お稲荷様ののんびりVRMMO日和   作:野良野兎

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お稲荷様と案内人

 

 地下深く、水滴が落ちる音さえもひと際大きく響き渡る石造りの迷宮に、耳をつんざく鉄の音が鳴り響いた。そしてそれを追うかのようにして爆発音が轟き、余りの衝撃に身を震わせた天井の隙間から砂埃が零れ落ちる。高レベルの魔法使いが放った高威力の魔法、エクスプロージョンをその身に浴びて、ヴェールを纏う人型の何者かは形容しがたい叫び声をあげた。

 

「■■■■■……!」

 

「いいぞ、敵の体力残り三割!」

 

「最終フェーズ来ます! ヒーラーは回復厚めで!」

 

 前線で戦うパーティメンバーが声をあげ、敵が振るう触手の一撃を受け止める。

 ここは先の大型アップデートで追加された高難易度ダンジョン、銀の地下迷宮。 

 何故そんなところに潜っているのかといえば、ここのボスを倒した際に手に入る強力な武器の入手、そしてクリア後に行くことが出来るという新エリアの砂漠地帯にちょっとした野暮用があるのだ。

 新エリアの解放条件に高難易度ダンジョンのクリアなんてものを入れるなと、それはもうボク以外のプレイヤーからも非難が相次いだらしいのだが、残念ながらこの件に関し調整が入るとしてもそれはもう少し先の話になるだろう。

 それまでのんびり待ってみるのも手の一つではあるのだが、丁度モミジたちからクリアを目標に頑張ってみよう、というお誘いがあったので乗ってみた次第だ。

 

 ちなみにメンバーはモミジたち三人の他、タンクとして【暁の騎士団】に所属するチャーハンさん、いつぞやか以来の登場となる魔法使いのイナバさん、近接職にはこれまた久しぶりになるワーキャットのムギ、治癒術士(ヒーラー)の人はチャーハンさんと同じ【暁の騎士団】のメンバーでテッシンという名前の男性プレイヤーが加わっている。

 ローブを肩から羽織り、鍛え上げられた筋肉がなんとも目を引く拳闘士(グラップラー)さながらの外見であるが、これでもれっきとした治癒術士なのである。

 

 残り体力が残り二割を切った時点でボスが周囲に広げていた触手を全てその身に納め、まるで水風船のように身体を膨らませた。全方位を薙ぎ払う、高威力の範囲攻撃を放つ予備動作だ。

 

「範囲攻撃来るぞ、全員タンクの後ろに退避!」

 

 言うが早いか、チャーハンさんの声と同時に前衛職の二人が素早く後退し、その前を塞ぐような形でタンク職の二人が陣形を組んだ。さらにその後ろでは治癒術士が既に回復魔法の詠唱を開始している。そしてボクはそれぞれの丁度中間の位置に陣取り、補助魔法(バフ)の詠唱を開始した。

 前の前に式盤があらわれ、いつものように中央部がくるくると回り出す。【六壬神課(りくじんしんか)】で引き当てた効果は物理防御力上昇、狙い通りの出目である。

 パーティメンバー全員にスキルの効果が付与された事を確認し、続いて妖術【塗壁】を発動。 タンク二名の前方に防壁を展開する。 

 

 そうして最後に火力維持の為に【瞑想】を発動したところで、ボスがひと際大きく身震いしたかと思えば、膨れ上がった身体から無数の触手が、正しく怒涛の如き勢いで溢れ出した。

 押し寄せる触手が【塗壁】で作られた防壁を粉砕した瞬間、タンク二名が防御スキル【ホーリランパート】を発動し、後方から補助魔法の【シールドオブイージス】が飛んでくる。両スキル共に、相手から受けるダメージを一定量カットする効果がある。

