ツンデレ、高飛車、高圧的、自分勝手。
上記のキーワードに嫌悪感を抱く方は申し訳ございませんがめっちゃ我慢してください。
長々と失礼しました。
ハロウィンイベントが無事終了し、しばし。
すっかり元通りになった街並みを眺めながら、縁側で手製の団子なんかをつまむボクである。
ここのところは装備のファーミングも終わり、やる事といったら生産系職業のレベルをちまちま上げたり、クズノハさんやカグヤ姫、カヨウさんのところへ顔を出す程度のもの。
まあイベント期間中でないMMORPGなど、せいぜいがこんなものだろう。
レイドダンジョンに潜れば一つ上の装備が手に入りはするが、元々ボクはソロであれこれやる方が性に合っている。
だがしかし、人生とは、人の縁とは奇なるもので、それは当の本人がすっかり記憶の隅に追いやってしまったような薄く細いものであっても、巡り巡って、当の本人がまるで想定もしていなかった形で返ってくるものであると、ボクはこの後しみじみと、それはもう骨身に染みるほど思い知る事となった。
始まりは、平々凡々としたもの。
戸を叩く音と、どこかで聞いたとのあるような青年の声。
「御免下さい。タマモさんはご在宅でしょうか?」
ところで、ボクの交友関係は実に狭い。フレンド登録を済ませているプレイヤーの人数だけで言えば、十人もいないだろう。
そしてボクは基本的に受け身がちな人間で、面倒事が嫌いだ。
故に、モミジたちやムギ、イナバさんの時のような、偶発的なきっかけがなければこちらから積極的にコミュニケーションを取ろうとは思わない。
さらに言えば、ここ最近は件の背びれ尾ひれがついたお稲荷様云々の噂のせいで、会ったこともないプレイヤーが我が家に突如訪問してくることも一度や二度ではなかった。
つまりどういうことかといえば、ボクは規則正しく鳴らされた戸に背を向けて、黙々と団子を頬張り続けたという事だ。
居留守上等。招かざる客は、ボクののんびりとしたTAW生活には不要なものである。
しかし、戸の向こうにいる何某はそうもいかないようで。
「あの、僕です。テウメッサです。覚えてないですか? 都の、マーブルキャピタルでご一緒した……」
再度叩かれた戸の向こう側から、まさに困り果てたといった風な声が届く。
テウメッサ、マーブルキャピタル――。
あ、とボクは手を叩いた。
そういえば、そんなプレイヤーがいたような気がする。いや、たしかにいた。いつぞやかあの妖狐族だらけの喫茶店でオムライスを勧めてきた、糸目の胡散臭い青年である。
次第にはっきりしてくる記憶と共に、ボクは首を傾げた。
たしかにいた。いたにはいたが、彼とは本当に少しばかり話をしただけで、我が家を訪ねてくるほど仲が良いという訳ではないのだけれど、いったいどういった用件なのだろうか。
怪訝に思いながらも、顔見知りであれば対応しない訳にもいかないと、ボクは戸をほんの少しだけ開いてちらりと表を覗き見た。
そこにいたのはおおよそ記憶通りの姿をした、銀髪糸目の妖狐族が一人。
「どうも、ご無沙汰しております。この度は突然の訪問、誠に申し訳ございま――」
「どうも、お久しぶり。それはさておき、
時間は有限であり、貴重だ。ボクの場合は特に。
さっきまでのんびり団子を食っていた奴が何を言うのかと思われるだろうが、ボクにとっては招かざる客人よりも甘味の方が大事なのだ。それはもう、天秤にかけるまでもなく。
そんな心中が表情にも出ていたのだろう。目の前の青年は困ったように笑うと、頭から冷や汗を飛ばすようなエフェクトを発生させた。
頭から電球を出したり、顔文字のアニメーションをアバター上に表示することが出来る特殊エモーションだ。ちなみに有料。
つまりはこの青年は、わりと真剣に用件を聞こうとしたボクに対し、お茶目要素をぶつけてきた訳である。ブラックリストにぶち込んでやろうか。
だがその上がった留飲は、すぐさま下げられることとなる。
がつんと、何者かが後ろからテウメッサのお尻を思い切り蹴飛ばしたのだ。
「あいたぁっ!」
実際に痛みを感じている訳ではない筈だが、それなりの衝撃はあったのだろう。テウメッサは自身のお尻を両手で押さえながら悲鳴をあげて、兎のように飛び上がった。狐の癖に。
「だから、まどろっこしいのよアンタは! タマが話すから引っ込んでなさい!」
「いくらなんでも気が短すぎるでしょう。まったくもう」
お尻をさすりながら唇を尖らせるテウメッサの後ろから現れたのは、一人の少女であった。
三角の耳に九本の尾。ボクや彼と同じ、妖狐族のプレイヤーだ。
腰まで伸びた髪、そして大きな尻尾は雪のように真っ白で、その毛先だけが朱色に染まっている。
身長はボクの胸ほど。体格ではリアルのボクと大差ないだろう。
白い肌に、赤い隈取。いかにも気が強そうな切れ長の瞳は金色に輝き、その上に丸い眉がちょんと乗っかっている。
それに合わせるように朱色に染められた振袖に、
言うまでもなく、これっぽっちも面識がないプレイヤーだ。
少女は鼻を鳴らしてテウメッサの脛を蹴飛ばすと、小さな胸を目いっぱい張りながらこちらをねめつけた。
