お稲荷様ののんびりVRMMO日和   作:野良野兎

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お稲荷様とお婆さん

 

 クエスト【羅城門の鬼】のクリア報酬は、【茨木童子の反物】という素材アイテムだった。

 防具の作成等に使用される物らしいが、あいにくとボクの知り合いに生産職のプレイヤーはいない。

 

 しかし反物といえば呉服、呉服といえば、呉服店で出会ったあの人。

 そう、九尾の妖狐族、クズノハさんである。

 

 と、いう訳で、ボクは今ジパングの街にある、件の呉服店まで足を延ばしていた。

 

「おや、これはまた、久しぶりでありんすなぁ」

 

 目的の人物は、丁度呉服店の軒先で煙管を手に、紫煙をくゆらせていた。

 こちらを確認するなり、ふわりと柔らかな笑みを浮かべるクズノハさんの傍まで歩いていくと、軽く頭を下げる。

 

「長らく顔も見せず、申し訳ありません」

 

「いや、いや、また顔を見れてようござんした。まあ、どうぞお座りなんし」

 

 促されるまま、緋毛氈(ひもうせん)――ひな壇等に敷かれる、緋色のフェルト布――が敷かれた長椅子へと腰を下ろすと、クズノハさんはほほぅ、とその笑みを深めた。

 その視線の先には黒い五本の尻尾が。言わずもがな、ボクの尻尾だ。

 

「あららぁ、ちょいと見ん間に五尾になって、流石は来訪者でありんすねえ」

 

「いえ、クズノハさんにとっては子狐も同然でしょう」

 

 野点(のだて)傘の下、十四本の尻尾がゆらりゆらりと揺れる光景は圧巻の一言である。

 道行くプレイヤーが、何事かと目を丸くするのも仕方がない。

 細く煙を吐いた後、かつんと煙管を叩いてクズノハさんが笑う。

 

「実は折り入ってお願いがあるんですが」

 

 そうしてボクは、クズノハさんにこれまでの経緯を説明した。

 冒険者ギルドからの依頼を受け、羅城門でイバラキという鬼族と戦い、勝利したこと。

 そしてその報酬として、【茨木童子の反物】というアイテムを手に入れたこと。

 実際にインベントリから取り出して見せると、クズノハさんは興味深そうにその反物を手に取り、やがてふむ、と細い指先で顎を一撫でした。

 

「鬼の反物とは、これはまた珍しい品でありんすなあ」

 

「実はこの反物で着物を一着、仕立てて頂こうかと思っているのですが、恥ずかしながら職人のあてが無く、クズノハさんの力をお借りできないかと伺った次第で」

 

「成程。まあこの品を扱える職人ともなれば、この国でも限られてきんすからなあ」

 

 ふむう、とクズノハさんが顎に手を添えて考え込む様子を、固唾を飲みじっと見つめる。

 そうしていると、ゆっくりと開かれた金色の瞳がつい、とこちらへ向けらたかと思えば、クズノハさんは優しく微笑んでボクの頭を撫でた。

 それはまるで母が子をあやすように温かなもので、ボクは僅かに顔が赤くなるのを感じつつ、しかし余りにも心地良いその感触をしばし目を閉じて甘受する。

 

 やがてほんのりとした体温を残して撫でていた手を引っ込めると、クズノハさんは再び煙管を咥えて立ち上がった。

 

「ようざんしょう、他でもないタマモの頼みじゃ。まあ、ちっと待っててくんなまし」

 

 尻尾をゆらゆら、クズノハさんが呉服屋の暖簾をくぐり、しばらくした後に一通の手紙を手にして戻ってきた。

 前回とは違い、この手紙は鳥になったりはしないようだ。

 クズノハさんはその手紙をボクの襟元にすっと差し込むと、ぽんと肩を叩き、ある方を指さした。

 

「わっちの紹介状でありんす。これを持ってあそこに見える山の麓に住む、シズノという者を訪ねなんし。わっちが知り限り、一番の職人でありんす」

 

