十人目の旅の仲間   作:ひん(再就職)

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狂宴

ガイオンは病気もせずにすくすくと育った。

よちよち歩きからしっかりした足取りになると、父親の背中を追って木刀を持つようになり、素振りを教えてやった。

軽く細枝を振って薪を割る卓越した手本を見せてやればガイオンは目を輝かせた。

木の繊維の方向を正確に読み、薪の弱い部分に枝の強い部分をぶつけて斬る芸当ができるのはオーザンしかおらず、さぞや神秘的な技に見えたことだろう。

血を分けた息子が己の背中に憧れて追いかけるのはくすぐったくもあり嬉しくもあった。

充実した日常に反して状況は思わしくなかった。

ずいぶんと闇の勢いが強くなった。

はぐれオークがのさばりトロルや大ミミズが村の近くに時折迷い出た。

戦士団は対処に追われ、連戦の中でイリスの兄とその息子は命を落とした。

父と兄を殺されて復讐を決意した少女は厳しい鍛練で、母親に由来するエルフの隔世遺伝が目覚め、並みの男をしのぐ戦士に成長した。

男でも音を上げるとても厳しい鍛練を課したが彼女は眠っていた天賦の才と驚異の執念で食らいついて離さず、頂点のオーザンを除けば最も強くなった。

村を防衛する人員を残して周辺の敵を殺す精鋭班を率いらせ、共に狩りにゆけるまでになっていた。

しかしそれぞれが技量の向上に邁進しても犠牲は出てしまう。

戦士を育てるよりも死んでいく方が早く、戦士団の人数は減っていった。

増える犠牲者を弔う度にイリスは不安そうにしていた。

「俺は死なん。絶対に生きて戻る」

ベッドで隣に寝そべるイリスの頬を撫でた。

年を重ねても変わらず美しい。

波打つ艶やかな髪も嫌いではない。

仲間が死んだ無念が心を掻き立ててもこの匂いがオーザンを落ち着かせる。

「ガイオンを一端の戦士にしてやる約束だ。俺が嘘をついたことは?」

家を拡張して増やした部屋で眠る息子の心音が聴こえる。

「無いわ。でも無理はしないで」

「ちょっとの無茶は目を瞑ってくれよ?」

ふざけて額に口づけをするとイリスはオーザンの胸に頭をぶつける。

「ばかね」

「知らなかったのか?」

しばらくベッドでじゃれあった。

イリスと夫婦になって良かったと思える。

本心をさらけ出し合えるのは何物にも代えがたい安らぎを得られた。

家族がいるというのはいいことだ。

だがイリスはどうだろうか。

両親を亡くし、兄まで失った。

母親の顔も覚えていない己とは失う痛みが違う。

寡黙なイリスが一目も憚らず涙するのを葬儀で見た。

十分過ぎるほど苦しんだ。

もう奪わせてはいけないのだ。

「俺はずっとここにいる」

これが愛かは知らないが、自分だけでも傍に居てやりたかった。

淡い願いを踏みにじるように不穏な気配は日増しに強まった。

ガイオンが十歳の時、大きな嵐が来た。

村の近くの高台に隠れる見張りがオークの群れを見つけたと報告した。

エルフの混血で目がいい男の言葉は信頼出来る。

暴風雨に紛れて村を奇襲する魂胆だと判断して戦士団と出撃した。

雨でぬかるんだ土に残る足跡を苦労して現在位置を突き止めた。

オークは道に迷ったように宛てもなくさまよっていた。

地の理を生かして先回りし、逃げ場のない岩場の窪地で強襲をかけておよそ同数のオークを殺した。

熟練の戦士は危なげなく立ち回り怪我人も軽傷で死者は出なかった。

いくらか取り逃がしたが最近では上出来の部類だ。

荒天で危険を冒してまで生き残りを追わずとも良いだろう。

怪我人の手当てをしてやりあとは帰還するばかりとなったのに、オーザンは胸騒ぎがした。

姪の女戦士が報告に来た。

まだ息があるオークがいるとのことだ。

言わずとも止めを刺しておく彼女が報告に来たということは、なにか理由がある。

案内されて半死半生で倒れているオークの元へ赴くと睨み付けるオーザンを血でむせながらせせら嗤った。

小バカにした態度に企みを感じて洗いざらい吐かせると決め、手足を剣で抉り潰して拷問した。

苦悶のうめきをこぼしたオークは未だ自慢げに語った。

西の果てから号令がかけられ屈強なオークや百戦錬磨の東夷の傭兵が集いつつある。