 その名の如く輝く城壁が二人の前に展開され、触手の波と激突した。

 一瞬の均衡、しかしこの見る者に嫌悪感を抱かせる肉の波は堅牢な城壁を呆気なく突破し、後ろで身構えていた二人へと容赦なく襲い掛かる。

 それぞれがその巨大な盾、斧を用いてそれを受け止めるとまるで鐘を打つような重苦しい音が響き、肉の波が左右へと裂かれた。がりがりと減少していく体力を、後方で準備していたモミジたち二人がすぐさま即死が免れる安全圏へと回復魔法で戻す。

 僅か数秒の攻防ではあったが、防御スキルや回復魔法のタイミングが少しでも遅れてしまえば致命傷となりうる、それほどの攻撃であった。

 

 また通常状態へ戻った敵に対し、次はこちらが攻勢へと転じる。

 敵を挟み込むようにハヤトとチャーハンさんが陣取り、その隙間を縫うようにコタロウ、ムギの近接職が連続攻撃を決めていく。 

 そしてボクはといえば、敵から少し離れた位置で絶え間なく妖術などの遠隔攻撃を敢行していた。

 とはいえ、安全圏から一方的に攻撃出来る温い難易度ではなく、時折飛んでくる敵からの触手攻撃や、ヴェールの下から放たれる直線範囲攻撃(極太ビーム)を避けつつ、詠唱時間や【瞑想】の効果時間を考慮して動かなければならないので、割と忙しかったりする。

 ちなみにこの極太ビーム攻撃であるが、どうやら陰陽師や魔法使いなどの遠隔アタッカーのみを狙ってくるようで、ボクとイナバさんはそれに他のメンバーを巻き込まないように微妙に立ち位置を調整している。

 敵を中心に五時、十時にタンク、十二時一時に近接アタッカー、六時後方にヒーラー、そして八時方向に遠隔アタッカーといったような具合だ。

 なので、先ほどの全体攻撃時にメンバー全員が集合する場面も実は何度か失敗していたりする。というよりもこの戦闘自体が実に五度目なのだ。

 ギミックの理解に二度、そこから戦闘時の立ち回りを最適化するのにさらに二度全滅している。

 流石に何度か日を変えての挑戦ではあるのだが、ここまで付き合ってくれているメンバーには本当に頭が上がらない。 

 

「残り一割、削れー!」

 

「にゃにゃにゃー! 掻っ捌いて、スルメイカにしてやるにゃー!」

 

 敵の体力は残り僅か数ドット。しかしこちらも左程余力を残している訳ではなく、もう一度あの全体攻撃を出されると今度は回復や補助スキルが間に合わないかもしれない。

 そして、そうした悪い考えは往々にして現実となるもので、敵はまたずるりずるりと触手を身体の中へと収め、ぶくぶくと膨れ上がり始める。それを見たメンバー全員がぞっとして、しかし次の瞬間には既に動き出していた。 

 ここで守りに入っていては間に合わない、ここで削り切ると、全身全霊をかけた捨て身の攻撃を敢行する。短剣が煌めき、拳が唸り、火球が、稲妻が飛び交った。

 

「いっけえーっ!」

 

 そして、運命の瞬間は訪れる。

 その身に詰め込んだ触手を弾けさせようと敵が身を震わせたその瞬間、ボクの背後から放たれた巨大の火の玉が敵の頭上で炸裂し、天井を焦がす程の火柱をあげた。

 魔法使いが誇る高火力の火属性魔法【エクスプロージョン】である。

 残ったMPをきっちり使いきる大技を受け、かろうじて残っていた敵の体力バーが全損し、砕け散った。

 

「■■■……」

 

 膨れ上がったその身を縮め、項垂れるようにして膝をついた人型のナニカは、最後に何事かを呟いて光の粒へと変わり、崩れていく。

 その場に残ったのは大きな宝箱が一つと静寂のみ。 

 大きく息を吐き、全身から力を抜いて苔むした天井を見上げる。 

 

――終わった。

 

「や、やったー!」

 

