お稲荷様ののんびりVRMMO日和   作:野良野兎

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お稲荷様と二つの罪

 

 祭りの夜が過ぎ、翌日は始まりの森の街道やツヴァイ周辺でのレベル上げに費やした。

 先のイベントで発生した経験値上昇の恩恵は大きく、レベルは二十八まで上がり、戦利品を売却することで懐もそれなりに温かくなった。

 祭りの前日に金策がてら行なった狩りで、ある程度はレベルも上がっていたのだが、それでも五つはレベルが上がっている。

 更にはレベル二十五の段階で種族スキルも一つ取得し、中々得るものの大きい一日であったように思う。

 手に入れた種族スキルは攻撃用の妖術だった。

 その名も、初級妖術【水虎(すいこ)】。

 水の牙が相手に襲い掛かる魔法攻撃であるが、威力としては【鎌鼬】とさして変わらない。

 恐らくは相手の苦手な属性に合わせて、各スキルを使い分ける事を想定しているのだろう。

 

 さて、では今は何をしているのかというと、件のボスモンスターの姿を一目見ようと、ツヴァイの先にある大渓谷までやってきていた。

 道端の岩の上に腰を下ろし、二本の尻尾をゆらりゆらりとさせて、渓谷にかかる巨大な石造りの橋、その上で繰り広げられている激闘を見やる。

 そこにいるのは、一体の巨大なスライムであった。

 ぷるぷると震えるその体の中には、ぐったりとした様子のワーキャットの少女が一人。

 装備からして職業は盗賊(シーフ)、火力職である。

 意識はあるようだが、その瞳は虚ろで、白黒の猫耳と尻尾は力なく項垂れている。

 その巨大なスライムの前にはパーティメンバーだろうプレイヤーが五人。それぞれが剣や斧などを手に、目の前の仲間を助けようと果敢に攻撃を加えていた。

 

「パーティメンバーを一人拘束し、制限時間内に一定のダメージを与えないと即死。まあそんなところかな」

 

 そんな激闘を前に、干し肉をかじりつつ一人ごちる。

 まあこの手のゲームではよくあるタイプのギミックである。

 攻略掲示板に書き込まれていた推定適正レベルから考えると、ある程度は余裕をもって突破できるだろう。

 そうしているうちに、例のパーティは設定されていたダメージ量をクリアしたらしく、苦しそうに体を縮めたスライムから、閉じ込められていた少女が吐き出されているのが見えた。

 どうやら閉じ込められている間は継続ダメージが発生していたようで、治癒術士(ヒーラー)らしい男性が慌てて回復呪文を唱えている。

 そして巨大なスライムはその体色を緑から赤へと変化させ、体中から無数の触手を伸ばしてプレイヤー達に襲い掛かった。

 どうやら、この激闘も終盤戦へと入ったようである。

 

「この調子なら、明日にはジパングへ渡る方法も見つかってそうだな」

 

「あららー、ギガントスライムちゃんやられそうじゃんかー。来訪者も案外やるじゃん」

 

 不意に響く、聞きなれぬ声。

 ぎゅっと尻尾を掴まれる感覚に、ぎょっとして振り返ると、そこには見知らぬ少女がいた。

 燃えるような赤い髪に、生気を感じられぬ青い肌、顔立ちは幼く、姿だけ見れば十代半ばの少女のように見える。

 だが、側頭部から前方に伸びる二本の角、背中に生えたコウモリのような翼が、少女がただの人間ではないことを雄弁に語っていた。

 魔族のプレイヤーだろうか。否、先程の少女の言葉を鑑みるにNPCの可能性が高い。

 少女は満月のように大きな金色の瞳をこちらに向け、ひらひらと手を振った。

 

「やー、キミの尻尾ふわふわで気持ちいいねー、一本ちょうだい?」

 

「それは勘弁してほしいな」

 

「だよねー。うーん残念!」

 

 随分とまた、変わった少女である。

 長く大きなため息を吐きながら肩を落とす様を眺めながら、苦笑を漏らす。

 まるで見た目相応の可愛らしい仕草に、思わず毒気を抜かれてしまう。

 

「失礼だが、君は何者なのかな?」

 

「あ、ワタシ? ワタシはアワリティア、ティアって呼んでいーよ!」

 

 告げられたその名に、ふっと、声にならぬ声が漏れた。

 アワリティア。ラテン語で〝強欲〟を意味する言葉だ。

 そして、その〝強欲〟から連想され、映画やゲーム、漫画等に度々登場するものが一つ。

 

「ボクはタマモ、まあ、しがない狐さ。しかしアワリティア、強欲となると、七つの大罪、か」

 

「ありゃ、物知りだねー。如何にも、実はワタシは魔王様が誇る七将軍、≪七つの大罪≫の一人でもあったりするのだー!」

 

 アワリティアはそう言って、えっへんと見た目相応の胸を張った。

 魔王、七将軍。

 字面だけ見れば随分と物騒だが、これまで立ち寄った街でそんな名前は聞いた事がない。

 公式ホームページにもそういった情報は見受けられなかったし、どういうことだ。

 ふむ、と考えを巡らせていると、ふんす、とふんぞり返っていたアワリティアの顔色が、見る見るうちに青くなっていく。いや、元々真っ青な肌ではあるのだが。

 

