お稲荷様ののんびりVRMMO日和   作:野良野兎

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お稲荷様と一張羅

 

 さて、シズノさんから要求された対価だが、なんてことはない、彼女の代わりに薪を割り、森で山菜を集めてくるといった内容のものであった。

 

 現在の筋力値で大丈夫かどうか僅かに不安であったが、実際にやってみると問題なく薪割り用の斧を扱うことができた。

 考えてみれば、いつもはシズノさんがやっている作業であるのだし、いくら魔法職とはいえプレイヤーの自分が行えないはずがないのである。

 

 そうして順調に薪割りを終えたボクは現在、森の中に入り山菜集めを行っていた。

 背に籠を背負い、食べられそうな山菜を見つけては、【鑑定】スキルを使用して一つ一つ確認を行っていく。 

 

――余談ではあるが、ボクはこれまでこういった余分なスキルを取得していなかったので、この【鑑定】スキルを取得する為に貯め込んでいたスキルポイントを消費する羽目になった。

 

 キノコや木の実、薬草など様々な山菜を籠に詰めて小屋へと戻れば、ちょうどシズノさんが庭で洗濯物を干しているところだった。

 

「おや、もう戻ったのかい。採ってきたものは戸の傍にでも置いといておくれ」

 

 そう言われ土間へ入ったところに籠を置くと、次は採寸である。 

 庭で一仕事終えたばかりのシズノさんが、巻き尺を手にてきぱきと手際よく寸法を測っていく。

 

「おやおや、これは驚いたねえ。ものを拵える前にわかってよかったよ」

 

 採寸の際、ボクの腰に手を回していたシズノさんが呆れを含んだ声でそう言った。

 どうやら仕立てる着物のデザインを一から考え直すらしい。

 いらぬ手間を増やしてしまい、なんとも申し訳ない気持ちになりつつも、どこかやる気に満ちた笑みを浮かべる彼女を見ていると、えもしれぬ不安感に襲われるのは何故だろうか。

 

 いや、あまり気にしないようにしよう。

 出会ってまだそう時間は経っていないが、彼女はまだ良識のある人物のはずだ。

 

「それじゃあ、あたしはすぐ仕事に取り掛かるとしようかね。それなりに時間がかかるだろうから、えーっと、そうそう、タマモって言ったかい? タマモには庭の洗濯物を取り込んでてもらおうかねえ」

 

「わかりました。シズノさんの着物、楽しみにお待ちしてます」

 

 (かぶり)を振って気持ちを切り替えると、シズノさんに頼まれた仕事を片付けに庭へと向かう。

 しかし、着物を一枚仕立ててもらうのだから、丸一日は出来上がるのを待つことになるだろうとたかを括っていたのだが、流石ゲームというかなんというか、まさかその日のうちに受け取れるとは思ってもいなかった。

 

 そんな事を考えながら、物干し竿に下がった洗濯物を取り込んでいると、不意に電子音が鳴り響いた。 最近よく耳にするようになった、メッセージの受信音である。

 開いて確認してみると、送り主はモミジ。

 例の反物を加工できる生産職のプレイヤーが見つかったので是非紹介したい、という内容のものであった。

 申し出自体は凄くありがたいのだが、残念ながら少し遅かった。

 クズノハさんからシズノさんを紹介される前であれば、一も二もなくその申し出を受けていたのだが。

 

 少し心を痛めつつ、モミジにこれまでの経緯を纏めた内容のメッセージを返す。

 息を吐き、さて仕事の続きだと残った洗濯物に手を伸ばした直後、再び響いた受信音に小さく肩がはねた。どうやら、早くもモミジからの返信があったようだ。

 

「流石というか、モミジらしいというか……」

 

 その文面からは随分と興奮している様子がありありと読み取れるが、要約すると、新しい装備に興味があるので今から向かう、との事であった。

 ちなみに彼女達は現在王都≪フィーア≫に拠点を移しており、件の生産職のプレイヤーともそちらで知り合ったらしい。

 通常であればかなりの時間がかかる距離ではあるが、ジパングが解放されてからは【来訪者の石碑】を利用する事で、町同士の移動がかなり簡単になっている。

 尤も、移動できるのは一度訪れた事のある場所だけなので、ボクが王都に向かうとなった場合は通常通り陸路を進む事になるのだが。

 

 ともあれ、モミジもこの【来訪者の石碑】を利用してくるだろうから、まあだいたい三十分もあればここまでやって来れるだろう。

 ああ、そういえばハヤトやコタロウも一緒に来るのだろうか。 そこは確認していなかったな。

 

「まあ、流石にまだ出来上がってはいないか」

 

