十人目の旅の仲間   作:ひん(再就職)

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鋼が鉄であった頃

第二紀、サウロンが堕落したヌーメノール人やオークを率いてモルドールを建国した時期、はなれ山よりはるか東、リューンの地の彼方でオーザンは生を受けた。

一人の変わり者のノルドールエルフが放浪の旅で出会う者たちを匿ううちに人数が膨れた難民たちの作った簡素な移動式の集落で生まれたのだ。

母親はサウロンの支配を一度は受け入れたものの、途中で拒み離反したヌーメノールの一団の一人であった。

辺境ではオークや巨人、果ては竜の亜種まで怪物がひしめき、戦いで死に、病でも死んだ。

他の難民と合併が繰り返されて人間は入れ替わり、生まれた頃には父親は死んだとされて、母親も産後に弱った所を流感にかかってすぐに死んだ。

オーザンはどうやら集団の長を務めるノルドールエルフの血を濃く引いているらしく強靭に育った。

ヌーメノールと光のエルフの混血ゆえか、めざましい勢いで強くなるオーザンを次代の守護者にすべく長は厳しく教えた。

アマンでヴァラールから教えを受けた技を仕込み、しごきにしごいた。

幸い天賦の才があったオーザンでさえ再現は困難な神業をいくつも使えた長だが、神秘が薄い辺境では衰えていくのを感じていたのだ。

モルドールの脅威と忌まわしい記憶から逃げるように一団は東へ歩き荒野を渡った。

食うに困り飲み水にもこと欠いたが人間同士の野蛮な戦乱に辟易していた難民たちはそれを選び、耐え抜いた。

正確には大多数は淘汰されていったが、耐えられる者だけが生き延びたというところだ。

世代を重ねると過酷な環境は当たり前になり、その中でも逞しく命を繋いだ。

オーザンは戦える歳になると狩りに出かけ、それ以外の時間はひたすら鍛練に費やされた。

「下手くそめ。何度教えれば覚えるのだ。お前がやらねば皆が死ぬぞ。自覚を持たんか自覚を」

布の目隠しと耳栓をつけたオーザンは長に硬い木刀で前から後ろから滅多うちにされていた。

長は光のエルフにあるまじき乱暴さで無理難題をふっかけ、それを何年もかけて習得するのが習慣化していた。

「目と耳を塞いで出来るか!」

目隠しを投げ捨てたオーザンは吠えた。

大怪我はしないように手加減されているが、怪我で中断しないということは、オーザンの無尽蔵の体力ではいつまでも稽古は終わらないということだ。

かれこれ半日は殴られて全身が紫の打撲だらけだった。

「たわけが。いちいち目に頼るな。考えると惑わされる。肌で感じて反応しろ」

「無茶苦茶言いやがってこの爺……」

二百歳を過ぎたばかりのオーザンより何千年も経験を詰んだ古代のエルフは黒い長髪に一本たりとも白髪はなく若々しい見た目をしていた。

他の者のような旅の垢や汚れのない綺麗な姿を保っていられるのだから上古のエルフは反則じみている。

「目が使えれば違うか? 試してやろう……」

無造作に胸元に木刀を突き込まれた。

見えたが何も見えなかった。

正しくは、攻撃の意志が無く、消えたように気配が薄れてオーザンの思考が混乱した。

オーザンの巨体を動かすには心もとない棒が信じられない力でぶち当たり無様に転げて背中から岩に激突した。

「見えるように正面からしてやったのに、そのざまはなんだ」

オーザンはぐうの音も出なかった。

文句を言えば実力で圧殺されてしまう。

「……いつか殺してやる。くそ爺が」

「おお怖い怖い。続きをするぞ」

冷徹に引き締められた精悍な顔のエルフはそう言ってまた木刀で突き回した。

これが、オーザンが成熟するまでの日常だった。

魔法を教えろと言っても向いてないの一点張りで剣技しか教えようとしない師に苛立ちながらも、驚異的な粘りと忍耐で何十年何百年と剣を学んだ。

サウロンが最後の同盟に敗れ失脚したことに起因して、オークなどの邪悪な生き物は比較的に鳴りを潜めた。

しかし探せば洞窟なりには隠れているのでそれを探して狩り出し、練習台に一人で放り込まれたりは序の口だった。

