新エリア、アケボノ
ジパングの東に位置する、かつて荒ぶる神が巨大な槌で国の一角を打ち砕いた時に出来たという言い伝えが残されている、小さな島々の集まりである。
本島から切り離されている為か、その島々に生息する生物は独自の進化を遂げており、手練れの戦士でも手を焼くほどだという。
来訪者各位には、この島々の生態系や資源等の調査を行ってもらいたい。
と、いうのが建前というか、ゲームにおける設定である。
メンテナンス明けから見事スタートダッシュを決めた先人たちの調査によると、小島の一つに高レベル向けのダンジョンも配置されているらしく、追加直後ということもあって、エリア内はそれなりの盛り上がりを見せていた。
「これで、とどめだー!」
鬱蒼と茂る森の中に、溌溂とした少女の声が響く。
それと同時に繰り出された攻撃スキル『流星脚』が敵モンスターに突き刺さり、巨大な甲虫型モンスター【
このモンスターはその名の通り巨大なカブトムシのような姿をしており、非常に高い防御力を誇る、物理アタッカーからすれば厄介極まりない相手ではあったのだが、天真爛漫を絵にしたような少女にとってそんなことは些事であったようだ。
「はーい、またつくねの勝ちー!」
翼を大きく天に突き上げながらつくねは笑顔で勝鬨をあげると、まるでご褒美を催促する子犬のようにボクの胸へと飛び込んできた。
まったく本当に、随分と懐かれたものである。
飛び込んできた子犬、もとい小鳥を受け止め、頭を撫でながら吹き飛ばされたモンスターの方へと視線を投げれば、そこには小さく身を震わせながら光の粒子へと帰っていく敵の姿が。
かなり表現が規制されているはずなのだが、無駄に生々しく再現され、こちらの嫌悪感を煽るその亡骸が完全に消え去るのを確認すると、ボクはパーティメンバー全員のバフを更新した。
「もう一匹いきますよー!」
それとほぼ同時に、革製の鎧を着こんだプレイヤーが、こちらへと意気揚々と敵モンスターを
彼の後を追って、先ほど倒したものと同じ黒鉄カブトが大地を揺らしながらその巨体を露わにした。ボクの胸からつくねが飛び出し、再び現れた強敵に歓喜の声をあげながら飛び掛かっていく。
以前から思うところがあったのだが、どうにもこの子は戦闘狂のケがあるのではないだろうか。
「ははは、お姉さん役も楽ではないなあ」
すっかり妹分として馴染んできたハーピー族の少女を眺めながらそんなことを考えていると、ボクの頭の上を、朗らかな笑い声と共に回復術師が扱う攻撃魔法のエフェクトが飛び越していく。
そうして現れた、筋骨隆々の肉体を惜しみ無く晒すそのプレイヤーは、いまだ光を纏う大きな杖を肩に担ぐと労うようにボクの肩を叩いた。
「いえいえ、いい子ですよ、つくねは。たしかにやんちゃですけど、意外と周りも見えてますし」
それにうちは一人っ子なので、ああして純粋に甘えてくる存在は実に新鮮で、妹がいればあんな感じなのかな、と悪くない気持ちになれる。
ともあれ、今はレベル上げの真っ最中である。さしあたり、自分の仕事はきっちりとこなすとしようか。
雑談もそこそこに、ボクは袖口から呪符を取り出して空中へ放つ。指先から離れた五枚の呪符は円を描くように空中で停止し、それぞれが光の線で繋がれていく。
浮かび上がったのはボクの体をすっぽりと覆い隠す大きさの五芒星。それを中心に円形の魔法陣が出現し、まばゆい光を放つ。
レベルが上がったことにより取得した、陰陽師の新しいスキル。式神を召喚する為の術式が回転し、呼び出したるは南方を守護する聖獣。
「出でませ、朱雀」
甲高い嘶きが響く。
燃え盛る嘴が召喚陣の中心を貫き、波打つ鬣が、陽炎をまとう巨大な翼が顕現する。
召喚陣をくぐり現れたのは、セイメイより授かった十二天将の一角、朱雀の化身であった。
おお、と敵の敵視を稼ぎ、その攻撃を一身に引き受けていたチャーハンさんが声を漏らす。そういえば、
ともあれ、お待ちかねの
指先で黒鉄カブトを示し、傍でこちらの指示を待つように羽ばたく式へと命じる。
「朱雀、遠慮なく焼き払え」
鎌首をもたげ、朱雀が再び嘶く。
そして鋭い嘴を大きく開くとその中心に紅蓮の炎が収束し、やがて恒星が如き光球を形作った。
「チャーハンさん、ちょっと眩しいと思うから気を付けて。あ、つくねはこっちにおいで」
「はーい! わふー!」
「え、ちょ、タマモさん?」
胸に飛び込んできたつくねをキャッチし、僅かに困惑するチャーハンさんを傍目にボクは指を振り上げた。灼熱の恒星が放たれる。
「【
爆音。そして閃光。
天を突きあげる炎の柱が立ち上り、大地を焼くその紅蓮の炎に包まれながら黒鉄カブトが断末魔の叫び声をあげる。
このゲームではフレンドリーファイアが許可されていない為、その熱がボクたちの肌を焼くことはないのだが、景色を歪めるほどのその炎は、見ているだけでちりちりと肌を焦がされるような錯覚を起こさせた。
「タマモさん、ソレ使うなら言ってくださいよー」
どうやらこのスキルの存在は知っていたようで、盾で身を守っていたチャーハンさんが困ったように目尻を下げてそう漏らした。
まあ彼が所属している【暁の騎士団】はエンドコンテンツなどの攻略を主として活動しているクランであるし、このスキルを取得している陰陽師のプレイヤーも在籍しているだろうから、それも当然のことと言えるだろう。
「申し訳ない、少しばかり気がはやってしまって」
拝み手を作り、苦笑いでそう返す。
しかし、気が急くのも無理からぬことだった。何故ならば、レベルアップに必要な経験値はきっかり黒鉄カブト一体分。つまり――
やがて炎が収まり、それと共に敵モンスターの亡骸が消滅すると、周囲にレベルアップを知らせるファンファーレが鳴り響いた。その中心は、言わずもがなボクである。
「おめー!」
「おめでとうございます」
これでレベル九十。現在設定されているレベルの上限に到達した。
それと同時に、お楽しみ。このゲームを始めてからずっと目標にしていた、アレへの変化が始まる。
「おー、おおー!」
胸元で、つくねの驚く声。
それはゆっくりと、しかし劇的に始まった。
まずは全身を蛍のような柔らかな光が包み込み、あるものは三角の耳へ、またあるものは背後の八本の尻尾へと移りながらその形を変えていく。
その様子はまるでアニメの変身シーンのようで、他のプレイヤーから自分はいったいどういう風に見えているのか非常に気になるところではあるが、はしゃぎながら瞳を輝かせるつくねを見る限り、そう悪くはないようだ。しかし、逆にそれが少しばかりこそばゆい。
ほんのりと熱をもった頬を撫でながら、ボクははにかむ。
やがて光が収まると、ボクの背後には待ちに待った、九本目の尻尾がゆらりゆらりとその身を揺らしていた。
九尾の狐。
待ち焦がれ、夢にまでみた存在へ、手がかかった瞬間であった。