持ち帰ったアマゴとたけのこは、料理人モミジの手によって湯気と香りが立ち上る、なんとも豪華な釜めしへとその姿を変えた。
場所はジパング、冒険者ギルドにて一定時間借りることができる、レンタルスペースの一室。
内装は質素だが、調理場やソファ、ベッドまで備え付けられており、一休みするにはうってつけの場所となっている。
ちなみにグレードによって料金が変わり、高ければ高いほど、部屋の設備も充実したものとなっていく。 最高グレードのものになると、室内に各生産職用の工房まで備わっているのだとか。
まあ生産職にはまだ触れてさえいない自分には関係のないことだが。
「そういえば、あの噂聞いた?」
柔らかでいて肉厚な白身と、歯ごたえを残した香ばしいたけのこが見事に調和した一皿に舌鼓を打っていると、ふと思い出したようにモミジが呟いた。
なんでも、シズノさんの庵があるあの森の奥に、妖狐族たちが暮らす隠れ里がある、という噂がまことしやかに囁かれているのだという。
それが本当ならば妖狐族の一人として是非とも足を運んでみたいが、こういったことはクズノハさんが詳しいであろうし、一度訪ねてみるのもいいかもしれない。
最後の一口を飲み込み釜めしを完食すると、手を合わせながらそう思案する。
「ところで、その噂は誰から?」
「えっと、王都にいた自称情報屋の人。ほら、ワーキャットのおじさんでさ、結構有名人じゃない?」
モミジの言葉に、ああ、と手を打った。
その人物ならボクも知っている。サービス開始当初から全サーバー一の情報屋を自称し、精力的に活動しているプレイヤーだ。彼が設立したホームページには大小さまざまな情報が掲載され、新米からベテランまで、多くのプレイヤーがお世話になっているという。
彼にかかればレアアイテムの入手場所から、王都におわす聖女様の朝食の献立まで、この世界で調べられないことは存在しないとも言われている。
ワーキャットとしては獣寄りにキャラメイクされたアバターを使用し、外見は二足歩行の猫そのもの。
しかし、直立する猫と聞けば可愛らしい姿を想像するだろうが、彼の場合はキャラメイクが凝りに凝っており、正直小動物系のキャラクターを期待してかかると悲鳴をあげることになる。
まず柄は三毛、尻尾は先の部分が折れ曲がったいわゆるかぎしっぽと呼ばれるもので、非常に縁起がいい。
だがその瞳は常に渦を巻いていて、口元には三日月形の笑みが張り付けられており、どうも設定で固定しているのか、会話するときもずっと口元はそのままで話す。
可愛らしいというよりは、おどろおどろしいといった方がしっくりくる風体である。
性格も少し癖があり、何というか、知識欲の塊というべきか、未知というものにとてつもなく敏感なのだ。 かくいうボクも、初対面の時に突然胸を鷲摑みにされた。勿論即座に運営に通報した。 慈悲はない。
例え平均以下で着物で押さえつけてしまえばあるかどうかすら曖昧になるようなサイズのものでも、一応、とりあえずは自分の胸なのだ。
悲鳴をあげたり、咄嗟に突き飛ばさなかっただけ幾分かマシな対応と言えるだろう。
まあ実際には異性のプレイヤーが身体に触れることはできないので、あくまで装備品の表面に触れただけではあるのだが、それと不快感を覚えないのとは全く別の問題である。
男か女かはっきりさせる為にやった、後悔はしていない。そう言い残してGMに連行される図は、どこか哀愁を感じさせた。なお、その時は厳重注意で済まされたらしいが、次に同様のハラスメント行為で通報された場合はアカBANもあり得るので当人は気が気ではない……と思いきや、特にその言動に変化はないようだ。
何というか、このゲームのプレイヤーらしい、ぶれないメンタルをお持ちのようである。
ちなみにプレイヤー名は〝Kittv-Guv〟といい、プレイヤーたちにはガブさんの愛称で呼ばれている。 決してフルネームが発音しづらかったりだとか、チャットで打ち込むと伏字になってしまったりだとか、そんな事はない。ないったらないのである。
だが、彼から得た情報であるなら、その噂の信ぴょう性もぐっと高くなる。
見てくれや性格はともかく、情報屋としては非常に優秀なプレイヤーなのだ。
性格はともかく。
「まだ詳しい場所とかはわかってないんだけど、行ってみたいよね!」
まあ、ふさふさの毛並みに目がないモミジである、妖狐族だけの里というのが本当であれば、何が何でも行ってみようと思うのは道理だろう。
