十人目の旅の仲間   作:ひん(再就職)

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魔剣

どくりどくりと切っ先から柄まで波打つように脈が高まる。

セレグセリオンは笑っていた。

嬉しくて嬉しくて、キリキリと鳴いた。

まんまと極上の獲物が転がり込んで、あまつさえ自らお膳立てを整えたのだから。

その名を呼ばれ、何年も引き絞られた弓は解放された。

魔剣の真価は切れ味ではない。

何千年も土の下で自身の使い手を求めた。

きたる剣士が力及ばぬ若輩者であったならばどうしたものかと思い悩んだ末に、極限まで性能を引き出せる猛者がいないなら作ればよいと、新たな性質を己に付け足した。

斬られたものの魂を生き血から啜り上げ、使用者の闘気に応じそれをまとめて放出する。

骨が砕けようが肉が裂けようが御構いなしに動く凶戦士へと作り替えるのだ。

古代の英雄すらもて余した鋭刃を使うに相応しくなるまで。

「う、ぐ、がああああああっ!!」

剣から手のひらをつたって全身が弾ける。

受け止めきれないエネルギーは肌を突き破り血潮となって迸る。

肉体の負担を顧みずに行われる施しが体を破壊して命を消費していく。

強化が途切れた時どうなるかわからない、呪いと紙一重の祝福がオーザンに流れ込んだ。

不意に激痛が失せる。

祝福は体の痛みを消して代わりに活力が満ちていた。

ここで魔剣のもうひとつの効き目が働いた。

かつて邪竜を誅しはらわたを浴び、そこに宿った毒気に冒された魔剣は悪質な病を帯びた。

悠久の時間を土の下で過ごした病は熟し、活力を与えし剣士に天上の快楽と陶酔に誘う呪いへと知らず知らずより邪に変じた。

全身の肉と骨がぐずぐずにとろけ、風が肌をなぞるだけて絶頂の至福へと誘う。

吐き散らした血潮は甘露な美酒に変わり、躍り狂う鼓動のもたらす血の巡りは歌姫の美声より耳に染み入る、甘い甘い毒。

斬れば斬るほど心に垂れる毒も増していく。

すべては剣を愛し喜んで血肉を献上させるために。

使い手に愛などひと欠片も与えぬ。

正気に返り手放すことなどさせず、桃源の夢に落ちたまま骨の髄まで余さず食らう。

こうして墓から出た今生こそは生きとし生けるものを食って食って食らい尽くす。

定めた主はなく、強者から強者へ渡ればやがては持つもの次第で一つの指輪よりも中つ国を混沌に陥れるであろう。

あらゆる理性をふやかし洗い流す多幸感は使い手を夢幻の彼方に溺れさせ、殺戮にいそしむ傀儡の狂戦士に仕立て上げる、はずであった。

大願成就せり。

さあ振るえ。

我が意のままに一切合切を切り捨てよ。

狂乱の剣舞、いざ開演の時ぞ。

しかして、無邪気にほくそ笑むセレグセリオンに誤算があった。

どのような傑物もこの甘美な悦びには抗えまいと、そう侮った。

手にした剣士がいかなる誘惑にも燃え上がらぬ心を持つ破局した勇士であったことが、ただひとつの大いなる誤算であった。

「なるほどなァ、エルロンド卿が言う訳だな」

まやかされるものか。

桃色の霞に薄れてもどうして虚しさが消えようか。

酔いしれるだけでどうして怒りを忘れられようか。

瓦礫の山と化した心にようやく照らした太陽をどうして奪えようか。

せいぜい痛みを止めるだけにしかオーザンには効いていなかった。

読みを外したセレグセリオンは驚き、口惜しさを柄からひと吸いしてぎりぎりと鳴いた。

獣の歯ぎしりのように。

それも負け犬の遠吠えだ。

「たく、じゃじゃ馬め。何しようとしてんだ」

お仕置きをしてやるところだがオーザンも今はそれどころではなく、良い面もあった。

