十人目の旅の仲間   作:ひん(再就職)

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短め。


おぼろ谷を抜けて

オーザンを除いた一行は岩が並び立つ山の裾を抜けて巨大な森の隅の草地まで来た。

もう夕暮れ時。

夜は邪悪なオークが活発になる時間だ。

「今夜はここで休もう」

アラゴルンは今宵の夜営地を決めた。

「もう少し森から離れない?」

素早く荷物をほどいてパイプを用意しているピピンが言う。

ホビットたちが裂け谷より前に通った古森はこれと似ていて、かつてはさらに巨大な森林で、エルロンドによれば、今ホビット庄といわれるところからアイゼンガルドの西の褐色人の国まで、リスが木から木へ伝って行けたほどであったという。

そこには馬並みの大きな蜘蛛といった恐ろしい生き物がいた。

ここもエルフが昔から暮らすような古い森なら、他にもどんな怪物が潜んでいるかわからない。

近くで一夜を明かすのも危険な試みに思えてはばかられた。

「いや、ここがいい」

闇の森の王子は賛同した。

「ここならモリアからオークが来てもすぐ気付いて森に逃げ込めるし、森からおっかないものが出ても原っぱに出られる」

危険な森で生まれ育ったレゴラスにはそこまで怪物が出る気がしない。

むしろ心地よい気配がある。

「警戒するにこしたことはないが、ここまで離れれば追っては来んじゃろうて。オークどもは日の光を嫌う」

新鮮な風に吹かれてガンダルフの顔色はいくらかよくなった。

歩きづめだった一行は草の上に腰を下ろした。

焚き火の薪拾いやかまどをこしらえて冬場の夜を過ごす支度を整える間、誰も何も言おうとしなかった。

仲間を失ったばかりでは呑気なピピンにも仲間を賑やかす楽しいことは言えそうになかったのだ。

付き物だったガンダルフの昔話も無く、黙して火を囲み、サムが荷物をひっくり返して見つけたなけなしの硬いパンをちぎって配った。

夜目がきくレゴラスは木の上から見張りをしていた。

残りの皆で火を見つめてまどろむ。

哀しみの沈黙は夜風の冷たさに混ざってゆっくり染み渡った。

「もう、いいよな」

パンを懐に入れたギムリは立ち上がりモリアからずっと閉ざしていた口を開いた。

予備の戦斧を背負い直して踵を返した彼の目にはらんらんと燃える常ならぬものがあった。

「おい待て、何をしている?」

草を踏み分け、のしのし歩いてモリアの地底へと戻ろうとするギムリの肩をボロミアが捕まえた。

「俺はここで抜けさせてもらう」

疲れと空腹にも勝る強い衝動がギムリをつき動かしていた。

「旅をやめるのか? どこへ行く?」

「モリアだ。オーザンを見つけたらまた合流する」

ボロミアを振り払い背の高い草を斧で押し退ける。

「そこを今朝抜けてきたんじゃないか」

九人でここに居られるのは、オーザンを犠牲にしてまで成功させた命からがらの逃避行の成果だ。

それを無駄にしようとするのは止めねばならない。

ギムリの大声で眠りかけていた仲間たちはすっかり目を覚ました。

この騒動を収めようとガンダルフも疲れた声で呼び掛ける。

「よさぬか馬鹿者。命を粗末にするでない」

「馬鹿で結構! ドワーフの砦に仲間を置いていったんだぞ!? 見捨てられるか! 今からでも俺は戻る!」

バーリン、オーリ、オインの三人の親族の死を目の当たりにしたすぐ後に、また仲間の一人を失おうとしている。

見過ごせるものか。

ドワーフの聖地をオークに土足で踏み荒らされるのも友を失うのも、もうたくさんだ。

他の仲間の安全が確保できるまでは同行していたが、それも済んだとなればもう気持ちは抑えられない。

ドワーフは欲深で頑迷だが情が深い。

死すらも超越するそれにのっとり、ギムリはオーザンを探しにゆこうというのだ。

「やめろ、今さら遅い!」

ボロミアが羽交い締めにしたがすごい力で振りほどかれる。

「うるさい、あいつを一人で死なせてたまるか! 薄情ものめ!」

止めようにもギムリは興奮して斧を振り回しているので危なっかしくて誰も近寄れない。

「薄情だと? 俺だって行きたいさ! だが仮に奴を見つけてどうする。今度はオークを俺たちのところまで案内するか!?」

ゴンドールを預かる大将の彼には守るべき多くの臣民がいる。

モルドールに近くサウロンの脅威に常にさらされているゴンドールの人々を守る重責を忘れた日は一日も無い。