しかし水が無くてはリューンの広大な荒野を渡れない。

砂漠に近い貴重な水源と貯蓄された食料を略奪するために村を攻撃するのだと捕らえたオークは白状した。

悪しき生き物を弾く厄介な守りの結界も人間の東夷ならば侵入できる。

邪悪を防ぐ魔法と剛剣のオーザンの二枚看板のどちらかを引き剥がせば恐れることはないと東夷の傭兵は持ちかけた。

オークは嵐を待ち、直前に戦士団にわざと見つかり村から引き離す。

東夷はその隙をついて村に残る戦えない老人や女子供を襲う。

オークの本隊がそれに続く手筈になっているのだと言った。

謀られたと悟ったオーザンは戦士団を連れてとって返し村に急いだ。

村には人間からの攻撃を想定した城壁や壕は無い。

待機していた戦士たちも懸命に立ち向かったがいかんせん少なく、東夷の数に押された。

魔法の力をほとんど失っていた長には村人を守りながらそれを維持する力量は残っていなかった。

結界が解けると隠れていたオークが入り込み、目につくもの全てを奪い、殺し、壊す狼藉を働いた。

際どいことは何度もあったがこの集落そのものを襲われたのは初めてであり、かつてない甚大な被害を被った。

オーザンが村に戻ったのは、東夷と入れ替わりにオークが略奪している真っ只中であった。

嵐の中で敵味方が混じり合う混戦の末に撃退はしたが村の被害は深刻なもので、駆けつけてオークを追い払ったオーザンが目にしたのは荒らされて無人となった我が家だった。

家族が拐われた。

その事実に血相を変えて村を飛び出した。

豪雨で消えかけた足跡と匂いを何日もかけてなんとか追い、オークが一時の拠点にした岩山を探した。

いくつかの拠点の中からイリスとガイオンの匂いがする洞窟を見つけ出した。

拐われた他の村人もいるはずだった。

入り口からは雨にも流されないほど濃厚な血の匂いが漂っていた。

抑えきれない猛りを破裂させて見張りのオークを殴り殺した。

戦士団の到着を待たずたった一人で薄暗い洞窟に飛び込み、そして地獄を見た。

頭をのこぎりで切り開かれて生白い脳が剥き出しにされた少女の頭部に向けてオークが一心不乱にしゃぶりついていた。

少女は泡を吹きテーブルに縛り付けられた体が脱臼するほどに痙攣していた。

複数の刺し傷を与え、傷を焼いて死なない程度の半端な止血処置を施した女を皮膚を貫く鉄鉤で天井から吊るして血のシャワーにするオークがいた。

既に事切れた少年の尻の肉を削ぎ落としてフライパンに乗せるオークがいた。

辛うじて生気のある少女の腹に手首まで腕を突き込みはらわたを捏ね回して引き千切り、絶叫に耳を傾け穏やかに堪能するオークがいた。

壁際に山と積まれた無数の死体にまたひとつ、骨までしゃぶったむくろを投げ捨てた。

誰も彼も見覚えがある。

拐われた村人たちだ。

オークはその場ではあえて殺さず捕まえて連れて帰り、日持ちのする食料として人を拐うことは知っていた。

知っていたなお虫酸が走るような、凄惨などという修飾では語り尽くせぬ酸鼻を極まる地獄絵図があった。

「敵だ! 殺せ!!」

苦痛と悲鳴と絶望に煮られた血潮を食らい非道な欲望を満たしていたオークはオーザンが部屋に突入した事に気がついた。

「……獣にも劣る……畜生共が……」

地獄の狂宴の参加者の悪意と犠牲者の惨状がオーザンの心の封じられた扉を打ち鳴らした。

弱者をいたぶり喰らう怪物達の醜悪さが、眠っていた修羅を目覚めさせる。

腹の底から沸き起こるこの感触は怒りだ。

脳裏には最早怒りしか無かった。

入り口の近くにいた、ハンマーで幼子の骨を爪先から胸まで砕いていたオークのうなじを抉り取り、脊椎を握り潰し、かがり火に投げつけて浄化する。

自覚すらなく絶命したオークの残りかすを蹴り砕いても逆立つ心は癒されない。

「死ね! 死に絶えろ!」

この世から一匹残らず殺さねばならないと、心の底から殺意を抱いた。

声無き慟哭に代わり斬撃と拳打が雄弁に語る。

一呼吸とせず、死ねと。

獣のような剛拳でオークの頭部がまるで熟し過ぎたトマトのように砕ける。

押し出された魔力が強い感情に形を持たされて吐く息は原始的な魔法の稲妻となり、意思を持ったように分散して、人肉を炒めていたオークも、妊婦を試し切りしていたオークも焼き滅ぼした。