元通りに動けるようになったならそれで結構。

些細というには悪辣ないたずらを峰を指で弾くだけで許してやった。

壊れかけの体を誤魔化したさらなる酷使。

それぐらいしなくては亜神の化身に勝ちは拾えない。

どれだけ壊れたかを知る必要はない。

前に踏み出すことだけを魔剣は求めている。

だから望まれるままに実行する。

「行くぞ」

石畳を踏み砕いて風になった。

体が軽い。

隅々まで意のままに動き、片腕で斬り上げる。

先程までは望むべくもなかった理想的な軌道で極めてなめらかに動けた。

受けに回った炎剣をかちあげて弾く。

燃える巨躯の腰がぐらつき浮き上がった。

膂力もほぼ互角にまで、体重を差し引けばそれ以上に引き上げられている。

「はああああ!!」

セレグセリオンが送り出す生命力が四肢から飛散する。

炎とも光ともつかない粒子をまとって飛び上がり、裂帛の気合いを発して魔剣を振り下ろす。

バルログが炎剣を掲げた守りごと押しきった。

頭を両断するには至らずも、巻いていた片角をへし折った。

それに留まらず堅かった外殻を砕き割って深々と切り裂いた。

懐へ入り込んだ今、このまま一気呵成に畳み掛ける。

胴体と言わず腕や脚にも手当たり次第に斬りつけて反撃の芽を潰す。

太刀筋に流星群が乱れ打つ。

うっすら見える魂にみるみる傷が入っていく。

バルログは堪りかねて燃える黒翼をはためかせ大きく下がって逃げた。

「くそっ!」

決定的な一撃を与えたかったが火炎を含んだ熱風に踏みとどまるだけに終わってしまった。

鞭で牽制してオーザンを追い払う。

急いで外側の傷を再生させたバルログは戸惑っていた。

いかなる魔法か、ちっぽけなヒトがこれだけの力を手にしたは知るよしもない。

されど相手が誰であろうともバルログの戦術は変わらない。

打ちすえ潰し熱して焼き切るのみ。

生意気なだけの虫けらから敵となったことを認め明確な意思で殺すと決めた今もそれは不変の定理。

もう一度押し潰さんと翼を広げ、助走をつけて猛烈に飛翔した。

だがここは一本道ではなく、さっきまでのオーザンでもない。

側面にまわって軽々と避けた。

無防備にさらした背中を攻めるもさらに加速して逃げられた。

「待ちやがれ!」

逃げるバルログをオーザンが追った。

闇に軌跡を描いて猛追する。

空中で身をよじって器用な背面飛行を操り、炎剣と鞭で近づけまいとするが小回りの利くオーザンはそれを翻弄する。

壁も天井も、崩れる岩の一片すら足場に使ってバルログの手足を刻む。

ひと柱と一人はさながら暗黒の空を連れ立ち駆ける炎のほうき星と小さな流星だ。

出くわした不幸なオークやトロルを轢き潰し、時には部屋を壊しモリアに無理やり穴を増やして激闘が繰り広げられる。

柱は折れてミスリルの装飾が砕けた。

金剛石と黄金をあしらった秘密の宝物庫が誰にも知られないまま埋もれる。

ドワーフの知識と技術の結晶たる、七千年の歴史を誇るカザド=ドゥームが瓦礫に変わっていく。

逃げるバルログをどこまでも下へ追っていった。

やがて採掘用の坑道に行き着いた。

霧降り山脈の一番深いところのひとつ。

大昔に山に潰されて動けなくなって以来バルログが眠りについていた大穴がここにあった。

移動用に組まれた古い足場の傍らに、どこまでも真っ暗な奈落が口を開けている。

そこへトンネルをもみくちゃになって転がり落ち、離れて止まった。

両者は血と炎にまみれていた。

いち早く立ち上がりありえない方向に曲がった指を無理に戻してセレグセリオンを握り直す。

どこから血が流れているかももう分からない。

遮二無二走り出す。

未だ膝をついているバルログに疾走して斬りかかる。

