お稲荷様ののんびりVRMMO日和   作:野良野兎

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シリアス風味。百合表現あり。


もがき続ける少女の独白

 

 きっかけはほんの些細な、たった一度の偶然だった。

 幼馴染の男の子二人と始めたオンラインゲーム。いざ冒険だと飛び出していったその先で、あの人と――あの子と出会った。

 綺麗な――ああいうのを、烏の濡羽色というのだろうか――黒髪に白い肌。モデルさんのようなすらりとした手足に、ふわふわとした大きな尻尾。

 プレイヤーが自由に容姿を設定できるこの手のゲームには、当然ながら美形の人が多い。

 髪の色も赤や青、緑に紫と多種多様で、それこそアニメの主人公やヒロインのような人たちばかりだ。

 そんな中にあって、あの人の姿はまるで周囲から浮き上がるような、心が惹き寄せられるような何かを宿していた。

 別に周りよりも派手だったりとか、変わった種族だったとか、そんなことは一切ない。

 それでも私の中に強烈に焼き付いたのは、その瞳だった。

 透き通るような、黒曜石のような瞳の奥底にあったのは何というか、達観しているというか――ううん、あれはきっと何かを諦めたような、悲しい光。

 どうしてそんな瞳をするのだろう。

 もっとあの人のことが知りたい、仲良くなりたい。

 

――あ、昨日の妖狐族の人!

 

――おい、モミジ、いきなり失礼だろ。すみません、コイツちょっとアレなんで……

 

 だからこそ、あの人と再会したときは引き止めずにはいられなかった。

 ハヤトにアレ呼ばわりされたのはかなりカチンと来たけれど、この機会を逃すと次はいつになるかわからない、下手をすればもう会えないかもしれないと考えるとなりふりなんて構っていられなかった。

 でも振り返ったその瞳に、あの時の悲しみに似た色はもうなくて、逆にあの人は見惚れるような微笑みを浮かべて、こちらが勝手にやった支援魔法(バフ)のお礼を言ってくれて。

 

――そ、そんな、お礼を言われるようなことじゃないですよ!

 

 その表情が本当に優しくて、私は柄にもなくあたふたと慌てふためきながら手を振った。

 きっとあの時の私は、耳の先まで真っ赤になっていたに違いない。

 もう、今思い出しても恥ずかしい。まるで恋する乙女みたいだ。

 

――あの、今からパーティどうですか!?

 

 だからこそ、そんな恥ずかしさを誤魔化すように出した言葉は思ったよりも大きくて。予想以上に響いた声のせいでなんだなんだと周りの人たちの視線が私たちの方に集まっていくのを感じて、私はさらに顔を赤くした。

 それから、私はあの人の色んなことを知っていった。

 タマモという名前。当時はまだ発見されていなかった、陰陽師という職業を探していること。

 夢中になるとわりと無茶をしちゃう以外な一面や、ミミズのモンスターを愛嬌があると評してしまうちょっと変わったところがあること。

 でも一番驚いたのはやはり、あの人が実は女性であると知った時だった。

 あの日、パーティを解散した直後。

 二人にやり残したことがあると言って、彼女のところまでフレンド登録をするために引き返したあの時。

 ちょっとした仕草や表情からもしかして、と思ってはいたけど、本人に確認を取った時は思わず間抜けな声をあげてしまった程だった。

 でもそれはきっと無理のないことだと思う。たぶん十人中八人ぐらいが同じリアクションを返すはずだ。

 ゲームのアバター(分身)とはいえ、ぱっと見は中性的で綺麗なお兄さんのような姿なのだから、それはもう勘違いもするだろう。

 これは彼女に言ったら怒るかもしれないけど、胸だってあるようには見えなかったし。

 とにかく、そんなこんなでフレンド登録を済ませた私たちが再開したのは、それから二日後。

 皆で新エリアに行ってみようという話が立ち上がり、それならタマモも呼ぼうと私が二人に提案したのだ。

 突然のことではあったけど、話を聞いたタマモは快くオッケーをくれた。

 その際になんと彼女が大の蜂嫌いであることが判明したのだけど、そんなことよりもその直後に判明した、タマモがそう年の離れていない同年代の子だったことの方が衝撃が大きかった。

 いつも落ち着いていて物腰も静かだし、てっきり私たちよりもずっと年上だと思っていたから余計にびっくりだ。

 私が子どもっぽいだけなのだろうか……いや、きっとタマモが大人すぎるのだと思う。

 そういえば、妖狐族の尻尾がプレイヤーの感情に合わせて動き出すのを知ったのもその時だった。

 あの時はわんこみたいに勢いよく揺れる尻尾の魅力に、思わず抱き着きたくなる気持ちを抑え込むのが大変だった。

 まあ、その努力もタマモがレベル二十になって尻尾が二本に増え、倍増した魅力の前には無力だった訳なのだけど。

 だって本人から触っていいって言われたんだもん。我慢できるはずがない。

 それからもタマモとは色んな場所に行って、色んなものを見て、知った。

 でも知れば知るほど、私はタマモが抱える様々なものが見えてくるようになった。

 はじめは、ジパングを開放して初めて呉服屋さんに行ったとき。

 

――あの、尻尾、触らせてもらってもいいですか!?

