十人目の旅の仲間   作:ひん(再就職)

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うたかたの里

朝が来た。

夜明けと共に誰からともなく目を覚ました。

沸かしたお湯を皆で飲んで朝露に冷やされたぎこちない体を暖める。

体が暖まり頭もしゃっきりしてくると萎えていた気力がむくむくと膨らんでいくのを感じて、元気に出発した。

ロスローリエンのエルフの国は魔法で巧妙に隠されており、招かれざるよそ者がたどり着けることはない。

一行は森の奥へと入っていく。

向こうに見つけてもらい連れていかれるのが一番手っとり早いが、騒がしくしてはオークにも見つかりやすいのですいすいとはいかず、用心した足取りになった。

奥へ行くと森はどんどん鬱蒼として、差し込む日の光も細くなる。

「離れるんじゃないぞ。この森には恐ろしい魔女がいるって噂だ」

後ろを歩いていたサムとフロドを引き寄せたギムリは声を潜めて警告する。

「エルフの女王だ。凄い魔力を持っていて、彼女を見た者はその場で虜になり二度と戻っては来れん」

おっかなびっくり着いていくフロドに囁く声があった。

「フロド……」

はっとして辺りを見るがそれらしい人影はない。

「お前はこの森に災いをもたらしに来た。邪悪な指輪の運び手として……」

指輪の声もあって幻聴の境が曖昧になりつつあるフロドは動揺して足を止めた。

「フロド様? どうかしましたか?」

「いや、なんでもないよサム」

後ろでつっかえたサムが心配するがフロドは囁き声のことは言わなかった。

またギムリの後をついていく。

「ふん、他はまやかせてもこのギムリはまじないなぞには引っ掛からん。俺には鷹の目と狐の耳が……」

斧を両手で構え気丈に振る舞うギムリが口をつぐみ不敵さを引っ込めた。

鼻っ面に矢を突きつけられては剛胆なドワーフも軽口を叩けやしなかった。

囲まれている。

どこに居たのか、森の木陰に忍んでいたエルフの戦士たちが次々と現れた。

弓につがえた矢の先は一糸乱れぬ統率で旅の一行にぴたりと向いている。

「ロスローリエンの守り人よ、怪しいものではない。私はアラゴルン二世。一時の庇護と助力を求めたい」

アラゴルンは声を荒げず落ち着いて名乗る。

「先だってエルロンド卿より書簡が届いていよう。わしらは指輪の旅の仲間たちじゃ」

魔法使いはサウロンに抗う勢力の繋ぎ役として活動してきた。

ロスローリエンにも何度も訪れているガンダルフをみとめると頭領のエルフは警戒の色を解いた。

「知っている。馳男(ストライダー)か。アラソルンの息子だな。それと灰色のガンダルフとは珍しい客人だ」

中つ国を放浪する野伏の一団の棟梁として各地で闇の勢力と戦ってきたアラゴルンは名高い男であり、その名声はこのロスローリエンまでも伝わっていた。

「アラゴルン、この森は不吉だ。引き返そうぜ!」

ギムリが鼻を鳴らして不満をあらわにする。

「森の貴婦人の領地に入ったものは、許可なくしては出られない」

エルフの隊長は精巧な細工を用いた鎧をしゃなりと鳴らす。

「おふた方がお待ちだ。着いてこられよ」

前後をエルフの戦士が囲まれていざなわれるがままに森をより奥へとゆくが、よこしまなものはおらず不思議な感覚に襲われた。

そしてそれは森の中へ歩いて行くにつれて、いよいよ深まっていく。

時という橋を渡り、上古の世の片隅に足を踏み入れて、もはやすでに存在しない世界を今歩いているような気持ちに浸された。

裂け谷にも古い時代の記憶が残っていたが、ロスローリエンでは古きものが現世の世界に今なお生き続けている。

エルフが持つ三つの指輪の一つ、ネンヤの力によって守られており、悪による汚れや時による衰えの影響を免れた特別な土地となっていた。

聡明なエルフの指導者はサウロンの奸計を逆手にとり、指輪の力を正しく使い、アンドゥインを挟んだ対岸で勢力を強めるオークの穢れも寄せ付けない聖域を打ち立てたのだ。

この地に足を踏み入れることは人間やホビット、ドワーフといった定命のものにとっては危険であった。

エルフの生きる悠久の時の中に飛びいるようなことであるため、外界における普通の感覚と時の流れがずれて森を出たら何十日も過ぎていたりするのだ。

ゴンドール人やローハンのロヒアリムの間でささやかれる帰らずの森という噂はそれに尾ひれがついたものだった。

中つ国の歴史を紐解いてもエルフの聖域ロスローリエンの真実の姿をみたドワーフやホビットや人間はごくわずかだ。

「ロスローリエン。とうとう伝説の黄金の森にまで来たか。今が冬であるのが口惜しい」

目を奪われる美しさにボロミアはほうとため息をもらした。

目の前には高い木々が夜空に亭々とそびえている。