「うおおおおおおおお!!」

喉も裂けよと雄叫びを上げて斬り結ぶ。

弾ける火花と溶岩を挟んで睨み合うバルログの唸りと反響する。

壮絶な形相で押し負けまいと踏ん張る。

得意の小手先の技でどうにかなる次元を越えている。

オーザンは焦っていた。

体を満たしている輝かしい全能感が遠のいていく。

時間が無い。

万物の創世記に生まれたマイアと所詮は半エルフのオーザンでは、命の総量が違う。

同じ力を使い続ければ先にオーザンの魂が燃え尽きるのは火を見るより明らかであった。

「だから、どうした!!」

魔力を帯びた左こぶしで顔面を殴り付ける。

空いた胸元を深く突き、峰に左腕を添えて体全体で振り抜く。

バルログの魂は現れた時の半分以下まで削れている。

倒すには今しかない。

このまま息の根を止める。

一人で怪物を道連れにするならいい条件だ。

無心に剣を振った。

中つ国に受け継がれた王道の剣術とはまるで異なる流れを汲む我流の技。

その正体は戦場で磨かれた恐るべき合理の剣。

体が流れるままに、斬るべくして斬る。

その間も降り注ぐ炎をことごとく避ける。

熱で構成された剣を半身を退いて睫毛に触れるかという瀬戸際で鮮やかに躱し、逆手で逆袈裟に一閃、目映く輝く刃を振り抜いた。

眉間を突いて仰げば、次に下段と中段の三段突きで俯かせる。

拳打、当て身、肘打ちを乱れ打ち、正面すら向かせずバルログに反撃の糸口を掴ませない。

予備の短剣を抜きざまに片眼に投擲する。

バルログの熱量に溶かされて飛沫となるが刹那の目眩ましとしては十分だ。

切っ先が真下から顎先を捉えた。

天を仰いだ喉を抉る。

終点まで出来上がった道のりを辿るだけのように無駄が削られた、完成された斬擊は更に速度を増していく。

強引な剣術とはうってかわって踊るように華麗な武は止まらない。

芸術的な手管を駆使してバルログを痛め付ける。

これが闘技場であったならどれだけの喝采が轟き幾年語られる詩になったことだろうか。

しかしここには詩人も観衆もいない。

誰にも観られずうたわれることのない戦いをふたつの影法師だけが知っている。

手の付けようがない猛威にバルログはプライドを捨てて逃げを選んだ。

膝をついて這いずってでもオーザンから離れようと必死に手足を動かして暗い方へ逃げる。

こんな無理が続く道理はない。

疲れきるまで堪え忍んだ暁には、取るに足らないヒト一人、必ず捻り殺してくれよう。

いずれ自滅すると見立てて一時の矜持より勝ちを拾う。

とにかくオーザンを消耗させるのだ。

傍らにあつらえ向きな亀裂があった。

霧降り山脈の岩盤の最下層が開いた割れ目だ。

逃げる背中を冴え渡る剣は滅多切りにするが脚を止められはしない。

バルログが石くれを蹴飛ばして崖から転がって落ちた。

「ちくしょうが!」

とり逃がしてはようやくここまで重ねた傷を癒される。

地底で見失ったら次はどこで旅路に横槍を入れるかも予想がつかない。

この状態がどれだけ持つかも怪しくなってきた。

追うなら今だ。

「逃がすかよ!!」

オーザンもまた亀裂に虚空に身を踊らせた。

炎を追ってどこまでも落ちていく。

深い深い、闇の中へと。

 

 




ヒロインじゃくてヘロイン魔剣。

ヴァラ様「そこそこ危ないけどコイツなら使えるっしょ(ハナホジ」

同時展開の
エログロ全開ハードコアチャンバラ破戒武侠伝
「剣戟魔界都市」もハイよろしくぅ!
https://syosetu.org/novel/303761
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