 洗濯物を手に戻ってくると、居間の奥、部屋を隔てる障子の向こうから僅かに衣擦れのような音が聞こえてきた。どうやらシズノさんはあれからずっと着物を仕立てているらしい。

 この分だと、もうしばらく待たなければならないようだ。

 

 ただ待っているのも勿体ないので、取り込んだ洗濯物をきちんと畳んでおき、ついでに部屋の掃除でもして時間を潰すとしよう。

 とはいえ、和室の掃除なんてあまり経験がないので簡単な掃き掃除程度しか出来ないけど。

 

「ごめんくださーい!」

 

 そうやって時間を潰していると、外からばたばたと足音が聞こえたかと思えば、聞き覚えのある溌剌とした声が玄関から響いてきた。どうやらモミジが到着したらしい。

 予想していたよりもかなり早い到着だが、装備を新調するぐらいでそんなに急がなくてもいいのではないかと思ってしまう。

 やれやれと腰を上げて玄関へと向かうと、いつもの様に満面の笑みを浮かべたモミジが立っていた。 どうやら彼女一人のようだ。急いで来た割には、あまり息を切らせた様子はない。治癒術士(ヒーラー)とは思えないバイタリティの高さである。

 それはともかく、とりあえずモミジに歩み寄りその小さな額に手刀を落としておく。 

 ぎゃ、とモミジが声をあげてうずくまった。

 

「痛いです……」

 

「ダメージは通ってないだろうに。今、家の奥で着物を仕立ててもらってるんだから、あまり騒がないように」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 まったく、元気なのは良いことなのだが、モミジは元気すぎるきらいがあるから困りものだ。

 

「そういえば、先程のメッセージの件は申し訳なかったね。せっかく気を遣ってくれたのに」

 

「ううん、気にしないで! ああでも、その生産職の人、今回の件抜きでもタマモとは会ってみたいって言ってたから、もし王都に来ることがあったら紹介するよ!」

 

「ありがとう、ボクも生産職の人達には興味があるし、その時は是非お願いするよ」

 

 機会があれば、是非戦闘職以外にも手を出してみたいものだ。

 やるとすれば調理師、裁縫師あたりだろうか。

 そういえば、以前ツヴァイの町で釣りをやってみたいと思い至ってから今まで、結局やらず仕舞いだったなあ。

 ジパングは海に面した国であるし、そろそろそういったバトルコンテンツ以外にも興じてみようか。

 

「待たせたねえ。おっと、そっちはタマモの知り合いかい?」

 

 そんなこんなで話し込んでいると、部屋の奥からシズノさんが着物を手に戻ってきた。

 

「何、あんたモミジって名前かい。そりゃあなかなか、面白いね」

 

 ボクが簡単にモミジの紹介をすると、シズノさんはそう言って何やら意味深な笑みを浮かべ、手にした着物を広げた。

 あらわになったそれを見て、ボクとモミジは同時に息を飲んだ。

 それは赤、橙、青。 色鮮やかな紅葉柄で彩られた、なんとも華やかで美しい一枚であった。

 

――【鬼姫の着物・紅葉】

 鬼の反物を用いて仕立てられた着物

 装備者の魔力を高めるまじないが施してある。

 

「凄い、綺麗……」

 

「えっと、これ、ボクがお願いした着物でよかったですよね?」

 

「当たり前だろう、他に誰がいるんだい。ほら、せっかく拵えたんだ、さっさと着て見せておくれ」

 

 呆気に取られているうちに、ぐいぐいと背を押されて奥の部屋へと放り込まれてしまった。

 いや、凄く嬉しい。 感動する程素晴らしい品ではあるのだが、それゆえにボクなんかが袖を通してもいいのかと躊躇してしまう。

 

 数分、いや、数十分は経っただろうか。

 固唾を飲み、大きく息を吸い込んでから、ボクはようやく意を決して目の前の着物に袖を通した。

 まあ袖を通したと言っても、実際は装備品を変更するだけなので、一人で着付けをする訳ではないのだが。

 というか、これだけ立派な品物となると、一人で着付けをするには少し無理がある。

 

 纏っていた狩衣がぱっと光り、テクスチャが鬼姫の着物のものへと切り替わる。

 

「えーっと、これは……」

 

 無事、着替えは終わった。

 終わったのだが、なるほど、こうきたかあ……。

 着心地は素晴らしく、鮮やかな紅葉柄もボクの好みだ。振り、と呼ばれる袖の下の部分が少し長めだが、身体の動きが阻害される訳でもないのでまあ問題はない。

 