隊列を作って砂漠を渡り歩く風変わりな商人との交易とオーク殺しの戦利品で武器は賄っていたが握る剣はその時次第だ。

オーザンが使えば筋力に鋼が耐えられずに何度も折ってしまうので、その都度未熟を罵られ殴られた。

歯を食い縛ってしごきに耐え、二千歳を数える頃にはオーザンの技量は長の片腕と言って差し支えないほど高まった。

背後から不意に殴られることももうない。

いくらか平和になったといっても毎日化け物に襲われる最悪の日々から五日に一度になった程度の酷い次元で、身を張る戦士たちはすぐに死んでしまう。

オーザンの次に年嵩の者は五百年も生きていなかった。

一人生き延び齢を重ねるオーザンは集落の中心から離れ、孤独を感じるようになっていた。

その分剣のみに打ち込んで誤魔化した。

馬すらひとのみにしてしまう巨大な蚯蚓の怪物の巣穴にわざと入り、心の中が真っ白になるまで剣を振り回して気分を晴らした。

オークもずいぶんと間引いたが戦いを生き延びた古参の個体はしぶとく屈強で、仲間を沢山殺された。

殺して殺されて時は過ぎる。

第三紀の中頃になるとサウロンが密かに甦り闇の生き物は勢いを増した。

中つ国での出来事なので知るよしもなかったが、なんとなくオークが手強くなっているように感じた。

しかしオーザンの手にかかれば一太刀で真っ二つにしてしまえるので大した問題ではなかった。

剣の鍛練はひと区切りして近頃は長と話すことが増えた。

反骨精神がようやく落ち着いたのを長は大人になったと見なしたようだ。

もっとも、十代で命を落とすのも珍しくない村ではオーザンはすでに年寄りのようなものだ。

そんな男独りの暮らしも狩りに出れば気のいい仲間に囲まれていた。

しかしながら歴戦の戦士たちはオーザンに頼ることを良しとせず、どうしても手に余る大蚯蚓のような大物を除いて自力で戦った。

成長の邪魔はすまいとそれを許し、手持ち無沙汰なオーザンは一人で淡々と修練に打ち込んだ。

危険が高まると抗争に敗れて名高いエルフの集団に庇護を求め、東方の難民は続々と集まった。

大所帯になり砂漠より東の草原に村を構えた最盛期には二百人か、もっと居た。

修練を見物しに来る少女が混ざったのはその時期だ。

村の上空に目玉と鱗の無いぬめぬめした気持ちの悪い翼竜が飛来した事があった。

放った矢も翼が孕んだ風に阻まれて届かず、急降下して村人をさらって大口で飲み込む怪物だった。

逃げ遅れて通りに立ち竦んだ少女が襲われようとした直前、オーザンが立ち塞がり怪物を鋼の大槍を投げつけて動きを止め、首への一撃で騒動を終わらせた。

その次の日から、集落から離れた草地で風を巻き起こして剣を振り回すオーザンの姿を、木陰に腰を下ろして飽きもせず日がな一日眺めるようになったのだ。

しまいには弁当持参で観戦し始めたのだから大した大物ぶりだった。

視線に気が削がれるほど繊細な育ちはしていないが、気にはなる。

そうしてオーザンから話しかけてみた事が全ての始まりだった。

「家に帰れ。うろちょろしてるとオークに食われちまうぞ」

「おじさんは何で狩りに行かないの?」

「おじさんか……」

黒い髪の少女はオーザンの言葉を全く無視して質問した。

新参の少女には食い扶持を稼ごうとしないろくでなしだと思われているようで胸が少し痛んだ。

「俺がいると皆の手柄をとっちまうから一緒にやらないんだよ。それと、俺はエルフじゃまだ若い方だ。おじさんはやめろ。オーザンと呼べ」

「へえ」

分かったのか分かっていないのか曖昧な返事で会話を打ち切ったのでオーザンも話す事が無くなった。

少女は口数が少なかった。

何日も話さないこともあったほどだ。

家族が心配するから帰れと言ってみたことはあったが、ここより安全な場所はあるのかと言い返された。

少女は口数が少ない分弁が立った。

腕利きのオーザンの観察力なら話さないなりに分かる部分もある。

たまに交わされる短い会話を何年も積み重ね、長や戦士たちに次いで親交がある相手になった。