さしのばされた大枝は道の上にアーチを作り、その下には思いがけず不意に姿を現した水の流れもあった。

木々がのびのびと生やした葉の隙間からおぼろに差し込む明かりで見ると、木々の幹は灰色をしており、風に揺らぐ葉は朽葉色がかった金色を帯びていた。

この木はマルローンという。

マルローンとはエルフの言葉で金の木の意。

第三紀の中つ国ではロスローリエンにのみ生えていた樹木で、この木々のために、ロスローリエンは黄金の森やそれに類する名で呼ばれた。

堀の向こう側にはマルローン樹がところせましと生い茂った緑の丘を取り囲んで、緑の城壁が高々と聳え立っていた。

そのマルローン樹の丈の高いことといったら、ロリアンの地にはいってからこのかた、まだ見たこともないくらいだ。

高さがどのくらいあるのか見当もつかなかったが、夕闇の中に聳えているところは、生きている塔さながらであった。

これらのマルローン樹の何段にも分かれた枝々や、絶えずそよいでいる葉の間に、無数の明かりが緑に金に銀色にちらちらとまたたいている。

この神秘的で色とりどりの美しき里が、ロスローリエンに住むエルフたちの都、カラス・ガラゾンだ。

ハルディアが一行の方を向いて言った。

「ようこそカラス・ガラゾンにおいでになられた。これがロリアンのケレボルンの殿とガラドリエルの奥方の住まい給うガラズリムの都」

危険な時代における要塞都市であり、周囲は緑の城壁と堀に囲まれ、城門は南西側にのみ設けられている。

堀の周りには白い舗装路が敷かれ、城門へは白い橋を渡るようになっていた。

都の中にはランプで照らされたいくつもの階段と小道がある。

都の中のゆるやかな丘を登った頂上付近には芝生と噴水のある広場があり、その南側に生えている最も巨大なマルローン樹の上に、ケレボルンとガラドリエルの館があった。

謁見の間、樹身の下に置かれた二つの椅子には生きた枝を天蓋にして、二人の領主、夫のケレボルンと妻のガラドリエルが並んで座していた。

二人は客人たちを迎えるために立ち上がる。

たとえ強大な力を持つ王侯といえども、これがエルフの作法だった。

二人ともそれは背が高く、奥方も背の高さでは夫にひけをとらない。

古い時代の者は人間でさえ今よりずっと背が高かったのをこの二人は証明している。

また二人とも大変美しく、おごそかな空気をまとっていた。

全身白ずくめの衣装をまとっていたが、髪は奥方のは深い金色、ケレボルンは長い輝く銀髪であった。

一万年かそれよりもっと長き時を生きているがどちらにも老齢のしるしは見られない。

二人の目の深さにのみ歳の重なりがうかがわれた。

その瞳は星の光にきらめく槍のように鋭く、しかも深い記憶を蔵した井戸のように深々と見えた。

ガラドリエルはかつてヴァラールに反逆して神々の国(アマン)より西の海を渡り中つ国へと帰還してきたノルドールの指導者の一人だった。

現代ではロスローリエンの奥方と呼ばれ、中つ国に残るエルフの中で、もっとも力ある上のエルフの一人となっている。

中つ国でも特に高貴で尊い血筋の女王でありエルフの三つの指輪の一つ、水の指輪ネンヤの守護者として夫とロスローリエンの指導者を務める。

領主を自称することはないが周囲は偉大なる代表者とみとめているので同じことだ。

「ご苦労様でした、ハルディア」

奥方は戦士を労うとここまで案内した頭領は下がっていった。

「ガンダルフ。そのやつれようはどうしたのだ。まるで弱々しい。いや、語らずともよい」

夫のケレボルンは魔剣に命を吸わせ、みる影もなく弱ったガンダルフを気遣った。

ガンダルフとアラゴルンが代表して歓迎に感謝の言葉を述べようとする寸前、なににも分類できない透き通った原始的な神秘の雨が一行の心に降り注いだ。

これぞ卓越した魔法の神髄であろうか。

ある者はたじろぎ、ある者は揺るがずまっすぐに立って浴びた。

それは心理をなぞって読み、引き潮のように退いていく。

それだけでケレボルンとガラドリエルはここまでのことのあらましとそれぞれの胸中を理解した。

「早くも一人が失われるつらい旅になりましたか」

この二人の守護者はエルロンドの妻ケレブリアンの両親で、すなわちアラゴルンと恋仲のアルウェンの実の祖父母にあたる。

そのような繋がりもあって裂け谷とは密に連絡を取り合っている。

裂け谷を出た時は十人だったことは当然知っている。

「カザド=ドゥームで、バルログが出たのですね」

そして一行の心に影を落としているものも読み取った。

「わらわもかつてはあそこと親交がありました。山の下の強大な王の没落する日まで、上古の世のカザド=ドゥームの柱立ち並ぶ数々の広間のなんとみごとであったことでしょう。あの営みが破壊されてしまったのは残念でなりません」