少年の胸を深々と刺した刃物でかき混ぜていたオークは、超々音速で斬った瞬間に衝撃波で粉砕されて上半身が消滅した。

オーザンの心のようにオークの血で洞窟は真っ黒に染まった。

広場のオークを殺し尽くしても二人はいなかった。

無事であってくれと祈った。

「どこだ! イリス! ガイオン!!」

洞窟の奥まったところの汚い木の扉を蹴破って飛び込み、儚い望みは砕け散った。

机の上で手足を縛られた息子は頭にまさかりが深々と差し込まれ、一目で死んでいると分かった。

胸から下は残酷に貪られたように血みどろで、内臓が納められているはずの腹はぽっかりと穴が空いていた。

腕も脚も、胴体から切り取られていた。

幼い顔は想像を絶する痛みと恐怖に歪み、生きたままこの恐ろしい仕打ちを受けたことを物語っていた。

「なんだてめえは!」

粗末なベッドで小骨を齧っていた隊長格とおぼしきオークがだんびらを掴む。

「貴様ぁああああああ!!」

構えようとした錆びだらけのだんびらごと、額から股まで真っ二つに切断した。

オークは中身をばら蒔いて倒れる。

洞窟内は探し終わったのにまだイリスが居ない。

いるとすればこの部屋のどこかなのだ。

「どこなんだ……!」

鉤に吊られた大きな鉄の鍋があった。

人一人入れてしまえるほどに大きなものだった。

「まさか……」

悪い予感は当たってしまった。

ぐつぐつと煮込まれた何かを覗きこむと長い黒髪が浮いていた。

沸騰した汁が対流で動き変色した手首が新たに浮き上がった。

その手には銀の腕輪が填まっていた。

見間違えようもない、イリスに贈ったものだった。

わずかに遅かった。

「こんな……ことが……」

あと一日早ければ助けられた。

「うううううあああああ!!!」

自責の念と怒りは頂点に達し、錯乱して何もかもに火を放った。

目に付いた岩や木を滅茶苦茶に壊して走り抜けた。

戦士団の呼び声も振り切って人気のない山の麓で狂気の咆哮を上げた。

オークの襲撃は悪い夢で、目を覚ませばまた二人が家にいるのだろうと思った。

契りを結んで以来、細くはなろうとも決して見失わなかった絆が消えた。

オーザンの身体から、かけがえのない何かが抜けていった。

この世で最も大切な人への誓いは、もはや破れたのだと知った。

怒濤の如く押し寄せたやり場のない怒りと悲しみに五体は突き動かされる。

感情のままに繰り出された拳は、手近な樹の幹を一撃の元に木っ端微塵に粉砕した。

後悔、悲嘆。

これだけの力が在りながら、二度と手に入らないものを手離した。

まんまとオークに釣りだされた。

嵐のせいで気がつけなかったなどという自己弁護を考える気にもならない。

感情が混ぜ込まれて自分の輪郭すら曖昧になり、皮膚を張り裂こうと溢れる。

頭に再生されるのは、はらわたを生きたまま貪られた苦悶の表情を浮かべたかんばせをまさかりで断ち割られたガイオン。

そして、薄暗い洞窟で火にかけられた長い黒髪と銀の腕輪をはめた細い腕が浮いた鍋。

どんなに苦しみ絶望に溺れたことか。

空の胃から胃液が逆流して噴き出す。

混沌とした意識が狂気で染まる。

咆哮。

拳が樹木を打ち砕く。

荒れ狂う脈で血管が裂け、吹き出した鮮血が砂のキャンバスを彩る。

慟哭。

傷だらけの腕も意に介さず、血染めの腕を薙ぎ払う。

言葉にならない雄叫びを上げる。

殺す。

殺してやる。

応える者のない糾弾は虚しく響くだけだった。

激情で振るう剣は煤けた魔力の光条を纏い樹齢数百年の古木を貫き、一撃で砕けた。

爛れた腕を打ち付けた巨岩が割れて地響きを轟かせ転がる。

目に付くもの全てを壊し尽くし、暴れ狂い続けた。

お前たちを通して空の青さを知った。

唇が紡ぐ声で心を育んだ。

温もりに触れて思い出を綴った。 

温かい思い出にはいつもお前がいた。

イリスとの暮らしが生んだ色彩が粉々になっていく。

人であることを認めていた彩りを壊されていく。

こんな馬鹿なことがあるか。

やがて訪れる別れは覚悟していれど、このような無情な末路は話が違うじゃないか。

ふざけるな。

帰らぬ家族への哀しみを叫び天を呪った。

嫌だ。

嫌だ。