 

 あまりの魅力に私がそんな爆弾発言をやってしまった、クズノハさんという絶世の美女との出会い。

 その毛並みはもう最高で、まるで最高級の絨毯(じゅうたん)に包まれているような、雲の中にいるような柔らかさで、ほんのりと甘い香りがした。

 気を抜けばすぐにでも眠ってしまいそうな極楽にいて、しかし私の心は重い雨雲のようだった。

 なぜならば、クズノハさんと楽し気に話すタマモの瞳の中にいつかのあの陰を見てしまったから。

 どうして、そんなに泣きそうな瞳をしているのだろう。

 とても楽しそうな表情をしているのに、ふとした拍子に泣いてしまいそうな悲しい瞳が覗く。

 どうして、どうしてそんな瞳をするの。

 貴女はクズノハさん(その人)に、いったい誰を重ねているの――

 

 そして、そんな何気ない日々の中で、とある事件が起こる。

 なんと、自称情報屋を名乗るプレイヤーが他の人がたくさんいる中で突然セクハラ行為に及んだのだ。それも、私たちが傍にいるのに。

 そりゃあもう、蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。

 今にも殴り掛かりそうなほど怒るコタロウに、それを必死に仲裁するハヤト。

 何が起こったか把握できず茫然自失といった風のタマモに、それを庇う私。

 現行犯である猫の姿をしたプレイヤー――あとで知ったことだけど、Kitty-Guvという名前で実際に攻略サイトなんかもやってるのだとか――は困ったように笑いながら、野次馬たちに揉みくちゃにされていた。

 今思えばあの野次馬の中にはもう、タマモをお稲荷様と呼ぶファンの人たちが混ざっていたのだろう。

 そうして被害者であるタマモが運営に通報したことで犯人はアカウントの一時凍結という、きつーいお仕置きが下ったのだが、私が気になったのは、あの人が最後にぽつりと呟いたあの一言。

 

――よかった。

 

 その当時は、そんなに気にはしなかった。

 それどころか、何もよくないよ! と激高するばかりだったと思う。

 でも、思い返してみればどうしても違和感が拭えない。

 あれは本当に心の底から安堵したような、優しい声ではなかったか。もしかしたら私たちは、何か致命的な勘違いをしているのではないだろうか。

 その事件から数日、私はどうにも晴れない悶々とした気持ちを誤魔化すように、ボディーガードと称してタマモといる時間を増やした。

 周囲のプレイヤーからどう思われても構わない。

 この人は、私が守ってあげないと。

 そんな、強迫観念にも似た感情が――いや、違う。

 これは独占欲、なのだろう。あまりにも子どもっぽい、これは自分だけの物だと主張する、安っぽいわがまま。

 きっと、そんなわがままは長くは続かないだろう。

 私はタマモが求めているナニカには、きっとなれない。彼女の悲しみを癒してあげることなんて、できないのかもしれない。

 でも、それでも。

 私が隣にいることで、少しでも彼女の重荷を分かち合うことができるのならば。

 それは決して無駄ではなかったと、私は胸を張って言えると思う。

 

――そして、私たちは出会う。

 

 真夏。

 クラスメイトの友達とやってきたショッピングモール。

 今も夢中でやり込んでいるオンラインゲーム、TheAnotherWorldとのコラボ企画で賑わう専用ブースのその中で、私は再び彼女と出会った。

 私の肩に届くかも怪しい小さな身体。

 こんな暑い季節には珍しい、長そでのパーカー。

 野球帽から流れ落ちる、長く綺麗な黒髪。

 黒曜石のような大きな瞳と、視線が交差した。

 

――ねえモミジー、次はあっち行こうよ。

 

――ごめん、みんな先に行ってて!

 

 一緒に来ていた友達に頭をさげて、私は駆け出していた。

 どこか悲し気なその瞳を、見間違うはずがなかった。

 そしてきびすを返し、私たちの前からいなくなってしまいそうなその細い肩を、必死の思いでつかみ取る。

 

――ご、ごめんなさい。あのっ、どこかでお会いした事ありませんか!?

 

 振り向く彼女に、私は思うよりも先にそう口走っていた。

 大きく見開かれる瞳。真っ白な肌。

 

――やれやれ、まさかこんなことになるとはね。

 

 ため息を吐き、浮かべた微笑みはいつかパーティに誘った時のものと瓜二つで。

 そうして私は、天使のような彼女と二度目の出会いを果たした。

 現実の彼女は私たちが思っていたよりもずっと幼くて、ゲームの中よりも浮世離れした少女だった。

 なんだか難しい言葉遣いで話すし、私たちよりも、いや、下手をすればうちの先生よりもずっと頭が良くて物知りで、料理だって私よりずっと上手。その分、運動は全くダメみたいだけど、それ以外は完璧に近い。

 さらに――これは夏祭りの時に彼女の自宅へ招かれてわかったことだけど――高級マンションの最上階に住んでいるぐらいのお嬢様。

 高性能なAIまで備わっているお部屋にお邪魔したときはさすがに緊張したけれど、さすがは高級マンションというべきか、最上階から眺める花火は今まで見た中でも一番綺麗に見えた。

 でも、どうしてだろう。

 自分よりもずっといい生活をしているはずなのに、誰もが羨むほどの暮らしを送っているはずなのに。

 彼女の部屋は、やけに寂しく映った。

 どうして――

 

「本当に、何が貴女をそこまで苦しめてるの?」

 

 桜吹雪舞う景色の中で、私は呟く。

 胸の中には泣きつかれて眠る、強がりだけは一人前な少女の姿。

 ここまで案内してくれたヤエさんはいつの間にか席を外していて、部屋の中にいるのは私とタマモの二人だけ。

  たしか寝落ちした場合は三分ぐらいで回線が切断されるから、この穏やかな時間ももう間もなく終わりを迎えるだろう。

 涙の跡が残るその頬を指先で撫でて、私は願う。

 

「お願い神様。どうかもう、これ以上タマモを苦しめないで下さい」

 

 静かに流したその涙は、桜の花びらとともに宙へ舞い上がり、消えた。




終わりが見えてきました。

あとしばらく、お付き合い頂ければと思います。

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