うん、やはり体格的にはボクと似たり寄ったりだ。
「アンタがタマモね!」
「いかにも、タマモはボクだけれど、えっと、君は誰なのかな?」
そう言って、目線を合わせようと身を屈ませたところで、不意に何か白い物が目の前を通り過ぎていった。
はて何事かと視線を向けてみれば、真っ白な少女が右手を振り切った状態で固まっている。
一つ、二つ、三つ。
丁度三拍ほど静寂が流れたところで、少女は歯ぎしりしながら激しく地団駄を踏んだ。
すぱーん。
横ですっかり気を抜いていたテウメッサの脛に、鋭いローキックが決まった。
「なんで!?」
「うるさいわね! なんで接触設定切ってるのよ!」
すぱーん。
「理不尽!? そりゃあ切ってるプレイヤーもいますよ!」
「何をやっているんだ君たちは」
帰っていいだろうか。いや、ここがボクの家なのだけれど。
一度はそういったロールプレイなのかと疑いもしたが、今目の前で繰り広げられている茶番を見る限り、どうやら見た目相応の――少なくとも精神年齢は――少女らしい。
どこぞのセクハラ猫のおかげで接触設定をオフにしていたことが幸いして実害は無かったが、いきなり人様の頭を叩こうとした無礼を考慮すればボクはすぐさまログアウトし、しかるべきところへしっかりと報告するのが正解なのだろう。
だがしかし、肝心の要件を聞かないまま突っ返すのもなんだか気持ちが悪い。
さて、どうするべきか。
うーん。
うん。
「ちょっとどこ行く気よ待ちなさいよ!」
茶番を横目に結論をはじき出し、気付かれぬようにと我が家の扉に手をかけたボクであったが、残念ながらその目論見は露と消えてしまった。
目の前には、標的を再びこちらへと移してうなる子ぎつねの姿。
地団駄を踏む姿はいかにも可愛らしいが、ボクの中では面倒ごとが服を着て歩いているような、ぶっちゃけてしまえば非常にウザい人種の中にカテゴライズされつつあった。
「どこも何もここはボクの家だ。来客を迎えようが無視しようが、その権利は家主であるボクに帰属する。
そもそも、この少女はまだボクに名乗ってすらいない。先程自分のことを『タマ』と呼んでいた以上、それらしい名前ではあるのだろうが、礼を失するにもほどがある。ボクが彼女を見るその視線に、若干の棘が混ざるのも致し方ないことであろう。
そして売り言葉に買い言葉では、この手の人間には逆効果であることも、重々承知している。
案の定、さらにこちらへと食って掛からんとした少女であったが、それに先んじてテウメッサがその身を割り込ませてきた。
「何よアンタ、邪魔しないで!」
「ちょっと落ち着いて。ほら、タマモさんめっちゃ怒ってるから。たまには空気読んでくださいって」
「怒ってるのはこっちなんだけど!」
「あの、そろそろこの子
「いや本当に申し訳ありません。性根は良い子なんです」
若干泣きが入りながら、その場で土下座せんばかりの勢いでテウメッサは事情を話し始めた。
曰く、この少女は彼が所属する種族限定クラン【百狐繚乱】のマスターであり、プレイヤー名は【タマ】。こう見えてクラン内ではそれなりの人気と人望を持ち、意外にも仕事はしっかりとこなしているらしい。
では何故こうもボクを目の敵にしているのかといえば、その理由はサービス開始直後にまでさかのぼる。
といってもそこまでややこしい、深い理由というわけでもなく、どうやらキャラクター作成時に登録する予定であった【
完全に逆恨みである。
というか、妥協して【タマ】なんて名前にするぐらいなら――
「普通にひらがな表記とか、漢字表記で【玉藻】って登録すればよかったじゃないか」
このゲームは別にカタカナ縛りというわけでもないし、表記さえ被らなければ同名のプレイヤーがいたとしても何の問題もなく登録が可能だ。
その証拠に【†漆黒の双剣使い†】やら、【暗黒の炎を操るもの
そう指摘してみれば、何やらテウメッサの背後から気まずそうな呻き声が響いた。
気まずい沈黙。
「あの、もしかして、この子って残念な――」
「ところで、実は今週末にうちのクランでちょっとしたイベントを開くことになりまして、タマモさんには是非ゲストとして参加してもらいたいなーと、こうしてお訪ねさせて頂いたわけなんですよ!」
何やら不穏な気配を背後から感じたのか、顔を青白くさせながら、ついでにじっとりと汗を浮かばせながらそう捲し立てて彼が渡してきたのは、一枚の招待状であった。
可愛らしい狐のイラストがプリントされたその招待状には、【百狐繚乱主催】もふもふパーティ【妖狐族限定】の文字が。
行くと思っているのだろうか。あほなのだろうか。
「うちの生産組が腕によりをかけた作品の展示やら、
そう告げるとテウメッサは背後で固まるタマの首根っこを引っ掴み、脱兎のごとく走り去ってしまった。狐だけど。
残されたのは半ば呆然とするボクと、ひらりひらりと風に舞う招待状が一枚だけ。
はてさて、これはまた随分と面倒なことになったものだ。
とりあえず招待状を袖の中へと押し込んで、ボクは大きく溜息を吐くのだった。
あ、とりあえず運営には通報メールを投げておこう。
送信っと。
駄目っ子狐。
ええじゃないかええじゃないか。