向かうときは絶対に声をかけるように、と雄弁に語るその瞳に苦笑いを浮かべつつ、周りがすべて妖狐族というその光景に彼女のテンションが大気圏を突破せん勢いで急上昇して、里の方々に多大なる迷惑をかけないだろうかとボクは内心頭を抱えた。恐らく自制は利かないだろう。
「もしよかったら、これからクズノハさんのところに行くけど――」
「行く!」
それはもう、あっぱれと言うしかない即答ぶりであった。
満面の笑みで抱き着いてきたモミジに苦笑を浮かべつつ、二人揃って部屋をあとにした
そういえば、ハヤトとコタロウの二人は呼ばなくてもいいのだろうか。
呉服屋へ向かう道がてらそうモミジに確認してみると、どうやら二人には既に話が通っているようで、いざ隠れ里へ向かうとなった時点で合流する手はずになっているそうだ。
なかなかしっかりしているものだと感心していると、いつもの軒先で紫煙をくゆらせるクズノハさんの姿が見えてくる。
彼女はこちらの姿に気が付くと、柔らかな笑みと共にひらひらと手を振って応えた。
「おやおや、これはまた仲睦まじいことでありんすなあ」
「お久しぶりですー!」
「突然すみません。 実はまたクズノハさんにお尋ねしたい事がありまして――」
そうしてボクは、クズノハさんに妖狐族の隠れ里について何か知っていないかどうか尋ねた。
始めのうちはこてん、と小首を傾げながら話を聞いていたクズノハさんであったが、やがて合点がいったかのように手を打つと、朗らかに笑いながら口を開く。
「ああ、フシミの里の事でありんすね。それならほれ、あの山の裏っかわの尾根に一本杉がありんすが、とりあえずはそこへ向かえばようござんしょう。しっかし、まあ、変な話もあるもんでござんすねえ」
というのも、クズノハさん曰く、そのフシミの里自体は隠れ里でもなんでもなく、ここジパングにも農作物などを卸している何の変哲もない妖狐族の集落であり、むしろ湯治場として有名なぐらいなのだとか。
湯治場!
この単語を聞いて、ボクは掴みかからんばかりの勢いでクズノハさんに迫った。
湯治場、それ即ち温泉があるということであり、何を隠そうボクがこの世で最も好きな事の一つである。というよりも、温泉に限らず入浴という行為が大好きだ。
ふと、隣できょとんと目を丸くするモミジの姿を視界の端に捉え、ごほん、と咳払いをしてクズノハさんから一歩離れた。
「あれまあ、タマモは温泉に目がないようでありんすなあ。フシミの湯はそれはもう疲れをよくとり、肌にもよう利きんすから、タマモもきっと気に入ると思いんす」
いやはや、まったくお恥ずかしい。
包み込むような慈愛のまなざしでもってこちらを見つめるクズノハさんに、赤くなっているであろう顔を手で隠しながらもなんとか頷いて返すと、横からモミジに脇を小突かれた。
「ほんと、クズノハさんの前だとさしものタマモも形無しだねえ」
ここぞとばかりにこちらを弄り倒してくるが、今回ばかりは完全に自業自得であるのでぐうの音も出ない。
かくなる上はさっさとフシミの里へ向かい、噂の温泉に浸かって癒してもらうほかないだろう。
「ああ、フシミの里に向かうなら、これも一緒に持っていってくんなまし」
そう言ってクズノハさんが店の奥から持ってきたのは、一枚の着物であった。
その場でしたためた手紙と共にそれを受け取ると、傷つかないようにすぐさまインベントリの中へと保管した。
丈からしてどうも子ども用の着物のようだが、知人のお子さんにでも送るのだろうか。
尋ねてみると、返ってきたのはこちらが予想だにしなかった言葉であった。
「ああ、それはわっちの妹にと拵えたものでありんす。妹はフシミの里の長を務めていんすので、まあすぐ見つかるでありんしょう」
妹さん、クズノハさんの妹かあ……。
どうやら名前は〝カヨウ〟というらしい。なんとも縁を感じる名前である。
いや、それにしたって丈がおかしい気がするのだが。これでは妹というよりも、娘と言われた方がまだしっくりくる。
「ふふ、まあ会ってみればわかりんす」
なんとも意味深な笑みを浮かべ、それでは宜しくと彼女は店の奥へと引っ込んでしまった。
残されたのは首を傾げる娘二人。
どちらともなく目を合わせると、とりあえずハヤトとコタロウを呼ぼう、という話になった。
どうやら道中にボスモンスターもいないようであるし、まあ何も問題なく里へ入れるだろう。
二人にメッセージを送りつつ、旅先で待つ温泉へと思いを馳せる。
そういえば、このゲームでは完全に服を脱ぐ、という事が出来ない筈なのだが、そこはどうするのだろうか。
ふと抱いたそんな疑問に、ボクはまた小首を傾げるのだった。