 にこりと微笑みながらそう言うと、クズノハさんはまたボクの頭を一撫でし、また会いましょうと一言残して立ち去っていく。

 まだじんわりと温かいそこへそっと手をやって、ボクは九本の尾と紫煙を揺らすその背に深々と頭を下げるのだった。

 

 そうして頭をあげると、早速クズノハさんが指さした山へと向かう。

 さて、突然だがここでジパングの都の構造を説明しよう。

 大まかな構図としては、かつての平安京をイメージしてもらうのが一番わかりやすい。

 四角形の塀でぐるりと囲まれた中を大小様々な道がマス目状に走り、中央には白塗りの黄龍城、その傍には度々足を運んでいる陰陽寮が据えられている。

 そうして都の外へ出るための門は全部で十二門存在し、それぞれに名前があるが、頻繁に利用するのはその中でもひと際立派な四方の門。 

 即ち青龍、白虎、朱雀、玄武門であり、それぞれ東西南北に存在している。

 

 そして今回クズノハさんに教えてもらった場所は、北にある玄武門を抜けたその先だ。

 ちなみに初めに訪れた港は、南の朱雀門を抜けてすぐのところにある。

 

「さてと、この辺りの敵相手なら苦戦はしないだろうけど、念のために、と」

 

 玄武門を抜けて少ししたところで、ボクは懐から一枚の呪符を取り出し、あるスキルを発動する。

 すると呪符が独りでに浮き上がったかと思えば小さな音と共に白煙を吐き出した。

 もくもくと立ち昇る白煙が風で流されると、そこには鉄の斧を手にし、背に小さな箱のような物を背負った小柄なモンスターが。

 陰陽師のスキル、式神召喚【前鬼】で呼び出した赤い小鬼、前鬼である。

 

 前鬼は辺りをきょろきょろと確認した後、ボクの方へ向き直っておう、と唸って手をあげた。

 武器を見れば察する事が出来るが、彼は前衛向き、タンク型の能力を持った式神だ。

 そして対となるスキル、式神召喚【後鬼】を使用して呼び出す水瓶を抱えた青鬼、後鬼が後衛、主に回復魔法を得意とする式神となっている。

 

 性能としてはどちらも魔物使い(テイマー)召喚士(サモナー)が使役する同タイプのモンスターよりやや劣るものではあるが、種族的にステータスが火力特化となっているボクにとって、防御や支援を担当してくれる彼らはかなりありがたい存在だ。

 ちなみにスキルの制約上、前鬼後鬼を同時に召喚する事は出来ない。

 まあそんな事が出来れば他のペット職のお株を奪ってしまうし、仕方がないだろう。

 

「大丈夫だと思うけど、もし敵に襲われたら宜しく頼むよ」

 

 そう言って、ボクの腰ほどの高さしかない前鬼の頭を一撫ですると、彼はうごうごと唸りながら軽い足取りでボクの前を歩いていく。

 

 そうして頼もしい護衛と共にしばらく歩いていくと、ボク達は山の麓に広がる大きな森の入り口へと到着した。

 クズノハさんに教えてもらった山はここで合っている筈だが、困ったな、これは森を探索しないと例の職人さんに会えないのではないだろうか。

 ふむ、と顎に手を添える。

 ここまでの道中に出現するモンスターのレベルから推測するに、森の中に入っても今のボクのレベルで苦戦する強さの敵は生息していないだろうし、入ってみるか。

 

「もしもの時は頼むよ、相棒」

 

 うごご、と前鬼が斧を振り上げる。

 周囲を警戒しつつ森へと立ち入っていくと中は意外と明るく、鮮やかな新緑の葉がゆらりゆらりと揺れるその穏やかな光景を見て、ボクは手にしていた扇をすっと帯に差し込んだ。

 どうも始まりの森の苦い思い出から、こういった森林系のフィールドには苦手意識があったのだが、この分だと大丈夫そうである。

 少なくとも、凶暴な獣や虫系のモンスターは生息していないだろう。

 

 小鳥達のさえずりや小川のせせらぎに癒されつつ道なりに進んでいくと、やがて一件の古民家が見えてきた。 傍を流れる小川には、水車小屋も建てられている。

 