胸を締め付ける苦しみに抗うフロドが目を伏せると、モリアの壁に踊る炎と太鼓の音がまぶたの裏によみがえる。

指輪のために、己を守るために快男児は身を投げ出した。

矮小なホビットがこのような旅に出たのがそもそもの誤りだったのではないか。

「そなたは後悔しているようだ。もっとよい道筋があったのではないかと。そなたは精一杯に勇気ある選択をしたのだ」

ケレボルンは毅然としてフロドの気持ちを汲み取り元気づけた。

上のエルフも若い時節には今よりもっとひどく混沌とした時代で苦い経験をしている。

「しかし希望を捨ててはなりません。今もまだケレブディルでとてつもないぶつかり合いが行われています。かの力の戦いを彷彿とさせる、大きな大きな命が燃えているのです」

ガラドリエルは目を閉じて心の瞳を馳せ、遠方から山頂を伺ったが、猛烈な熱量に眩まされてよくは見えなかった。

だが猛火とバルログがそれを振るうにあたう何者かが死闘を繰り広げているのはわかった。

「まさか……!」

これにはアラゴルンだけでなく、一行の全員が愕然とした。

霧降り山脈でバルログと張り合える者は二人といまい。

モリアで別れてかれこれ数日になるが、バルログと争いそんなにも生き延びている比類なきもののふがオーザンであればどんなに嬉しいか。

「ええ」

新しき時代の勇者の誕生にガラドリエルは微笑み仲間たちを励ました。

「彼は定めに抗っています。きっと、死の先をゆく者となりましょう」

果たして勝つのはオーザンか、それともバルログであろうか。

いずれにせよロスローリエンからは声援を送ることも叶わぬ願いである。

「至高なりしエルよ。どうか彼に加護を与えたまえ!」

アラゴルンはひざまずいて目をつむると万物の創造者、至高神イルーヴァタールに祈りを捧げた。

「ただならぬとは薄々思っていたが、それほどか。ゴンドールに居ればイシリアンも無事だったろうに……」

単身でバルログを討ち果たしたとなれば、不朽の伝説となろう。

ボロミアは唸りオーザンがゴンドールの騎士でないことを惜しんだ。

語るべきは語り終え、にわかに明るくなった一行へケレボルンは優しげに話しかける。

「少しはそなたらの心を癒せたようだな。さて、渡り鳥とて止まり木は必要だ。用意した天幕で次は体を癒すがよいだろう」

只人は樹上では落ち着くまいと配慮されてか地上に張られた天幕に領主の側仕えをしていたエルフの案内で送られる。

そこにはふかふかの寝具が十人分据えてあり、柔らかな白無垢の着替えまで置いてあった。

木を滑らかに削り出した机がそれぞれの寝具に添えられ、みずみずしい無花果や石榴が銀の皿に盛られている。

ホビットやドワーフの体に合う大きさで仕立てられた服も人数分用意してある

「天国ってこんなところなのかな?」

ピピンが着る服はさらさらとしてとても着心地がよく、裂け谷のものにも勝る。

「当たらずとも遠からずじゃのう。全てではないが、どことなく近しい雰囲気をしておるよ」

大昔にサウロンに対抗するため中つ国へ遣わされて以来、一度も帰らぬアマンをガンダルフは懐かしむ。

ロスローリエンはよそでは失われた、ヴァラールより学びし秘伝や技法を伝承し、二段も三段も上の技術を保っているのだ。

「いつか行ってみたいなあ」

