは、三河中心部に聳える新名古屋城。陽光に照らされたそこに元信公がいるのだろう。
「お。じゃあここで咲さん達とは一時お別れか」
「酒井。俺達は食堂行って飲むぞ。二代もついて来い」
「Judge.」
ひらひらと手を振る酒井の首を掴む忠勝さんと苦笑する榊原さん。三人と離れて新名古屋へと足を向ける母さん。
「それでは、また後で」
「ああ」
忠勝さんと挨拶を交わすその顔には、ほんの僅かに陰りが見えた気がした。
*
酒井達と別れてやって来た新名古屋城。四方の地脈炉四つと中心の統括炉。元信の命令でそれらを暴走させている現場には、暴走によって地下から鼓動が響きつつある。そして、その周囲を覆う堀に掛かる橋の上。
傾きつつある陽を浴びながら、そこに咲と元信が立っている。
「久しぶりだね」
「ええ。先生もお変わりないようで」
先生、と呼ばれた元信が振り向く。夕日に照らされたその顔には笑みが浮かんでいる。
「三十年前。私達が出会ってから今日までたくさんの教材を作ってきた。その結果が出るのは今日からだ」
感慨深く頷くと、そうだ、と咲に尋ねた。
「玉君は元気かい?」
「Judge. あの娘も充分成長しましたよ。今は眠らせていますけどね」
そう言って背中に抱えた玉を見せると、元信の笑みが増した。先生というのは他人の娘でも次世代の成長が嬉しいのだろう。
『元信公、予定通り開始しました。そちらは?』
咲と元信の間に表示枠による通神が開かれる。 そこに映るのは忠勝に仕える自動人形の鹿角だった。
どうやら、三河の花火の準備に入ったのだろう。
「予定通りだ。祭りがバレるのは八時過ぎだろう。咲君も今からだろう?」
「ええ。今日が限界でしょうけど、忠勝さんの方には間に合うと思いますよ」
「それじゃあ頼むよ。どんな時だって子のことを考えるのが親だからね」
その言葉は彼自身が親だからだろうか。あまり見ることの無い優しさのある言葉だった。
「それじゃあ。こちらも始めます」
「……ああ。気をつけてくれ。私も統括炉に向かうよ」
元信が統括炉へ入り、その扉が閉まるのを見届けてから服の乱れを直し、手元に表示枠を出す。表示されるのは筆しらべの調整用や玉のバイタル。
それらの表示枠を操作しながら玉を地面に寝かせておく。
「イッシャク。イッスンと術式の受け渡し設定と筆しらべの所有者権限の移行準備をお願い」
『やる気か?』
「ええ」
呼び出したイッシャクに表示枠いくつか渡して作業を続ける。
「筆しらべ起動。筆神による神界の擬似展開を開始。転移対象は甘上玉と甘上咲の二名」
『玉のバイタルは安定してる。筆神の出力も大丈夫だ』
「分かった。消費する流体は地脈炉の余剰分と私の内燃排気で賄うわ」
咲が行おうとしているのは筆しらべの譲渡。そのためには、玉が甘上一族の後継者として認められる必要がある。
本来ならば時間をかけて行うことだが、ある理由から咲にそこまでを見届ける時間は存在しない。
そして、筆しらべは筆神という特殊な神との契約によって成立する術式。彼らは他の神々と違い甘上一族とのみ契約を交わす存在。
だからだろうか、彼らは他の神とは違い神界とは異なる場所にいる。
そこへ向かい、彼らの前で玉が後継者に相応しいことを示せば筆しらべの譲渡はすぐに済むと考えた咲は、玉と共に転移することを決めた。
表示枠を操作する咲の前に新しく一枚の表示枠が現れる。
【対象の転移 実行/中止】
転移することを確認する表示枠。傍で作業を続けるイッシャクがこちらを見て叫ぶ。
『準備完了だ。流体も基準値を越えた。いつでも行けるぞ!』
「Judge. それじゃあ、行ってくるわ」
イッシャクからの問いに答えるように、表示枠の【実行】を叩く。
【転移 実行】
表示枠が砕け、散る光が咲と玉を包んでいく。やがて視界が白く染まり、身体が浮遊する感覚に襲われる。
とうとう、咲と玉の転移が行われていくのだ。
次回は受け継いだり三河の花火大会やったり
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