 では何が問題かと問われると、それは全体的なデザインであった。

 ううむ、これはシズノさんは勿論の事、クズノハさんの好みが入っているのか、それとも元々のデザインがこういったものなのか……。

 もしも後者であれば、運営に一言物申す必要があるかもしれない。

 

「タマモー、どうしたのー?」

 

「いや、待たせてしまって申し訳ないのだけど、ちょっとね」

 

 とはいえ、いつまでもぐずぐずしていてもしようがない。

 ため息交じりに応えると、気のせいか先程よりも重くなった手で障子を開いた。

 

 おお、とはどちらの声か。

 突き刺さる視線に、思わず身じろぎした。

 

「可愛い、可愛いよタマモ!」

 

「クズノハ様もそうだが、やはり妖狐族の女子は着物がよく似合うねえ」

 

「いや、しかしこれはボクには不釣り合いなのでは……。モミジも、あんまり見ないでくれると助かる……その、少し恥ずかしい」

 

「何言ってるのすっごく似合ってるよ! これ、前帯っていうやつでしょ? うわ、前短っ、気を付けないと屈んだ時に見えちゃうよ!」

 

 モミジ、確かに珍しいデザインだけど、ちょっとテンション上がりすぎじゃないかな。

 

 そう、絢爛なこの着物で唯一ボクの頭を悩ませる部分、それは前の部分だけがミニスカートのように短くなっている所だった。形としてはロングテールスカートに似ているだろうか。

 前帯と呼ばれる結び目を前にする帯の締め方をしているのだが、リボンの様な結び目から垂れる前掛けのような部分が、ちょうど太ももから膝辺りまでを覆うような形になっている。

 

 これはなかなか面白いデザインだとは思う。

 だが、その丈の短さのせいで、少し動くと揺れる帯の合間から普通に脚が見えてしまうのはいただけない。

 あくまでアバター、ゲーム内の分身としての身体とはいえ、正直かなり恥ずかしい。

 普段着物や浴衣を着ることはあったが、ここまで攻めた感じのものは初めてだった。

 

「普段はゆったりとした服ばっかり着てるからわからなかったけど、タマモって足長いねー。モデル体型っていうの? 羨ましいなあ」

 

「いや、その辺はキャラメイクでいくらでも変更できるからね? リアルのボクも同じ体型だとは限らないのだけれど……」

 

 実際はほとんど変わらないのだけど、間違いなく食いついてくるだろうから黙っておこう。

 

「うむ、丈は問題なさそうだね……何やら言いたそうだが、顔を真っ赤にしたままじゃちっとも怖くないよ。せっかくの別嬪なんだから、これを機にちょっとは女子らしくするこったねえ」

 

「いえ、シズノさんにはとても感謝しているのですが、しかしこれは……」

 

「大丈夫だって、治癒術士(ヒーラー)用の装備にも同じぐらい短いのあるし、がっつりゴスロリみたいなやつだってあるんだから」

 

「運営はほんとに何をしているんだ……。いや、お洒落装備はこの手のゲームのお約束ではあるのだけれど」

 

 なまじ性能が高いのと、紹介してくれたクズノハさん、こちらのお願いを快諾してくれたシズノさんへの恩があり無下にはできない事が、余計に悩ましい。

 

「いいなあ、私も作ってもらおうかなあ」

 

「おっと、タマモはクズノハ様からの紹介で特別に仕立ててやったが、あんたは別だよ」

 

「えー!」

 

 着心地もいいし、まあ慣れるしかないのかな……。

 とりあえず、ちゃんとインナーが見えないように設定がされているかどうかだけ後で確認しておこう。

 もし見えてしまうようなら、短パンでも履いてごまかそうかなあ。

 

 そう一人で悩んでいると、かしゃりとシャッター音が響く。

 びくりと肩を跳ね上げて音のほうを見やると、指で作ったフレーム越しにこちらを覗くモミジとばっちり目が合った。

 どうやら、スクリーンショットを撮影していたようだ。

 

 成程、スクリーンショットをね……。

 

「ちょっと、どうして背を向けるのかな。ねえ、まさかメッセージ打ってたりしないよね、たしかあれってスクショが添付出来た気がするのだけど、まさかやってないよね?」

 

「大丈夫大丈夫!」

 

「いや、今ちらっと見えたからね? 誰に送るかはだいたい見当がつくけど、本当に恥ずかしいから。あの、とりあえずこっち向こうか……」

 

「あっ、意外とタマモって力強い……ってなんだか目からハイライトが消えてる気がするんだけど、気のせいかなー!」

 

 説得の結果、問題のスクショが拡散される危機は回避することができた。

 

 まあほぼ普段着になるだろうから、いつかはあの二人にもこの姿を見られることになるのだけれど。

 まったく、頭が痛い話である。

 

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