オーザンは長に任せて放任していた村の会合にも顔を出して、村の人々とも関わりを持つようになった。
イリスの両親は既に鬼籍に入っていたが、健在であった兄の夫婦とは特に親交を深めた。
彼は物静かなイリスと反対に溌剌とした気持ちのいい若者で、村で娶った妻との間に男女一人づつ子供を儲けている有望な戦士である。
一匹狼の村の番人だったオーザンには大半の村人と同じく近づき難い印象を受け、幼い頃から苦手意識はあったが話してみれば存外に気安く打ち解けるのも時間の問題であった。
オーザンからしても剣という共通の話題があるので会話の種にも困らず話しやすい若者である。
軽く剣の手解きをしてみると、とても筋がいいのも気に入った。
今の世代の戦士たちを中心に時間を掛けてゆっくりと関わり、何をしているのか分からないが出鱈目に強いということしか知られていないオーザンを村人たちが知る機会になった。
稽古の時間は減ったのにいつもより身が入って上達は早まった。
疑問視した事すらなかった剣を執る理由を考えるようになったからだろう。
年々増えてやっかいになるオークの群れを間引く戦いにも手を貸した。
村では穏やかに接するがいざ先頭に立ち戦いに臨めば血に飢えた猛獣のような獰猛さで荒れ狂い、幾多の合戦を勝利へ導いた。
村人の反応も芳しく、驚異の猛将が味方である幸運を喜び絆を作った。
皆に認められた頃合いに長から戦士長の肩書きを与えられ戦士団を指導する立場になった。
歳も実力も遠く離れた若者を教えるのは不器用なオーザンには難しかったが、交流という面ではこれ以上なく正直に剣で語り合った。
仮面を剥ぎ取るまでしごけば性根が現れる。
実直な男は力強く実直な剣を使い、皮肉屋は相手を惑わす軽やかな技を無意識で使いたがる。
人柄を知った輩とくつわを並べて日々死線を越え苦楽を共にすると友情は育まれ、打ち解けるのもあっという間だった。
反目していた気難しい者すらオーザンの手腕を認め、冗談を言い合えるようにもなった。
勧められてパイプを嗜むようになったのもこの時期だ。
こうしてただ強いだけだった純鉄の心に情の温かみを加えて人間になろうと奮闘した。
それからまもなくオーザンの人生でも最大の転機が訪れた。
その日も早朝から日没まで指導に費やし、空腹で帰宅した。
手土産に貰ってきた戦士団の仲間が家で仕込んだ芋酒の甕を机に置く。
一口呷って急かすように鳴る腹の足しにした。
「もうすぐだから座って」
土間で料理していたイリスの顔色は悪くやや疲れた気配をしていた。
「おい、大丈夫か?」
「平気よ」
夕食を炊いた鍋を竈から机に移そうとして持ち上げると、足をくじいたわけでもなしによろけた。
鍋を取り落とし、中身の麦の粥を土間にぶちまけてしまった。
家事において失敗らしい失敗をしたことがないイリスが珍しく失態を演じたのを心配し怪我をしてないか調べる。
「火傷してないか?」
「……」
血の気が引いた青い顔で口を押さえて小走りで外へ出ていく。
追いかけると彼女は草むらにうずくまって嘔吐していた。
息づかいは荒く苦しそうだ。
「どうした? どこか苦しいのか?」
荒野から風に乗って病魔が飛んできたのか。
頑健なオーザンは風邪もひいたことがないが母親を病で亡くしたので他人事ではない。
長が魔法の守りを張っているそうだがそれだって万全かは分からない。
「大したことないの。ご飯、作り直すから少し待って」
「飯なんかどうでもいい。そんな顔色で平気なわけあるか。なにかの病気だ」
本人は大丈夫だと気丈に振る舞うので余計に不安に駆られ抱えあげる。
医者もいない辺鄙な村で誰よりも医療の心得がある長の家に運んだ。
間口にかかったすだれと木の扉を乱暴に蹴破って家に押し入る。
石と木で作られた質素な家が軋んで崩れかけるのもお構い無しだ。
「出てこい爺! どこに居やがる!?」
怒鳴り付けると奥の書斎から眉間に皺を作った長が顔を出す。
「大きな音がしたな。なにごとだ?」
「イリスが病気だ。調べてくれ」
「ここに寝かせろ」
ただならぬオーザンの狼狽ぶりに目を細めた長は居室中央の長い机を顎で指した。
長机の上の羊皮紙や小瓶を肘で乱暴に押し退けて作った場所にそっとイリスをおろした。
片目を閉じた長は頭から爪先まで食い入るように眼差しを注ぎ、かざした指先から魔力を流して体の内を隅から隅まで探った。
魔力の光が全身を包み安らかな眠りへ誘う。
荒かった息が整い光が指へ残らず戻って消えると、エルフは台所へ行った。
お茶を淹れて戻った彼は椅子に座って湯呑みをオーザンにも勧めた。
数種類の薬草を煎じたお茶は心を落ち着かせる効果がある。
「呑気に茶なんか飲んでる場合じゃねえだろうが。イリスは大丈夫なのか?」