「神様の国だぞ? 俺たちが生きたまま行ったらどうかしちまうんじゃないか?」

「そうかな?」

着替えて早速パイプを咥えたピピンとメリーは他愛もない話で盛り上がった。

別の天幕からギムリが体を揺すりながら出てくる。

「むう、あっちこっちがすかすかしてどうにも落ち着かん。もっとぎゅっとしたものは無いのか」

衣の出来が良すぎて不安になったギムリは取って付けた愚痴を言う。

エルフのすらりとした体躯と異なる、屈強な体を縦に縮めたドワーフが着てもちぐはぐにはならず、裾や腹回りもほど良い。

見ず知らずのドワーフに合わせて上手く仕立てられているのもロスローリエンのなせる技だ。

「似合っているじゃないか」

弓を置いたレゴラスは流石王子と言うべきか、見事に着こなしている。

「むず痒いのもそのうち慣れるさ」

ひねくれものの後ろに回り曲がった襟を直してやった。

「夕餉の支度をいたしますので、それまで沐浴で身を清め旅の垢を落とされてはいかがですか?」

木陰に控えていたエルフの男が浮世離れした微笑みで提案した。

ひとつひとつの仕草が丁寧で洗練されている上品な男だ。

やんごとないガラドリエルには劣るとしても、相当に歴史の重みが漂っているので上のエルフか。

形式的なものか弓を持ってはいるがお目付け役ではなく純粋に迷子を防ぐための気配りだろう。

外から来た土地勘の無いものには木々の狭間にある独特な町並みを迷わず行き来するのは難しい。

「ありがたい。壮麗な都にそぐわぬ汚れ姿で申し訳なく思っていたところだ。頂戴しよう」

アラゴルンは一礼して天幕のベッドで横になったまま動かないフロドを迎えに行った。

隣ではサムが付きっきりになって様子を見ている。

「サム、フロドの具合はどうだ?」

「旦那様は疲れておいでだ。モルドールに近づくほど奴の魔力が強まってる」

弱っていく主人の姿を我が身のように痛ましく思っていた。

「大丈夫、起きれるよ」

目を閉じていたフロドが起床する。

顔は蝋のように青白く血の気が失せている。

「無理はするな」

「平気だよ。ちょっと眠かっただけだ」

お世辞にも元気そうには見えず、その証拠に一歩目をつまずいてサムに抱き止められた。

「旦那様。安静になさってくだせえ」

「サム。僕はまだ歩ける」

「旦那様……」

フロドはかすんだ笑みを浮かべてきっぱりと言った。

「そうか」

どんな精悍な戦士も堕落させる誘惑に精神力だけで耐えている。

誰にも出来ないことだ。

その強さをアラゴルンは信じた。

サムと二人で左右から隠すように仲間たちの元へ天幕を後にする。

「では行こう。皆が待っている」

馳夫(ストライダー)の表情は硬い。

フロドがよろけ胸元で指輪がこぼれた瞬間、外からこちらを窺っていたボロミアの目が、それに釣られたのをアラゴルンははっきりと見ていた。

 

 




誤字報告
ノム兄貴
その他感想評価兄貴にも感謝ァ!

長い一発と短いのを短間隔に投稿するのはどっちがいいのかこれもうわかんねえな

同時展開の
エログロ全開ハードコアチャンバラ破戒武侠伝
「剣戟魔界都市」もハイよろしくぅ!
https://syosetu.org/novel/303761
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