少女は美しい女に成長したが家事の合間を盗んではオーザンの様子を眺めていた。

気が向けば切るだけだった伸び放題のオーザンの髪や髭を整えてやるようにもなった。

夕方は二人で獣道の轍を横並びで歩いて帰った。

かなりの長身に育った彼女も巨大なオーザンと隣り合うと子供のような身長差だ。

「オーザンは剣にしか興味がないの?」

「俺は他に生き方を知らん。剣に生きて剣に死ぬ。それ以外は考えてもよくわからん」

彼女は前に出るとオーザンに向かい合って通せんぼした。

「なんで生きてるの」

「そんなこと知るかよ。その日その日で俺はいっぱいいっぱいだ」

「楽しいこととか、無いの?」

今日の彼女はやけに饒舌だった。

夕陽の光を含んだ髪が肩のあたりで烏の濡れ羽色をしていたのを鮮明に覚えていた。

「質問攻めか、今日のお前は変だぞ」

「いいから答えて」

ぴしゃりとねじ伏せられた。

言うことを聞きやしない。

最近は特に。

若さとは頑固さなのだとしみじみ思う。

「あのな、戦って飯食って寝る。三千年そうやって生きてきた。今日も明日も同じことをやるのに楽しいもつまらんもない」

がむしゃらに師を追いかけた若年期まではいかなくとも、今だって寝ても覚めても剣、剣、剣だ。

年季がはいって落ち着きを手に入れても戦う事しか知らない。

昨年も、村の戦士たちでは太刀打ち出来なかった鉄鉱石の巨人を一人で倒しにいった。

長が居ればもっと楽にやれただろうに彼は一人で行かせたので、オーザンは二日二晩かけ、酷い怪我をしながら討ち取った。

そうやって、いつか敗北して死ぬのだろうと思っていたのだ。

その答えがお気に召さなかったようで、いつものすまし顔が不満そうになって拳で腹を叩かれた。

「意気地無し。怖がりなのね」

常に強くなりたいという気持ちに正直でいた。

しかし、それ以外のことには無頓着だった。

いや、どちらかというと考えないようにしていたというのが正しい。

知らないことに首を突っ込んで火傷をしても仕方がない。

複雑さは成長の妨げになる。

だからやめておいた。

そんな臆病さはきれいに見抜かれていた。

「私は怖くない。オーザンと一緒に探したい」

オーザンとて人の子。

向けられている感情は薄々わかっていた。

拳を片手で受け止める。

己の手と比べるととても小さくすっぽり包めてしまう。

ほっそりとしていて、剣ダコもない。

膝を曲げて顔の高さを合わせる。

たまたま目が合った村の子供が泣いてしまった事があったような顔だ。

「自分が何言ってるか分かってるよな?」

人間とエルフでは時の歩みも違う。

必ず別れが訪れるのだ。

賢い彼女にはそんなことわかりきっているだろうが。

「オーザンこそ、相手の正体がわからないからって村一番の戦士が逃げるの?」

凛とした瞳に真っ直ぐ見返された。

ああ、少女は大人になったのだなと、実感した。

「……そこまで言うなら受けて立つ」

新たな境地を見られるかも知れないなら、それも良いだろう。

請われたなら拒む理由はなかった。

第三紀の終わり、中つ国ではアラゴルンが長途の諸国遍歴の旅に出て、ソロンギルの仮名のもとにローハンのセンゲルとゴンドールのボロミアの祖父エクセリオン二世に仕えた頃に、オーザンは婚姻を結んだ。

剣に没頭して独身を貫いてきた男が急に結婚すると言い出したので、長は大層驚いたが祝福してくれた。

長の懐刀で次期指導者と暗黙の了解があったオーザンの婚儀は、貧しい村ながら晴天の太陽の下で華やかに行われた。

出会ってから十年かけてオーザンとイリスは夫婦になったのだった。

 




時間経つの早すぎぃ!
ネタを文にするだけで1週間とか死にたくなりますよ…

同時展開の
エログロ全開ハードコアチャンバラ破戒武侠伝
「剣戟魔界都市」もハイよろしくぅ!
https://syosetu.org/novel/303761
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