 杖を掲げ、勝鬨をあげたのはモミジであった。

 ようやくの撃破に喜びもひとしおなのか、ムギと手を握り合って飛んだり跳ねたりしている。

 ボクの隣で、今回のMVPともいえるイナバさんがぺたりと座り込んだ。長く長く息を吐き、力の抜けたその目は少し潤んでいるようにも見えた。

 

「お疲れ様でしたー。いやー、意外とぎりぎりでしたね」

 

 巨大な斧を背負い、額の汗を拭いながら歩み寄ってきたのはチャーハンさんである。

 やはり【暁の騎士団】というトップクランに属している者の圧があるのか、彼を見たイナバさんは背筋を、ついでにその兎の耳もぴんと伸ばし、目に見えて緊張してしまっていた。ボクからすればいくらトップクランのプレイヤーとはいえ、ボクたちと何ら変わりない一ユーザーなのだからそれほど緊張しなくてもいいと思うのだけれど。

 そんな事を思いながら、差し出されたチャーハンさんの手を握った。

 

「いや、こんなものじゃないかな? チャーハンさんの所(暁の騎士団)が特別なのだと思うよ」

 

「いやいや、みんなうちの一軍並みに動けてましたって。もう二、三週もやればだいぶ余裕出るんじゃないですか?」

 

 そう言われたので周りのみんなに目配せしてみれば、モミジは両手で大きくバツ印を作り、ハヤトとコタロウは素早く目を逸らし、イナバさんに至っては今にも泣きだしそうな顔をしたので謹んで辞退させてもらった。乗り気なのはムギだけである。彼女はバトルジャンキーか何かなのだろうか。

 

「いや、この手のボスとか大好きなんだにゃー」

 

 乗り気な理由を尋ねてみれば、そんな答えが返ってきた。TPRGなどもよく遊んでいるらしい。

 というのも、今回のボスモンスターの名前は【ウムル・アト・ファントム】といい、その姿形と〝銀の地下迷宮〟というこのダンジョンの名称からして、まず元ネタはあの神話だろう。

 

 人間であり非人間であり、脊椎動物であり無脊椎動物であり、意志をもつこともありもたないこともあり、動物であり植物。

 不変かつ無限である現実。

 外なる神。

 最強の神性、その化身であり案内人。

 

 香り立つクトゥルフの気配に、目の前の猫人は興奮冷めやらぬ様子であった。

 

「まあ、何はともあれお疲れさん。 噂のお稲荷様とパーティが組めて良かったよ」

 

 そう言って丸くなった頭をつるりと撫でるテッシンさんに、思わず苦笑が漏れる。

 近くで見ればますますもって、治癒術士というよりは拳闘士、いや、僧兵(モンク)といった方がしっくりくる出で立ちであった。見事に割れた腹筋が眩しい。

 しかし、何度聞いてもそのお稲荷様という愛称は慣れないものである。

 少し面映ゆい気持ちになりながら尻尾を揺らし、ボクはテッシンさんを見上げた。

 

「いや、それは周囲が面白がって呼び始めた愛称であって、ボク自身は別に特別な人間でもなんでもないのだけれど。こちらこそ、わざわざ付き合って頂いて申し訳ない」

 

 何せこのテッシンさんとチャーハンさんは、【暁の騎士団】のメンバーと共にこのダンジョンを何度も攻略しているクリア経験者である。今回は彼らの空いた時間をわざわざこちらに割いてもらって、助っ人として参加してもらっているのだ。

 そうして差し出された手をがっちりと握れば、隣でチャーハンさんがはっとなって言った。

 

「おっと、そろそろ宝箱開けちゃわないとまずいな。たしかあれって時間制限あったし」

 

 なるほど、先程からハヤトが宝箱の傍でそわそわしていたのはそういう理由か。かくいうボクもすっかり忘れていた。

 今にも宝箱に手をかけそうなハヤトへと駆け寄っていくプレイヤーたちを眺めながら、ボクは静かに笑みを漏らすのであった。

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