駄々を捏ね戻らないものに告げるべき別れを拒み、悶え苦しんだ。

もう一度登った朝日の中、長は森を訪れた。

探し歩く必要は無かった。

破壊の跡を辿ればオーザンは燃え滓のような姿を晒していた。

草木の緑色が消え失せ、焼け焦げた野原の中心に、叫びはて、疲れはて、幽鬼のように朧気な有り様で膝を付いていた。

「俺は……俺は……」

木立を消し飛ばし地形をも変えた鬼の眼には涙。

青白く血の気が失せて痩けた頬を伝う。

「……オーザン」 

長はそれを抱いた。

極限まで鍛えられていたオーザンの体はたったの数日で見る影もなく痩せ細り、今にも折れて倒れそうに弱々しく。

霞んだ瞳は虚空を向いている。

「済まない。私が至らぬばかりに」

食い縛った歯が唇を神聖な血で彩る。

自らの非力が取り返しのつかない悲劇を招いてしまった。

彼もまた、己の無能を呪い、悲嘆の焔に冷たく焼かれている。

腕に力を入れる事しか出来なかった。

服の中は驚くほど痩せさらばえていた長が肩を貸して村へ連れ帰った。

「全ての責任は私にある」

神秘の薄まりつつある時代にたった一人で結界を維持するのは息を止めて走り続けるのにも等しく、ノルドールエルフの有力者であっても困難で命を縮める行いだったのだ。

魔力を使うのは力を失うのと同義と心得ていた長は、オーザンにそうはさせまいと魔法を教えなかった。

アルダから魔法が去りゆく未来を予見して、魔法に頼らないように育てた。

「息子には表れなかったエルフの血が隔世で強く発現し、最も才覚に優れたお前に次代を託すつもりであった」

しかし戦乱は容赦なく若き芽を摘みとった。

「違う。俺のせいだ。俺が……」

初めて流した涙が顔を伝い胸を紅く汚している。

火が消された村に戻っても人はまばらだった。

誰より勇ましかった男がうちひしがれる痛ましい姿を遠巻きに戦士たちに見守られて家に帰った。

二人の残り香がする。

胸が締め付けられる。

残り香がして、しかし常にどこかにあった気配が途絶えている家は哀しかった。

ここが家だった。

だがもう違う。

イリスの優しい腕に抱かれて眠っていた日々には戻れない。

全ては動き出した。

イリスとガイオンの面影が胸の中で遠くなっていく。

窓から見える空にかかる暗い雲の向こうへ行ってしまう月のようだ。

真昼の月はよく見えない。

夜になり暗くなってからそれの明るさに気がつくのだ。

遠ざかろうとする月を掴もうと必死に手を翳して倒れる。

そしてこの感情を理解した。

締め付けられる衝動のままに、大きな体を丸めて涙で濡れた床を掻く。

「俺は……」

二人を愛していた。

「く、く、うぅ……うぁああ……」

一人の男の無垢な嗚咽が山小屋に響いた。

オークの大勢力に阻まれて囚われた村人の救出は全て失敗した。

戦士団も手痛い死者を出した。

だがもう止まらない。

敵にはここを攻め落とす理由が、こちらには引き下がれない怒りがある。

なにより、何代もかけて開拓した村を捨てては痩せた土地で村人は生きてゆかれない。

翌朝オーザンは生き残った戦士団の全員を集めた。

数にして五十も居ないが幾多の修羅場を潜った選りすぐりばかりだ。

「傭兵もオークも、殺し尽くす」

どれだけ希望を捨て去れば、人はここまで恐ろしくなれるのか。

悲嘆と失意で塗り固められたひくりともしない氷の形相に染み付いた、腕利きの戦士団も凍てつく果てしない怒り。

「皆殺しだ」

初めて本当の意味で父親になれた男は、その日に死んだ。

「殺せ!」

「殺せ!!」

血のあがないを求む戦士団の怒号は荒野に木霊した。

猛る憤怒の旋風は長にも止められない。

斯くして三千年かけて練り上げた弓は放たれ東夷とオークの連合軍との全面戦争が始まった。

 




ちくわぶ兄貴
麦刈兄貴
誤字報告感謝ァ!

オークぶち殺すマンの誕生。
過去編は次回で終わりっ!

同時展開の
エログロ全開ハードコアチャンバラ破戒武侠伝
「剣戟魔界都市」もハイよろしくぅ!
https://syosetu.org/novel/303761
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