「どうやらここみたいだね。前鬼もお疲れ様、帰りもまた頼むよ」

 

 スキルを解除して前鬼を呪符へと戻すと、ボクは改めて古民家へと目をやった。

 大きさからして、職人さんが一人で暮らしているのだろうか。

 茅葺の屋根は所々が苔むしており、建てられてから随分と経っていることが伺える。

 

「風情があっていいな、こういうの」

 

 今は咲いていないが、庭に植えられているのは梅の花だろうか。

 もうしばらくすれば、綺麗な花を咲かせてくれるだろう。

 

「おや、はじめてみる顔だねえ」

 

 そうやって辺りの光景に見入っていると、不意に背後から声がかかった。

 振り向けば、そこには渋黄緑の着物姿をした、ご年配の女性が一人。

 少し腰が曲がっているが背には山菜が詰まった籠を背負っており、まだまだご健脚そうである。

 

「失礼、素敵なお庭だったものでつい。シズノ様でお間違いないでしょうか? ボクはタマモ、妖狐族ですが、来訪者ですのでこの地の生まれではありません。都のクズノハさんの紹介で伺いました」

 

「たしかに、シズノはあたしだよ。クズノハ様の紹介、ということは着物の仕立てかい?」

 

「はい、こちらの生地で一枚、お願いできませんか?」

 

「ほうほう、鬼族が織った反物だねえ、見るのは随分久しぶりだ。まあ立ち話もなんだ、お入んなさいな」

 

 そう促されて民家の中へとお邪魔させて頂くと、ボクはほう、と息を吐いた。

 土間にかまど、天井には大きな梁が走り、板張りの部屋の中央にある囲炉裏の中で、ぱちぱちと炭が弾けている。

 

「まあ、適当なところで寛ぐといい。さて、あたしぁ茶でも沸かそうかねえ」

 

 現代ではもう殆ど現存していない古き良き光景に感動していると、どさりと籠を下ろしたシズノさんが肩を揉みつつ部屋の奥へと消える。

 寛げと言われたが、どうしたものかと右往左往した後、ボクは結局囲炉裏の前でちょこんと正座して彼女を待つことにした。

 

 今でも囲炉裏を置いている家はあるらしいが、うちのおばあちゃんのところはがっつり洋風のお屋敷で、実家はマンションだし、本物は初めて見たな。

 って、ゲームの中だから本物と言えば語弊があるが。

 

 そうこうしているうちに、シズノさんが茶碗を二つ持って戻ってきた。

 よっこらしょ、とボクの向かいに腰を下ろすと、傍に置いてあった茶釜を天井から下がったフックのような部分にひっかける。ああ、そういう風にして使うのか……。

 

「さてと、それじゃあ、一息入れたらちょいと寸法だけ図らせてもらうよ」

 

 火箸で炭を転がしながら、シズノさんが何の気なしに零した言葉に、ボクは思わず目を丸くした。

 その様子を見て、シズノさんが目を細める。

 

「なんだい、そんな鳩が豆鉄砲食らったような顔して」

 

「いえ、いくらクズノハさんの口利きがあったとはいえ、まさか二つ返事で受けて頂けるとは思っていなかったもので……」

 

「そらあんた、あの御方を安く見すぎってもんだよ。あの御方には、そらあもう世話になってるからね。それに、何もタダでやるって訳じゃない」

 

 差し出された茶碗を受け取り、お礼を言ってそっと口を付ける。

 柔らかく優しい香りが口内に広がり思わず頬が緩むも、すぐにそれを引き締め、シズノさんへと向き直った。

 

「お代でしたら勿論お支払いします。お幾らですか?」

 

「ふうむ、そうだねえ、生憎銭には苦労してないからねえ」

 

 お茶をすすりつつしばらく視線を泳がせた後、なにやら思いついたのか、彼女はその皺だらけの顔ににんまりと笑みを浮かべ、こう言った。

 

「それじゃあまあ、その身体で支払って貰おうかねえ」

 

 

 

 

 

 あの、このゲーム成人指定ついてないんだけど……?

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