「どうしたんだい?」

 

「いやー、そういえば、七将軍って事は他の人には言うなってスペルビアが言ってたなー、と」

 

 右へ左へ瞳を泳がせながら、滝のような冷や汗をかきながらアワリティアが言う。

 スペルビア、ということは〝傲慢〟か。十中八九、彼女と同じ七将軍の一人なのだろう。

 そして彼女達を統べる魔王。

 RPGにおける魔王とは、主人公達の前に立ちはだかるラスボスと相場が決まっているが、目の前で頭を抱えて唸る少女を見る限り、然程邪悪な存在ではないのかもしれない、と考えてしまう。

 ぱん、と目の前で手を合わせて、アワリティアが頭を下げた。

 

「お願い、ここで聞いた事は忘れて!」

 

「いや、忘れて、と言われてもね」

 

 魔王だのなんだの、忘れるにはなかなか衝撃的な内容である。

 そこを何とか、とアワリティアに言い寄られ、う、と言葉を詰まらせたその時、ボクの背後で喝采が上がった。

 何事か、と二人で揃ってそちらを見やれば、そこには体を光の粒子に変えて消えていくギガントスライムと、その前で手を打ち合わせるプレイヤー達の姿があった。

 あちゃー、とアワリティアが天を仰ぐ。

 

「結局やられちゃったかー。ま、いいや、今回は〝せんりょくちょーさ〟だからね!」

 

「戦力調査? アワリティア、君達の狙いは何だ」

 

「残念だけど、貴方がそれを知る必要はないわよン」

 

 背後から声。

 何者か、とボクが振り返るより早く、腹部に鈍い衝撃が走る。

 目を下ろせば、そこには〝腕〟が生えていた。

 しなやかな細い指に、紫色のネイルが塗られた鋭い爪。一見すれば女性のような腕である。

 それが、ダメージエフェクトで真っ赤になった腹から生えている。

 ずしりと、身体が重くなる感覚。

 咄嗟にHPを確認すると、たったの一撃で体力は既に一割を切っていた。

 明らかにHPが全損してもおかしくない攻撃であるのに、首の皮一枚で繋がっているところを見ると、そういった演出の類だろうか。

 ゲームのシステム上、ダメージを受けた際に痛みは発生しないので実際には背中が押されている程度の感覚なのだが、やはり自分の腹から腕が飛び出したこの光景は気持ちが悪い。

 アワリティアが声を上げた。

 

「あー、ルクスリア! アンタ、ワタシのお気に入りになにしてくれちゃってんのー!」

 

「アワリティア、貴方ちょっと喋りすぎよン。しかもこのコ、来訪者じゃないのン」

 

 ルクスリアと呼ばれた人物は、ボクの腹部から腕を引き抜くと呆れたようにアワリティアに歩み寄った。それにより、その全貌が明らかになる。

 それは、スーツのような黒い服を纏った長身の男だった。

 右半分は波打った紫色の髪が目を隠すほど伸び、左側は大胆に刈り上げた独特な髪型をしている。

 男はハイヒールの固い音を鳴らしてこちらに振り向くと、ぎょっと目を丸くした。

 

「あらやだ、すっごい綺麗なコじゃないのン。やだー、勿体ない事したわン」

 

 これはまた、随分と濃いのが来たなあ、というのが、ボクの第一印象であった。

 オネエである。どこからどう見てもオネエである。

 腹に風穴を開けられて、目の前には得体のしれない、しかし間違いなく今の自分では敵いもしない強者が二人。

 どう見ても絶体絶命、緊迫した場面であるはずなのに、その動きと声がすべてを台無しにしていた。

 ルクスリア、という事は〝色欲〟か。

 確かに、イロモノではあるだろうが……。

 

「ちょっと、タマモはワタシが先に目を付けたんだかんねー。横取りしたら、アンタでも容赦しないわよ?」

 

「あらやだ、こんなカワイコちゃんを独り占めなんて、流石は〝強欲〟ねン」

 

 それはそれとして、と続けて、ルクスリアは再びこちらへと目を向ける。

 そこにはもう、一切の感情は含まれていなかった。

 

「まあ、来訪者だから復活するでしょうし、今更忘れろなんていっても無駄でしょうけど、これは忠告よン。」

 

 刃のように揃えられた右手を、禍々しい靄のようなものが包む。

 

「あたしたちの事は、余り詮索しない事ねン。少なくとも、今のところは」

 

 そうして、一振りの剣と化した右手が振り下ろされる。

 その一撃は僅かに残っていたボクのHPを無慈悲に削り切り、身体が砕け散る音と共に、ボクの視界は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「タマモー、また会おうねー!」

 

「アンタはちょっと我慢ってもんを覚えなさいよン!」

 

「うるさいなあ、オッサン!」

 

「オネエサンだって言ってんだろゴルァ!」

 

 ほんと、締まらない連中である。

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