だからこそ情に流されて未来を捨てることは選べないのだ。

「彼は望まないぞ。むしろ怒るだろうな」

木から降りたレゴラスは感情の面からなだめてみようとした。

「半エルフに出来てエルフに出来ないのか。臆病風に吹かれたな!」

頭に血が上った様子で口から泡を飛ばした。

「やれやれ」

もはや何を言っても聞く耳をもたないようだと、レゴラスは早々に説得をあきらめて見張りに戻る。

ホビットたちが固唾を飲んで見守る中を、小さな体に中つ国で最も重い使命を課せられ、やつれたフロドは進み出た。

「もうやめて。僕らは旅を続けなきゃ」

この仲間はフロドを守るために集った九人。

故郷と家族を失ったオーザンは中つ国は縁もゆかりもない。

言葉を交わした友であるという義によって、中つ国を救おうと供をし、指輪を背負ったフロドを守るために命を賭けて殿を請け負った。

そのことで一番苦しんでいるのはフロドなのだ。

はたと我に返ったギムリは斧を立てて、その場に立ち止まった。

アラゴルンは膝を折って両肩を掴むとじっと目を合わせる。

「どうしても行くというなら止めはせん、私も同じ想いだ。だが忘れたか? モリアにはバルログがいる」

モリアを支配するバルログは生半可な剣では渡り合えぬ尋常ならざる魔物。

ガンダルフの警告に従い火山の噴火に等しく逃げるしかなかったことをアラゴルンはギムリによく思い出させた。

「彼とあの魔剣が敵わなければ、我々全員が力を合わせて当たったところで無駄骨だ」

唯一の望みはオーザンがバルログを下し、並み居るオークを蹴散らして追い付くことのみだ。

万にひとつの儚い希望だが、それにすがるしかない。

「わかってるさ、そんなこと。わかってる……」

落ち着いて振り返る余裕が親族と戦友の死別の哀しみを深くした。

ギムリの手から斧が滑り落ちて草に転がる。

「ああ、オーザン……許してくれ……」

胸の苦しみに耐えかねて、モリアに繋がるであろう大地にうずくまる。

この気持ちもどこかで戦うオーザンまで届けばよいのにと淡い祈りをこめ、声を圧し殺して名誉ある死も共に出来ないと心から詫びた。

「サウロンを倒そう。必ずや、我々の手で」

それが弔いであると。

熱を秘めた手でギムリの背中を叩きアラゴルンは立つ。

「皆も心に刻め。いたずらに命を捨てるのは私が許さん」

そう宣言して斧を拾い持ち主に手渡した。

「すまん」

体を起こしたギムリはしおらしくなった様子でそれを受け取り、仲間たちの輪に戻った。

「一件落着じゃな」

ガンダルフは胸を撫で下ろしてパイプに火をつけた。

騒ぎは鎮まり、でこぼこしていない場所で各々が横になった。

つらいことや恐ろしいことを沢山経験したが、明日も旅は続く。

体を休めるために、一人また一人と眠りに落ちた。

ギムリは火を見つめながら硬いパンを口に含んでふやかしてゆっくり飲み込む。

音のない夜はしっとりとふけた。

ボロミアと見張りを交代したレゴラスが、身を寄せあって眠るホビットをひょいと避けて火に当たりに戻ってきた。

配られたパンの一片をレゴラスはそのままギムリに差し出した。

「私の分も食べてくれ。今は腹が減ってなくてな」

「エルフの施しは受けん」

腹の虫は正直に鳴いているがこんな時でさえギムリは強がった。

「よく食べて休み戦いに備えろ。オーザンだったらきっとそう言う」

オーザンの声色を真似てレゴラスは言う。

真似はまったく似てなかったが台詞は響き、エルフとの溝を埋めるきっかけにはなった。

「……ありがとよ」

ぶっきらぼうにパンを受け取りばりばりと噛み砕いて飲み込んだ。

「どういたしまして」

レゴラスは爽やかに微笑み木のこぶに座ると弓を持ったままで目を閉じた。

邪悪な力が迫っているとは思えないほど星空は変わらず美しく、一行を見下ろしてまたたく。

九人から誰も欠けずに次の朝は迎えられた。

 

 




地底トンネルでどつきあいしてる頃。
ようはスコップひとつで山火事止めたるわって感覚なのでお通夜ムード半端ない。
アカンこれじゃ剣士が死ぬゥ!


誤字報告
valeth2兄貴
その他評価兄貴たちにも感謝ァ!

同時展開の
エログロ全開ハードコアチャンバラ破戒武侠伝
「剣戟魔界都市」もハイよろしくぅ!
https://syosetu.org/novel/303761

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