「はは、そういう顔が出来るようになったか……」
「うるせえ爺、笑い事じゃねえんだよ。容態はどうなんだ。悪いのか」
長は机に肘をついて掌を合わせ、指先を重ねて妙に嬉しそうに感慨深く頷くばかりだった。
「逆だ、エルに感謝するがいい」
「なにが感謝だくそったれ。どんな病気かはっきり言え! 薬を作るなら俺が材料を採ってくる! ドラゴンでもなんでもぶち殺す!!」
オーザンは剣を抜かんばかりにいきり立つ。
無自覚に高ぶり放たれた魔力に痺れた屋根の木屑がはらはらと落ちる。
「いいから座れ。やれやれ、こんな察しの悪い小僧が父親とはな」
こんなに取り乱すオーザンは見たことがない。
大層な狼狽えぶりに呆れて手で制して落ち着かせる。
「子が腹にいる。気分が優れないのはその影響だ。体に問題はない」
そしてイリスの体調不良の真相を明かした。
「子? 誰のだ?」
突拍子もない発言に目を丸くしておうむ返しに聞き返した。
また長は呆れて顔を覆った。
「馬鹿者……お前のだ」
「俺の? 俺の子?」
いつからか常に保っていた戦いの呼吸や重心の置き方も何もかも忘れ、呆然と棒立ちでぽかんとしていた。
「そうだ」
「そうか……俺に子か……」
そう言われても何も実感が湧かなかった。
現実のこととは思えない。
夫婦が子供を持つのは自然なことだと知識はあっても自分で想像した事はなかった。
こめかみがもやもやする。
果たして戸惑いに混ざったこの感情は驚きか喜びか。
「俺はどうすればいいんだ? 喜ぶべきなのか?」
たまらず長にすがった。
「自分で考えろ。今夜はもう帰れ。温かくして寝かせてやるがいい」
親が子を愛する本能は、流石の長といえども零からは作り出せない。
己で感じるしかないのだ。
「あ、ああ」
虚ろな返事をしてイリスを抱いて家に帰った。
答えは出ないまま時は流れる。
家事をするなと言っても頑として聞き入れないイリスが大きくなった腹で食事や洗濯をするのにやきもきして過ごした。
エルフの体感時間にすれば十月十日はあっという間だ。
冬を過ぎて春が来た。
予見された日ぴったりに赤ん坊は生まれた。
魔法を駆使する長がイリスを注意深く見守って、出産という難事は事なきを得た。
長によってガイオンと名をつけられた男の子の誕生を祝い、イリスの親戚や戦士団の知人たちは祝賀会を開いてくれた。
オーザンはまだ愛について結論が出せていなかったが仲間が祝ってくれるのは悪い気はしなかった。
若者にせがまれて数々の強敵をどう倒したか教えたり、石を握り潰す芸を見せてお返しに楽しませた。
宴が終わり参加者がそれぞれの家に帰った後、オーザンは長に呼び出された。
「ガイオンにはエルフの血はほとんど遺伝しなかった。それがどういう意味か分かるな?」
「ああ」
オーザンは何年経とうが若々しく老いの兆しは無い。
しかし、人間の妻と息子は先に逝ってしまうだろうと、ガイオンを身ごもるイリスを見ながら予感していた。
生まれた息子に神秘の息吹が宿っていなかったのを感じてそれは確信に変わった。
エルフの血は混ざらず、ほとんどが人間として生まれたのだ。
一人で住む長の家は静かだ。
赤く燃える暖炉の薪がはぜる音しかしない。
「ヴァラールによってエルフと人間のつがいに運命づけられた摂理なんだろう?」
ワーグの牙から削り出した白いパイプに草を詰めて、暖炉の燃えさしで着火する。
イリスの兄が初めて一人で倒したワーグから得た大牙はとても手に馴染む良いものだ。
「そうだ。この世の理だ。お前は家族の死を見るだろう」
オーザンの何倍もの、とてつもなく長い生を過ごした長はどれだけの死を見てきたのだろうか。
紫煙の向こうで薬草茶を飲む長の背中が今は寂しげに見えた。
「親になった機会に、ひとつ問いを与える。人はいずれ死に、灰に戻る。なのになぜ今を苦しんでまで、あんなにも懸命に生きるのだと思う? 死ねば無に帰すと知りながら、なぜ生きるのか。それが解ければお前の求める答えは得られ、もうひとつ上に行けよう」
「剣がか?」
謎かけは苦手だ。
煙を吐いて暖炉の熱で乾いた唇を舐めた。
「剣も、お前の魂もだ。答えは私に言わずともよい。だが己の心で感じなければ、お前はならず者のままだ」
暖かくなる季節に逆行して厚着するようになった長は安楽椅子に座ってそう言った。
三山畝傍兄貴
ちくわぶ兄貴
誤字報告感謝ァ!
三山兄貴は投稿したら速攻で報告してくれるので毎回クッソたまげてる。
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「剣戟魔界都市」もハイよろしくぅ!
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